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「あ~……、悪いが、もう少し落ち着いて話してくれ。脱出って何があったんだ?」
D-バスターシリーズというアンドロイドはその組成の100%を人工物で作られた人造人間である。
だが異星の技術で作られたアンドロイドの人工知能は時に現代社会のしがらみに縛られた人間よりも人間らしく、その底抜けに明るい性格は地下に潜って数十年という者も多い「UN-DEAD」の面々の癒しでもあった。
だが、それも時と場合によりにけり。
5体のアンドロイドがめいめいに気が赴くままにわめきたてるのを聞きながら鉄子は溜息をついた。
脱出が必要になった事態だという事は分かった。
しかしアンドロイドならこういう時くらいは理路整然と要点を押さえた話をしてほしいものだ。
「だ~か~ら~! 内原さんが神だか邪神だかでヌルヌルの気持ち悪いの一杯出してきて!」
「マジ、ヤベェんだって!」
「うん、うん! アレはマジヤバい!」
お前らの語彙力の方がヤバいだろ……と思わなくはなかったが、ひとまずは話を続ける事にした。
それでもテンパったアンドロイドたちの話は前後の脈絡がなく、しかも“神”とか“ヌルヌル”とかさっぱり意味が分からない。
しかし1つだけ分かった事がある。
D-バスターシリーズが想定している敵は石動兄弟。
あの大アルカナとかいう意味不明に強力な敵とでも戦えるようにD-バスターたちの精神は実用上限ギリギリのレベルに楽観的に作られているのだ。
そのD-バスターシリーズが全機揃ってこうも狼狽している。
それほどの事態が起きているという事なのか?
その事に気付いた時、鉄子は自分の背中を冷や汗が流れる感触を味わう。汗を吸わない素材のブラウスが不快さをさらに増している。
「お、お前らなぁ、内原さんが“神”だって? 私だって10年前は女神とか呼ばれてたぞ?」
鉄子にできたのは虚勢でもいいから笑い飛ばし、少しでも妹のようなアンドロイドたちを落ち着かせて詳しく話を聞く事だけだった。
「……いや、鉄子ちゃんの地下アイドル時代の自慢はいいから……」
「過去の栄光を懐かしむような歳でもないでしょ……」
「ヤバいって言ってんのに……、その話って今、聞かなきゃ駄目?」
「ワロス……ワロス……」
「隙あらば自分語り……」
「ご、ゴメンって!」
D-バスターたちの気を落ち着かせようと口にしたジョークが異様に不評で鉄子は思わず焦ってしまう。
「だ、大体、内原さんが“神”とか“邪神”とかってなんだよ?」
「えと、ナイアルポテトプーさんとか……」
「いや、潰れた悪の組織の残党なんて無職みたいなモンだろうけどさ、とりあえず『有る』のか『無い』のかハッキリしてくれよ……」
「いいから! とっとと逃げるよ!」
「ん? ちょっと待て! 内線が……」
詳しく事情を説明する前に脱出に移るよう促すD-バスターたちだったが、鉄子は未だ躊躇っていた。
何故、脱出するような事態になったのかを把握する前に動いてはいたずらに危険に飛び込むような真似になるかもしれない。
その点、D-バスターシリーズは出たとこ勝負のノリと勢いで動くがために彼女たちに付いていっては余計な苦労をする羽目になるかもしれない。
さて、どうするかと悩んでいたところで鉄子は医務室の内線用テレビ電話に着信が入っている事に気付いた。
受話器を取るとディスプレーにナチスジャパンの構成員である狩野が映る。背景からすると地下階の車両用ガレージからだろう。
「鉄子だ」
「狩野です」
「状況を報告せよ!」
さすがは鉄の規律を重んじるナチスの構成員だけあって狩野の言葉は簡潔で小気味良い。
鉄子は内心、ホッとしながら状況の説明を求める。
「ハッ! 『サクリファイスロッジ』代表に化けていた邪神ナイアルラトホテプが正体を現して我々に対して攻撃を開始、アジト内での事でしたのでロクな迎撃態勢もとれずに乱戦状態となっています」
さすがはアンドロイドといったところか、D-バスターたちは受話器から漏れ出た声を聞いて「だから言ったじゃん?」という顔で鉄子の顔を見ていた。
「脱出と聞いたが?」
「ハッ! 邪神が呼び出した粘性生物に対しては有効な攻撃手段を取れる者も少なく、アっ君殿はアジトの放棄を決定、相互支援の下、各自の判断で撤退するよう命令が出されました!」
「……それほどに状況が悪いのか?」
「はい……。特に我々のような人間には……」
生粋の軍人と言ってもいい狩野が言い淀むなど珍しい事だった。少なくとも鉄子は聞いた事がない。
よほど言いにくい事だったのか、少しの逡巡の後に刈谷はテレビ電話のディスプレーをアジト内の各カメラへと切り替えて現状を鉄子に直接に見せる。
「これは……、喰われてるのか? いや、寄生?」
ディスプレーに映し出されていた光景はまさにこの世の地獄といっても過言ではない。
アジトの至る所でUN-DEAD参加組織の怪人たちが工場の廃液かヘドロのような色をしたゲル状の生物に攻撃を続けるも粘性生物たちに有効打を与えられずに1体、また1体とまとわりつかれては取り込まれていく。
火炎放射機を使える者の火炎は効果があるようだったが、そのような者は少なく、また他の者の攻撃を無力化できるのを良いことに火炎放射器を使う者から優先的に取り囲まれてはおぞましい巨大アメーバに取り込まれていっている。
そして鉄子の視界に入ってきたのが死体だった。
着ている衣服から様々な組織の所属である事が分かるが、共通しているのは彼らが改造人間や強化人間などではなく、ただの人間であるという事。
ただの人間は必要ないとでもいうのか、アジトの至る所をはいずりまわる粘性生物たちは各組織の怪人こそ取り込んで寄生していくが、ただの人間は捕まえると適当に体を無茶苦茶に捻り上げて殺害するとその辺に無造作に放り投げている。
そして今、カメラに映っているのはレーザーバーナーで粘性生物を焼き払っている怪人を中心にした5体ほどの怪人のグループ。
彼らはさすがの年季とでもいうべきか上手く連携を取りながら少しずつ後退を続けているようだった。
だが不意に天井の通風孔のカバーが外れて大量の粘性生物が落ちてくる。
そのまま天井から現れた粘性生物たちはグループの中心であったレーザーバーナーを装備した怪人を取り込むと、他の怪人たちへも襲い掛かっていく。
戦力の中心であった怪人を欠いた怪人たちが全滅するのに30秒とかからなかった。
「……………………」
「代表?」
我が家のように見慣れたアジトで繰り広げられる地獄絵図に鉄子は言葉を失っていたが、狩野の言葉で現実に引き戻される。
「脱出の決断を! すでにガレージでヤークトの準備は完了しております!」
「わ、分かった! お前たちは先に脱出しろ!」
「しかし……」
「こちらにはD-バスターたちがいる。護衛なら彼女たちで間にあってる。お前らは先に逃げろッ!」
「……ハッ! 了解しました」
そのまま受話器を受け口に叩きつけると鉄子は目を閉じて大きなため息をつく。
(これではまるで壊滅ではないか! 「UN-DEAD」はこんな事のために今日まで潜んでいたのではないぞ!)
無論、鉄子とて自分たちがロクな死に方はできないだろうとは思っていた。
主義だ復讐だの言っていても自分たちはまごうことなき“悪”なのだ。
しかし、それでも家族同然の仲間たちがこんなワケの分からないやられ方をしていくのを見て平気でいられるほど強くはなかった。
「……よし、行こう!」
だが気落ちしてばかりもいられない。
自分はあの「虎の王」と勇敢に戦ったナチスジャパンの代表なのだと鉄のように重く沈む心に鞭を打って振り返る。
「あ、あるぇ?」
「…………」
だが5体のD-バスターはそろってジト目で鉄子を見ていた。
「ど、どしたの?」
「私たちがさっきから『脱出だ』て言ってるのに信じなかったのに、狩野さんが言ったらすぐに信じた……」
「ご、ゴメンって……!」
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