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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第44話 戦え! ヒーロー“たち”!!
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44-9

「……でね。その年のクリスマスにその人がくれたプレゼントを開けてみたらね。最初はチョーカーかなぁって思ったんだけど、良く見てみたら犬用の首輪だったのよ!」

「ソーナンデスカ……」


 すでに「雄プレイ♂」が新宿2丁目飛行場を離陸して15分ほどの時間が経過していた。


 離陸する時は真上を向いていた両翼のエンジンも90度、向きを変換して前方を向いていた。

 ヘリコプターの垂直離着能力と固定翼機の速度性能を併せ持つのがアメリカが開発したV-22、オスプレイ最大の特徴だ。

 もっとも、その小型輸送機とはいえ米軍でも最新鋭の装備がなんで新宿2丁目の地下にあるのかは相変わらず分からないのだけれど。


 高度をとって飛行が安定してきた頃に操縦席から白と黒のゴスロリ服でめかしこんだ「お姉」のハドー獣人、犬太さんは操縦をママさんに任せて貨物室へと移動してきていた。


 物品投下用レールを点検してスプレーで潤滑油を吹きつけ、大アルカナ出力強化用時空間エンジンをパレットに縛り付けているベルトとバックルに不備が無いかを確認していく。


 その最中、犬太さんが語ってくれたのは彼(彼女?)の恋愛遍歴だった。


「犬の首輪よ! 首輪! それもホームセンターで売ってるようなヤツ! しかも大型犬用のクソも可愛くないの!」


 そりゃあ犬太さんは二足歩行で人間サイズの狼なのだから大型犬用の物になるだろうし、そもそも小型犬用の物ならいざしらず大型犬用品には可愛いデザインの物なんて無いだろう。


 まぁ、それを犬太さんに言う勇気は僕には無いのだけれど……。


「結局、あの人にとって私は女じゃなくて犬でしかなかったのね……」

「ソーダッタンデスネー……」


 そりゃあそうだろうと思うけれど、一方で犬太さんの語る「あの人」とやらみたいな世の中には僕の想像もつかないほど性癖をこじらせてる人もいるものだと驚く。

 これも犬太さんには言えないのだけれどさ。


 何と言うか、僕も去年は兄ちゃんやマーダー・ヴィジランテさんと何ヵ所か敵組織のアジトに乗り込んでいったけれど、今日のこの機内ほどアウェーの空気を感じた事は無いと思う。


 犬太さんはとてもフレンドリーで貨物室に来てから話っぱなしだけれど、彼の話は状況が特殊でとても親近感の湧くものではなかったし、ロキの奴は僕の隣の席でじっと黙って時空間エンジンを見つめている。

 僕も何をさせられるのかハッキリ聞いたわけではないせいか、貨物室壁面の折り畳み座席の座り心地が悪いせいか妙に落ち着かない。


「あら? いけない。そろそろコックピットに戻るわねん!」

「あ、どーぞ、どーぞ」


 犬太さんが操縦席に戻るとしばらく貨物室の中は2基のエンジンの轟音とプロペラや翼が空気を切り裂く音だけが支配する。


 僕はロキの視線の先、時空間エンジンが納められている銀色の箱の天面に刻み込まれている印に気付いた。


「ん? これは……」


 天板いっぱいに大きく刻み込まれたそれは“無限大”を意味する「∞」の記号だ。


「ああ、これは」

「無限大の記号?」

「いえ、これはウドンです」

「は?」


 ま~たロキの奴が適当な事を言っているのかと思って、奴の顔を覗き込んでみると相変わらずロキは苦虫を噛み潰したような顔をしていた。


「知りません? 麺の生地を伸ばしてから折りたたんで切るのではなく、手で引き延ばして2本の棒に綯っていくタイプの手綯(てない)ウドンって作る時に『∞』の形になるんですよ?」

「そりゃあ知ってるけどさぁ……」


 手綯ウドンで有名なのは秋田県の稲庭ウドンで、僕だって前は岩手に住んでいたので隣県の名物くらいは知っている。


 問題はこれからクトゥルーを乗せたルルイエへ持っていく時空間エンジンになんでわざわざウドンのシンボルを刻み込んだのかって事だ。


「く、くっくっく……!」


 僕の疑念を隠そうともしない顔をそんなに面白かったのかロキは苦しそうに背を丸めて笑い出してしまた。


「いえ、失礼……」

「お前に“失礼”という概念があったなんてね」

「ハハ、別に貴方を馬鹿にして笑ったわけではないのですよ? ただ、自分でも何でこんな事になったのだろうとおかしくなってしまいましてね……」

「……?」


 やはり今日のロキはいつもと違っていて調子が狂う。


 ロキはシートベルトを外して立ち上がり、時空間エンジンが納められている箱に腰かけて僕と向き合う。


「貴方は確かに不幸だ。でも、限りなく幸運でもある……」


 僕の不幸とはARCANA(腐れ外道)に目を付けられた事だろう。

 父さん、母さんは殺され、僕と兄ちゃんは奴らに捕まって体を弄り回されて作り替えられてしまった。

 そして僕は兄ちゃんと戦うハメになって、奴らの洗脳が解けて一緒に戦うようになったのも束の間、結局、兄ちゃんは帰らぬ人となってしまったのだ。

 これを不幸と言わずに何を不幸と言うのだろう。


 そして僕の幸運とは……


「僕の幸運って人の出会いに恵まれた事?」

「いえ。そりゃ貴方の人柄のおかげです。現に貴方のお友達だって私の事はゴキブリを見るような目で見てくると思いますよ?」


 自覚はあるのか。

 つくづく救えない奴だ。


「私が言う貴方の幸運とは“力”を与えられた事、そして自分の力でできる事をしようと思った事ですよ」

「力? そんなもの僕は望んじゃいないよ」

「でも実際、貴方は与えられた力で暴れまわって自分の好きなように世の中を変えてきたでしょう? それが自分のためとか他人のためとか、正義であるかとか私利私欲であるかは置いておいて……」

「そりゃあ、僕が戦わないと僕みたいな思いをする人がもっと……」

「いえ、私もそれを責めているわけではありません」


 そこでロキは再び笑顔から苦虫を噛みつぶしたような、苦い思い出を無理して思い出そうとしているかのような顔に戻る。


「……昔の話です。『ヒーロー』なんて言葉の意味が今日のものとはまるで違っていた時代の話。世界を救おうとしていた1人の少女のお話です。もっとも、その少女の世界は狭く自分が知るものだけのものであっただろうし、“救う”だなんて言葉も考えもしなかったかもしれません。ただ、彼女は自分の知る限りの世界の人々に笑顔で、幸福でいてほしかったのだと思います」


 ロキが語りだしたのは御伽噺なのかな? それともロキのことだから北欧神話の話かもしれない。

 でも奴の表情は穏やかなものでありながらも自嘲の混じったもので、とても嘘や作り話とは思えない真に迫ったものだった。


「その少女も貴方と同じように“力”を与えられたのですが、少女が“力”を使いこなせなかったのか、それとも“力”を使いこなそうと世の中は変わらなかったのかは分かりません。でも確かなのは少女がいくら身を削って毎日毎日、飽きる事もなく彼女にできる事をしていたって彼女の望むような世界にはなりませんでした……

 そして、この少女と貴方にはもう1つ大きな違いがありましてね。貴方は先ほど自分でも言っていたように仲間というものに恵まれているようですが、少女は独りだったのですよ」


 何故かロキの口からはそんな単語なんか一言も出てきてはいないというのに僕の脳裏には土埃に塗れた荒野を1人で歩む女の子の姿が想像されていた。


 たった1人で世界を変える。

 それは途方に暮れるような話だろうと思う。

 そんな事を誰に頼る事もなく1人でなんて思わず背筋が冷たくなるような話だ。


「人間1人の力なんて結局は小さなものなのです。たとえどんな“力”であってもね」

「……で、その子はどうなったのさ?」


 別にロキがもったいつけた言い方をしていたわけではない。

 ただ奴は話が進むたびに深い後悔をにじませて、段々と話を進めるのが遅くなっていただけだ。

 けれど、その少女がどうなってしまったのか気になってしょうがない僕はロキに続きを急かす。


「人間1人の力では限界がある。でも少女が与えられた“力”即ち“魔法”の無限の可能性は少女を人間ではなくしてしまったのです」

「え?」

「人間の力に限界があるのなら人間である事を捨ててしまえばいい。言ってしまえば単純ですが、そのせいで少女は死んでしまえば後は御仕舞の人間の生を捨て、悠久の時を生きる事となってしまったのです。もっとも、それを『生』と言っていいのかは私にも分かりませんがね」

「ちょ、ちょっと待ってよ! この世界の人間は魔力を持つ人は珍しいって話だし、人間である事を辞めるだなんて、そんな魔力を持つ人間がいたっていうの!?」


 僕の知ってる内でもっとも魔力が高いのは真愛さんかマックス君だろう。

 でもマックス君はそもそも異世界の人だし、魔族らしいからそもそもロキが言う人間なのかは疑問だ。

 それに真愛さんだって数年間に渡る戦いの後でさえ人間である事を辞めたりなんかはしていない。


 一方、慌てたような僕の声を聞いてロキは手品の種明かしをする時のようなニンマリとした顔をしていた。


「貴方だって知っているハズですよ? 適性があれば普通の人間を魔法を使える存在に変えてしまえる物を」

「魔法……、少女……」


 山本組長たちヤクザガールズや真愛さん、ZIZOUちゃんさんは異世界「魔法の国」からもたらされたアイテムを使って自分の体を魔法少女へと作り替える事ができる。


 僕はウサギのようにしか見えないラビンの顔を思い出していた。

 あんの糞ウサギ、過去にそんな事をしていたのか!

 帰ったらシメてやろう! アパートの調味料入れに買ったままほとんど手をつけていないハーブソルトがあるからたっぷりとそいつを刷り込んでオーブンに放り込んでやる。


「『魔法の国』の奴らは何が目的でそんな事を……!」

「うん? 別に『魔法の国』の人たちは悪くありませんよ?」

「え? どゆこと?」

「ああ、『魔法の国』から試作品のマジカル☆バトンをかっぱらって、その少女に与えたのは私なんですよ!」


 ……ラビンさん。ゴメンなさい。

 一件落着したらその内、菓子折りでも持っていきます。

 ていうかさ……。


「なんだよソレ! 結局、お前の仕業じゃねぇかよ!! おおん!? ここで死ぬかコノヤロー!!」

「うわっ! ちょ、暴れないで!?」

次回もロキと誠君のお話です。

なんで前回登場した巨人と香川番外編「あまねく全ての人に“愛”を!」に出てきた巨人の描写が異なるのかのヒントのお話になると思います。

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