太平洋編-1
「司令! フィジョーバ星系人の探知機がG-10粒子なる未知の存在を検出しています!」
「何だそりゃ!?」
「わかりません! フィジョーバ人ですら存在を認識していても特性を把握できていない物質のようです!」
突如として現れた脳味噌のような絡まり合った麺類のような異形は巨人へと姿を変えてルルイエへと降り立った。
そして「深き者ども」の王、ダゴンへと向かって敢然と戦いを挑んでいった。
その様子を固唾を飲んで見守っていた日吉1佐であったが、探査装置のオペレーターが突如として報告を上げてきて彼の思考を「おはり」の艦橋へと引き戻す。
2隻の改大和級戦艦「おはり」「きい」には昨年からの改装でフィジョーバ星系人によってもたらされた宇宙戦闘機の機器類が組み込まれており、主砲がレールガン化されたのも宇宙戦闘機の反応炉が生み出す大電力があってこそである。
そして宇宙戦闘機から取り外された多目的レーダーもイージス防空システムとリンクさせる事こそできなかったものの、その地球製の物とは比べ物にならない高い性能を買われて「おはり」と「きい」に装備されていたのだ。
その異星のレーダーに反応が謎の物質を検出した。
日吉はただちに同型のレーダーを装備している「きい」に通信を行うように部下に命じたが、まもなくして「きい」からも同様に未知の粒子を検出したという返答が返ってくる。
「……一体、何だというのだ?」
「あの巨人のせいでしょうか?」
「だろうなぁ……」
“G-10粒子”なる未知の物質が検出されたのはあの白い巨人が現れてからだ。
クトゥルーやルルイエに接近してからでもなければ、「深き者ども」が現れてからでも、ダゴンが第1護衛隊の攻撃を防ぐために“障壁”魔法を展開してからでもない。
ならばG-10粒子はあの巨人が発しているものなのだろう。
それがどのような意味を持つのかは日吉はおろか艦橋内には誰1人としていなかった。
すでに駆け付けてきた「UN-DEAD」のホバー・ラーテと駆け付けてきた「むらさめ」「いかづち」「はたかぜ」に対潜戦闘を任せて「おはり」は回頭、迫る「深き者ども」と距離を取りつつ対潜弾と短魚雷による攻撃へと切り替えている。
後はCICの砲雷長に任せるばかりとなった昼戦艦橋の日吉たちは通信員などの一部を除いてルルイエ上の白い巨人の戦いを見守っていた。
日吉に医務室へ行くよう命ぜられた山口艦長も先ほどからの展開に自身を両脇から抑え込む2人の海曹とともに口を半開きにしたまま激突する巨人と巨大半魚人を見ていた。
「こ、こう言っては何だが……」
「あの“白い巨人”、まるで戦いの素人じゃあないですか!?」
先ほどは狂人扱いされた山口であったが、この彼の言葉を否定する者はいない。
颯爽とルルイエに降り立った白い巨人であったが、まず体格からしてダゴンに負けている。
観測で体高60mほどのダゴンに対して頭1つ分ほど低い上に体系も線が細く明らかにパワー負けしていた。
ぶつかり合ってはダゴンに弾き飛ばされ、追撃を躱すために素早く立ち上がったはいいが、その素早さを活かす事は出来ずに右腕を振り上げてはダゴンに懐へ飛び込まれて腕を押さえられて頭突きを食らってしまっている。
そのまま白い巨人はダゴンのサメのような不規則に並んだ鋭い牙に肩の辺りを噛みつかれ、悶え苦しみながらも噛みつかれたのとは逆の腕を半魚人の腹部へ回して肋骨のあたりを掴んだ。
「TIRIRIRIRIッ……!!!!」
どれほどの握力で掴まれたというのか、ダゴンは巨人の肩から口を離して天を仰いで悲鳴を上げる。
しかしダゴンが身をよじりながら再び頭突きを食らわすと白い巨人もあっさりと半魚人の脇腹から手を離してしまった。
自由になったダゴンは巨人の握力を警戒してか軽やかなフットワークで距離を取り威嚇のために鋭い爪の生えた両手を突き出して腕の色鮮やかなヒレを動かしてみせる。
「TIRITIRITIRI!!」
「JA……! DJAッ!!」
両腕の動きとは別に左右へステップを踏むかのようなダゴンの動きに翻弄され白い巨人は攻めあぐねたのか左腰の辺りで両手を揃えて気合を入れるかのように震え、おもむろに両手をつきだした。
その巨人の両手によって加速されたように眩く輝く光弾が射出されるが、まるでその光弾を見越していたかのようにダゴンは雄叫びとともに“障壁”魔法を展開。虚空へ浮かび上がった超常の障壁によって光弾はあっさりと防がれて掻き消えてしまったのだ。
逆に白い巨人は光弾が防がれるなど想像していなかったのか驚愕したように動きを止めてしまう。
巨人が動きを止めてしまったのは一瞬。ほんの一瞬の事だったがダゴンにはそれで十分だった。
「DJA!?」
巨大半魚人の低い姿勢からの飛ぶようなタックルで白い巨人は押し倒され、ルルイエの黒くゴツゴツとした海岸に叩きつけられた巨人にそのままダゴンは馬乗りになって殴りつける。
大きく背中を上下させながら前腕のヒレの棘を叩きつける攻撃に巨人は体を左右に振って何とか避け、その合間になんとかマウントポジションから逃れようともがくものの上手くいかないようだった。
山口艦長が口にしたように巨人は明らかに戦いに不慣れであった。
最初に転倒した状態から立ち上がったような素早さに思い切りの良さがあれば今の半魚人との立場は逆のものであっただろうし、ダゴンが悲鳴を上げるほどの握力を苦し紛れの反撃にしか使えず、気合を込めた光弾の一撃も魔法で防がれる事は予想していなかったにせよ躱される事や耐えられる事は予想してしかるべきであった。もしそうであったなら光弾を防がれた事に動きを止めてしまう事もなかっただろう。
「おいッ! 砲雷長! あの“白い巨人”を援護しろ!」
「了解ッ! 5インチであの魚野郎の後頭部にキツいのブチ込んでやります!」
マウントから逃れられぬまま半魚人の攻撃を避け続ける巨人に日吉は業を煮やして艦内マイクでCICの砲雷長へと指示を飛ばす。
ほどなくして「おはり」両舷に並んだ5インチ両用砲の内の1門がマニュアル照準特有のぎこちない動作を見せ始め幾度か上下左右へ砲を小刻みに振ってから発砲。
光条のようにまっすぐ飛んでいく127ミリ砲弾は砲雷長の言葉通りにダゴンの後頭部へ命中。頭蓋を貫通こそしなかったものの弾かれた砲弾はダゴンの耳元付近で炸裂した。
「良くやった! 帰ったら艦長が一杯、奢ってやるとさ!」
「ありがとうございます!!」
「ふぁっ!?」
後頭部への痛撃によるものか、それとも耳元での砲弾の炸裂音によるものかダゴンは引きつけを起こしたようにのけ反り、その瞬間を見計らって白い巨人は半魚人の腹部へ拳を叩きこみ。全身を振って馬乗りになった半魚人を辛くも振り払う。
何とか窮地を脱した巨人に日吉も安堵して後ろで不平を漏らす部下を無視してほくそ笑む。
だが……。
「KIRIKIRIKIRIKIRI!!」
「TIRITIRITIRI!!」
立ち上がって半魚人と向き合って構えを取る白い巨人の背後の海中が泡をうって沸き立ち、やがて打ち出されるように跳びあがってルルイエ上に現れたのはもう1体の巨大半魚人であった。
ダゴンと同じようにイルカやカエルのように滑った灰色の肌に瞼の無い黒く丸い瞳。エラの張った顎。
ただ1つダゴンと違うのは背ビレや腕ヒレが色鮮やかな物ではなく、皮膚と同じ灰色である事くらいか?
「ハイドラか……」
「司令、何です。そのハイドラってのは……?」
「『父なるダゴン、母なるハイドラ』と神話に語られるダゴンを対をなす存在だ」
白い巨人も海中から現れたもう1体の巨大半魚人に気付いて、挟み撃ちにされないように両者へ何度も視線を動かしながらジリジリと後ずさる。
ダゴン1体が相手ですら分の悪い白い巨人が2体の巨大半魚人を相手にどうすれば勝てるというのか。
日吉には歯噛みしながら双眼鏡を覗き込んでいる事しかできなかった。
「司令……」
「何だ!?」
苦虫を噛み潰したような顔をしている日吉へレーダー手が声をかける。
「所属不明機が1機、当海域へ接近中です」
「うん? 機種は?」
「機種はV-22、オスプレイで間違いはないのですが……」
「ならば米軍だろう?」
「いえ。識別信号は米軍のものではありません」
そこでやっと日吉は双眼鏡から目を離した。
確かに内々で核攻撃の準備を進めている米軍がこの期に及んで輸送機をよこすなど意味が分からない事だ。
しかもオスプレイは搭載量に限りのある小型輸送機だ。何か兵器を運んでいるのにせよ、兵員を乗せているにせよこのような状況下ではあまりに非力な存在である。
本日何度目か分からない困惑によって日吉がどうしたものかと思い悩んでいると、今度は別のオペレーターが声を張り上げた。
「大変です!」
「今度は何だ!?」
「接近中のオスプレイより時空間エンジンの反応“2”!」
「2だと! 1つではなくか!?」
「はい!」
謎の組織ARCANAが開発してハイエンドモデルの改造人間の動力源として搭載した時空間エンジンを搭載している存在など大アルカナ以外にいるわけがない。
だが、その大アルカナはデスサイズ1体を残して壊滅してハズだった。
その時空間エンジンの反応が2つ。
己の理解と想像力の限界を超えた出来事の連続に日吉にできるのはただ心の中で神に祈る事だけである。
もっとも今現在、彼のもっとも近くにいる“神”といえば祈る相手としては最悪の存在であったのだが、ただの人の身である日吉1佐がその事を知る由も無い。
“白い巨人”(仮)必殺技その1
「湯切りスラッシュ」
かつて1月ほどの短い期間に人々へ100万食を超えるウドンを施したと伝説は語られ、時が流れるにつれ人々は(検閲済み)は超スピードでウドンを作り給う存在であると信じるようになった。
信仰は(検閲済み)の性質に変化をもたらし、その結果、その湯切りの動作は光の速度を超える事が可能になり時空間断裂波を生み出す事ができるようになったのだ!
時空間断裂波の性質として空間そのものを切り裂くため、物理的な防御手段は意味をなさない。
なお現在は(検閲済み)の力が弱まっているため、使用する事で“白い巨人”の体力を大きく減らす事となるため連続して使用する事ができない。
“白い巨人”(仮)必殺技その2
「G-10ブラスター」
“白い巨人”の力の源である未知の物質G-10粒子。“白い巨人”は全身を粒子加速器のように用いる事でG-10粒子を撃ちだす事ができるのだ!
恐るるべき事に粒子加速によって得られるその熱量は全香川県民が1時間にウドンを茹で上げるのに使用されるエネルギーに匹敵するとも言われているとかいないとか。
なお現在は(検閲済み)の力が弱まっているため、本来の威力の1万分の1以下の威力でしか使用できない。




