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「前方のⅥ号より通信! 『顔を出すなよ』って!」
「は?」
突如として鉄子たちの前に現れ、エンジンの唸りを上げながらさらに接近してくるティーゲルの砲塔上に1人の老人の姿が見える。
骨と皮だけといった幽鬼のようにやせ細った老人は鉄子たちがカメラやペリスコープ越しに見ているのに気付いているのか茶目っ気を出して首を軽く傾げ、人差し指と中指だけを立てた右手を振って見せる。
それと同時にティゲールの車体から2つの円柱が「ぽんっ!」という気の抜けたような音を立てて飛び出した。
「近接防御兵器!」
「なにソレ? って、うわっ!!」
「虎の王」というこれ以上は望むべくもない救援に完全に気の抜けていたD-バスター1号が腰を抜かさんばかりの声を張り上げる。
鉄子の言葉に車長席を振り返っていた1号であったが、車載カメラとリンクしていた彼女にはよそ見はおろか目をつむる事もできなかったのだ。
ティーゲルから飛び出した2つの円柱は目で追えるような速度でヤークト・パンテルへ接近して空中で爆破。内部に収められていた無数の鋼球を撒き散らしていた。
鋼球はヤークトの車体を叩き、鉄子たちの肝を冷えあがらせるが、それと同時にヤークトの車体に取りついて装甲板を爪で引っかき、あるいはハッチを開けようとうごめいていたナイトゴーントたちを一瞬の内に穴だらけにして汚水へと姿を変えさえる。
さらにティーゲルは機銃の曳光弾と主砲の火球を撒き散らしながら前進し、残り少ないナイトゴーントたちを始末していた。
本来はこのような超至近距離での戦闘に向いているとはいえない主砲も周囲の山の傾斜、飛び出た岩、さらには樹木の幹などに榴弾を着弾させる事で起爆させて敵を吹き飛ばしていく。
さらには岩を乗り越えて車両全体が下を向いた瞬間に発砲することで本来は狙う事すらできない死角の地面すら撃っていた。
「『護衛を付ける。山を下りた先にいる部隊に投降せよ』だって……」
「……ハハっ! 言ってくれる……」
「虎の王」は山中で空飛ぶ化け物に距離を詰められた状態にあっても援護すらいらないというのか。
半ば呆れ果てた鉄子はペリスコープを覗き込んでティーゲルの砲塔上から上半身を出している老人の顔を窺う。
榴弾の爆風によって短く刈り揃えられた銀髪が揺らいでいるものの老人は微動だにせず、その目はどこか遠くを見据えているように思える。
(あの方向は第2アジト? まさか……)
そう思っていた鉄子も思わず頭を振る。
あの「虎の王」を相手に「まさか」なんて言葉にどれほどの意味があるというのだろう?
鉄子の祖父も両親も、かつての仲間たちもそう思いながら死んでいったのだ。
祖父のティーゲルB型も、父のパンテルⅢも、母のレオパルトも「性能差で絶対に負ける事の無い」相手である「虎の王」であるティーゲルⅠに撃破されているのだ。
むしろ強力な重戦車や新鋭の主力戦車ほど「虎の王」に狙われやすいために危ないという説まである。
ナチスジャパンがヤークトのような駆逐戦車の他は戦車とは名ばかりの偵察車両や移動要塞しか保有していなかったのはそのような理由による。重戦車、中戦車、MBTなどはとっくの昔に「虎の王」にやられていたのだ。
そのような一族の宿敵というべき相手を前にしても、もはや鉄子には乾いた笑いしか出てこなかった。
自身の絶対絶命の危機を何食わぬ顔で救っておいて、すでに彼の目にはさらなる強敵が映っており、ティーゲルの車体後部に乗せていた歩兵を降ろすと鉄子たちの護衛にして「虎の王」はそのまま鉄子たちが来た道を行ってしまったのだ。
命賭けで勝負を挑んで食らいついていけば僅かなりとも勝機が見えてくるのではないかと思っていた仇敵が実は指の先、爪の先すら引っ掛けるところの見付からない巨大な断崖絶壁だったと認識してしまうような感覚だった。
もう笑うしかないではないか!
もはやヤークトの周囲に敵は数えるほどしかいない。
その残ったナイトゴーントも「虎の王」が下した歩兵たちが次々と撃破していく。
ただの歩兵ではない。
彼らは獣人。
何の因果か、あのハドーの獣人が鉄子たちの駆逐戦車の周囲に散って残った敵を処理しているのだ。
「うん? 何だ?」
ゴン、ゴンとブ厚いハッチを叩く音が聞こえた。
夜魔たちが爪で装甲に爪を立てる音ではなく、飛び散った何かの破片が装甲を叩く音でもない。
その音はなにかしかの意思の感じられるノックだった。
『すいませ~ん! 中、入れてくださ~い!』
車外の集音マイクが女性の声を拾ってくる。残り少ないとはいえ邪神の眷属が未だ近くにいるというのに随分と間の抜けた声だった。
その声に困ったような色を感じた鉄子はノックされた戦闘室上部のハッチを開けてやると1体の獣人が落下するように車内に滑り込んでくる。
さらに獣人が持っていた機械も車内に落ちて、獣人の頭を直撃する。
「あたた! あ、どうも、すいません」
獣人は垂れ耳が特徴的なウサギ型だった。
車外で戦っている獣人たちと揃いのポロシャツにチノパンを着た獣人。
スラリとしなやかな体にポロシャツの上からでも分かる大きな胸の膨らみ、その胸よりも臀部が大きいのはチノパンの中に尻尾でもあるからなのか。
「あ! アナタ! クッキーの人!」
「鉄子だ。ええと、その機械……」
そのウサギ獣人とは昼間にも会っていた。
D-バスター1号と1式に連れられて料理同好会で作った菓子類を持っていった児童養護施設での話だ。
そんな事よりもウサギ獣人の頭に落ちてきた大型のビデオカメラのような機械、それがレーザー目標指示装置である事に気付いた鉄子が聞くと、獣人は褒められるのを待っている子供のような表情になる。
「ええ! さっきのロケット砲の照準、上手くいったと思いません!? アレ、私がコレでやったんですよ!」
「き、君が?」
「はい! ウチのお爺ちゃんたちはハイテクメカとかはてんで駄目ですから!」
「そ、そうか。それはありがとう。いい支援砲撃だった」
先ほどのカチューシャでの砲撃、レーザー照準を受けていたのは鉄子たちの乗るヤークトだった。
そのレーザー目標指示装置を扱っていたのが目の間のウサギ獣人だという。
だが、走行中の車両のすぐ後ろに着弾させて追いすがる敵の半数近くを一気に蹴散らすなどという技。それはむしろレーザーで目標の座標を後方に送ったウサギ獣人よりも、後方でリアルタイムにデータに微修正を加えてロケットを発射した砲兵の功績なのではないかと鉄子は思ったものの、ウサギ獣人の褒められるのを今や遅しと待っている表情に負けて礼を言った。
「おっ! ウサちゃんじゃ~ん!」
「あ、昼間はどうも御馳走様でした~!」
「いいってことよ!」
「缶のやつですけど冷たいココア持ってきたんで飲みません?」
「いいね、いいね!」
操縦手席の1号も片手を上げてウサギ獣人に声を掛け、獣人が肩にかけたショルダーバッグからアイスココアを取り出すと通信手席から出てきた初号機が受け取って操縦手席の1号に渡す。
鉄子にもココアの缶が渡され、プルタブを開けると甘い香りが鉄子の鼻孔をついた。
人見知りしないD-バスターたちにウサギ獣人、ココアの香りにたちまち車内はこれから行楽にでも向かうのではないかというようなムードに包まれる。
すでに周辺の夜魔たちの排除は終わり、2体の獣人を先導に、また2体の獣人がヤークトの車体上に跳び乗って警戒している。
木から木へと飛び移る黒い謎獣人に大型の猫科動物特有のしなやかさで大地を走る獣人。
先導の2体は頼もしく。
車体上のクマ型、トラ型の2体の大柄の肉体も安心感がある。
自然とD-バスターたちからは先ほどまでの悲壮感は消えておしゃべりしながらの前進となっていた。
「あれ? この戦車、ドリンクホルダーとか付いてないんですか?」
「ああ、あったら便利だよな~」
操縦手席と通信手席の2人が太ももにココアの缶を挟んでいるのを見たウサギ獣人が聞く。
「へぇ~、ナチスの戦車って遅れてますね~! ウチのチハはドリンクホルダー付いてますよ!」
「いいな~! 鉄子ちゃん、今度、ホムセンで買おうよ!」
「いや……」
「ハハ、鉄子ちゃんはホムセン怖がってるの忘れたか?」
「ああ、そういやそうだったな」
「うん? ホムセンが怖い? 何かあったんですか?」
「それが昔に見たホラー映画のクライマックスがホームセンターだったんだってさ!」
「…………」
D-バスターたちは笑い飛ばしているが、あの悪党専門の殺人鬼マーダー・ヴィジランテをモデルとした映画のクライマックスが深夜のホームセンターだったのだ。
ホームセンターに追い詰められた悪党たちが工具に農具、調理器具、ペット用品などで次々に惨殺されていく畳みかけるようなクライマックスは鉄子のみならず「UN-DEAD」のメンバーにも苦手な者が多かった。自身がマーダー・ヴィジランテの標的になりえる悪党だからこそ感じるトラウマ級の恐怖がその映画にはあった。
それはいわゆる“悪の組織あるある”の1つだったが、その悪の組織に作られたD-バスターたちはかの映画の次から次へと繰り広げられる奇想天外な殺し技に口からポップコーンを吹き出しながら大笑いしていたのだ。
そんな笑い話をしながら10分ほど山道を進み、そろそろ人里近くだという頃に不意にウサギ獣人が声を上げる。
「あ゛」
「うん? どうした? 何かあったのか?」
「そういや負傷者とかいません?」
「……えぇ、いまさらぁ……?」
ココアを取り出したショルダーバッグからメディカルキットを取り出しているのを見て、何故、ウサギ獣人だけがヤークトの車内に入ってきたのかを遅まきながら理解した鉄子だった。
J( 'ー`)し
↑
これがマーダー・ヴィジランテのモデルの1つなので難しい機械が使えないのです。
そんなわけでホームセンターの工具やら農具やらがメインウェポンになります。
(ハロウィン編の釘打ち機とかは誠君が説明書とにらめっこして使えるようにしたんじゃない?)




