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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第42話 3重作戦
329/545

42-3

 目が覚めるとそこは見覚えの無い場所であった。


 その男の年齢は100を超えていたが記憶は明瞭。

 生家の黒ずんだ板張りの天井の木目の模様すら思い出せる。学生時代の下宿先の天井も、従軍時代のカマボコ宿舎のコンクリートが剥き出しの天井も、戦後に移り住んだ1軒屋の合板の天井も。現在、入所している特別養護老人ホームの石工ボードの天井もだ。


 だが目の前に広がる天井は今までに見た事の無い素材に意匠の物であった。


 錯視を利用しているのか爽快感すら感じるほどの解放感があるが実際の高さはそれほどのものではない。

 なにより構造材自体が照明を兼ねているのか鈍く光る天井に使われている素材を男は見た事などなかった。


「異星人の航宙機か……」


 男の口から零れた言葉はにわかに信じられるものではなかった。

 この男でなければ、たとえ自分の口から出た言葉であったとしても気の迷いか何かだと思って笑い飛ばしていたであろう。


 目を覚ました時からベッドから伝わってくる振動はあるものの、浮遊感や加速度があるわけでもないのに何かの乗り物だと判断する理由が無い。


 何より見た事が無い天井だからといってそこが異星の機体であると判断するのは論理の飛躍といえる。


 だが男は自分の直観を信じる事にしていた。

 事実、ある時から彼の直観というのは外れた事が無い。


 自分がここは異星人の航宙機の中なのだと思えばそうなのだろうという漠たる確信がある。


「……目が覚めましたか?」

「ああ、君はルックズ星人だったか?」


 男が目を覚ましたのに気付いたのかベッドサイドに腰かけていた者が話しかけてくる。


 のっぺらぼうのように顔の表面には目も鼻も口も無い者だった。

 その者の表皮はぬめぬめとした青い皮膚で覆われ、淡い照明の下では脈動するように発光しているようにも見える。


「ええ、その通り。そして貴方は『虎の王』……」

「泊満光春だ。助けてもらった事には礼を言おう」


 数時間前、邪神ナイアルラトホテプとの戦闘において泊満の乗車である六号戦車ティーゲルは履帯を破壊され、エンジンも撃ち抜かれて挙句の果てには地盤がティーゲルの大質量を支えきれずに崖下へと落下していたのだ。


「お礼は必要ありません。アレはこちらの不手際のようなものです」

「あの邪神の事かね?」

「ええ、まさか我々の中にあの邪神が潜んでいるとは思いもしませんでした……」


 ルックズ星人がサイドテーブルの上の水差しからコップへ水を注いで泊満へと渡す。

 コップを受け取った泊満は喉を鳴らしてそれを飲み干す。敵であったルックズ星人への警戒は無い。むしろあの崖下からの落下で自分の老いた肉体がどれほどの損傷を負っているかだけが心配であった。


 だが50mはありそうな崖から落下したにも関わらず泊満の肉体には負傷らしい負傷は無い。

 喉には痰が絡むし、膝は曲げようとするたびに痛む。水を飲む時に上半身を起こした時には24の背骨の1つ1つがアラートを発するように痛んだが、そんなものは負傷ではない。ただ歳のせいだ。


 崖下への落下中、重力加速度に意識が遠くなる中であの邪神へ一泡吹かせてやる事を誓っていたが、その誓いが果たせそうだと心が弾んできた泊満は犬歯を剥き出しにして笑った。


「なあに、あの手のモノは化けて紛れ込むなんてお手のものだろうさ! 気にする事は無い」

「まるで貴方は『後は任せておけ』とでも言いたげですね……」

「その通りだ!」


 ルックズ星人は自分が目の前の老人を恐れている事に気付く。


 齢100歳を超えた地球人。

 何か機械を埋め込まれて改造されたわけでもなければ、魔法のような未知の力を使うわけでもない。

 恐れる理由など何も無いハズだった。


 だがルックズ星人は恐れている。

 目の前の骨と皮のようにも見える老人が、髪や眉、髭といった全身の毛髪からは色素が抜けきったこの老人にまるで本物の虎のような威圧感を感じてしまっていたのだ。


「君は確かフラッグス移民船団の生き残りだったね?」

「ええ……」


 泊満のギラついた目がルックズ星人を射竦める。

 気を抜いてしまえばその枯れ枝のような指で頭部を握りつぶされるのではないかという重圧に耐えながら言葉を選ぶ。


「なら君たちとて、あの邪神のような奴を放っておいて良いとは思わんだろう?」

「もちろんです!」


 今はこのルックズ星人を残すのみである「フラッグス移民船団」は母星を失った様々な異星人が寄り添って組織された船団であった。

 そして、その中にはあの邪神ナイアルラトホテプの策略によって母星を失った者たちもいたのである。


「奴の事は地球人に任せておきたまえ」

「うん? てっきり『自分にまかせておきたまえ』と言うかと思いましたが?」

「ハハハッ! 私にできるのは奴の計画に横槍入れるくらいだよ! 何せ8.8(アハト・アハト)が効かんのだ!」


 だが先ほどの威圧感、ナイアルラトホテプの相手は他の者に任せるとしても随分と強烈な「横槍」を入れてやるつもりつもりのようだ。


「でも、誰が? 貴方も昨晩、戦って分かったでしょう。あの邪神は単純に物理的な攻撃では殺しきれませんよ?」

「なあに、この国にはいろんなヒーローがいるからな! 奴を倒す事のできる子だっているだろうさ!」

「そんな適当な! もしかして勘ですか!?」


 あからさまに狼狽してみせるルックズ星人を見て、案外、目も口も無くても感情はわかるものだなと泊満は感心していた。


「君は知らんのか?」

「何をです?」

「私の勘は当たるのだよ!」

「はあ……」


 だがこの時、「奴を倒す事のできる“子”」という言葉の意味にはルックズ星人も、その言葉を発した泊満ですら気付く事は無かった。


「ああ、ところで私の“お嬢さん”はどこかね?」

ジジイ生きてた\(^o^)/

誰も死んだと思ってくれなかったけど\(^o^)/

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