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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第42話 3重作戦
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42-8

「……まぁ、一応は分かりました」


 咲良ちゃんが明智君の作戦案を受け入れる。


 まだ咲良ちゃんは河童さんの救出部隊に参加できない事に納得はしていないようだったけれど、良い歳こいた大人である鉄子さんが駄々をこねて泣いてる写真データを見せられて自分も我が儘を言うのがためらわれたのか。

 凄い躊躇いつつもすがるような目で明智君の立てた作戦に希望を見出そうとしていた。


「多分、明智君の作戦で大丈夫だよ。こないだのハドー総攻撃の時も明智君のプランで上手くいったんだから……」

「だといいんですけど……」


 僕が少しでも彼女の不安が楽になればと声をかけるけれど、咲良ちゃんはまだ何か含みのあるような不安げな顔をしてぎゅっと黒い魔杖を握りしめている。


 そうこうしているうちにご飯を食べ終わった子から避難の準備をして食堂に再び集まってきた。

 未だ避難勧告なんかは出ていないけれど、子羊園や近所の一部の人なんかは自主避難をすることに決めたようだ。行政の方も混乱しているのかもしれないし、こういうのは取り越し苦労ならそれはそれで良しとして早めに行動を移すのが大事だという。さすがにH市民はこういう事態に慣れていると思う。


 さらに準備が早めに終わった子や年長の子は年下の子たちの避難準備を手伝い、少しずつ食堂の中はランドセルやリュックサック、ボストンバッグを持った子供たちが増えてきた。


 魔杖を握りしめた咲良ちゃんは避難準備を進める子供たちを見つめながら大きな溜息をついた。


 避難しなければいけない子供たちを見て気持ちの整理を付けようとしたのだろうけれど、仲間の河童さんの命に係わる事なので心配の種は尽きないのだろう。




「それじゃ、私からも1つ良いですかね?」

「……ッ!?」

「お、おまッ!?」


 不意に後ろから掛けられた声に驚いて振り向くと、そこには1人の男がいた。


 今時は流行らないようなコメディアンのステージ衣装のような青いラメ入りのスーツを洒脱に着込んだ金色の長髪の男。

 その陽気な恰好を台無しにするような底意地の悪さを隠そうともしない邪悪な微笑を浮かべた男。


「……ロキ! どうやってここへ!?」

「どうやってって、玄関からに決まってるじゃないですか?」


 ロキの奴はおどけた様子で右足を上げて「玄関から入ってきた」という言葉が本当だと言うつもりか履いていた来客用のスリッパを見せる。


「誠君、この人は……?」

「真愛さん、下がって! コイツはロキ……」

「えっ!? ロキって『笑う魔王』?」

「はい。そうです。ええ、どうも初めまして! 真愛ちゃんに咲良ちゃん……」


 飛び上がって戦闘態勢をとるアーシラトさんにビームマグナムを手元に転送してロキに突き付ける僕。明智君も強張った顔でこの場に現れたロキの真意を探ろうとしているものの、真愛さんや咲良ちゃんはロキの事を知っていても直接は見た事が無かったようでポカンとした顔をしていた。でも僕がロキの名を告げると一気に顔が青くなる。


「ちょっと止めてくださいよ! 今日は生身で来てるんですからそんな物騒な物はしまって! アーシラトも何も貴方の知り合いを取って食ったりはしませんよ?」


 僕たちの慌てた様子を笑うようにロキは真愛さんと咲良ちゃんの間、テーブルの上に腰掛けてわざとらしく手を振って見せる。


「お前、何しにここへ?」

「いえね、今日は悪い事しにきたわけじゃありませんよ? むしろ貴方に協力してもらいたいなぁって……」

「はぁ? お前は馬鹿なの? お前に協力して欲しいって言われて素直に協力する馬鹿がいると思う?」


 僕はビームマグナムのトリガーガードに指をかけてすぐに撃つつもりはないというポーズを見せつつも、電脳でビームマグナムの発射を引き金から無線指令方式に変更していた。

 こうすれば僕が発射のタイミングを電脳に指示するだけで引き金を引かなくても射撃が可能となる。

 これは僕の手からビーム銃が離れた時でも射撃ができるようにするための機能だけれども、こういう時にも使える。


 ロキの奴はすぐ隣に座る真愛さんと咲良ちゃんを人質に取ったつもりなのか不敵な笑みを浮かべているけれど、僕が引き金を引かなくても射撃ができると知ってはいないだろう。


「ふむ。なら、これでどうですかね?」


 でもロキが次に取った行動は僕の予想だにしないものだった。


 ロキはついさっき腰かけたばかりのテーブルから降りると固まってしまった子供たちやシスターの頭をポンポン撫でながら食堂の厨房スペースまで行き、包丁を取り出すて冷蔵庫を開けて長ネギを3本ばかり取る。さらに戸棚からラーメン丼を1つ用意すると僕たちの元まで戻ってきた。


「お前、何を……」

「まぁ、見ててください!」


 そう言うとロキは丼をテーブルの上に置き、左手でネギを3本、まとめて持つと右手で持った包丁で切り始めた。


 まな板などは無い。


 青い部分を持って空中に浮いた状態のネギの白い部分に包丁を振るうを非常に薄いネギのスライスが次々と丼の中へと落ちていく。


 ロキは言葉も無くネギを切り続け、やがてネギは青い部分を残すだけとなり丼の中にはこんもりと切られたネギがこぼれる事なく収まっている。


「はい。これ、ラップかけて冷蔵庫にでも入れておいてください。今晩の味噌汁にでもどうぞ!」

「はあ……」


 近くにいたシスターに丼を渡したロキは「どんなもんだ!」とばかりのドヤ顔で僕たちの顔を見ていた。


「明智君、撃っていい?」

「あれ? 今の見て出てきた感想がそれですか? ここは私に一目置くところでしょう!?」

「ある意味で一目置くよ! 『こいつは何をするか予想もできない奴だ』ってね! ていうか逆にお前はどういう反応を期待してたんだよ!!」


 僕の反応が心底、意外だったのか、ロキは僕以外の面々の顔を見回すものの、皆の困惑した顔を見て首を傾げていた。


「あるぇ~? 某所じゃこれができるだけでそれなりの扱いをされるんですがねぇ~?」

「どこだよ? その素っ頓狂な場所は……。まぁ、いいさ、もう面倒になってきた。お前が協力して欲しい事って何なのさ? 遺言のつもりで言ってみなよ……」


 前からは僕がビームマグナムの狙いをつけ、後ろからはアーシラトさんがラリアットをお見舞いしようと肩を回している。さらには咲良ちゃんも腰のカードホルダーに手を伸ばしているし、園長さんもすぐに飛び掛かれるような位置で目を尖らせていた。


 奴の言葉通りに魔法で幻像(ヴィジョン)を送ってきたのではなくて生身で来たというのが本当ならば、いかにロキが神といえども間違いなく仕留める事ができるだろう。


 精々、詰まらない言葉が最後の言葉にならなければいいねと思うくらいだ。


「それではお言葉に甘えて……。明智君、敵を呼び寄せ敵防衛網に穴を作って、そこに突入する。その作戦は悪くはありませんがね。大事な事を1つ見落としてますよ?」

「……なんだと?」


 ロキは銃を向ける僕を無視して明智君の方を向いて話を始める。


「貴方、東京に接近してくるルルイエとクトゥルーはどうするつもりですか?」

「……ルルイエ?」

「ああ、あのクトゥルーがいる島の事ですよ。水魔たちの聖地、クトゥルーの根拠地みたいなモンです。貴方はナイアルラトホテプを倒せばクトゥルーとルルイエが消えると思ってませんか?」

「違うのか!?」


 明智君が驚愕したような顔をした。

 さらに彼は僕に目配せして銃を降ろさせて、ロキに続きを促す。


「ナイアルラトホテプがクトゥルーの肉体を召喚した時、かの邪神はアレを制御するつもりなんか無かったんでしょうねぇ。エラく単純な術式で次元の狭間から奴をこの世界に呼び寄せていましたよ? 貴方たち人間が例えば黒魔術なんかで悪魔なんかを召喚する時は非常に複雑な術式を使うのですがそれは何故か分かりますか?」


 ロキが言う「ナイアルラトホテプはクトゥルーを制御するつもりは無い」という言葉は鉄子さんからもたらされた動画データの内容と符合しているように思える。


「それは何でかと言いますと、魔力を持たない人間が魔法を使うために生贄や自身の霊力や生命力を魔力に変換する術式、召喚する対象を指定する術式。それから、これが大事なのですが召喚して出てきた相手を制御する術式、契約を円滑に行うための術式、対象を元の場所へ送り返すための術式を複合させた物だから人間の使う魔法陣は複雑な物になるのです」


 明智君が無言でアーシラトさんの方を向くと、彼女はロキの言葉に間違いが無いという事を認めるようにゆっくりと頷いた。


「……つまり送還する術式が無いからナイアルラトホテプを倒してもクトゥルーはそのまま残ると?」

「ええ、そういう事です。そして先ほど分かったと思いますが、魂の無いクトゥルーと言えど文明社会を麻痺させるには十分な力を持っていますよ? それにクトゥルーに手を出そうなら……」

「出そうなら?」

「貴方たち人間だって寝てる時に蠅か何かにたかられたら無意識に手で払うくらいはするでしょう? さて相手がクトゥルーならどうなるでしょうねぇ?」


 ロキはどうなるとは言わないものの、その邪悪な笑みからロクでもない事になるのは良く分かった。

 明智君も歯噛みして奴を睨みつけるものの、かといって今すぐに名案が出てくるというわけではなさそうだ。


「不味いな。海自の第1護衛群がルルイエとやらに向かっているぞ……」

「え?」

「ええ。それは私も知っていますよ。そこで私にデスサイズを貸していただきたいのですよ」

「お前に……?」


 奴の話にそれなりの信憑性がある事は分かった。

 でも、正直、奴の言葉を鵜呑みにするのも躊躇われる。なにせ相手はロキ。神話の時代から暇あれば悪い事ばかりやってきた相手なのだ。


 かといって他に良い案があるわけでもない。


「……1つ、聞いていい?」

「何です?」

「お前は何のために動いているの?」

「少なくとも今回だけの話ですがね……」


 そこでロキは言い淀んだ。

 それは言葉を取り繕っているというより、むしろ言い辛い過去の苦い記憶を思い出しているようで、いつもの暗い邪悪な笑みなんかよりはよほど好感の持てる表情だった。例え何かを奴が隠していたとしてもだ。


「ああ、こういう言い方はどうですかね? 貴方たち日本人はアニメとか好きですよね?」

「うん? どゆこと?」

「綺麗に終わったアニメのテレビシリーズを劇場版でひっくり返すのって私、あんまり好きじゃないんですよね……」


 アニメとかあまり見ない僕としては、むしろロキがアニメの話をしだしたのに驚いたけれど、それが今回の件とどう繋がるというのだろう?


「つまりですよ。『少女の勇気で人々は救われた』で終わった話を『でも数十年後に旧支配者が現れて全部オジャンにしましたとさ!』なんて誰も納得するわけがないでしょう? 私だってそうです」

「はあ?」

「……後は、まあ、アフターサービスみたいなモンです……。そういうわけで明智君の『2重作戦』に私仕切りの作戦1つを加えて『3重作戦』と行きましょう!」


以上で第42話は終了となります。


第43話から話は動いていくと思います。

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