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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編 救世の魔法少女
325/545

「あまねく全ての人に“愛”を!」

 突如として閃光に包まれた丸亀平野。


 互いに手にした凶器で傷付け合っていた暴徒たちも白い光にたちまち目が眩んで手を止める。

 だが、それほどに強い、頭上で地を焼く太陽よりも強い光であったというのに嫌な光ではなかった。

 丸亀平野に雪崩れ込んでいた10万を超える暴徒の誰しもがその光に穏やかな優しさを感じていたのだ。


 やがて閃光は弱まるがあたりは白く輝く霧に包まれたような状態になる。


「血が……、止まってる……?」


 誰かの声が上がる。


 鎌や鍬、包丁などで切り付けられた創傷に何かが付着して出血が止まっているのだ。


 閃光に続いて起こった不可思議な現象を訝しみながらも周囲を見渡すが、輝く霧の中で見渡せる限りにおいて同様の現象は起きているようだった。


 しかし、すぐに暴徒たちは自分の頭脳で理解できる事ではないと不思議な現象について考える事を止めて戦いを再開しようとする。


 聖女は倒れた。

 彼女を傷つけたのは奴ら(敵派閥)に違いないだろう。

 奴らを倒さなければならない。聖女の恩に報いるために。

 彼らは彼らなりの正義に従って自らを奮い立たせ手にした得物を強く握りしめた。


 だが、先ほどまで戦っていたハズの敵に目を向けると脳内に声が、光景が浮かんでくる。


『年越しウドンできたわよ~!』

『おっ! 待ってました! 普段、こんな時間まで起きてないから腹ァ、減っちまったよ!』

『はいはい、伸びる前に食べちまいな!』


『受験勉強、お疲れ様、夜食作ってきたわよ!』

『ありがとう!』

『根詰めてるのは分かるけど、風邪ひかないようにね』

『うん……』


『……ただいま』

『お帰り。良く無事で生きて帰ってくれたね……。父さんは……』

『聞いたよ。空襲でって……』

『お前だけでも生きて帰ってきてくれて良かったよ……』

『…………』

『ウドンでも食べにいこうか!』

『……うん』


『おぎゃ~! おぎゃあ~!』

『お~、よしよし! 皆、いつもと違ってかしこまっちゃって怖いね~!』

『よしよし。お食い初めと言ったら鯛のお頭付きよりもまずは……』

『ウドン食べようね~! 今日から皆と一緒にウドン食べれるね~!』


 それは自分の記憶ではない。

 次々に浮かんでくる光景(ヴィジョン)に出てくる者は見覚えの無い者ばかりであるし、場所も記憶に無い所ばかりだ。しかも自分のもののように聞こえてくる声は目の前の敵のものではないか!


 戦場で夢を見ているのか、幻覚を見ているのか。

 慄きながらも敵の顔をよく見ると敵もまた何かに怯えるように自分を見ているではないか。


「……アンタ、嫁さんと祝言を上げる前日に大工仲間とウドンを食いに行ったか?」


 目の前の敵が絞り出すような震える声で問い詰めてくる。

 確かにそのとおりだが、目の前の相手がその事を知っているわけがない。

 だが、自分が敵の記憶としか思えない幻覚を見たように、敵も自分の記憶を見たのではないかという可能性に思い至った男は訪ねてみる。


「ああ。お前さんの親父は空襲で?」

「ああ、終戦前のT市の空襲で……」

「お食い初めで泣いていた子は元気かい?」

「ああ、ついこないだも聖女様のウドンを食って、前の日に残ったウドンで作ったっていうカリントウを喜んで食ってたよ」

「そうか……」


 もはや両者ともに凶器を握る手からは力が抜けていき、ただただ呆然と見つめ合っていた。


「美味かったなぁ……」

「ああ、美味かった……」


 どのウドンがとは言わなかったし、聞く事も無い。どの思い出のウドンも美味であったし美しかった。


 もはや互いが「生醤油派」であるか「出汁汁派」であるかなどなんの意味も無い。

 両者ともにウドンを食して笑い、泣き、怒り、喜んでいたのだ。

 彼らは共にウドンを食べてウドンを愛する者だったのだ。

 もはや争う理由など何も無い。


 そのような光景は丸亀平野全体で見る事ができた。


 皆が皆、周囲の者たちの思い出を自分の事のように感じ取り、自分と同様の存在であることを知って、自分の家族や友人たちと同様に尊いものだと心から信じる事ができる。


 彼らは些事に囚われる必要など無かった。

 彼らは武器を取る必要など無かった。

 彼らは同一の存在だったのだから。


 先ほどまで正義と信じて暴力に身を任せていた者たちの手から次々と凶器が落ちていく。






「一体、何が起こったのです!?」

「何!? この光は!?」


 一方、筆ノ山で丸亀平野の様子を見守っていたロキたちの元にも白い閃光は届いていた。


 閃光が収まり、周囲が霧に包まれた時、ロキは自分が音を立ててウドンを啜る姿を幻視し、ヘルも自分が数本ずつウドンを手繰って口へ運ぶ姿を見ていた。

 背景などから1月前にヘルが屋台を訪ねてきた時のものだとすぐに察する事ができたが、それは2人を戦慄させる。


 正真正銘の神である自分たちの精神に干渉するものなどありえないハズなのだ。

 恐らくは天の魔法であろうという事は理解できたが、そんな魔法など聞いた事も無い。


 理解不可能の魔法の秘密はこの光輝く霧にあるのではとロキは人差し指を唾で濡らしてから霧の中で振り、口の中へと入れた。


「……これは小麦粉?」


 この1月、天の元でウドンとともにあったロキにはすぐに理解できた。

 この霧の正体は魔力で撒き散らされた小麦粉だ。

 それも残留する魔力を発しながら浮遊して輝く小麦粉である。


「小麦粉を媒介として発動する魔力による精神共有空間だと!?」

「あ、貴方たちは一体、何を作り上げたというの!?」

「想定外だよッ!? こっちが聞きたいよ! そもそもウドンって何なのさ!?」


 ロキとヘルに問い詰められてラビンが逆ギレ気味に答える。

「魔法の国」ではウドンは食されていないのだ。彼にとっては幻覚作用のあるヤバい白い粉末が散布された空間などとっとと逃げ出したいくらいだ。


「ま、まあ、そもそも『魔法少女計画』は不可能を可能にするためのものだし、何があってもおかしくはないと思うけどね……」

「そ、それでも魔力が無ければ魔法は使えないハズです。あの子は生命力すら枯渇するところだったのですよ!?」


 ロキの言葉にラビンの頭脳がフル回転して可能性を模索する。

 ロキに試作マジカルバトンを奪われたが故の想定外の事態だったが、「魔法少女計画」の推進者としては無視できない事例だった。


「ふむ。これはあくまで僕の予想だけどね。まだ生きている以上は僅かでも生命力はあるのだろう? その僅かに残った生命力、魂、魄を……」

「それだけでこれほどの魔法ができるわけがない!!」

「最後まで話を聞いてよ。生命力と魂魄を魔力に変換して、その魔力を起爆剤として肉体を魔力に変換したんじゃないかな?」

「そんな事をしたら……」


 ヘルが息を飲む。

 魂魄まで魔力に変換してしまったら後に残る物は何もない。

 死後の安息すら無い。

 それを後悔する事すらできない。

 ヘルにとってそれは何よりも恐ろしい事のように感じられる。


 だが、すでに事は起こってしまっていた。

 ヘルもロキも、ラビンたちもただ眼下に広がる光景を見守っている事しかできないのだ。





 武器を捨て、周囲に倒れた重傷者の手当を始めた群衆たちであったが、ふとある()()に気付いた。


 光輝く霧の中、一際強く輝く何かが丸亀平野の中心にいたのだ。


 それはあまりに巨大ですぐに気付かなかったのも無理はない。

 人はあまりに巨大な物にはかえって気付かないものであるし、その()()が放つ穏やかさに人々はなんら違和感を感じなかったのだから。


 だが誰かがそれに気付くと連鎖反応が起こったように群衆はその存在を知覚していく。


「あれは……、聖女様……?」


 小高い山のように巨大なソレは強く光り輝いているために細かいディティールを窺い知る事はできない。

 しかし長い髪が風に揺らめいているように見えるソレは女性を思わせる。

 そしてその存在に神聖な何かを感じ取っていた人々はその巨大な何かをあの聖女であると感じ取っていたのだ。


 “あまねく全ての人へ(ウドン)を……”


 群衆たちの脳内へ聖女の声が響く。

 慈愛に満ち溢れたその声に誰しもがひざますいて手を合わせてその声を聞いていた。


 “全ての(ウドン)に祝福を……”

 “生醤油で食べようと、出汁汁で食べようとウドンのそばには誰かの笑顔があるのです。どうかそれを忘れないでください”

 “細くても太くても、コシが有っても無くても、モツ煮込みを付けても、最後におはぎで締めても人はウドンを食して生きていくのです”

 “どうか皆さんの愛を、あまねく全ての人に(ウドン)を……”


 その言葉を最後に、まるで陽光に霧が霧散していくように光り輝く何かの姿は薄れ始める。

 何かを見つめる人々はそれが存在するのが当たり前であるかのように我が目を疑い言葉を失う。


 そして長い夢が覚めるようにその存在が完全に消え失せると周囲を包む霧も瞬く間に消え去っていた。


 後悔と罪悪感、そして喪失感に10万を超える人々はただただその場で慟哭する。


 その眼から流れる涙は大地を雨のように濡らし、地に膝をついて体を大きく揺らして泣くその姿は万丈に実る麦が風に揺れているかのようであった。






 その日を持って香川の地の内戦は終わりを告げ、その数日後には待望の台風の到来によってその年の渇水は終わりを告げた。


 香川の民たちは互いに手を取り合って荒廃した自分たちの故郷の復興に尽力したという。


 そして翌年、朝鮮戦争の膠着に業を煮やしたソ連赤軍の支援を受けた日本ソヴィエト(議会)が北海道侵攻を開始すると、香川の民は小麦の一大生産地である北海道を守るために彼の地へと渡った。


 後の世で「第二次饂飩防衛戦争」と呼ばれる事となる北海道動乱において、香川の民は「生醤油派」「出汁汁派」「釜玉派」の区別無く互いに手を取り合い、すでに戦車などの重装備を失っていた赤軍を北海道から追い払う事に成功する。


 彼らの戦ぶりに北海道の民も良く彼らをもてなし、現代においても北海道風の味付けの濃い唐揚げを四国においては彼の地と同じく「ザンギ」と呼ぶようになったという。


 そして1975年、早明浦ダム完成。

 これによって香川の地の水道事情は大きく改善する事となる。


 だが渇水が完全に無くなったわけではなく、その度に香川の民たちは協力し合って困難を乗り越えていったという。


 さらに時は流れて……

次回、エピローグ的なのをやって今回の番外編は終わりとなります。


あと、突っ込まれる前に書いておくけど、四国で唐揚げをザンギと呼ぶのは愛媛などの一部だけの地域のようです。

それと赤軍が戦車などの重装備を失っていたというのは別の人の話になります。なんでも重装甲で高火力の戦車ほど嬉々として襲い掛かっていくヤツがいたらしいっスよ?

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