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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第43話 信じるという力
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43-2

 時刻は午前9時。

 特別養護老人ホーム「天昇園」周辺に轟音が響き渡っていた。


 職員用駐車場の車は法人本部の駐車場へと移され、空いたスペースに設けられた仮設ヘリポートへゆっくりとオリーブドライとベージュを基調とした迷彩塗装が施された大型ヘリが降下してくる。

 陸上自衛隊の大型輸送ヘリコプター、CH-47Jチヌークだ。


 チヌークに2つ取り付けられているローターは直径約18m。当然、エンジンの出力を落としてローターの回転速度を落としてもその吹きおろしは凄まじい。

 だが、チヌークはランディングすると同時に尾部ハッチを開けて積んできた物品を降ろし始めていた。

 チヌークの搭乗員に天昇園の職員もローターの吹きおろしの風に耐えながら補給物品が縛着されたアルミ製のパレットを降ろしていく。


「…………さすがに物々しいですね」


 天昇園の事務室でテスクトップパソコンとにらめっこしていた西住涼子が不安気な顔をして誰に聞かせるでもなく呟いた。


 事務室内には涼子の他にナチス・ジャパンの鉄子がいるばかり。

 他の職員はチヌークの荷物を降ろすのを手伝っている者もいれば装備の点検をしている者もいる。もちろん天昇園は老人ホームであるので利用者の高齢者の介護をしている者も。


 だが涼子は鉄子とともに事務所のパソコンで動画投稿サイトを見ていたのだ。

 別にサボっているというわけではない。

 むしろ今、動画を次々と漁ってみるというのは涼子にしかできない仕事であると言っていい。


 見ている動画は「富士総合火力演習 74式戦車射撃シーン」や「NATO軍事演習戦車実弾射撃」といったもので、共通しているのは陸自の74式戦車や米軍のM60、ストライカー戦闘車といった英国ロイヤルオードナンス(王立造兵廠)が開発した105mmL7戦車砲の系譜を装備する戦車の射撃シーンである。


 邪神とやらの軍勢が占拠したH市臨海エリアへの突入作戦において、投降してきたナチス・ジャパンの駆逐戦車を接収して用いられる事が決定しており、涼子はその砲手を任せられていた。


 だが涼子はおろか天昇園の誰もL7戦車砲を扱った事のある者は誰もおらず、少しでも砲について熟知しようとこうして動画を漁って105mm砲の弾道特性について脳内に叩き込んでいたのだ。


「鉄子さんは怖くはないんですか?」

「怖いというか、呆れてるのだろうな……」


 ふと隣のパイプ椅子に座っている鉄子へ涼子は話しかけた。


 小一時間前には銀河帝国王女のラルメに駆逐戦車を取り上げられ戦闘室側面のハーケンクロイツをペンキで塗りつぶされているのを見て駄々っ子のように泣きじゃくっていた鉄子であったが、それを忘れたように平静を取り戻していた。

 むしろ先ほどのアレを取り繕う事ができると思っているのかキリッと凛々しい表情すら浮かべている。


「いくら後先考えてられる状況ではないといってもだ。まさか認知症の老人まで戦場に放り込むとはな……」


 その認知症の老人にすらボコボコにされて地下暮らしを余儀なくされていた鉄子が何を言っているのだろうとは思うが、言いたい事は分からないではない。


「君だってそうだろう? 自衛隊や警察に就職したのならともかく、老人ホームに介護職員として就職して、まさか戦車に乗せられるとは思わなかっただろう?」


 鉄子が涼子へ憐れむような視線を向けてくる。

 馬鹿にしているといったような憐れみではない。鉄子は涼子の事を状況に流されてしょうがなく戦場に立っているのだと、自分でも望まぬ才能があった故に逃げらる立場ではなくなってしまったのだと本心から憐れんでいた。


「……最初はそうだったのかもしれません。でも、私にできる何かがあって、それが他の人にはできないのなら、そうしなければ幸せな毎日が消え去ってしまうなら、私はそれをやるべきだと思います」

「ふむ……」

「あの外で機関銃を整備してるハドー獣人が見えますか? 垂れ耳ウサギみたいな子です」

「ああ」


 事務所から見える窓の外、宇佐がチヌークから降ろされたM60E2車載用機関銃の手入れを行っていた。

 可動部にスプレー式のガンオイルを吹き付けて空撃ちの動作で潤滑油を浸透させていく。


 鉄子が「UN-DEAD」アジトからの脱出に乗ってきたヤークト・パンテルⅡは急な出撃という事もあって、車内にはごく少数の弾薬しか搭載していなかったのだ。

 そのため在日米軍から供与してもらったM60E2機関銃と車載機銃を換装しているのだ。自衛隊でも米軍でもナチスが用いる7.92mm弾は都合できなかったゆえの措置である。

 幸いヤークト・パンテルの主砲である105mm砲はNATO標準ともいえるL7系列の砲であったために補給は容易であったのだが。


「あの子、実はハドー獣人はハドー獣人でも戦闘用じゃないらしいんです。低コストの伝令用の獣人だとか」

「ああ、どうりで昨晩も他の獣人のように戦わずに衛生兵の真似事をしていたな」

「宇佐だって誰に言われたでもなく自分のできる事を頑張ろうとしてるんですよね。宇佐たちハドー獣人には地球での生活は夢のようなものらしいですから失いたくない気持ちはあると思いますけど、でも

 それって私たちも同じなんじゃないですか?」

「……そうかもな」


 鉄子が涼子から視線を逸らす。


 鉄子が昨晩までいた「UN-DEAD」という敗残兵たちの寄せ集めの組織。

 そのはたから見たら負け犬たちが傷を舐め合っているに等しい地下生活も今になって思えばそれなりに楽しいものであったと思う。

 ああだこうだ馬鹿な話をしながら図上演習や新型機材の研究をしたり、あるいはボードゲームや料理だの同好会の催しをしたり、上手く活動資金のやりくりをして皆で旅行へと行ったり、「UN-DEAD」の本来の趣旨をかけ離れた事もやっていたように思えるが「UN-DEAD」が壊滅した今となっては全てが愛おしいように感じられるのだ。


 宇佐という何も考えていないように見えるフザけた顔つきの獣人ですら鉄子が失ってしまった生活を守ろうとしているという。

 鉄子にはそれが羨ましかった。


「ウチの高齢者の皆さんだってそれは同じなんでしょう。むしろ歳を重ねている分だけ守りたいものは多いのかもしれませんよ?」

「そのために死ぬかもしれなくてもか?」

「それはどうでしょう?」


 鉄子は訝しむ。

 涼子が言いたい事は分かった。

 だが「UN-DEAD」が壊滅するほどの邪神勢力に加えて、「UN-DEAD」の怪人たちも体を乗っ取られて邪神側に取り込まれているのだ。

 いくらなんでも後期高齢者たちが太刀打ちできるとは思えない。


 涼子は微笑を浮かべていた。

 苦笑いのような笑みを浮かべて窓の外を指さす。


「まぁ、心配になる気持ちは分からないではないですけど、突撃は彼らの専売特許みたいなものですから……」


 チヌークが積んできたのは105mm砲弾に機銃、その弾薬の他は大量の手榴弾だった。

 それも通常の破片手榴弾ではない。

 焼夷手榴弾に発煙手榴弾、白燐手榴弾など。


 天昇園の小銃部隊では大量の煙幕で敵の視界を奪ってからの銃剣突撃が最大、および唯一の攻撃手段である。


「だが『虎の王』ですらやられたのだぞ? どうあがいても結果は同じではないか!?」


 だが、その言葉を言ってから鉄子は気付いた。

 窓の外、チヌークが飛び去った後にガレージから駐車場に出てきた3ナンバーの1ボックスカーへと8.8cm砲弾が積み込まれているのを。


「生きているのか!? 『虎の王』が!!」


 天昇園において8.8cm砲を使用する兵器は戦車隊1号車である六号戦車ティーゲルのみである。

 その8.8cm砲弾を補給車代わりの1ボックスカーに積み込んでいるという事は……。


「通信は途絶したままですし、車輛の残骸すら発見できていません。まぁ、夜が明けて捜索する暇もなく邪神とかいうのが行動を起こしてくれましたしね。でも誰も泊満さんたちがむざむざ敵にやられただなんて信じてないんですよ」

「……まぁ、それもそうだろうなぁ……。いや、うん。きっとそうだ。あの『虎の王』がこうも簡単にやられるわけがない。ハハハ! 言われてみりゃ、そりゃそうだ! そんなんでやれるなら誰も苦労なんかしてないよなぁ……」


 一族3代に渡って「虎の王」を宿敵としてきた鉄子だからこそ妙に納得できる言葉であった。

 しみじみと納得しつつも昨日、長年の宿敵に助けられた負い目があった鉄子は心の重しが取れたように腹を抱えて笑っていた。

現代のMBTは120ミリクラスの砲を装備しているのに駆逐戦車が105ミリ砲を装備して役に立つのかという点についてはアレだ。ナチス・ジャパンの仮想敵は「虎の王」だからティーゲルの装甲さえアウトレンジから抜ければそれでいいんでない?

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