44-10
「あ痛ッ! 痛ッ! ちょっ! ベンとケイの泣き所を蹴らないでください!」
「……誰だよ? その2人組」
ロキの話を真面目に聞いて損をした気持ちになった僕は苛立ち紛れに奴の脛にボンボン蹴りを入れていた。
ロキも流石に弁慶の泣き所を蹴られ続けるのは嫌なのか“届け物”の箱に座ったまま足を左右に振って逃れようとするものの、改造人間の反応速度は奴の脛を捉え続けていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!? 私にだってその少女が人間辞めちゃうだなんて想像外だったんですよ!!」
「……そうなの?」
ロキはもうこれ以上、僕に脛を蹴られないように箱の上で体育座りをして両手で脛を守りながら弁明をする。
「あの子が“力”に溺れて身を滅ぼしていたならまだ良かった! あるいは己のエゴを肥大させて目的と手段を間違えて破滅したのだとしても『あ~! やっぱ人間って馬鹿だな~!』と笑ってそこで御仕舞なんですから! 死後の世界にも生きている時の因縁が付いて回るにしても、大概は死ねばそこで御仕舞なんですから! 私だって1人の人間を悠久の長きに渡って苦しめようとは思いませんよ!?」
「お前さ~、言い訳するならもっと僕が納得するような同情するような事を言えないの?」
まあ、多分、無理だろうなぁとは思う。
ロキが言う「大概は死ねばそこで御仕舞」というのは例えば「モーター・ヴァルキリー」こと高田さんのような死後にヴァルキリーに迎えられて戦士の館に行くような人なんかを除いての話なのかな?
もし、そうなら悔いを残した人生を送った人には辛い事かもしれないけれど、一方で辛い人生を送った人にとってはやっとの事で訪れる安息の時になるのかもしれない。
ウチの兄ちゃんなんかは仏教的な輪廻でどっかで元気にやってんじゃないかなぁ~と思う一方で、マーダー・ヴィジランテさんには旦那さんや息子さんと死後の世界とやらで平穏に暮らしていてほしいとも思う。
……まあ、彼の場合は形見のマーダーマチェットのオカルトパゥワーを見るに成仏してない恐れがあるのだけれど。
「……それで、人間じゃなくなってしまったっていうその子はその後どうなったのさ?」
激ヤバ呪物の事はその内、ZIZOUちゃんさんか子羊園の園長さんにでも見てもらうとして、中々に核心に迫らないロキの話の続きを急かす。
「人の命とか寿命やらとは切り離された存在になったその子はですね。その後、ウドンを求める者にただ無償でウドンを与える存在になってしまったのですよ……」
「ちょっと待ってよ! なんでそこでウドンが出てくるのさ!?」
「あれ? まだ言ってませんでしたっけ? その少女はウドン職人だったんですよ!」
「…………」
どうしよう?
ロキが言ってる事が本当の事なのか、それとも僕をからかっているのか判断ができない。
奴の表情は今日になって何度か見た真面目なものであったけれど、ええ? だってあのロキが言う事だし……。
「政府だ国連だ、良い学校を出て、誰しもが尊敬してしまうような人生を送ってきたお年寄りたちの集まりだって世界平和なんか実現できないというのに、うら若いウドン職人の少女にできる事はウドンを作って食べてもらう事だけだったんですよ」
「……なんでまた」
「美味しい物を食べてお腹いっぱいで幸せになってる時に殺し合いなんかできますか?」
「僕は今朝、朝食後にお前にビームマグナム突き付けたけどね」
「そりゃ貴方が特殊なだけです」
そう真顔で返してくるものの、どうやらファッキン糞神様は自分のこれまでの行いのせいだとは露ほどにも思わないらしい。
まぁ、今朝の朝食が幸せなものだったかと言われると疑問符がつくのだけれど、主にロキとは別の神様のせいで。
「少女にできるのはウドンを食べてもらう事だけ、彼女が止めたかった争いを人間である事を捨てて止めた後も彼女の行動に変わりはありませんでした。
山や海で遭難して食料が尽きた者、親に捨てられ空腹を抱えた子供、そのような者たちが心の底からウドンを求めた時、少女は現れてウドンを食べさせていったのです」
まるで何かの神話のような話だと思った。
少なくとも人がゴマンと死ぬような悪戯で暇を潰したり、バターとシロップマシマシのカロリーモンスターを喰わせるような存在よりはよほど神様らしいんじゃなかろうか?
「その子は人を辞めて“神様”になったの?」
「いいえ。まだ厳密には“神”ではありません。人と神の中間のような宙ぶらりんの状態でしょうか? それが問題なのです!」
正直、ロキの奴に目を付けられる以上の問題などこの世の中には存在しないような気もするのだけれど、ここは大人しく聞いておくことにしよう。
「“神”ですら力には限界があるというのに少女は長きに渡って力を使い続けているのです。先ほど真にウドンを求める者の前に現れてって言いましたけど、不治の病のせいで明日をも知れぬような者や自らその命を絶とうとする者、あるいは深夜に空腹を抱えて開いているウドン屋を探し回っているような者の前にまで現れてウドンを食べさせているのですよ! 当然、彼女の力は徐々に弱っていっているのです!
そして今日、少女はクトゥルーの復活を止めようとルルイエに現れるというのです。当然、力の弱った彼女に勝てるハズもありません!」
「ええっ!? なんでウドン職人が?」
「多分、クトゥルーに文明を崩壊させられたらウドンを食べて幸福どころじゃなくなるからじゃないですか? さすがにそこまでは知りませんから予想ですけど……」
あまりに僕の想像力を越えている話なのでさすがに飲み込めきれない話だけれど、少なくともロキの語る“少女”は悪い存在ではないハズだ。
その少女がクトゥルーに戦いを挑んで敗れるなどあってはならない事のような気がした。
「と、止めないと!」
「ふふ……、止めても止まってはくれませんでしたよ……」
ロキはまるで過去に経験した事のように自嘲気味に頭を振って答える。
「じゃ、じゃあどうするっていうのさ?」
そこでロキは椅子代わりにしていた時空間エンジンの箱を手でポンポンと叩いてみせる。
「止めて止まらないなら応援してあげようかと、まあ私なりのアフターサービスですね。この機械は異次元人である犬太さんと魔法の知識を持つ順子さんの手によって彼女の力の根源を収束して加速、そして増幅するように改造してあります。コイツをあの子に届けるのが今回のミッションですね。貴方にはこの機体から機械を投下して彼女に届けるまでの邪魔を排除してほしいのです」
「……なるほど」
ここでようやく話が繋がった。
Hタワービルの屋上で僕が時空間エンジンを完全に破壊する前にかっさらっていったのも、この銀色に輝く箱にウドンを模した「∞」の記号が刻み込まれているのも、たった1人の少女のためなのだ。
そして僕がここに来たわけも。
この箱を投下する時に対空砲火などから守れるのは空中での高い運動性と攻撃力を併せ持つ僕が適任だろうから。
「坊や、ロキちゃん! 見えてきたわよ!」
操縦席のママさんがエンジン音に負けないような怒鳴り声で貨物室の僕らへ知らせてくる。
「雄プレイ」は緩やかに旋回を始め、モーター音とともに機体後部のハッチがゆっくりと開いてくると機内へ光が流れ込み、藍色の景色が見えてくる。
「……変身!」
やるべきことは分かった。
僕は左の手首へ「回る運命の輪」を顕現させて忌まわしい死神の姿へとなる。
以上で第44話は終了となります。
45話は3局面でそれぞれクライマックスとなるんじゃないかと思います。
それではまた次回!




