43-4
チャッカッポッコ、チャッカッポッコ、チャッカッポッコ……
小気味良い地面を叩く音と共に僕の身体は上下に揺られる。
僕は何故か馬に乗って東京の街を走っていた。僕の後ろにはロキが乗って、僕の腰にしがみついている。
「ねぇ? お前んチの息子さんの骨格ってどうなってんの?」
「しばらく黙って乗ってたと思ったら随分と失礼な事をいいますね……」
そりゃ確かに僕が言った事は失礼なことだろうとは思う。たとえ相手がロキだったとしても。
でも誰だって同じ事を言いたくなるだろう。
なんせ僕が乗ってる馬は脚が8本もあるのだ。
しかもロキの奴はこの馬を「私の息子です」だなんて僕に紹介してきたのだ。そりゃ普通の相手ならとても失礼で言えないような事でも言ってやりたくなる。
子羊園にいきなり現れたロキは太平洋上のクトゥルーを始末するために僕に手を貸せと言い出し、「表にアシを用意してある」というから自動車かバイクでも乗ってきたのかと思ったら、この8本脚の馬がいたのだ。
まぁ、確かに車道が乗り捨てられた自動車が所々に放置してあるような状況では自動車なんか使い物にならないだろうけどさ、それだったらバイクやヘリコプターを使えばいいような気もする。
でも今から用意するのは時間がかかりそうだし、僕が自分で走ってしまっては折角、地獄のような朝食で摂取したカロリーを無駄にしてしまいそうなので仕方なく八脚馬に乗って「届け物」とやらが置いてある場所まで向かう事にしていた。
「…………」
「気になりますか?」
もう東京の街に埋もれて見えなくなってしまった子羊園の方を振り向いていたら後ろからロキが話しかけてきた。
何を馬鹿な事をと言わんばかりに嘲るような奴の声色に僕はムッとするけど、確かにH市の皆の事が気がかりなのは紛れもない事実だ。
子羊園を襲撃してきた敵集団のサイ怪人と戦ってえた情報から明智君には黒い粘性生物に寄生された怪人は強い再生能力を持つ事などは伝えてきてある。
それでも僕は心配だった。
こちらの戦力は乏しく、敵は「UN-DEAD」の戦力を取り込んで勢力を増した状態。しかも向こうは時が来て河童さんを生贄に捧げるまでの時間が稼げればいいのだ。戦力の出し惜しみなんてことはしないだろう。
「貴方もいつもは引退だなんだ言ってるんですから、お仲間たちの事を信じてあげればいいじゃあないですか?」
「って言っても心配なものは心配じゃん?」
「なら最初から引退なんて言わずに現役のヒーローでいればいいのでは? もしかしたら貴方が事前に動いていたら今回の1件は未然に防ぐことができていたのかもしれませんよ?」
ロキの言ってることはもっともな事かもしれないけれど、僕が極々、普通に幸せに暮らす事は父さんや母さん、そして兄ちゃんも望んでいる事だと思う。
死んだ僕の家族は誰も僕が戦いの日々を送る事を望まないだろう。
僕があのマジキチ集団を潰した後も戦うのは僕の平穏な生活が脅かされた時だけ。
僕の住んでるアパートの近所の商店街で異星人が暴れた時も。
こっちでできた友達に危険が迫った時も。
住んでいる町がハドーに侵略を受けた時も。
地球を爆破するなんて言ってる宇宙テロリストの宇宙艦を沈めた時も。
「風魔軍団」のアジトに攻撃を仕掛けた時だってそうだ。
僕を慕ってくれる後輩が狙われ、同じくこの世界では珍しいという魔力を持つ人間である真愛さんも危ないかもしれないからこそ僕は風魔のアジトへの攻撃に参加したんだ。
そうでもなければ僕の目に入らず耳に届かない限りは正直、どうでもいいことなのかもしれない。
でもロキはそんな僕の心根を見透かしたような言葉を投げかけてくる。
「貴方は自分で望んだわけではないにしても世界でも有数の力を持っておいて、『自分の敵は倒したから』なんて理由を付けて自分の好き勝手に生きていたいみたいですけどね。そんなんじゃ、いつか痛い目を見ますよ?」
「前に言ってた『僕が真愛さんのそばにいればその内、死ぬ』ってヤツ?」
「それは今日の事ではありませんがね。まぁ、そういう事です」
以前、真愛さんとZIONに映画を観にいった時の事、ふとロキの奴が現れてそんな事を言っていたのを思い出した。
「貴方が死ぬ、死なないの話は極端な話にしても、貴方、引退したからって携帯電話の電波も通らないような沖縄の離島にでも遊びにいって、その時に貴方じゃなければ対応できないような事態が起こったらどうするつもりなんですか? こないだの宇宙テロリストの1件もそうでしょう? 貴方のお友達の明智君は引退したなんて言ってる貴方を気遣って当日ギリギリまで貴方に作戦の事を漏らさなかったそうじゃないですか?」
「……それは」
確かにあの時、僕が急用でH市を離れていてスマホの電池を充電するのを忘れて電源が切れていたら、僕の代わりを務めていたのはヤクザガールズの山本さんと栗田さんだっただろう。
宇宙巡洋艦の対空砲火を掻い潜り、栗田さんの“障壁魔法”で敵の防御フィールドを突破して艦内に突入。
山本さんの“召喚魔法”で組員たちを地球から艦内に呼び寄せて制圧、もしくは惑星破壊爆弾を使用できないようにするというプランだったというけれど、全長3kmの宇宙巡洋艦をわずか10数名のヤクザガールズで制圧しきれただろうか? もし仮に作戦が成功していても少なくない被害が出ていた事は想像に難くない。……と思う。
「引退するつもりなら、ここぞという時に出てくるんじゃなくて、現役の連中を育てるつもりでじっと辛抱してるのも大事なんじゃあないですか?」
「お前にそんなふうに諭されるとは思わなかったよ……」
奴が言ってることはごもっとも。
でも言ってるのがあのロキというだけで真面目に聞く気は失せてしまう。
でも、まぁ、話半分にでも聞いておいてもいいかな? くらいの気持ちはある。
「そりゃあ今日は敵対しているわけじゃあありませんし、むしろこちらの頼み事を聞いてもらうわけですし、少し神様らしい事も言っておこうかと思いましてね……」
奴の言葉で僕の胸の中に「?」マークが浮かんでくる。
僕の後方、頭の上から聞こえてくるロキの事はどこか寂し気で、奴には似合わない苦い思い出を噛み締めるような後悔が混じっているように聞こえていた。
僕は奴の顔を見てみようと頭を動かしてみるけど、ロキの胸板に後頭部がつかえて後ろを向く事ができなかった。
「なあに私だって長く生きてたら、自分が“まともな神様”なら救えていた存在がいた事を思いだすことだってあるんですよ!」
ロキは自嘲気味に笑い、僕の後頭部にその振動が伝わってくる。
「……ところでさ、いい加減、行先くらい教えてくれてもいいんじゃない?」
「ん? もうすぐですよ?」
「はあ?」
僕をロキを乗せた八脚馬はH市を抜けてさらに北上。世田谷、渋谷を抜けた辺りでGPSを確認すると新宿区に入っていた。
ロキが言う「届け物」とやらの詳細は未だ聞いてはいないけど、新宿にそれがあるのかな?
てかコイツのアジトが新宿に?
やがて八脚馬は四谷を西に進み繁華街へと進んでいく。
「あ、ここテレビで見た事ある!」
その繁華街の入り口に建てられたゲートのような構造物、デカデカと電飾が取り付けられたそこには「歌舞伎町」の文字があった。
「眠らない町、新宿歌舞伎町」なんてフレーズが有名だけれども、現在は午前の9時半。
さすがの歌舞伎町も夜の喧騒が消え失せてのんびりとした雰囲気が漂っている。
クトゥルーの咆哮の影響は東京各所で見る事ができたというのに歌舞伎町では電信柱に背中を預けた酔っ払いが眠りこけているし、避難もせずに酒屋さんの車が各店舗の空き瓶回収に精を出していた。
「あ、いえ、貴方も思春期の少年ですからそっちに興味があるのは分かりますが、今日はこっちです」
「そんなんじゃないやい! ……って、え……?」
ロキが指さしていたのは歌舞伎町とは別の繁華街。
色々と悪さしてるロキのアジトが繁華街の中のたとえば雑居ビルなんかにあっても不思議ではないのだけれど、問題はその繁華街自体だった。
「し、新宿2丁目!?」
「ええ、そうです。行きますよ」
正直、その通りは歌舞伎町よりは真っ当な街っぽい通りだ。
でもよく見てみればビルの脇に欠けられた飲み屋の看板には「ゲイバー」やら「ニューハーフショー」だのといった言葉が躍り、「HIV≠AIDS」と啓蒙広告が掲げられていて独特の世界を作っている。
そこは世界でも有数のLTTBの街、新宿2丁目だった。
「ほれ。とっととこいホイ!」
「ちょっ……」
ロキは八脚馬を降りて、僕にも降りるように促す。
そのままロキは雑居ビル1階のバーへと入っていき、僕も躊躇いながらもついていく。
「やあママ! 準備はできてますか?」
ロキはバーの中にいた人間に軽快な挨拶を投げるが、カウンターの向こうでオールドファッショングラスを磨いていた人物は黙って頷くだけだった。
スキンヘッドに小麦色に焼けた肌。
端正に鍛え上げられた筋肉。
磨き上げられたグラス越しにこちらを睨みつける鋭い視線。
外見だけならまさに「男の中の男」と言っても差し支えないような偉丈夫だ。
でも大きなハートマークが取り付けられたエプロンを着ているし、ロキはこの人物の事を「ママ」と呼んでいるし、つまりはそういう事なんだろう。
「……いつでもイけるわよ?」
「それはありがたい!」
ママさんは磨き終えたグラスを棚に戻すと顎でカウンターの奥をさしてみせるのでロキはカウンターの中に入って奥へと進む。
僕もついていくとそこには地下へと続く階段があった。
「ね、ねえ、どういう事? なんでお前が2丁目に?」
「ああ、私、男なのに出産経験があるので、この街で崇められてるんですよ」
「は?」
普段ならロキの奴がまた人を煙に巻こうとしていると思ったのかもしれないけれど、ロキがこの街で受け入れられているのはママさんの様子をみれば明らか。
「……出産って何を?」
「何って、貴方が今まで乗ってきた馬ですよ? 知りません? 意外と知名度無いんですねぇ、あの子」
「えっ!? あの馬の事! マジで!?」
そりゃロキはあの八脚馬の事を「私の息子」だなんて言っていたけれど、てっきり親しくもない相手にペットを家族と言っちゃう痛い人なのかと思ってたよ。
しかも父親じゃなくて母親(?)の方とは……。
改めて神様って凄いと思う。おもに常識を知らないところとか……。
やがて長い階段を降りるとそこはサッカー場が入りそうな巨大なガレージだった。
打ちっぱなしのコンクリートの天井や壁面には大型の水銀灯がいくつも取り付けられ、換気装置のファンの音がいくつも聞こえてきて広いハズなのに圧迫感すら感じる空間だ。
そしてガレージの中央に鎮座していたのは……。
「……V-22、オスプレイ!」
主翼の両端に上を向いた3枚1対のプロペラを持つターボシャフトエンジンを装備した小型輸送機。
アメリカが開発した垂直離着陸輸送機オスプレイが何故か新宿2丁目の地下にあった。
「……いいえ、違うわ」
僕たちの後を遅れてやってきたママさんが僕の言葉を否定してくる。
この機体は僕の電脳内データベースによれば米空軍使用のオスプレイと同一の使用の機体なのは間違いない。
でも、まぁ、こういう機体が配備先で別のペットネームを付けられるのも珍しい話ではないか……。
「この機体は『雄プレイ♂』よッ!!」
正直、反応を返すのもしんどい……。
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