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今回は第40話からの続きとなります。
「か、河童さん!」
「待て! 咲良、ひとまずは落ちつけ!」
ナイトゴーントたちに何故か河童さんがさらわれ、飛び去っていく夜魔たちの姿が急に魔法か何かを使ったのかかき消えてしまうと後に残された僕たちは途方にくれてしまった。
咲良ちゃんもしばらくポカンと何も見えなくなった空を眺めていたけれど、ふと我を取り戻したように駆けだそうとする。
でもアーシラトさんに左手を掴まれて止められていた。
「何も分からない状況で闇雲に動けば奴らの思うツボかも知れないんだぞッ!」
「で、でも……」
「おい、誠! 空から奴らを探せるか!?」
「ご、ゴメン! サイ怪人にロケットを壊されて再生に時間がかかりそうなんだ……」
サイ怪人が僕に撃ってきた粘着榴弾、通称HESHあるいはHEPと呼ばれる砲弾は装甲版を貫通させて損害を与える兵器ではない。
弾頭が装甲にへばり付くように余す事なく爆発のエネルギーを内側に伝えるのが目的の砲弾なのだ。
爆発の衝撃波や、衝撃波によって装甲版の裏側が剥離して猛スピードで飛び散る事によって重装甲の敵の構造を内側から破壊するため、徹甲弾のように初速度は重要ではない。そのためにサイ怪人が両腕に装備しているグレネードランチャーにも搭載されていたのだろう。
おかげで僕は見てくれこそ大したダメージは受けていないものの、イオン式ロケットの回路はスタズタに破壊されて復旧には2、3時間はかかりそうだ。
ただ不幸中の幸いといったところか、時空間エンジンなどの重要機関は内部フレームのさらに奥のバイタルパートに収められているために損害は無く、運動性能を確保するために細かく分割されている1次装甲も重なっている部分が空間装甲の役目を果たしてある程度はダメージを軽減してくれていた。
「……そうか。治るならまだいいか……。咲良もまずは情報を集めるべきだ。大丈夫、すぐに殺すつもりならわざわざさらったりなんかしないさ……」
「……うん」
「……はい」
アーシラトさんも自分がいるのにも関わらずに一杯食わされた形になって内心はハラワタ煮えくり返っているだろうに僕と咲良ちゃんを落ち着かせようと努めて穏やかな声で話している。
だがその口角は幾度となくヒクヒクと引きつり、その度に固く噛み締められた奥歯が見えて彼女の心中を容易く推し量る事ができた。
でも、かえってそれが、あのアーシラトさんが怒りを自分の中で押し殺して耐えている事が僕たちに無謀な行動を諦めさせていた。
そうでもなければ飛べなくなった僕はともかく、咲良ちゃんなんかは今にでも子羊園を飛び出していきそうなくらいだ。
幸い園長さんを始めとするシスターたちや子羊園に集まってきてた近所の人たちに大した被害はないようで、ナイトゴーントから逃げよう転んで軽症を負った人や、夜魔の爪から近所の人をかばおうとして軽傷を負ったシスターが数人いる程度。
「誠、お前の電話で誰か話が通じそうなヤツに連絡は取れるか?」
「うん。ちょっと待って……」
どの道、しばらくは何もできないので変身を解除して人間の姿に戻ると真愛さんに預けていたスマホを受け取って明智君に電話をかける。
「あ、明智君?」
「おい! 大丈夫だったか!?」
「僕は少し損害を受けたけどなんとか……、でも河童さんがさらわれて……」
「…………ッ!」
「明智君?」
僕が「河童さんがさらわれた」と言うとスマホの向こうの明智君が息を飲むのがハッキリと感じられた。
向こうでは何か情報を掴んでいるのかな?
「……奴らのターゲットは河童だったんだ。今から天昇園に保護された『UN-DEAD』の生き残りが持ち出してきた動画ファイルを送るからそれを見てくれ……」
気落ちしているのか、それとも次の1手を考えているのか明智君は言葉少なげに通話を切った。
『かいつまんで説明しますと、この地球の海の底に眠っている旧支配者『クトゥルー』を召喚して世の中をブッ壊すってものなんですがね。問題点が2つ。『どうやって呼び出すか?』そして『呼び出したクトゥルーをどうやって制御するか?』という点です』
『まず制御法なんですが、制御なんてしなければよろしい』
『クトゥルーの本体であれば去年、埼玉でヒーローチームに倒された幼体などとは段違いの能力を持つわけで、制御なんかしなくても世の中ブッ壊すのには十分です』
子供たちが待つ子羊園の中へと戻った僕たちは明智君がスマホに送ってきた動画ファイルを見ていた。
何かの施設の防犯カメラのような斜め上からのアングルで撮られた動画には所狭しに映る様々な組織の怪人と、怪人たちに取り囲まれながらも不適に「旧支配者招来計画」なるものについて語る1人の男が映っていた。
怪人たちに取り囲まれたその男、人間の姿に人間の声を持つものの邪神ナイアルラトホテプが化けた姿だという。
しかも「UN-DEAD」の連中もこの時まで邪神の存在に気がついていなかったというからなんとも。
D-バスターの時に思ったのだけれど、彼らにはセキュリティーの概念は無いのかな?
ナイアルラトホテプの奴が言う事に同意するのも癪な話だけれども、僕も「UN-DEAD」の人たちは「生ぬるい」と思う。
『そして次に『召喚法』ですがね。これ、実は私だけでもクトゥルーの肉体だけなら召喚できるのですよ?』
『いえ、肉体だけでは駄目なのです。そしてクトゥルーの魂を呼ぶために生贄を必要とするという事です』
『前に貴方と2人で話をしましたよね? 『ヤクザガールズ』のケツ持ちが怖いだの、羽沢真愛の近くには石動誠がいるだの、宗教キチガイは相手にしたくないだの、本ッッッ当に貴方は手ぬるい! クトゥルーさえ召喚できたら『UN-DEAD』まるごと引き換えにしても御釣りがくるとは思いませんか?』
『ええ、そうです! この東京からヒーローの大部分を引き離すためにね』
そして邪神の口から昨日のホバー・ラーテの電波ジャック放送は東京からヒーローたちを引き離すための計略であるという事が語られる。
事実、今、東京に残ってるのは僕や咲良ちゃん、あるいはヤクザガールズの子たちやマックス君に神田君といった子供たちに企業の広報部門でやってる戦闘能力に乏しいレスキュー専門のヒーロー、後はアーシラトさんみたいなあまり人の話を聞かないタイプの人たちくらいなものだろう。
あ、西住さんや宇佐さんみたいな老人ホーム組の人たちも残ってるか!
ともかく、すでに昨日の時点でナイアルラトホテプに1手、出し抜かれていたというわけだ。
『いえね。『魔力を持つ人間』だとヤクザガールズ全員を捕らえて、それで足りるかどうかってレベルなんですよ? 羽沢真愛なら1人で十分なんですが、私もつい一昨日、デスサイズにケンカ売られちゃいましてね。さすがにアレはちょっとなぁって感じなんですよね』
『はぁ? デスサイズに?』
『馬鹿ジャネーノ?』
『あのさぁ……。前に会議の議題になったよね? 最新のトレンドは『いかにデスサイズを避けるか』だって』
急に真愛さんの名前が出てきて驚いたけれど、その後の怪人連中が僕について口々に語ってるところをアーシラトさんが鼻で笑っているのを見て何だか釈然としない思いだ。
咲良ちゃんも僕の事を見て「うわあ……」みたいな顔をしてるし、真愛さんも「あはは……」と苦笑いしているし……。
でも、そのすぐ後に僕たちが今、もっとも気になっていた事の答えが語られたのだ。
『でもほれ! 私の試算では河童を生贄に使う事で十分にクトゥルーの魂を召喚できるのですよ!』
『気の無い返事ですね!? クトゥルーも河童も同じ水属性の存在だから可能な裏技なんですよ? それに妖力を魔力に転換する魔法陣も知ってますし!』
台風のせいで雨降っても滅茶苦茶暑いです。
あ、ウドン編が終わったので盛岡にお蕎麦食べに行ってきました!




