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ルックズ星人に連れられて泊満が寝かされていた個室から出ると、同様のドアがいくつも並ぶ廊下だった。
異星人に先導されて進むと人間が4、5人ほど乗れるような小型のエレベーターがあり、そのエレベーターに乗り僅かな浮遊感を味わった後に再びドアが開くとそこは貨物室。
天井全体が銀色に発光する無機質な貨物室の中央に泊満の愛車である六号戦車ティーゲルの姿がそこにあった。
「総員集合!」
泊満がその細い体のどこから出るのかというほど大きな声をあげると車輛の整備を進めていたティーゲルの乗員たちが彼らの車長の元へと集まってくる。
通信手は足を痛めているのか左足をギブスで固められて松葉杖を突き砲手に肩を貸してもらっている。その砲手も頭部に包帯を巻き、装填手も顔面の半分と頭部全体が白い包帯で覆われていた。そして操縦手も首にギブスをはめて車椅子に乗っている。
だが4人は揃ってニンマリとした顔で寝坊助の上官を咎めるような茶目っ気を出しつつ泊満の前に横隊で整列して旧陸軍式の挙手の敬礼。
泊満も満足気に答礼を返す。
「状況を教えてくれるかね?」
「ハッ! 見てのとおり総員、異常無し! 目下、投降してきたルックズ星人氏の協力の元、車両の整備中! まもなく作戦行動を再開できます!」
最先任である砲手が戦場での負傷など異常ではなく平常の事であると言ってのける。
彼らにとっては片目が潰れようが骨が折れようが、あるいは背骨を傷めていたとしても戦えるのであればそれが平常なのだ。
彼ら覚悟と認知症を極めた者たちに生きている限り、戦える限り敗北というものは無いのだ。
「ふむ。諸君たち皆、元気そうで何より……」
「貴方たちの戦車が落下していった先が私の脱出艇の発進カタパルトすぐそばだったのですよ」
「ほう。でも、どうやって?」
「牽引光線で減速させて、耐衝撃ゲルボールに降ろしました」
彼らが現在、乗っている航宙機はフラッグス移民船団が保有していた惑星揚陸艇である。
全長数キロメートルの大型宇宙船が惑星内に直接、着陸すると惑星の環境に深刻なダメージを与える恐れがある。
そのために使われるのが惑星揚陸艇だ。
全長40m弱の直方体の揚陸艇は速度性能こそ空力特性を考慮されていない形状のために地球製の航空機に劣るが、大出力のエンジンを活かしたペイロードが自慢である。
ルックズ星人が脱出艇として「UN-DEAD」アジト地下に秘匿していた惑星揚陸艇は救難機仕様となっており、その装備のおかげで崖下へと落下していたティーゲルの乗員たちは一命を取り留めていたのだ。
「そうか。改めて礼を言わせてもらおう。皆を助けてくれてありがとう……」
「お気になさらず。貴方がたを助ける事があの邪神への対抗策となると思ったまでです」
「それでも地球には『敵の敵は味方』という言葉もある」
改めて泊満はルックズ星人へと頭を下げた。
「それよりもミスター泊満? 幾つか、貴方に確認したい事が……」
少し前まで敵として認識していた相手から背中まで見えるほどに深々と頭を下げられ、ルックズ星人は照れ隠しのように話を切り替えた。
「無限軌道は履帯を切られただけで駆動輪や転輪は無事でした。これはすでに皆さんの手によって予備履帯と交換済み」
「ふむ……」
ルックズ星人は車両の修理状況について説明しようと泊満を車体の脇へと誘う。
「エンジンもこちらの工作機にナチスジャパンの車両のデータが入っていたので応急修理はできそうです」
「ほう。工作機とは便利な物だな」
「何でもできるというわけでもありませんが、そもそもエンジン本体の損傷は軽微でしたので……」
車体後部のエンジンに被弾したと思ったものの、実際は水冷式の冷却器にナイアルラトホテプの魔法弾は吸われていたようだった。
旧ドイツ製のティーゲルはチハなどの日本戦車やソ連戦車などのディーゼルエンジンとは違い、ガソリンエンジンを使用している。
これは同程度の技術力、同程度の重量であればディーゼルエンジンよりも高出力化できる利点こそあるものの、ガソリンという爆発的な燃焼性を持つ燃料を用いる事でどうしてもダメージコントロール上の不利な点ともなっている。
同じようにエンジンや燃料タンクに被弾して車両が炎上したとしても、ディーゼルエンジンが用いる軽油であれば乗員が脱出できる可能性も高いだろうが、ガソリンであれば一気に火の手が車両全体に回るだろう。
つまり、邪神の魔法弾を受けてティーゲルが爆発四散しなかったという事はエンジンも燃料タンクも無事だったという事だった。
「冷却器の修理も完璧にとはいきませんが、かわりに我々の冷却剤を用いる事で十分にお釣りはくるでしょう。で、主砲なのですが……」
「なにかね?」
ルックズ星人が天井からコードでぶら下がっていたタブレット端末を取って泊満へと見せる。
そこには1本の砲の画像と詳細スペックが記されていた。
「英国から入手しました105mm砲L7が1本あまってますが、どうします?」
「却下だ」
鉄子がアジトからの脱出に使用したヤークト・パンテルⅡにも搭載されていた105mm砲は英国の共産主義者によって日本ソビエトにもたらされた物だった。
だが、L7がもたらされた時、すでに日本ソヴィエト赤軍にはそのような砲を搭載できる車両は残っておらず、「UN-DEAD」に合流してからナチスジャパンの駆逐戦車へ搭載されていたのだ。
泊満に新武装の提案を却下されたルックズ星人はタブレットをスライドさせて次の画像を表示して見せる。
「では、8.8cmKwK 43 L/71はどうです?」
「却下だ」
KwK 43 L/71はその名のとおりティーゲルが装備する56口径8.8cm砲を71口径へと砲身を延長したもので、大戦型の戦車砲としては非常に高い貫通力を有する。
こちらの砲は元々、鉄子の祖父のティーゲルB型の予備部品だった物で、後にヤークト・パンテルⅡに搭載され、105mm砲への換装により外された物だった。
だが、こちらの砲への換装も泊満は拒否した。
「ご提案はありがたいがね。攻撃力だけ増しても装甲がそのままで機動力は悪化するし、バランスが悪くなるだろう?」
「はぁ……。ですが1度、負けてしまった貴方たちをそのまま戦場に送り出すのは私も気が引けるというか……」
本心から心配そうな素振りを見せるルックズ星人に対して泊満はウインクして「年寄りに新しいオモチャを渡しても扱いきれんよ!」と返してのける。
それでもなおも何とか説得しようと食い下がる異星人に泊満も苦笑して「こうも世話焼きだから『UN-DEAD』とやらのまとめ役になっていたのか」と1人で納得していた。
「なあに心配するな。それに私の切り札は別に“いる”ような気がしてな!」
「はぁ……」
主砲の話をしていたのに「切り札が“ある”」ではなく“いる”と言う泊満にルックズ星人は困惑するが、泊満の目は格納庫の隅へと向けられている。
壁面には飛行中に動かないようにベルトで縛着されたコンテナなどが積まれていて、その陰から1人の子供が姿を現した。
赤い古風な着物を着た小さな女の子。
オカッパ頭に鮮やかな鼻緒の下駄をはいた子供の年齢は小学校低学年くらいか、それよりも小さいか。
「…………」
幼女は何も言葉を発する事はなく、保存食の乾パンの缶から金平糖を摘まんで口に入れながらじっと泊満の事を見据えていた。
「ああ、忘れていました。車両と他の乗員は私が先ほど言ったように救助したのですが、貴方は車両から投げ出されていたようで彼女がたすけてくれたのですよ。……って、もしも~し!」
「…………」
「…………」
ルックズ星人の言葉も耳に届かないかのように見つめ合う老人と幼女。
2人は互いに互いを自分の同種の存在だと本能で察していたのだ。
老人は幼女を「兵」と、幼女は老人を「勝負師」と。
言葉こそ違えど、荒野に球場と互いの戦場を戦いぬいてきた戦士だけが持つ一種のシンパシーがそこにはあった。
「虎」と「虎」が出会ってしまったのだ。
もし、ルックズ星人が彼らと敵対したままだったならばその場で失禁していたであろう事は想像に難くない。
ティーゲルの主砲を積み替えるか、Gジェネやポケモンみたいに進化させるか悩んだけどティーゲルはティーゲルのままで続行。
そういやちょっと前にコンビニで小林源文さんの黒騎士物語が売ってたから皆で買おう(提案)




