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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第43話 信じるという力
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43-3

 午前9時半、H市総合運動公園。


 ヤクザガールズさくらんぼ組、組長の山本翼はスケッチブックを手に陸上競技用トラックの中心に立って作業の監督をしていた。


 トラックの中心に棒を立て、その棒を中心にロープをコンパスのように使って白線引きに使われるラインカーで石灰で巻いて円を描いていく。

 さらにロープをピンと張りつめさせて直線を作り2つの三角形を組み合わせた六芒星を円の内側に作る。


 作業に当たっているのは組員の他、大H川中学校の野球部員たち。彼らは朝練のために旧支配者クトゥルーによる混乱がもたらされる前に登校してきていたのだ。その野球部員たちに魔法短銃(マカロン)を突き付けて拉致し作業に当たらせていたのだ。


 野球部員たちはトラックに引かれた石灰の白線に霧吹きで山本の血が混ぜられた水を霧吹きで吹きかけていく。

 そうする事で石灰は山本の魔力と親和性の高い魔力伝達物質となるのだ。


 無論、野球部員たちは魔法少女ではないので魔力を使う事はできない。そのため後で組員が魔力を流して確認しなければならないが、それでも組員たちは組員たちでやる事があった。石灰で書かれた魔法陣に霧吹きを吹きかけていくような地味で時間のかかる作業は野球部員たちに任せておくというのが山本組長と明智元親の判断だった。


「風魔軍団」に宇垣と豊田が狙われて以降、ヤクザガールズの全組員は旧校舎の組事務所にて泊まり込みの合宿を行っていた。

 そしてこの日、太平洋上のクトゥルーが咆哮し、日本全土が混乱に陥った朝、当初の混乱も収まりつつあった午前8時半頃に明智元親が汗だくになりながら自転車をこいで彼女たちの元を訪れたのだ。


 そして彼の口から語られたのはH総合運動公園への「おびき寄せ作戦」と臨海エリアの「突入作戦」を主軸とする「2重作戦」だった。


「旧支配者クトゥグアを召喚するフリをする」という作戦の都合上、傍受されているかもしれない電話回線や無線を使う事ができずに明智は必死で自転車をこいできたのだ。


 さらに明智は彼女たちに「箒に乗せて市の災害対策室まで連れてってくれないか」と頼み込んできた。

 作戦の実施について行政に承認を取らなければならないというが、通勤途中にクトゥルーの宇宙的恐怖に触れてしまった者が乗り捨てた自動車が道路を塞いで東京中の交通網は麻痺してしまってる。そのために明智は自宅から子羊園、子羊園から大H川中学校へと自転車をこぐ羽目になっていたのだ。


 彼女たちヤクザガールズとて多感な女子中学生である。

 箒にまたがって空を飛ぶという都合上、2人乗りの場合は振り落とされないように体を密着させる必要がある。それは彼氏でもない異性を相手にあまりしたい事ではなかったが、朝からあっちへこっちへと自転車をこいで疲れ果てた様子の明智があまりに哀れで本部長の栗田が明智を災害対策室庁舎まで連れていく事になった。


 そして明智の作戦はすぐに承認され、休校になったはいいが避難警報が出るのかハッキリしてない状況で帰る事もできなくなっていた野球部員たちの確保を山本は命じていた。


 その後、ヤクザガールズたちは各自、箒で飛行して、野球部員たちは駆け足で総合運動公園へと移動。「おびき寄せ作戦」の準備に移っていたのだ。

 そして子羊園からアーシラト、長瀬咲良とツチノコ、羽沢真愛も駆け付け、蒼龍館高校の寮からマクスウェルも合流。


 明智の言によると羽沢真愛の類稀な魔力こそ「おびき寄せ作戦」の肝で、汎用の魔法陣しか知らない山本の召喚魔法も羽沢真愛の魔力量があってこそ信憑性が出てくるという。

 だが、それよりもヤクザガールズにとっては憧れの存在である羽沢真愛の合流それ自体によって大いに士気を高める事になっていた。


 皆、子供の頃に見ていた女児向け特撮ドラマでよく知っていたのだ。「羽沢真愛、プリティ☆キュートに負けは無い」という事を。


 そして“異世界魔王”マクスウェルの魔法知識によって魔法陣の構築は飛躍的にスピードアップし、“魔杖の主”長瀬咲良も杖を手にした時に脳内に刻み込まれたという知識で魔法陣の構築をサポートしていた。


 ……まぁ、アーシラトはどこで買ってきたのか手にしたビニール袋から缶ビールと乾き物を取り出してグラウンド前に設置されている観客席で1人、酒盛りをはじめていたのだが。




「警察の方も『クトゥグア』の召喚について情報を流し始めたぞッ!」


 トラック脇に降りったった警察の小型ヘリから降ろされた警察無線を聞きながら明智が山本へ声を掛ける。


「は~い! あっ、明智さん、井上ちゃんの爆弾の配置について見てもらっていいですか?」

「了解。園内地図に書き込んでこっちに持ってきてくれ!」


 山本が三角帽子に内蔵された“通信魔法”で井上に連絡を取ると、しばらくして井上が箒にのって陸上競技場へとやってくる。

 その手には管理棟に置かれているパンフレットを持っており、パンフレットの載っている園内簡易マップに爆弾を設置した場所を書き込んでいるのだろう。


 曾祖父が高名な茶道家だという井上の特化能力は“爆発物生成”。

 上手く使えば応用の効く能力であったが、肝心の井上に上手く能力を扱うだけの機転は無い。その代わりに爆弾を使う度胸だけはある。

 だが明智のような人間が手を貸してやれば井上の能力は化けるという事は「ハドー総攻撃」の際に証明されていた。


 その他、空戦能力に秀でた栗田本部長は“感知魔法”の永野と共に空から周辺の状況を確認して迎撃の際に死角となり易そうな場所を前もってピックアップし、“狙撃”の豊田は観客席の最上段から園内各所への射線の通り方を確認している。


 また“治癒魔法”の宇垣はまだ特化能力を見つけ出していない1年生の準構成員(ジュンコー)たちと打ち合わせの真っ最中だった。

 戦闘が始まり、誰かが負傷した時は宇垣と1年生たちのチームが駆け付けて救助する手はずとなっている。

 そのために実戦経験の少ない1年生を率いる宇垣は綿密に様々な状況について打ち合わせを進めていた。普段は組員のどんな小さな怪我でも優しく治癒してくれる宇垣の抜き身の剣のような鋭い眼光に1年生たちも気を引き締めている。


 だが気を張りつめているのは宇垣だけではない。

 山本、栗田、小沢、井上の4人、昨年の埼玉帰還組は良く知っていた。

 明智の立てた作戦はほぼ間違いなく成功するだろうが、間違いなく辛く地獄の底を覗くような戦いになるであろうという事を。




「……こ、こないだのお礼を言いに行きたいんですが、そんな雰囲気じゃなさそうですよね……」


 魔法陣の作成が一段落した長瀬咲良が辺りのヤクザガールズたちを見渡しながらそばにいた羽沢真愛に呟く。


「風魔軍団」のアジトで負傷した咲良を治療してくれた宇垣という魔法少女にお礼を言いにいきたいというのはけして嘘ではなかったが、それよりも戦いの前の張りつめた空気に耐えかねて隣にいる真愛に話しかけたという感覚だった。


「そりゃあねぇ……。でも悪い事じゃあないと思うわよ?」

「そう、なんですか……?」


 手持無沙汰なのか羽沢真愛はツチノコをヌイグルミのように抱きしめながら答えた。


「前に『魔法は不可能を可能にする力』って言ったけどね。いくら魔法が使えたって不可能を可能にしてやろうって意思がなければ駄目だと思うの。自分にできる事を最大限にやって食らいついていかないと奇跡なんておきないわ……」

「奇跡……」


 羽沢真愛は言っていた。

 この戦いは奇跡なんてものが必要になる戦いになるであろうと。


 その言葉の意味に気付いた咲良は自分でもドキリとするほどに大きな音を立てて生唾を飲み込んでいた。

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