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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第41話 いあ! いあ! ふんぐるうふたぐん!
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41-6

 狩野たちの死を引きづったまま鉄子がD-バスターに手を引かれ、駆逐戦車の車内へと押し込まれていた。


 エンジン音と振動が伝わる車内は暗く、各インジケーターの無機質な灯りが至るところで点灯している。

 僅かな灯りを頼りに這いまわるようにして砲手席まで動いて席につく。2体のD-バスターがハッチから飛び込んでくる音を聞きながら砲手用照準眼鏡に顔を押し付けながら左手だけで砲塔旋回ハンドルを探す。


 見つからない。


 ガレージとアジト内部とを繋ぐゲート付近では今も3体のD-バスターが多勢に無勢の中で戦っているのだ。

 早くコイツ(10.5cm砲)で彼女たちを援護しなければと焦ってハンドルを探すもののどうしても見つからないのだ。


「……鉄子ちゃん」

「なんだ!」

「この子の砲塔は回らないよ?」

「そう……だった……な……」


 1体のD-バスターが砲手席に座った鉄子の傍まできて肩に手をかける。


 駆逐戦車であるヤークト・パンテルⅡは中戦車であるⅤ号戦車パンテルの車体を利用して大型の火砲を搭載しているために旋回砲塔ではなく固定戦闘室を持つ。


 そんな事すら忘れるほどに動揺していたのかと改めて鉄子は愕然とした。


 そして、もう1体のD-バスターが駆逐戦車を発進させると鉄子の精神は深く沈み込み、何度も自己嫌悪を繰り返していった。

 もはや「UN-DEAD」は壊滅状態。

 そして、かつて全世界を混乱の渦に叩き込んだナチスの末裔たる自分が未だ戦い続ける仲間を後目に逃げだしているのだ。


「情けないな……」

「そんな事は後にしようよ。まずは生き残らないと!」

「生き残るって、どうやって? どこに逃げると?」

「そんなん決まってるでしょ?」


 鉄子の元に来ていたD-バスターは鉄子にシートベルトを付けさせ、それから砲手席から一段、低い位置にある操縦手席の隣の機銃手兼通信手席へと向かう。


「出たとこ勝負の運任せよ! 為せばなる。たまにならぬときもあるけど、そんなん気にしてなんかいられないわ」

「……ハハッ、本当にお前らはアンドロイドなのか?」


 今はただ底抜けに前向きなD-バスターが頼もしい。

 あの石動兄弟と戦うためにそういう性格に作られているD-バスターシリーズは邪神の魔の手がすぐそこまで迫っていたとしてもいつもと大して変わらないように見える。


 そういえばD-バスターが慌てるなんて場面は鉄子が食事当番にあたっている時くらいなものではなかろうか?


 少しだけ気も持ち直した鉄子はシートベルトを外して揺れる車内に頭をぶつけないよう注意しながら車長席まで移動する。


「……これは?」


 車長席に取り付けられているミッションコンピューターのディスプレーに通信の着信の通知が1件、入っていた。

 タッチパネル式のディスプレーを操作して通信内容を確認。


「おい! お前ら、何としてもこの場を乗り切るぞ!」

「おっ? 調子出てきた?」

「任せとけっての!」


 無線通信により送られてきたデータ。送り元はルックズ星人のアカウントからだ。

 そして、その通信に添付されてきた動画データは何としても守らなくてはならない。「UN-DEAD」が壊滅した今、悔しいが邪神の計画を叩く事ができるのはヒーローだけだろう。鉄子は勝利のため、仲間たちの仇を討つために不倶戴天の宿敵であるヒーローと手を組む事すら辞さない覚悟が出来ていた。

 ナチスジャパンの最後の生き残りとして勝利のためならばどのような手でも使う。


 地下階から地上への上り坂を抜けてヤークト・パンテルは山間部の斜面へと飛び出す。


 履帯で吸収しきれない衝撃が車内を大きく揺らすが、そんな事などおかまいなしに鉄子は歯を剥いて笑っていた。か細くも見えてきた反撃の糸口に獰猛な肉食獣のように奥歯まで除くほどに口角を上げていたのだ。






「ネメシス旋風脚! 続けてビエラ発勁“螺旋勁”!」


 1式D-バスターが宙を舞い、体を360度まわすような大振りの回し蹴りがナイアルラトホテプの首筋に叩き込まれる。

 そのまま完全に敵の懐へと飛び込んで、両腕をそれぞれ捻りながらの掌底を邪神の腹部へと。


「グッ!? コレハ……」


 先の正拳突きからはすぐに立ち上がり、続く宇宙式旋風脚もさして効いたように見えなかった邪神であったが、両の掌底には呻き声を漏らして2歩、3歩と後ずさっていく。


 下がる邪神の左右からショゴスが前へと出てくるが、1式が同じように捻りを加えた掌底を粘性生物へと叩き込むと核に触れたわけでもないというのにショゴスの体を作る粘液は粘度を失って床を濡らして目玉が零れ落ちた。


 ビエラ発勁“螺旋勁”。

 元々はビエラ彗星に生息するショゴスとは別種の粘性生物と戦うために編み出された拳法である。

 その本質は敵の体内に衝撃波を叩きこむ事により骨格や筋肉を持たない粘性生物の粘液を通じて核を直接破壊するというものだ。


 そして、その技は宇宙でも有数の格闘種族として知られるベルサー星人を通じて「石動兄弟抹殺拳」へと取り入れられている。

 対石動兄弟用としては超合金Ar製の大アルカナの装甲を破壊できなかった場合にビエラ発勁で内部構造を攻撃する事を想定されたものだが、使い方としては対ショゴス用としての方が本来の目的に近いと言えよう。


「エエイ! 厄介ナ!」


 苦虫を噛み潰したような声で邪神が吠える。

 人ならざる者が人の言葉を使う異質さ、だがむしろ攻め立てられている今、邪神の声も滑稽なものですらあった。


 先の正拳突きで1式は気付いていた。

 邪神は人の形こそ取っているものの、ショゴスと同じように骨格や内臓のような内部器官を有していない事に。


 粘性生物というわけではない。

 原理こそ不明だが、何かしかのエネルギーがそのまま形を取ったかのようである。


 これが真っ当な性格の持ち主ならば理解不能の敵を相手にインファイトを仕掛ける事など到底、不可能だろう。


 だがD-バスターシリーズで一番の特攻体質である1式は「まあ、似てるんだからイけるんじゃない?」くらいの感覚で邪神の懐に飛び込んで螺旋勁を叩きこんでいたのだ。


 そしてその効果は抜群!

 あからさまに焦りの色が見える邪神は馬鹿の1つ覚えのように全身から触手を出して1式を攻撃しようとする。


 だが1式へ打ち出された無数の触手は右から飛び込んできた元祖D-バスターのプラズマセイバーによって全て切り落とされる。

 さらに本家D-バスターの鋼線付きのアンカーが投げつけられ、アンカーの重量と投擲の速度によって邪神は鋼線で雁字搦めにされてしまった。


「内原さんさぁ……、最後に1つだけ聞きたい事があるんだけど……」

「フン、何ダ?」


 勝利を確信した1式が構えを取ったまま邪神へと声をかける。


「私の完成直後に私がイケメン相手に戦えないって問題が発覚した時さ、私を超絶爺専に書き換えるように提案したのって内原さんなんだって?」

「恨ンデモカマワンゾ?」

「実の所、それはそんなに恨んじゃいないんだよなぁ。こないだ超タイプの人に出会っちゃたし」

「エェ? マジィ!?」


 イケメン相手には緊張して戦えないというメンタルを書き換える事は最初から設定をやり直すのと同レベルの時間がかかると予想されたため、1式D-バスターはイケメンの定義を書き換える事でお茶を濁されていた。


 1式D-バスターにとって年金受給開始年齢など若すぎて話にならない。

 最低でも後期高齢者、棺桶に片足を突っ込んでるほど彼女にとってはそそられるのだ。


 その1式が「超タイプの人と出会った」などと言い出す。

 これにはさすがの邪神も苦笑いだった。


「まぁまぁ、あの人の事は置いといて、それはともかくさぁ、私、気になってたんだよな。なんで超爺専なの? 普通なら極悪であれば極悪であるほどイケメンみたいに定義ファイルを書き換えない?」

「アア。ソレハダナア……」


 1式の言うとおり、「UN-DEAD」が悪の組織である以上、その敵であるヒーローをイケメンだと認識しないように「UN-DEAD」側の属性、すなわち悪をイケメンの条件に指定すればてっとり早い話だった。


 だが、そうしなかった理由は2つ。

 1つは地下に潜伏する暇を潰すために料理同好会だのボードゲーム同好会だのといった活動にうつつを抜かす「UN-DEAD」の連中と、あの石動兄弟の弟の方とどっちが本質的に悪か図り損ねていた事。

 そしてもう1つの理由は……。


「あ、やっぱいいわ!」

「エ?」

「こっちは時間が押してんだった! ヤベェ、ヤベェ!」

「イヤ、ソンナ時間カカル話デハナイシ……」

「悪いね! 続きはあの世で! アンドロイドにもあの世があればだけど!」


「ゴメン!」とでもいうつもりかウインクしながら顔の前で右手を立てて見せる1式に「這いよる混沌」とも称されるナイアルラトホテプも調子を狂わされる。


 なにせ生まれてこの方、ナイアルラトホテプは自分の話を無視された事などない。

 彼が口を開く時、その言葉を聞く哀れで矮小な存在は一様に恐怖に震えながら生き延びる術を探ろうと必死で足りない頭脳を振り絞っていなければならないのだ。


「イヤ、ホント、マジデスグニ終ワル話ダカラ!」

「う~ん……。そこまで言うなら……」

「アア! 実ヲ言ウトダナ……!」


 なんとか話を聞いてもらえるように懇願してやっとの事で興味を引いた事で一安心して語り始めたナイアルラトホテプだったが、その彼の言葉を遮るようにゲートの方から幾体もの足音と小鳥がさえずるような甲高い声が聞こえてきた。


「てけり・り」

「てけり・り」

「てけり・り」

「嘘だろ……?」

「こんな事って……」

「ああ……」


 アジト側からガレージに雪崩れ込んできた「UN-DEAD」の怪人たちだった。

 各組織のてんでバラバラの怪人たちは同じように下手なマリオネットで操られているかのようにぎこちない動作で歩きながら続々とガレージへと侵入してくる。


 誰も彼も目には命の光が灯っておらず、口々にあの粘性生物と同じような鳴き声を発していた。


 何があったのかは一目瞭然。


 3体のD-バスターは仲間たちの変わり果てた姿に絶望し、元祖は2本の光剣を手から落とし、本家も鋼線から手を放していた。そして1式も構えを解いて呆然としている。


「アレ? モシモ~シ? 声、聞コエテル?」


 結局、邪神は3体のD-バスターに話をすることはできなかった。

Twitterやってます。

雑種犬

@tQ43wfVzebXAB1U

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