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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第43話 信じるという力
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43-7

 西住涼子たち天昇園の面々はH市南消防署へと移動していた。


 車道の所々にはクトゥルーの咆哮の影響によって乗り捨てられた自動車が放置されたままであったが警察や自衛隊、また地元の建設会社などの協力によって道路脇へと寄せられて天昇園の誇る戦車隊も前進する事が可能になっていたのだ。


 H市南消防署は市南部の郊外に位置し、最南部の臨海エリアへも近い。


 そこで天昇園の面々は他の突入部隊参加者と合流して作戦決行の合図を待っていた。


 作戦に参加するのはナチス・ジャパンからラルメが接収したヤークト・パンテルⅡの他、天昇園戦車隊3号車の九七式中戦車(チハ)改Ⅱ、4号車の九五式軽戦車。2号車は宇宙テロリストとの戦闘で損傷した砲塔旋回装置の故障が未だ完了していなかったために参加せず、2号車車長の島田はヤークト・パンテルへと乗り込んでいた。


 さらにハドー獣人が5名に旧陸軍式の軍装で身を固めて三八式歩兵銃を肩に担いだ高齢者が72名で歩兵3個小隊を編成している。

 特別養護老人ホームに入所している高齢者たちは軽くとも要介護認定2以上が認められている者ばかりであるが銃剣突撃戦法に向いた長大で重い三八式歩兵銃を手にしても決戦を前に高齢者たちの目は輝き、その意気は天をつくばかり。


 その他、天昇園からは牽引式の長10cm高角砲、47mm対戦車砲、5式40mm高射機関砲が大型トラックで曳かれて来ていて、それらの操作要因も高齢者たちが務める。

 普段はデイサービスやショートステイ、あるいは通院などへの送迎に使われる3ナンバーの1ボックスカーも座席を倒されて各種弾薬を搭載して補給車として使われる予定だ。


 だが1ボックスカーに乗り込んできた天昇園の職員たちは一様に顔が強張り極度の緊張を隠す事もできないでいた。

 その姿はまるで遠足前出発前の小学生のように底抜けに明るく冗談を飛ばし合う高齢者たちとは正反対だった。


「西住ひゃん、不思議きゃい?」


 チハとは違い、いかにも頼もしい駆逐戦車の傍らで涼子は思い思いに車座になってアスファルトの上に胡坐をかいて煙草を吹かしたり缶コーヒーを飲んで笑いあう高齢者たちを見ていた。


 その彼女に島田が近付いてきて話しかける。


「不思議というか、怖くはないのかなって……」

「ワシらにとっちゃ今から戦えるという事は別に怖いという事じゃあにゃいよ。戦えない方がもっと怖い……」

「戦えない方が……?」


 涼子は島田の言葉をそのままオウム返しで聞き返していた。

 それほどに彼の言葉は意外なものだった。

 まだ「怖い物など何も無い」とか「この歳になったら怖い物など無くなった」とかなら理解できなくもない。


「ワシらの中には前の戦争で何ヶ月も洞窟の中でじっと息を殺して耐え忍んでおった者や何千キロもただただ泥水に塗れて撤退を続けておった者もおるでの。今から戦えるというのは、それだけで気が楽になるものなんじゃ……」

「そんなものですか……」

「それだけじゃない。ワシらだってまだやれるんだって見せつけてやりたいのじゃな。別に涼子ちゃんたち天昇園の人たちには不満はないがな。それでもワシらは自分の家にもおれんようになったモンばかりじゃ。井上さんとこのひ孫さんみたいにちょいちょい顔を見せてくれるような家族なんて珍しいくらい。ワシらは自分の家で死ぬ事もできない社会のあぶれ者なんじゃよ」


 涼子は島田の言葉で今まで島田の家族が面会に訪れた事が無いのを思い出していた。

 自分だったらどうだろうと考える。

 自分だったらできれば人生の終着、死ぬ直前まで自分の家で家族と暮らしたいと思うのではないだろうか? そして、恐らくは施設利用者の高齢者たちも思いは同じなのだろう。


 彼らが普段、陽気に楽しく天昇園で暮らしているのも、映画のスクリーンから飛び出してきたような本物のお姫様であるラルメにかしずいて暮らしているのも家族の元を離れた寂しさの反動なのかもしれない。


「ま、どうせ自分の家で死ねんのなら病院のベッドの上だろうが、戦場の泥の中だろうが大して変わらんじゃろ? ならワシらだってまだこんだけやってやれるんじゃぞって所を見せてやるのも一興だろう。皇女様も西住しゃんもワシらの戦いぶりは見てくれるじゃろ?」

「皆さんがこんな所で死んだら、宇佐は泣きますよ?」


 自分でも卑怯な言い方だろうと思う。

 自分がどう思うか伏せておいて宇佐を引き合いに出したのだ。


 だが実際の所、自分は重装甲大火力のヤークトの中にいて、死にゆく顔馴染みの高齢者たちがむざむざ死んでいくのを許せるのだろうか?


「……宇佐ちゃんは泣くか……。……そりゃあ困ったのう……」


 島田は涼子から目を逸らして振り絞るように呟いた。


 どこか遠く、邪神の勢力が占拠する臨海エリアの方を見つめていた島田へどうして自分は「死なないでください」とただそれだけが言えないのだろうと涼子は自分が情けなくなっていた。


 だが涼子が意を決して胸の内を言葉にするよりも前にH警察署の戦車隊指揮官、北条警部が来てそれで涼子と島田の会話は途切れてしまった。


「星野綜合警備のお三方が見えました。改めてブリーフィングの方を……」






「遅れてごめんなさい……」

「スマンの! ワイら勤務時間外は携帯の電源を切っとるんや!」

「お前はもう少し悪びれて見せろっ!!」


 突入部隊の内、最後にH南消防署に到着したのは星野綜合警備で働く異星人3人組であった。


 彼ら異星人の間では時間外労働は尊属殺人と同じレベルで忌み嫌われているらしく、勤務時間外に仕事の件で電話を取る事すら嫌うらしい。


「今日は休日やけどあのボンクラが出てきたっちゅ~んならしゃ~ないわな!」

「ナイアルラトホテプ。ホント、いい加減にして欲しいわよねぇ~!」

「まったくだ!」


 だが邪神ナイアルラトホテプの悪名は宇宙でも轟いているらしく、異星人の彼らも住居としている倉庫へ星野綜合警備の社長が駆け付けて事情を説明すると2つ返事で休日出勤を了承していたのだ。


 茄子やイルカのように黒光りする巨大な黄色い単眼を持つチョーサク。

 2足歩行のカニのように赤く見るからに強固な外角を持つジュン。

 そして1ボックスカー並みの巨体に多数の脚や触手にスズメ蜂のような警戒色のミナミ。


 この3人の異星人、話しぶりのノリこそ軽いが生身で宇宙空間での戦闘が可能なほどで涼子たちが宇宙テロリストと地上で戦闘を行っていた頃、デスサイズの宇宙巡洋艦撃沈ミッションを支援していたというほどの豪の者たちだ。


 天昇園部隊にこの異星人3人組の他に突入部隊に参加するのは歴戦のロボット戦士、スティンガータイタン。異世界から帰還した高校生勇者とそのパーティ。そしてH警察署から16式戦車9輌にIFV(歩兵戦闘車)などの戦闘装甲車両部隊。


 警察の部隊は未だ臨海エリア内で身を隠している民間人の救助の他、突入部隊が後ろに回り込まれて挟撃を受けるのを防ぐために支援に徹するという。


 つまりは実質、突入部隊の数の上での主力は涼子たち天昇園部隊が担う事になる。


 また敵は邪神という事で魔法を用いた妨害を受ける事も予想され、その場合の対処は異世界勇者パーティーが担当。

 異星人3人組は臨海エリア内での小規模な陽動を含めた遊撃を担当。

 スティンガータイタンは天昇園戦車隊に随行して火力面で不安を抱えるチハ改と九五式のサポートをしてヤークト・パンテルⅡの前進を支える。


 消防署庁舎前のアスファルトで各隊代表は立ったまま北条警部が広げる地図を見ながら作戦を詰めていく。


「しかしナイアルラトホテプの奴は悪どいので有名やで? そんな簡単にH総合運動公園にまで戦力を引っ張ってこれるのかいな?」

「ん? ああ、御3方にはまだ『おびき寄せ作戦』の説明をしていませんでしたね……」


 警察戦車隊の北条警部が代表して「2重作戦」のもう1翼であるH総合運動公園への「おびき寄せ作戦」の概要について説明していく。


「……というわけで邪神ナイアルラトホテプを毛嫌いしているという旧支配者クトゥグアを召喚するフリをして、邪神側にその邪魔のために臨海エリアから戦力を抽出させて敵防衛網に穴を空けさせるのですよ」

「…………」


 北条警部の説明を聞いて異星人3人組は言葉を失ってしまった。


 打ち合わせに参加していた涼子は3人がクトゥグアという存在を知らないがために判断に困っているのだろうか? とも思ったものの、それにしては何やらおかしい。


 3人ともヒューマノイド型ではないために表情は読み辛いのだが、何だか3人はジワジワと焦りが溢れだしているように思えた。


「ど、どうかしましたか?」

「ちょ、ちょっとね……。え、えと、いいかしら?」


 やがて3人は目配せして頷きあうと代表してミナミが切り出した。


「私なんだけど……」

「はい?」


 この異星人3人組とは以前にも面識があった涼子は彼らがこうも焦って、それでいながら言葉を選ぶような事態に不安にかられはじまているのに気付く。


「いえ、だからね。私の種族、銀河帝国の文化圏では『宇宙怪獣サウスガルム』なんて名前で知られているんだけどね……」

「ええ、それが……」

「母星のフォーマルハウトの近辺じゃ『クトゥグア』って名前で呼ばれてるのよね……」

「は……?」


 今度は3人組以外の全員が言葉を失う番だった。


 この2重作戦の肝は濃密な敵防衛網に穴を空けるために「お前の天敵であるクトゥグアを呼ぶぞ!」とブラフで脅しをかける事にある。


 だが、果たして地球に、しかもこの街にクトゥグアがすでにいるのに「召喚するぞ!」と脅して効果があるものだろうか?


「……まさか作戦は……、失敗!?」

「お、おい! 総合運動公園の『おびき寄せ部隊』に連絡を!!」

「……駄目です! 有線、無線ともノイズが酷くて通信できません!!」


 北条警部が部下へ命じて総合運動公園に展開している部隊へ連絡させるが、敵の方が速かったのか、すでに通信は繋がらない。


 大声で叫ぶ通信員の声に周囲の者たちも異常事態に気付くが、涼子は頭の中が真っ白になって何も考える事はできなかった。


(……こ、こんな時、泊満さんなら……)


 彼女が思いついたのは昨晩、消息を絶った1号車車長、泊満ならばこのような状況でどうするかという事であった。

 だが、混乱した頭では何も考える事ができず、ただかの社長の顔だけが浮かんでくるだけだ。


「お、おい! アレ! アレは!?」

「あんな物の連絡など受けてはいないぞ!?」


 さらに消防署前に展開してきていた突入部隊の混乱は度合いを増していく。

 突如として謎の飛行物体が彼らの頭上を飛行していったのだ。


 空力特性の一切を考慮されていない直方体そのままの飛行物体は猛スピードで緩やかに降下しながら臨海エリアへと突っ込んでいく。


 その全長4、50メートルほどであろう直方体の飛行物体は地球人の製造した物ではなく、明らかに異星人の機体だ。

 一般的に恒星間航行を行う宇宙船はその高速ゆえに宇宙空間にわずかに存在する気体の抵抗すら無視できずに流線形を取るという。

 だが大型母船に搭載されるような小型機ならばスペース効率のみを求めて、あのような箱型の形態になるのだという。


 涼子はその異星人の飛行物体を見て、何故かそれが険しい山中から突如として飛び出して獲物を襲おうとする虎のように思われてならなかった。


「……泊満さんだ。泊満さんが帰ってきたんだ……」


以上で第43話は終了となります。

第44話でついに戦闘開始です。

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