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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第44話 戦え! ヒーロー“たち”!!
348/545

44-7

「『深き者ども(ディープ・ワンズ)』……」


「おはり」艦橋内を沈黙が支配する。


 日吉1佐が口にした言葉は「海の男」を自任する海上自衛隊最精鋭の面々をしても恐怖の対象であった。

 いや、なまじ1年の大半を海の上で暮らす彼らであるがゆえに彼らが感じた恐怖はより強いものとなっていたのだろう。


 深き者ども(ディープ・ワンズ)

 それは既存の文明とは何ら共通点を見出す事ができない水中文明を指す。

 生物学的にも地球の陸上を支配する人類との類似は見受けられず、それどころか宇宙全体に広く生息が確認され、星系ごとに亜種化して細やかな差異が見受けられる人型(ヒューマノイド)生物と比べても「深き者ども」は明らかに異質な存在であった。


 これまでに数度、地球陸上人類が「深き者ども」と接触をもって判明していることは、彼らは非常に獰猛で残忍な性質であり、大抵の彼らとの接触事例は流血沙汰となっていた。


 これは同じく異質な文明を持つ地底人類とも明確に異なっており、例えば数年前にそれまでその存在すら眉唾物であった地底人類は突如として日本の中学生を拉致して支配権を賭けたデスゲームを強いてきたが、ゲームに敗北した地底人類はそのまま地底へと帰っていった。

 これは地底人類に地上人類とは異なるものとはいえ“知性”や“規律”“統率”が存在することを意味しており、彼らとの対話が可能なのではと推察する研究者も多い。


 だが「深き者ども」にはそのようなものは存在しない。

 彼らが陸上人類と出会った時、そこには殺すか殺されるかの選択肢しか存在しないのだ。


 日吉が海中を接近してくるものを「深き者ども」だと断じたのはソナーを埋め尽くす“何か”がかつて「バミューダ・トライアングル」で確認された「深き者ども」の兆候と良く似ていたからであった。


「何をしている!? 『戦術I』だッ!! 急げ! 敵は待ってはくれんぞ!!」

「は、ハッ! 『戦術I』!」

「武器庫を開けて武器を配れ!」

「『いずも』対潜機、離陸します!」


 日吉は部下を叱咤して対応を急がせるが、おそらくは彼らの努力も無駄に終わるであろう事を薄々とながら理解していた。


 スクリーンに映るソナーの2次元画面はほぼ完全に物体の反応を示すオレンジで埋め尽くされ、過去に「バミューダ・トライアングル」で確認された物とは良く似ているが比較にならないほど大きな規模のものであったのだ。


 窓の外、ルルイエと戦艦「おはり」の間の海原には海中を進む“何か”のせいで津波のような大波が立って真っすぐ「おはり」へと近づいてきており、それが日吉たち艦橋の者たちの神経を逆なでにしていた。


 遅ればせながら先ほど発射されたトマホーク大型対艦巡行ミサイルがルルイエ海岸付近のクトゥルーへと向かっていく。

 日吉たち誰しもが淡い、蜘蛛の糸をすがるような気持ちでミサイルの行方を見守る。

 彼らに迫る脅威の原因がクトゥルーにあるのなら、あれを撃破する事で海中を進む脅威も消えてくれるのではないかという半ば現実逃避にも近い精神状態であった。

 だが……


「TIRITIRITIRI!!!!」


 突如として海中から飛び上がった巨大な半魚人がルルイエの海岸に降り立ち、クトゥルーをかばうように立ち塞がってチェロを乱雑にかき鳴らしたような鳴き声を上げると次々にミサイルは勝手に爆発して落ちていってしまう。


「ダゴン……」

「ダゴ……、何ですか、それは?」


 日吉は海中から現れた全長60メートル以上はありそうな巨大な半魚人を「ダゴン」と呼んだ。


 カエルのような、イルカのような滑った艶のある灰色の皮膚に、鳥や昆虫の雄が雌の気を引くよう進化したような鮮やかな彩色をした腕ヒレ、背ビレ。

 瞼の無い目に、皮膚がたるみエラの張った顎は本当に(えら)があるのか呼吸をするたびに大きく開いて周囲の皮膚を震わせていた。


 そのような半魚人など日吉とて初めて見るものだった。

 だが、彼には心当たりがあったのだ。


「かつて『深き者ども』の遺跡が発見され、そこを調査した時の資料にな『ダゴン』と呼ばれる奴らの王についての彫刻があったらしいのだ……」

「すると、アレが……」

「ああ。恐らくはな。かしずく『深き者ども』よりも明らかに巨大に描かれたそれは『王の権力』を示すために巨大に描かれたものだと推測する研究者もいたそうだがね。何のことはない。本当に彼らの王は巨大だったのだ!」


 苦虫を噛み潰したような顔で目だけは「深き者ども」の王、ダゴンを睨みつける日吉に山口艦長も言葉を失っていたが、部下の言葉にわずかな希望の光を見出す。


「ASROC、いけます!」

「良し! 各艦とリンクは!?」

「調整良し!」

「出し惜しみはするな!」


 下階の砲雷長の指示により「戦術I」の第1段階であるASROCが発射される。


 同じく僚艦の「きい」の他、後方の護衛艦からも同様にASROCが発射され、データリンクにより各艦の発射したASROC(Anti Submarine ROCket:対潜ロケットランチャー)はほぼ同時に海中へ短魚雷を投下する。


 この魚雷は敵に対して直撃させるための物ではない。

 海中へ投下された魚雷はあらかじめセットされていたデータにより自動的に起爆、海中での爆破は陸上よりも強力な爆圧をもって周囲の水生生物たちを殺傷せしめるのだ。


 それが「戦術(タクティクス・)(インスマウス)」の第1段階である「敵集団接近の阻害」と「敵集団の組織的戦闘能力の剥奪」である。


「駄目です! 敵集団、止まりません!!」

「チッ! 短魚雷! 両用砲!」

「『いずも』にヘリの発艦を急がせろッ!」


 かつて米国の港町インスマウス沖で確立された「戦術I」も今日、日吉たちが陥った状況とは比べ物にならないほど小規模な戦闘で作られたものであった。

 ルルイエを守る「深き者ども」を一掃するにはとても火力が足りないのだ。


 なにしろ第1護衛隊が発射したASROCは30発。とてもソナースクリーンを埋め尽くす敵を排除するには足りないのだ。

 そして第1護衛隊が保有していたASROCはその30発で撃ちきり。後は対潜ヘリから投下する爆雷と短魚雷、各艦から発射される短魚雷と5インチ(127ミリ)砲の対潜射撃で凌がなければならないのだ。


 先にヘリ空母型護衛艦「いずも」から発艦していたSH-60KヘリコプターがAGM-114M(ヘルファイアⅡ)空対艦ミサイルをダゴンへ向けて発射した。

 だが先ほどのトマホークと違い、巨大半魚人は煩わしそうに腕をはらってヘルファイアをはねのける。


 ヘルファイアⅡは対戦車ミサイルを原型とする対艦ミサイルであり、ヘリコプターにも搭載可能なほどに小型の物である。

 当然、SH-60の乗員もトマホークすら無効化する半魚人にヘルファイアが通用するとは思ってもいなかったが、彼らはとっとと母艦に帰還して短魚雷を積み込み彼らの艦隊を守らなければならないのだ。

 クトゥルー攻撃のために積んできたヘルファイアを降ろす手間を省くためと行きがけの駄賃とミサイルを発射したのだが、その判断が彼らの命運を分けたのかもしれない。


 ダゴンは口からウォータージェットのような水流を放って上空を飛ぶSH-60Kを次々と撃ち落としていく。

 瞬く間にルルイエ付近を飛ぶ4機のヘリは全て撃墜されて黒煙を上げるだけの物に成り果ててしまう。


「……TIRITIRITIRI!!!!」


 再びダゴンが耳障りな甲高い音を立てて叫んだ。


 その咆哮が呼び声であったのか、海中を進む大波の中から無数の海魔たちが現れて彼らの王の呼びかけへ応じる。


 小型のクジラほどの大きさで海面スレスレを滑空するトビウオ。

 3対6本の巨大なハサミをガチガチを鳴らす巨大エビ。

 毒々しい色合いのイソギンチャクを幾つも甲羅の上に乗せた双頭の大海ガメ。

 トンネル掘削機のようなサイズの鋭い先端を向けて突進してくる巻貝。

 そしてイルカのように大きな青魚に跨る半魚人に、サーフボードのように巨大エイの背に立つ半魚人。


 海中から現れた「深き者ども」の軍勢を目の当たりにした「おはり」艦橋の者たちは一様に言葉を失ってこの世の終わりのような表情をしていた。


「……艦側を向けていたのは失敗でしたか?」

「いや、距離を詰め過ぎていたのが失策であったのかもな。それより見てみい、半魚人どもが乗っとる魚、ありゃあデカいがイワシじゃあないか?」


 そういえば今朝の朝食はイワシのかば焼きの缶詰であったなと日吉は思い出しながらも顔から双眼鏡を降ろして手を離す。

 今は首から紐で吊るした双眼鏡の重さにすら耐えられないほどずっしりと重量が身に染みる。


「……まったく、魚編に弱いと書いてイワシだろうに……」


 この期におよんで日吉たちにできる事は何もない。

 艦側に並んだ両用砲たちが健気に水面下へと次々に砲弾を送り込んで水しぶきをあげ、短魚雷が巨大なカメの甲羅をカチ割って海底へと沈めるが今さら10や100の敵を倒したところで何になるというのだろうか? 10倍、100倍、いやこの1000倍の敵を屠ったところで「深き者ども」は止まらないだろう。


「いずも」を護衛してした3隻、「むらさめ」と「いかづち」「はたかぜ」が増速を始めて2隻の戦艦を守ろうとしているが5、6000トンの護衛艦では奴らの前進を食い止めることは難しいだろう。


 まるで悪あがきのように再装填の終わった「おはり」と「きい」の46cm砲が再びクトゥルーへ向けて放たれるが、旧支配者の前に立ちふさがる巨大半魚人ダゴンに阻まれてあらぬ所へと弾かれる。


「……力場(フィールド・)防御(ディフェンス)、いや、これではまるで“魔法”ではないか……」


 ダゴンが46cm砲を防ぐ際にまた吠えた時、空中へと何か半透明の障壁のような物が浮かび上がったのを見て日吉は呆れかえったように唸る。

 障壁に浮かんでいた文様、それは彼の目には魔法陣のような幾何学的なものに見えた。


 そして、ついに「おはり」へ「深き者ども」の魔の手が届いた。


「……ッ!? なんだ!」


 7万トン級の超ド級戦艦である「おはり」が揺れる。


 足を滑らせた日吉は壁面にしたたかに左肩を打ち付けながらも状況の報告を求めて声を上げた。


「敵に取りつかれました! 巨大なオウム貝です!」

「いつの間に!?」

「海上へ上がってきていた連中は陽動だったとでも!?」


 敵がどこにいるのかは聞かなくとも分かった。

 艦全体の僅かながら左に傾いているのだ。日吉と山口が滑るように動いて艦の左側面を確認すると5階建てのビルほどの巨大なオウム貝が「おはり」に取りついて艦体に触手を絡ませているのだ。


 CIWS(近接防御火器)の20mmバルカン砲が火を噴くが巨大オウム貝には歯が立たず、それどころか5インチ砲の接射すら弾き返されて、跳ね返った砲弾によって後艦橋が損傷を負うほどだ。


「『きい』の主砲でなんとかならんか!?」

「駄目です! 近すぎます!」

「クソッ!!」


 艦内に侵入した触手は次々と「おはり」乗り組み員を襲い、しかも柔軟性に富んだ触手は小銃や防火用の斧の反撃をまったく受け付けない。


 進退窮まった「おはり」であったが、彼らの災難はさらに続く。


 艦体が傾いた事で水面下への射撃が行われなくなり、海魔たちの軍勢は彼らの眼前に迫っていたのだ。


「ええい! これまでか!?」


 だが「おはり」と海魔たちの間に2本の火球が降り立ち海中で炸裂。

「おはり」へと迫っていた「深き者ども」を爆圧で吹き飛ばす。


「何だ!?」


 先ほどの2線の火球、それは砲弾であった。

 だが「おはり」の物でなければ「きい」の物ではない。さきほどのクトゥルーへの2度目の射撃からまだ再装填は終わってはいないのだ。

 また「むらさめ」らの5インチ砲、3インチ砲とは比較にならぬほどの巨砲であることは一目で分かる。

 だが、そのような砲を搭載している艦など2隻の改大和級しか第1護衛隊には存在しないのだ。


「なんなんだ……」

「大変です!」

「今度は何だ……?」


 目の前の危機をとりあえずは脱したせいか、それとも自身の想像力の限界を超えた出来事の連続のせいか疲れ果てていた日吉がため息をつきながら聞き返す。


「ラーテです! いつの間にかラーテが接近していました!」

「なんだと!? では先ほどの砲撃は……」


 モニタースクリーンには多目的迷彩を解除して水しぶきを上げながら接近してくる超大型ホバー戦車「ホバー・ラーテ」の姿が映し出されていた。

 ラーテは「おはり」の3時方向から急速接近しつつ車体前部に装備している副砲を発射していた。

 副砲から放たれた砲弾は先ほどの砲撃の火球よりも小さな物であったが再び「おはり」に迫る海魔たちの群れへと落下して炸裂する。


 砲塔に装備された2門の巨砲から硝煙が立ち上っている事から察するに先ほどの2つの火球はラーテの主砲から放たれた物であったのだろう。


「『UN-DEAD』! 奴ら、何の目的で……」

「分からん。だが、海戦で戦車に援護される事になるとはなぁ……」


 艦体に取りついたオウム貝は未だ健在であるし、海魔たちの群れは依然として圧倒的な物量だ。

 それでもすでに日吉はそれらの事を忘れたかのようにモニタースクリーンに映る巨大戦車を見つめていた。


(……ん? あの子は……?)


 戦場と化した大海原にはあまりに不釣り合いな存在に日吉が気付いたのはしばらくしてからだった。


 ホバー推進により盛大に水しぶきを上げて進むラーテの砲塔の上に1人の少女が腰かけていたのだ。

 頭の後ろに髪を団子のようにまとめて、今時珍しい割烹着を着た少女。


 その少女が、割烹着の内側から何か棒状の物を取り出す。

最近、涼しくなってきましたね!

「冬のコタツで食べるアイス」のように、この時期は窓を全開で布団と毛布にくるまって寝るのが幸せです。

でも、1歩間違えると風邪ひいちゃうの。

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