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そういえば鉄子にはどうしても腑に落ちない事があった。
すでに町の灯りも近くなり、数分ほど前まで聞こえていた遠雷のような砲声や、虎の咆哮に例えられるニトロが投入された時独特のエンジン音も聞こえなくなっている。
さすがに鉄子も窮地を脱した事で落ち着きを取り戻していたので、隣の席のウサギ怪人に聞いてみる事にした。
さすがに軍事機密に相当するような事までは聞き出せるとは思ってもいなかったが、それでも聞かずにはいられなかったのだ。
「ところで、だ……」
「はい?」
「『虎の王』や君たちはどうしてここに?」
まさか「UN-DEAD」の誰かが官憲に通報したわけでもないだろう。
当初は騒ぎを聞きつけて通りすがりの誰かしかが通報したものかとも思っていたが、第2アジトがあった廃ホテルはH市と山梨県とを繋ぐ道路からも離れていて、そんな場所へ夜間に近づく者がいるとも思えない。そのような場所であるから「UN-DEAD」のアジトの用地になったのであり、そのような不便な立地であったからホテルは廃業を余儀なくされていたのだ。
さらに通報を受けてから急行してきたにしては到着が早すぎる。
「虎の王」が駆るⅥ号戦車ティーゲルⅠの最大速力は整地であっても時速40kmほど。無論、21世紀の今日まで使い続けられるにあたって強化改良は受けているだろうが、それにしたって限度があるだろう。
つまり「虎の王」やハドー獣人たちは鉄子たちのヤークトがアジトから脱出する前に出発していた事になる。
鉄子の疑問に対するウサギ獣人の回答は簡潔なものだった。いや、簡潔ではあっても鉄子の感覚からいえば明瞭なものではなかったのだが。
「ああ、ベッドで寝てたハズの泊満さんが夜中にいきなり『良くない風が吹いている……』とか言い出して警報を鳴らして皆を叩き起こしたんですよ!」
「はあ? どういう事だ?」
「さあ? いや、でも私らがゴールデンウィークに一大作戦を実行した時もそんな事を言ってたそうですし、こないだ戦車の整備が終わった後の点検に山に入った時も『なんかある』みたいな事を言って山に大砲を撃ち始めたら『UN-DEAD』とかいうののアジトだったって事もあるそうですよ?」
「……んなアホな…………」
泊満というのは「虎の王」と呼ばれるティーゲルの車長、泊満光春の事だ。
つまりは夜中に「虎の王」がわけの分からない事を言い出して、周りの連中は誰も止めなかったどころか、それに付き合って行動を起こしたのだという。
(ていうか、第1アジトの件はそんな理由だったのね……)
H市郊外の山中にあった第1アジトはつい先日、「虎の王」の襲撃を受けて放棄されていた。
その時の撤退を支援するために迎撃に出た日本ソヴィエト赤軍は文字通りの全滅を遂げていたし、鉄子も神経接続により1人で操縦から砲撃まで行えるように改良されたヤークト・パンテルⅡを失っていた。
その襲撃が「なんとなく」みたいな理由で行われていたとは……。
思わず鉄子は言葉を失ってしまう。
「どうしました?」
「……いや、君たちも大変だなと思ってな」
本当の事を言ってしまえば泣き言になってしまいそうになる気がした鉄子はウサギ獣人へと話を変える。
「いえいえ、私らは特別手当が出ますから!」
「特別手当?」
「ええ、介護保険制度さまさまですね!」
「……戦車に跨乗して戦いに赴くのって介護保険は関係なくないか?」
鉄子の言葉で何がおかしいのかウサギ獣人は笑いだしてしまった。
「100歳近い認知症の後期高齢者が夜中によく分からない事を言い出して車を持ち出して外に出るんですから介護士の仕事ですよ~! なら介護保険の補助があって当然じゃないですか!」
「凄いな介護保険……」
「そうだよ~! 鉄子ちゃんも何があるか分からないし、保険は入った方が良いよ~!」
「そうだなぁ、……って、私は介護保険に加入するような歳じゃないぞッ!」
茶々を入れてきたD-バスター1号を蹴り飛ばしてやろうと鉄子は足を伸ばすが、1号は器用に操縦レバーを握ったまま体を反らして鉄子の足から逃げる。
なお現在の日本において介護保険料の徴収がはじまるのは40歳からとなっている。
やがて山を下りた駆逐戦車は国道沿いに展開した天昇園の部隊と合流した。
2輌の旧日本軍の戦車、荷台にロケット砲を搭載した旧式のボンネット付きのトラック、大仰角の対空砲を牽引した1ボックスカーに、通信機材を搭載しているのかアンテナが何本か屋根から飛び出した1ボックスカー。
1ボックスカーは普段はデイサービスやショートステイの利用者の送迎に使われているのか白い塗装に「天にも昇る良い気持ち! 天昇園」というロゴが付いているどこにでもありそうな物だった。
(……なんだ?)
国道に合流してゆっくりと車列に接近していくとペリスコープ越しに見ていた鉄子にもハッキリと異常が見て取れた。
鉄子たちの車両を先導していたネコ科とモチーフ不明の黒い獣人の2体も何やら車外に出ていた者たちと話をしながら困惑したような顔をしているし、対空砲やロケット砲を巧みに扱って鉄子たちの撤退を支援した砲兵たちや小銃を担いだ歩兵の老人たちの顔は強張り、目はせわしなくあちこちへ動いていた。
介護士であろう獣人たちと同じポロシャツを着た若者や中年男性などは口元を押さえて動揺した様子を隠そうともしない。
「おい! 一体、何があった!?」
まさかナチスジャパンの残党である自分を即刻、処刑せよと命令が下ったのではと疑ってみたものの、それなら車体の上に載っているクマ型とトラ型のハドー獣人を車内に入れればいいだけだ。
鉄子は戦闘室上部のハッチを開けて手近の物へ聞いてみる事にした。
その答えは鉄子が予想だにしないもので気が遠くなるのを実感するほどだった。
「1号車、信号途絶……。通信にも応答ありません……」
プロレスなら誠君、咲良ちゃん、涼子さんの誰がナイアルラトホテプへの挑戦権を得るかで何試合か引っ張るところですね!




