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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第44話 戦え! ヒーロー“たち”!!
344/545

44-3

 H市総合運動公園に現れた黒い半球状の空間。

 半球の直径は7、80メートルほどだろうか。綺麗に真球を真っ二つにしたようなその形から高さも同じくらいはあるだろう。


「クソッ!! なんだってんだよッ!?」


 アーシラトが半球の壁面に拳を叩きつける。

 何度も、何度も。


 だが壁面はビクともすることなく、それどころか野球部員がバットで殴っても、マクスウェルの魔法弾に聖剣での斬撃、魔法少女の銃撃でも傷1つ付く事は無い。


 ならば下からと、マクスウェルが土属性魔法でトンネルを作ろうとしてみるが、黒い空間は地面の下にまで続いていた。

 どうやら地表から見えている部分は半球のように見えるが、空間は地面の下にまで続いていて球体のような形を取っているようだ。


「おい! 明智ぃ! どうすんだよ、コレ!?」

「ふむ……」


 駆け付けてきた明智元親が黒い壁面に触れてみると温かくも冷たくもない。ドアをノックするように軽く叩いてみても何ら反響音すら聞こえてこないし、壁面に耳を付けてみても内部の状況を窺う事はできないのだ。


 だが、その内部には邪神ナイアルラトホテプと羽沢真愛、長瀬咲良がいるのだ。


「この黒い球体、もしかして貴女の作るリングのような性質の物なんじゃないか?」

「なんだって?」


 アーシラトが魔力をもって作るリングはこのような大きな物ではないし、外から内部を観察する事も可能だ。


 だが明智は1つの類似点に気が付いていた。


 アーシラトの作り出すリングも精神的な作用によって外部の者が内部へ手出しする事が不可能となる。

 そしてこの黒い球体も物理的なものでも魔法を使っても内部へ影響を及ぼす事ができない。


「つまりはこの球体はナイアルラトホテプが羽沢と長瀬を確実に始末するために作り出した闘技場という事だ」

「なら、早くなんとかしないと!」

「いや、そうとも限らん……」


 明智も自分の考えに自信が持てないのか目を細めて苦しそうな顔をしている。

 他の者がこのような表情で何か言ったところで苦し紛れの強がりだと思われるのが関の山だろうが、明智という男がそのような物言いをする者ではないという事はこの場にいる誰しもが理解していた。


「どういう事ですか?」

「そうだよ! 咲良も真愛もロクに戦えねぇんだぞ!?」


 山本組長を始めとするヤクザガールズたちもアーシラトも明智に詰めよるように彼の考えに耳を傾けるが、明智自身、自分には計りかねる部分が多くてハッキリとした事は言えないのだ。


 それに対してアーシラトが言う「咲良も真愛もロクに戦えねぇんだぞ!?」という言葉は重い事実である。


 羽沢真愛は変身能力を失って久しいし、長瀬咲良は魔杖デモンライザーを用いる事で悪魔や妖怪の力を使う事ができる。だが、それも座敷童のライズボールは距離を詰められれば使いにくいものであろうし、アーシラトのアックスボンバーやウリエルのシャイニングウィザードを使ってしまえば咲良の肉体が耐えられない。

 しかも紛れようも無く“神”であるナイアルラトホテプを相手に天使であるウリエルや僅かばかりの神格を取り戻したアーシラトの力が通じるかは疑問が残るのだ。


「……なんでナイアルラトホテプは真愛だけではなく、長瀬咲良までこの空間に閉じ込めたんだろうな?」

「うん? そりゃあ……」


 アーシラトの言葉はそこで止まってしまう。


 ナイアルラトホテプが咲良を殺す理由などあるのだろうか?


 かつてアーシラトやベリアルを従えていたソロモン王であれば殺そうという理由も分かる。

 かの71柱(バアルはすでに引退していたために欠番)の悪魔たちがいればナイアルラトホテプとて計画の完遂まで微塵も油断する事ができなかったであろう。事実、2000年以上前の戦い以降、あの邪神は地球で大規模な動きを見せていなかったのだ。


 だが対して咲良はどうだ?

 すでに最大の戦力であった悪魔ベリアルはすでに亡く、河童は捕らえられて、座敷童は武者修行でどこにいるか知れたものではない。今、咲良のそばにいるのはロクに動く事すらできないツチノコが1匹。そして“存在そのもの”ではなく“力だけ”を借りたカードが2枚。

 たったそれだけなのだ。


 これがクトゥルーの復活まで幾らか猶予の時間があるというなら話は分かる。

 咲良が仲間を増やして“デッキ”を完成させたならば、それはかつてのソロモン王と並ぶ存在にもなりえるのだ。

 だがすでにナイアルラトホテプの計画は最終段階。

 後は東京に接近したクトゥルーに河童を生贄として捧げるだけなのだ。とても咲良が力を蓄える余裕などあるわけもない。


「つまり咲良さんには邪神に殺さなくてはならないと思わせるだけの何かがあると……?」

「ああ、そうだ。魔杖デモンライザーと長瀬咲良にはまだ俺たちの知らない力がある……」


 栗田が自分と同じ答えに達した事で幾ばくかの安心感を得たのか明智は表情を緩めて大きく頷いた。


「俺の考えが正しければ、この黒い球体は、羽沢と長瀬を捕らえる檻から邪神が自ら掘った墓穴と化すだろう」

「…………」


 アーシラトは明智の顔をただ見つめる事しかできなかった。

 明智は魔杖にまだ自分たちが知らない能力があるというが、彼女にはとても信じられない。

 第一、そんな力があったならソロモン王が使っていたのではないか?

 あの男は自分の力を過信したり出し惜しみをしてむざむざと敗れるような男ではなかった。


 だが、この黒い球体内部に捕らえられた真愛と咲良、2人の友人が生きて帰ってくるためにはそのとても信じられぬ未知の力とやらを信じるしかなかったのだ。


 結局、彼女は“神”である自分が祈る事になるとはと自嘲気味に笑いつつも胸の前で両手を合わせて変わり映えのしない黒い球体を見つめていた。




「明智さん! 『突入部隊』と連絡が取れません!」

「なんだと!? 災害対策室でも警察でも構わないから中継を!」

「駄目です! 有線、無線を問わずどことも連絡ができません!」


 アーシラトを見倣ってその場にいる誰しもが黒い球体を固唾を飲んで見守っていると、通信員として観客席下階の実況室にいた野球部員が声を張り上げて明智は我を取り戻した。


 明智も携行しているトランシーバーを操作してみるがどのチャンネルも酷いノイズが走っていて思わず顔を顰める。


 栗田に目配せしてみると、それだけで彼女は三角帽子の“通信”魔法を使って組員同士で連絡が取れるかと試す。


「“通信”魔法は使えるみたいですね」

「……そうか。山本組長、済まないが臨海エリアと災害対策室に連絡員として組員を飛ばしてくれるか?」

「はい! きっと真愛さんも咲良ちゃんも中で頑張ってるんです! 私たちも私たちでできる事を精一杯やりましょう!」

「そうだな……」


 H市総合運動公園の南東にある臨海エリア付近の突入部隊とも北部の災害対策室庁舎とも連絡が取れないという事は恐らく通信妨害はこの運動公園で行われているのだろう。

 その原因がこの黒い球体かは分からないが唯一、使える魔法少女の魔法を活かさない手はない。


 だが通信要因として臨海エリア、災害対策室庁舎へそれぞれ2名の魔法少女が飛び立っていった後、それからしばらくして入ってきた戦況報告は明智も口をあんぐりと開けるほどに彼の想定から外れたものであった。


 そして、挙句の果てには総合運動公園にいる者たちがどのような手段をもってしてもビクともしなかった黒い球体にいきなり穴が開いて全裸の男が背中の羽をはためかせて飛び立っていくところを見て彼は立ったまま気を失ってしまっていた。


 暗くなっていく視界の中で彼が最後に目にしたのは黒い球体に空いた穴が急速に塞がっていくところと、全裸の男が飛んでいくのは臨海エリアの方向であるという事だけ。

明智君は意外とメンタル弱い気がする。。。

想定外の事態に対してキャパが無いというか。

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