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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
番外編 救世の魔法少女
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「貴女、本当にウドン以外に興味無いんですねぇ……」

 その日、天と呂木は野戦病院に戻ると調理器具の洗浄などを“多重分身”の魔法で生み出した分身たちに任せ、今は物置として使われている資料室にこもる。


 天が思った通り、元々、村役場であった施設の資料室には県内の詳細な地図が埃を被っていた。

 その中には県内の利水状況を記した地図もあり、主要な水源地も記されている。

 もちろん野戦病院の裏手の井手のような小規模な物は記載されていないが、それで問題は無いハズだ。


 なにせ聞いた話では何者かによって毒物を投げ込まれているのは、この長く続く渇水でも未だ使用可能な水源、その中でも各地域で1番の規模のものだという事だ。


 その規模の水源ならば地図にも載っているだろう。


 天は話に聞いた「出汁汁派」の潰された水源を地図で見つけては赤鉛筆でバッテンを付けていく。

 “通信”の魔法で仕込み作業をしていた分身に連絡を取って、軽症の入院患者などから話を聞いて「生醤油派」の潰された水源を聞いてはそれも地図に書き込んでいく。


「何か分かりましたか?」


 作業を見守っていた呂木が声を掛けてくる。

 何が面白いのか気が狂ったように妖しい笑みを浮かべていた。


「ええ、犯行は県内全域に及んでいるようですね」

「ほう!」

「……随分と面白そうですね」


 やがて「出汁汁派」の情報がK町で聞いただけでは不十分だと判断した天は分身たちの半分を県内各地へと飛ばし、その報告を待つために作業が止まる。

 分身の残り半分は明日のウドンの仕込みだ。


 8月の日は長く、日が落ちてもしばらくは明るい。

 そのような中途半端な明るさでは、かえって暗さに目が慣れていないために資料室の天井に吊るされていた裸電球だけでは地図を読むだけでも目が疲れてくる。


 天は目をしばたかせてから体をのけ反らせて深呼吸をしてから呂木の方を見た。


 机に腰かけていた呂木の目が猫科の野生動物のようにギラついている。

 口角はつり上がっていつもの陰鬱な笑みから剥き出しの犬歯がこぼれて、剣呑な雰囲気を隠そうともしていない。


「ええ、面白いですね! 貴女、気付いてますか?」

「うん? 何にです?」

「貴女、初めてウドン以外のために魔法を使っているのですよ!?」

「はあ……?」


 言われてみればこの1ヶ月、魔力を消費する事で作動する魔法の屋台に設置しているコンロや水道を含めれば回復が追い付かないほどに魔法を使い続けている事になる。


 だが、確かに直接的にウドンに関係しない事に魔力を使うのは初めてだった。


「まぁ正直、戦争で水源に毒を投げ込むだなんて古今東西、使いつくされた手段なんで面白いとも思いませんがね。私が面白いと思うのは貴女です!」

「私?」

「貴女が何をなして何を思うのか!」


 呂木が何を言わんとしているのか察しかねた天が首を傾げると、呂木は腰かけていた机から飛び降りて神経質そうに天の周囲を歩き回る。


「どうします? もしかしたら『生醤油派』も『出汁汁派』も互いに互いの水源に毒物を投げているのかもしれませんよ? 貴女が考えているような黒幕なんていないのかもしれません」

「…………」

「どうします? 貴女が信じるウドンを愛する人々がウドンを作るために必要な水を駄目にしているとしたら、貴女はどうします?」

「そんなの決まっています」

「ほう……?」


 天の言葉の続きを待って呂木が目を細めた瞬間、天は異様な感覚に襲われた。

 威圧感があるわけではない。それどころか呂木はいつもの陰鬱な笑みを浮かべてじっと天の言葉を待っている。


 だが天はその「自身の言葉を待つ呂木」に妙な存在感を感じていたのだ。


 まるで神社や寺院で神仏に何かを誓うかのような、軽々しく適当な事を言ってはいけないかのような。


「……前にも言ったと思います。私にできるのはウドンを打つ事だけです」


 それだけを言うのがやっとだった。


 だが、嘘を付いたつもりも無ければ、自分の言葉に何の不足も感じていない。


「ほう……? 知らないのであれば私が教えますよ? アレなんかどうです? 広島と長崎に落とされたとかいう核兵器! 今の貴女であれば原理を理解すれば原子爆弾を超える“地上の太陽”ですら再現できるとしたら!?」

「核兵器……?」


 天も新聞やラジオでそのような新兵器が使用されたと聞いた事があった。

 今ではソ連も同種の兵器を開発したとも聞く。


 人間が物理的に作成可能な兵器ならば、確かに魔法で再現可能かもしれない。

 だが……。


「必要ありません。核兵器など無意味です」

「無意味?」

「核兵器がウドンを作る上で何の役に立つというんです? 生憎とそんな大層な物をウドン作りに役立てるようなオツムは私にはありません。つまりは無意味です」


 核兵器が生み出す10万度を超える熱に耐えられる鍋があるわけでもないし、放射能物質で出汁が取れるわけでもない。

 その他、核兵器のウドン転用など学の無い天には思いつきもしなかった。


 事実、21世紀を迎えた時代になっても香川県では核兵器を保有していないのだった。




「ふむ。それではその事は少し置いておいて、貴女が地図とにらめっこして分かった事を私にも教えてくれませんか?」


 溜息をついてトーンダウンした呂木は天が書き込みをしていた地図へと話を戻す。


「はぁ、まず、さっきも言ったとおりに被害は県内全域に及んでいるようなんですよ」

「ほうほう……」


 天が呂木の前に差し出した地図にはすでに20ヵ所以上のバッテンが付けられている。

「出汁汁派」からの情報が不完全な情報でこれだ。聞き込みに向かった分身たちから“通信”が入ればバッテンはさらに増えるだろう。


「つまりはムシャクシャしてやったとかではなくて組織的に、そして継続的に行われているという事ですよね?」

「そうでしょうねぇ」


 地図につけられたバッテンの横にはいつ毒物が投げ込まれたかの日付が付けられている。

 伝聞のために正確ではない箇所もあるだろうが、被害が最初に認知されたのは2週間前の日付だった。


 さらに内戦中で「生醤油派」「出汁汁派」両派支配地域では人の行き来も無いような状況で県内全域に被害が及んでいるという事はとても単独犯という事は考え辛い。


 さらに「出汁汁派」へ聞き込みに向かっていった分身たちから情報が入るとますます単独犯説は消えていく。


 昨日の県西部T町の溜め池の前が4日前の県東部、さらにその3日前には県中央部に近い三梨町の溜め池だ。


 どう考えても単独で行うには非効率な移動だと言わざるを得ない。


「組織的に継続して行われているのは分かりました。で、犯人は?」

「分かりません……」

「は?」

「……何か良い魔法とかないですかね?」

「ええ……!? さっき貴女、ウドン作りに関係無い魔法は無意味! みたいな事を言ってたじゃないですか!?」

「あはは……! すいません……」


 大げさに驚いてみせる呂木に天も頭を掻きながらペコリと頭を下げて見せた。


「まぁ、魔法少女の魔法なら何だってできますよ? 多分……」

「そうなんですか?」

「子供の無限の可能性を魔法で拡張させるみたいな主旨の企画らしいですよ?」

「らしいって……」

「まぁ、私も借りてきただけなんで……」


 そういえば初めて会った時に彼が「魔法の国から借りてきた」と言っていたのを天は思い出していた。


「なんで未来予知を願ってなんやかんや……」

「ああ、“未来予知”ですね。たまに使います!」

「え、すでに使った事があるんですか!?」

「まぁ何でもかんでも分かるというものでもないですけどね。ウドンを打つ時、水分量を決める時にこれからの天気なんかを“未来予知”で……」


 すでに“未来予知”の魔法すら使っていたのに、それを犯人捜しに利用する事を思いつかないとは。

 天の脳内はすでにウドン粉に汚染されているのではないかと訝しむ。


「貴女、本当にウドン以外に興味無いんですねぇ……」

「まあまあ、それじゃ……」


 天は呆れかえる呂木を宥めた後で、深呼吸をして目を閉じた。

 10秒か、20秒かほどして天は目を見開いて口を開く。


「明太クリームのおうどん……」

「はぁ!?」

「なんか、未来じゃそんなワケの分からないウドンが流行ってるらしいです」

「え、犯人は?」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 再び天は目を閉じる。

 また犯人とは関係無い事が浮かんできたのか1分経っても、2分たっても目を開ける事は無く、しまいに天はうんうんと唸りだしてしまう。


 魔法少女が使う魔法。

 それは決まり切った術式によるものではないために、すべては術者の能力次第だ。

 犯人を予想するつもりで未来に流行するウドンを予言してしまったのも天の脳内がウドンの事で埋め尽くされていたからであろう。


 だが決まりきった術式によらない事は無限の可能性を意味する。


 ついに天は目を開き、広げていた地図の1ヵ所に〇印を付けた。


「犯人ではないですけど、次に狙われる場所が分かりました!」

つると〇た〇、行ったことないから明太クリームのウドンが美味しいかは分からないの(´;ω;`)

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