41-3
完全防音の医務室のドアを開けると、目にこそまだ見えないものの戦闘の混乱がひしひしと鉄子にも感じられた。
天井に埋め込まれているアラートランプは断続的に赤く点滅し、どこかで起きた爆発の衝撃で壁面や床の構造材が震えている。
未だ抵抗を続けている者たちの怒声とともに様々な口径の火器の銃声や機械音が轟く。
ドラムや巨獣の遠吠えのようなエンジン音に破裂音、爆発音。
超高温のプラズマが物体に衝突した時の独特な溶解音と爆発音が入り混じった轟音。
高熱でイオン化した、恐らくは人体に有害な物質が鉄子の鼻をついて眉間に皺をよせるがD-バスターたちには問題ないのか鉄子を護衛するために5体で挟み込むようにして車両が用意されているガレージへの移動を促した。
「行こう!」
「あ、ああ……」
身を翻してガレージへと歩を進めた時、鉄子の耳へと届いた銃声に彼女は後ろ髪を引かれる思いを抱く。
それは怪人用の手持ち式速射砲の杭打機のような発射音や重機関銃のタイプライターに似たものとは明らかに異なるものだった。
絹布を力任せに引きちぎるような、1発1発の発射音が区別できないような銃声だ。
(……あれはMG42?)
7.92×57mmモーゼル弾というフルサイズ弾は現在、使われる事が少ない。
そして、そのモーゼル弾を使う機関銃、グロスフスMG42を使う組織など「UN-DEAD」においてはナチスジャパンのみ。
つまりはどこか、銃声の届く距離で鉄子の仲間であるナチスジャパン隊員が戦っているのだ。
「…………」
「鉄子ちゃん!」
ガレージに向かう足を止めてMGの聞こえる方向へと振り返る。
自分も彼らの元へ向かうべきではないかという思いが1秒ごとに募っていく。
だが、今にも駆けだしそうになった鉄子をD-バスターが体で押しとめた。
「鉄子ちゃんが引かなきゃ皆、いつまでも引かないよ! それこそ全滅するまで……」
「そう……だな……」
無力な自分に歯を噛み締めて再び鉄子はガレージに向けて移動を開始する。
力の限り、何度も奥歯と奥歯をすり合わせてるように悔しさを噛み締めている内に歯が欠けてしまったが、そんな事などすでに気にならなかった。
あるいは鉄子も言葉にこそしなかったが気付いていたのかもしれない。
MG42の発射音が連続して聞こえ続けている事に。
アサルトライフルのような歩兵用連射火器の以前の思想の元に設計されたモーゼル弾は装薬の量が多く、しかもMG42は“異様なほどに”と形容される高い発射レートを誇る。
当然、連射の反動を人間の力で抑え込めるハズもない。
つまり姿の見えない機関銃の射手がMG42を抱えながら腰だめ式に銃を発射しながら後退していたのなら、少しでも反動を抑え込もうと銃声は断続的に聞こえたハズなのだ。
しかしMGの銃声は連続して聞こえ続けている。
これは射手が機関銃を二脚か三脚に据え付けて射撃しているということであり、射手は後退する気が無いという事を意味していた。
きっと彼は自分たちの代表である鉄子が医務室にいる事を知っており、その後退を支援するために即席の機銃陣地を築いて敵の侵攻を食い止めているのだろう。
D-バスターたちの言うとおり、彼らは鉄子が脱出したと知るまでは引く事がないだろう。全滅したとしても。
本来、軍事用語で「全滅」と言えば「組織的な戦闘能力を喪失した状態」であり、国によって定義は異なるが2、3割~5割程度の損失を意味する。
だが、そんな人間の軍隊の常識があのヘドロのようなおぞましい粘性生物に通用するハズもない。あの脳味噌すら存在しないであろう原生生物に降伏などという事ができるか考えてみるまでもない。
鉄子の脱出が遅れればそれだけ仲間があたら命を失いかねないのだ。
仲間のためにも砕けた奥歯を吐き捨ててガレージを目指す。
やがて鉄子たちが通路の角を2つ曲がった所でMG42の銃声は途絶えた。
「あぶねぇ! 上だ!!」
ガレージへの道を急ぐ鉄子たちだったが、あと2つ角を曲がればガレージへの扉というところで野太い怒声が響いた。
T字路になっていた通路を曲がろうとしていた鉄子たちの真上、換気用の通風口からあの粘性生物が今まさにしたたり落ちようとしていた所だった。
危険を知らせる野太い声にD-バスターの1体が鉄子を引き寄せてアメーバ状生物から鉄子を守る。
床に落ちた粘性生物はどこにそんな筋肉のような物があるのか、身を起こしてテニスボールほどの大きな目玉を鉄子たちへと向けた。
だが、そこに先ほど鉄子たちに頭上の危険を知らせた野太い声の主である1体の怪人が飛び込んできて粘性生物に体当たりを食らわせた。
「ライノグレネードさん!」
怪人は元「Re:ヘルタースケルター」の残党である。
かの組織の改造人間の特徴である「生物+兵器、機械」という構成に乗っ取った体は重厚なサイを模したボディーに両腕はグレネードランチャーという異形だ。
ライノグレネードの体当たりと同時に粘性生物は怪人に寄生しようともっとも大きな体内への開口部である口元へとそのゲル状の体を這わせていくが、ライノグレネードも鼻先に生えた1本の太い角を赤熱させて応戦する。
装甲板すら溶かし斬るライノグレネードのヒートホーンに触れた粘性生物が焼けて周囲には異様な臭気が立ち込め、それでも動き続けるゲル状生物にライノグレネードは歌舞伎の連獅子のように頭部を大きく振り回す。
遠心力で粘性生物の体は揺れ、そしてついに赤熱した角が粘性生物の核である目玉に触れておぞましい敵は一気に粘度を失ってライノグレネードの体から剥がれる。
「だ、大丈夫か!?」
「ああ、1体くらいなら取りつかれてもなんとかなるようだな」
駆け寄ってきた鉄子の震える瞳を見て、ライノグレネードがわざとらしい大きな手振りで無事を伝える。
「それよりも鉄子さんたちはどこへ?」
「ああ、ガレージから脱出しようと……」
「そりゃあ駄目だ! 敵も俺たちを脱出させるつもりは無いらしい。ガレージの入り口には敵の団体様が殺到してるぞ!」
「なんですって!」
「だが、今なら第1倉庫の壁面を破ればガレージに出れるハズだ」
ガレージに隣接する第1倉庫は非常時の脱出のため、あるいは侵攻してきた敵へ奇襲をかけるために壁面の構造パネルを外してガレージに抜ける事ができるようになっていた。
壁面パネルはガレージ側からは外す事ができず、見た目も他の壁面と変わらぬために隠蔽性もある。
そして第1倉庫へは今来た道を戻らなければならないが鉄子たちのいるT字路にほど近い。
「しかし、ガレージの入り口がすでに敵に押さえられているのなら行くだけ無駄ではないのか?」
「いや、鉄子さんトコの仲間が入り口で食い止めている。だから急げ!」
「そんな……」
ガレージで戦闘を行っているナチスジャパンの隊員といえば医務室に内線をよこした狩野の部隊だろう。
彼は先ほど「先に脱出しろ」と命じられていたのにも関わらずに鉄子のためにガレージの防衛に残っていたのだ。
あのアメーバのように粘液でできた生物は寄生するつもりなのか改造人間などの怪人はまとわりついて取り込んでいた。
しかし鉄子や狩野のようなただの人間は必要がないのか、あっさりと殺しているのである。
早くいかなければ狩野たちの命が危ない。
「それじゃライノさんも一緒に……」
「いや、俺はここで敵を食い止める」
サイ型怪人が顎をやって見せた先の通路から無数の粘性生物が迫ってきていた。
てかてかと虹色に光を反射する粘液に浮かぶ目玉が一斉に鉄子たちを向く。
ライノグレネードはT時路の交差した所に立ち、先ほど粘性生物が落ちてきた通風孔に右手のグレネードを発射。
粘性の高い燃料を主成分とする焼夷弾は通風孔に着弾すると同時に炎を生じて炎に弱い粘性生物がこれ以上通風孔から現れる事を防ぐ役目を果たす。
さらにライノグレネードは迫りくるゲル状生物の集団に向かって両腕のグレネードを発射。
「早くいけッ! 長くは持たんぞ!」
「済まない! 恩に着る!」
鉄子とアンドロイドたちの駆け足で遠ざかっていく足音を聞きながらグレネード弾を乱射していく。
「どうした!? 糞ども! 俺はここだぞ!」
ナパーム焼夷弾。
破片榴弾。
対戦車榴弾。
致死性ガス弾。
白リン発煙弾。
搭載されているありとあらゆるグレネード弾を短時間で吐き出すような猛連射に粘性生物、施設の構造材と問わずに滅茶苦茶に吹き飛ばされていく。
炎にあぶられたゲル状生物は精神に響くような臭いと音を発して蒸発していき、閉鎖空間での榴弾の爆風は局所的な真空状態のカマイタチを生んで敵を切り裂く。焼夷弾の燃料には酸素系の助燃剤が含まれているために爆風の中でも掻き消える事なく燃え続けている。
「ライノス・ヘルファイアーだ! えぇ、こら! ヘルタースケルターの旧式ならなんとかなると思ったか!? 来いよ、オラ!」
普段の彼からは想像もできないような荒々しい言葉を吐きながらもライノグレネードの心は穏やかなものであった。
人の姿を捨て、しかも両腕に武装を装備するという機体コンセプトの都合、肘先から前腕部を廃してランチャーを取り付けた彼は日常生活においても非常な苦労をしていた。
組織が壊滅した後もその異形から社会に戻る事はできず、両手の無い不便は彼の精神を深く沈みこませていたのだ。
その彼の心を安らがせてくれたのが5体のアンドロイドたちだった。
地下に潜伏する日々においても底抜けに明るい彼女たちと話していれば、まるで自分の心まで晴れやかになったような気すらしたものだ。
その5体のアンドロイド、D-バスターシリーズの地獄からの脱出の役に立てるのならば命も惜しくはない。
むしろ彼女たちを助ける事ができる事を恨んでいたハズの自身の作り替えられた肉体に感謝していたほどだった。
サイ怪人、ライノグレネードさん。
初登場は第36話「とあるアンドロイドの一日 前編」だったんだけど、覚えてた?




