EX-2-3
金曜日、宇垣は永野と3人の一年生を連れてパトロールに行くことにした。
来週の月曜日の組長選挙の投票を前に結束を深めるため。更に夏休みに培ってきた連携を持って組の健在ぶりを内外にアピールするためだった。
箒による飛行でV字編隊を組む。
宇垣を先頭にして、宇垣の左右後方に豊田と加藤。豊田の左後方に永野。加藤の右後方に古賀というフォーメーションだ。
これはジュンコーの豊田と加藤を前と後ろで守り、特化能力を見つけたばかりの古賀を自身の利き手側に配置することで古賀のサポートをしやすくして、更に自分の利き手を向けづらい方向を永野に守らせるという夏休みの間に編み出した現状での最善のフォーメーションだった。
グラウンドから垂直離陸の際、旧校舎の組事務所の窓から埼玉帰り組4名の顔が見える。
彼女たちは結局、今週は何も仕掛けてこなかった。いや、何もできなかったと言ってもいい。
夏休みの間、埼玉組に何があったかは知らないが、自分たちだって遊んでいたわけではない。特怪事件の頻発するH市の治安維持を担うさくらんぼ組の一員なのだ。その間に深まった絆はそうそう覆せるものではない。
流言飛語を飛ばしてみたが、それすら必要であったか分からない。
≪各員、哨戒飛行を開始≫
≪了解!≫
宇垣の指揮に4人が応える。
「おっ! 宇垣さんたち、がんばってるね~!」
窓の外で高度を上げていく5人を眺めて井上が声を上げる。
結局、埼玉組の4名は支持者を増やすことが出来なかった。
井上の加藤への説得も失敗していたし、山本は豊田を説得したのかすら分からない。
「パトロールって言ってたね~。ひったくりでも捕まえに行くのかな?」
山本の声には嘲りの色がある。
(山本さんって、こんな事を言う子だったかしら?)
栗田がそう思うのも無理はない。特怪事件の頻発するH市において「警察にもできる事をやってるヒーロー」とは一種の馬鹿にした言葉と言えた。
しかし実際の所、居残り組が夏休み期間中に上げた戦果はひったくり1件、無銭飲食1件、空き巣1件、露出狂1件の計4件のみだ。
これでは警察と対して変わりないと言われて当然だろう。
「……で、どうします?」
小沢が誰に対してでもなく問いかける。
それに対して山本が頭を横にツインテールごと揺らしながら答える。
「ん~。どうしようもないよね~。宇垣さん、土日もパトロールだって。豊田さんたちと私たちが接触できる機会を出来るだけ減らしたいんでしょ?」
やる気の無さそうな山本に対して、珍しく栗田が大きな声を出す。
「どうしようもないじゃないでしょ! 貴女! 自分の事なのよ! 貴女はアレを見てどう思うの!?」
栗田が指を指すのは遥か上空を飛ぶ、もはや胡麻のように小さくなってしまった宇垣たち5人だ。
「わっ! も~、梓ちゃん。急に大きな声を出さないでよ。……アレ。ね~」
山本は右のテールを指で遊ぶ。髪を弄るのは考え事をする時の小さな頃からの癖だった。
「惜しいっちゃ惜しいけど、全然だよねぇ……」
山本の言葉は栗田はおろか小沢や井上も予想しないものだった。
「全然?」
栗田はあの5人をどう切り崩すかを問うたのだ。「惜しい」とか「全然」とか評価しろと言ったのではない。
立ち上がり窓の外を指差しながらV字編隊の位置関係と宇垣の思惑について説明する山本。それは宇垣が思い描いていた物と寸分違わぬ物であった。
そこまでは栗田も予想していた所と変わることがない。
「……一年生をカバーする姿勢はいいよ。でも、回復役が先頭張ってどうするんだろ?」
「「「え?」」」
山本以外の3人が聞き返すが、山本は構わずに続ける。
「しかも探知系能力の永野さんを一番後ろで一番端っこって……、本当に戦う気があるのかな? しかも1年生も慣れてるっぽいし、夏休みの間中ず~っとアレだったのかな? 梓ちゃん?」
「そ、そうね。あの練度からするとそうでしょうね」
「そうだよね~。アレでどうやって戦うつもりかな? 宇垣さんたらラブリー☆キュートにでもなったつもりでいるのかな?」
「魔法の天使ラブリー☆キュート」。それはヤクザガールズ、いや全ての魔法少女に取って特別な意味を持つ特撮ドラマだった。
さくらんぼ組の面々にしても子供の頃に見たラブリー☆キュートに憧れて魔法少女になったのだ。たとえ数十年も前に全滅した「極道」の名を冠することになっても。
「私が組長になって変えたいのはそういう所なの。手を貸してくれるよね。梓ちゃん!」
「え? い、いや。手を貸すのはもちろんだけど……。打つ手が無いというか……その話をしているわけで……」
昔と変わらぬあどけない笑顔で底知れぬ凄味を感じさせるようになった。栗田は初めてその時、山本の成長を感じ取っていた。背が伸びたとか、特化能力を見つけたとかそういうものとは別種の成長だ。
「大丈夫、私の思っている通りになるのが早いか遅いかはわからないけど、選挙戦に間に合わなかったとして、その時は組を割るわ。」
「お、おい!」
「あ、貴女、自分が何を言っているのか分かっているの?」
声を上げた栗田と井上の他、小沢も信じられない物を見る目で山本を見詰める。
「組を割る」とは文字通りさくらんぼ組を分裂させる事を意味する。
4人で新たな組を作る。その組の頭になると山本は言っているのだ。
これは他の3人にとっては到底、受け入れがたい話であった。2年生の栗田、小沢に限らず1年の井上にとってもさくらんぼ組には愛着がある。
前組長は確かに手が早い所があったが、それは命がいつ失われるか分からない喧嘩の時に失われる命を無くすためのものだった。少なくとも埼玉帰りの3人はそう考えている。ビール瓶やリモコンが飛んでくるのは「決断に迷った時」「憶測で物事を進めようとした時」「自身の体調を考慮せず無理をしようとした時」などに限られていたのだ。
それ以外の時は前組長や他の3年生たちには非常に良くしてもらった記憶しかない。皆、面倒見がよく優しい少女たちであったのだ。
「あっ、『組を割る』って言ってもホンの少しの間だけだよ! すぐにこちら側主導で吸収することになるのだから。大丈夫、その時は宇垣さんも一緒だよ? ホントだよ! 宇垣さんだって『私のさくらんぼ組』に必要なんだから!」
さくらんぼ組分裂の意味に気付いた山本が必死で弁解を始めたので一同はホッとした。
気の抜けた所で井上が茶目っ気を出して話す。
「ん? そういやさ。今から魔法少女の適正者を探さない? 1人増えれば向こうと互角だし、2人も見つけりゃ逆転じゃない?」
「「「…………」」」
これには普段から無口な小沢でなくとも言葉を失ってしまった。もちろん良い意味でではない。
「あのね、井上さん」
3人を代表して栗田が口を開く。井上は頭の後ろで両手を組んで上機嫌だ。
「ん? なになに! いい考えでしょ!」
「いえね……、井上さん。今度の組長死亡のために組長選挙を行うわけでしょ?」
「うん? 当たり前じゃない?」
「新たに組員候補を連れてきたところで、その人は誰と盃を交わすのかしら?」
「誰って……、そりゃ組ちょ……あっ!」
「そういうこと。新組長を決めないと新組員は増やせないの」
井上はショートカットの髪をクシャクシャとやりながら椅子ごと床に倒れてしまう。
その時、山本のスマホに着信が入る。
どうやらメールか何からしく、画面をひとしきり眺めたあとに一同に号令を掛ける。
「皆ぁ! 間にあったみたい! 三代目さくらんぼ組の初出動だよ!」
「「「は?」」」
決めたつもりか、バッ! と擬音がつきそうなほどに腕を振るが他の3人の反応は鈍い。たちまち頬を膨らませてむくれる山本に対して3人が問い詰める。
「出動ってどういうことですか?」
「だから~、豊田さんに『選挙で反目してても何かあったら助けに行くから連絡頂戴ね!』って言っておいたの!」
「助けって、一体、何なんですかい?」
「そんなの喧嘩に決まってるじゃない?」
「相手は?」
「宇宙人か異次元人だって。そういうのに詳しい梓ちゃんがいないから分からないんじゃない?」
一呼吸おいて考える。
宇垣たち5人が正体不明の敵と交戦中で組長選挙で敵対中の自分たちに救援を求めるほどの状況……。
「「「た、大変だ~」」」
「は、早く助けに行かないと……」
「だから言ってるじゃない!」
「場所は!?」
「田伽男山中腹の廃工場跡地だって……」
「よし! 行きますよ組長! 井上は組長とバディを組んで! 栗田さん、自分と二人乗りでお願いします!」
「「応!」」
小沢の号令と共に魔法の小指の指輪で次々と変身していく4人。
深い紫の小沢。
淡い水色の栗田。
黄緑色の井上。
漆黒の山本。
それぞれのパーソナルカラーで彩られたセーラー服風の衣装に変わった後は、ブーツと三角帽子が現れる。
それから開け放した窓から箒で飛び出して行く。生徒会や風紀委員が怖くてヤクザガールがやれるか!
タンデムの栗田と小沢の方が、それぞれ一人乗りの山本や井上よりも早い。
なんか土曜から体調崩して大変でした。
緑色の下痢してました。




