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それから僕はお風呂にいったのだけれど子供たちと一緒だったのはともかく、河童さんや大きな蛇が一緒だったせいで熱いお風呂に使っていても体の芯から冷えていくような感覚を味わうハメになってしまった。
それにしても、あの大きな蛇。頭と尻尾の先端に比べてやけに胴体が太かったな~。
なんて品種の蛇だろ?
てか蛇ってお風呂の熱湯に使っても平気なのかな?
お風呂から上がって僕に割り当てられた部屋に戻ってベッドに寝転んでからふと思ったんだけどさ。
例の子羊園周辺に設置しているナノマシンを使った複合探知機を真愛さんと咲良ちゃんの部屋にも持っていってもらったんだけどさ。
女の子の寝室に探知機ってマズかったかな?
そう気付いてから暗視カメラと赤外線カメラはオフにしたのだけれど、それでも音響センサーは生きているわけで、それまで切ってしまうといざという時に出遅れてしまいそうな気もするわけで、悩んでいる内に真愛さんの部屋に持っていってもらったセンサーから「すぅ……すぅ……」という寝息が聞こえてきた時にはどうしようかと思った。
かといってセンサーを切るわけにもいかないし、真愛さんの寝息を盗み聞きしているのも罪悪感が凄いしと良心と任務の板挟みになっていたところで真愛さんが寝返りをうったのか「うぅん……」と妙に艶めかしい声が聞こえてきたので僕の眠気は一気に吹き飛んでしまった。
根性の悪いマニアが作ったせいか最悪の操作性であるポンコツ電脳の設定項目をいじくりまわし、なんとか一定デシベル以上の音量をセンサーが感知した場合のみ生身の方の脳味噌へと通知を送るように設定し、さらに記録も残さないように設定した頃には日付が変わっていた。
夜は何事も無く明けていき、子羊園にいつも通りの平穏な朝が訪れた。
6時半になるとシスターに頼まれたのか男の子が「朝食の用意ができました」と伝えにきてくれたので1階の食堂へと降りていく。
階段に降りていく途中にすでにトーストやコーヒーの香ばしい香りが漂って僕の食欲を刺激してきた。
育ち盛りの子供たちのための施設のためか子羊園のご飯は美味しい。さて、朝ご飯はなんだろう……?
施設自体の築年数は大分、経っている子羊園だけど朝日が差し込んで明るく陽気な気分で食堂へ入った。
「おはようございます!」
「……あっ、おはよう……、誠君……」
「……あれ?」
食堂にはすでに園長さんをはじめとするシスターさんたち、30人ほどの子供たち、真愛さん、咲良ちゃん、河童さんと結構な人数が揃っていた。
でも皆、食卓に着くという事はなく、不安げに呆然とした顔でテレビの前で立ち尽くしている。
当たり前であるハズのコーヒーやトーストといった定番の朝食の香りに違和感を感じるほどに異様な光景だった。
僕の声でこちらを振り向いた真愛さんの瞳は助けを求めるように震えている。
「一体、何が……? うん!?」
陽気なオジサンのように小さくチョップをしながらテレビが見える位置まで動いてみると画面に映っていたのは予想だにできないモノだった。
「……なに、コレ……?」
予想だにしなかったモノ。
でも僕にはそれを前に見たことがある。
ただ、それを信じる事ができないのだ。
『ご覧ください! 突如として東京湾南西500kmの位置に出現した物体はゆっくりと東京へと近づいています!!』
緊迫した声のテレビリポーターの声にヘリのローター音が被っている。
“物体”とリポーターは喋っているけれど、それは島に見える。
火山活動が活発な島のように一切の植物が見られない黒くゴツゴツとした島。
ゴツゴツとした岩肌が剥き出しの海岸部に尖塔のような山が1つ。ただそれだけの島だった。
その島が突如として現れて東京へ向けて接近している……?
どゆこと?
いや、それよりも謎の島の海岸部に聳え立つ塔のようなモノ。それこそが僕が昨年、兄ちゃんと共に戦って倒したハズのモノだった。
タコやイカのような触腕を全身に無秩序に生やし、胸部には甲殻類の副腕のようなモノがビッシリと。
水生生物のようなパーツを持ちながらも背中にはコウモリのような禍々しい翼が一対。
「……ク・リトル・リトル!」
思わず僕はその名を呟いていた。
謎の島にただ悠然と立っているその姿はアリアを歌うオペラ歌手のようで威風堂々。
自然の摂理を嘲笑うかのような巨大怪獣がテレビ画面に映っていたのだ。
だが中継ヘリから送られてくる画像はそんなに粗くない事からヘリは大分、近づいていると思われるのに、巨大怪獣は動かない。
まるで眠っているかのようにただそこにいるのだ。
「……なんか嫌な感じがするわね」
「はい、ジワジワと焦燥感というか……」
「せやな、何かやる気かいな……」
真愛さん、咲良ちゃん、河童さんあたりはオカルト的なサムシングで何かを感じ取っているのか、険しい目付きでテレビ画面を見つめていた。
……まぁ、そのオカルトパゥワーが僕にはないので彼女たちが何を感じているのかは分からないのだけれど。
「……来る!!」
真愛さんが叫ぶ。
……でも何も起きない?
一瞬、身構えたものの何も起きない。
僕と同様に周りの人たちも身構えていたものの即時には何も起きなかった。
でも、それから10秒ほどしてから謎の島の海岸部に立つ巨大怪獣はゆっくりと背を反らし、翼を震わせながら声を上げる。
「あああAAaaaaaアアアあア……!!!!」
まるで欠伸のような声だった。
あるいは昨晩、聞いた真愛さんが寝返りをうった時の声のようなものなのかもしれない。真愛さんの寝息とは正反対の邪悪でおぞましい寝息だったけれど。
それだけ、ただ欠伸や寝息のような声を掛けただけなのに中継ヘリは急激な旋回を始めてゆっくりと海面へと墜落していく。
「え、キーちゃん!? レイ君!?」
「ちょ! ちょっと、シスター佐織!?」
「どうしたの!? これは……」
巨大怪獣のおぞましいがノン気な声を聞いただけで食堂に集まっていた面子の内の3分の1ほどの様子が明らかに変わってしまった。
立ったまま痙攣したように震えだし、目を見開いたまま半開きの口からヨダレを垂らしている。
その症状が出ているのはシスターが2人と、子供たちは小学校低学年よりも下の子はほとんど、上の年齢の子も何人かが発症していた。
「い、一体、何が……」
痙攣をおこしている人に駆け寄って介抱しようとしている人たちを見ながら僕は呆然とする。
これも昨年、見覚えがある事だった。
昨年の埼玉でもク・リトル・リトルの瘴気というか狂気に触れてしまった人に同様の症状が起きていた。
あの明智君ですら失禁してしまったくらいなのだ。
ただ、効果範囲はこんなに広くないハズなのだ。
先ほど中継カメラのリポーターはあの島は東京から500kmも離れていると言っていた。
あるいはカメラ越しの声にも効果があるというのだろうか? ……いや、昨年だってマスコミ各社の生中継があったハズなのだ。
明らかに昨年のク・リトル・リトルよりも強力な力を持っている?
旧支配者の狂気が感染していくように徐々に介抱している者も半狂乱になっていくのを見ながら僕には何もすることができない。
僕は無力だった。
明智君はアレを本質的には巨大怪獣だと言っていた。
でも僕の目の間で引き起こされた惨状、こんな事態を引き起こす存在なんて“邪神”と呼ぶしかないじゃないか!?
「マっちゃん! しっかりせえ!!」
声を張り上げたのは河童さんだった。
あのいつもノホホンと温厚な顔をしている河童さんが真面目な顔をしていたのだ。
「マっちゃん、“ツヴァイリング”や! 元岩手県民ならできるやろ!」
その言葉だけで僕には河童さんが何をしようとしているか理解する事ができた。
ああ、昨日、“神殺しの力”だなんだで彼の事を殺したりなんかしなくて良かった!
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