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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第39話 日本全国、所変われば……
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39-14 秋田編9 聖霊の歌 故郷の魂

「てけり・り……」


 立ち上がったウェンディゴは小鳥のように甲高い鳴き声を上げる。


 だが音も無く立ち上がったその姿はまるで幽鬼のようで、ナガサの突き立っている右目とは逆の左目には命の力が灯っていない。


「浅かっ、た……?」


 振り絞るような声でクライング・ドッグが呟く。

 座敷童もそう思いたかった。「てけり・り」という冒涜的で怖気がするような鳴き声を無視したとしてもだ。


「てけり・り」

「……来るッ!?」

「離れてッ!」

「え……?」


 巨大グマが2足の状態で突進を始める。

 クライング・ドッグは直前に躱すように姿勢を落として待ち構えるが、座敷童が上げたただならぬ剣幕の声に慌てて駆けだした。


 ウェンディゴが狙っていたのはクライング・ドッグではない。座敷童でもなかった。


 全長6メートル近い巨大クマが減速無しでぶつかっていったのは先ほどまでクライング・ドッグが立っていた大岩。


 マタギの戦士にナガサを眼窩に刺し込まれ、座敷童の80球近い投球でナガサを頭蓋に打ち込まれる内にウェンディゴは5メートルほど後ずさっていた。

 その5メートルをあっという間に駆け抜けて大岩に体当たりすると黒い火山岩の大岩はまるで砂糖細工のように粉々に砕け散ってしまう。


「ぎゃっ!?」

「くっ……」


 砕け散った大岩。石礫の散弾によってクライング・ドッグは散々に打ち据えられてその場に倒れてしまった。

 座敷童の言葉に従って訳のわからぬまま駆けだしていなかったらそれだけでミンチになっていたかもしれない。


 一方の座敷童はウェンディゴの意図を察していたものの、大岩から離れる事はせずに何とかクマの勢いを削ごうと毬の一投を眼窩に突き立ったままのナガサの柄に向かって投球する。

 毬は確かにナガサに命中し、ずぶりとさらに深く脳内へと刺し込まれていったがそれで突進の勢いが衰えるという事はなかった。


 そして迫りくる石礫を何とか上手く躱した所はさすが一流の野球妖怪だったとは言えよう。

 だが確かに致命傷を与えたハズの巨大クマが何故こうも動けるのか、座敷童には一切の推測すらできなかった。

 錐や釘のように鋭く尖った物でなら偶然にも致命的な箇所を避けていたと考える事もできよう。だが肉厚で幅広のナガサが脳内に刺し込まれているのだ。脳の右半分は横一文字に断ち切られているハズ。


 敵が何故、動けているのか想像も付かないままに座敷童は倒れたクライング・ドッグの元へと駆け寄る。

 ウェンディゴからは目を逸らさないまま首筋に手を当てて脈をとると正常。複数個所から出血はあるもののいずれも大事は無い。恐らくは後頭部にあたった石礫によって脳震盪を起こしているのであろう。


「……さあ、こっちよ! 1対1(サシ)の勝負と行きましょう!」


 気を失ったままのクライング・ドッグを残していくのも気が引けるが、生物として不自然なほどのパワーを振るうウェンディゴを前に彼を守りながら戦うのも不可能だった。普段こそストライクゾーンが小さくなると強がっていたが、子供の姿では彼を担ぐ事もできないのだ。


 座敷童にできたのは毬の投球でウェンディゴの気を引きながらこの場をできるだけ離れる事だけだった。




「てけり・り」


 まるで神経が通っていないかのように巨大クマはブラブラと振り乱しながら、奇妙に2足で走るウェンディゴ。

 その姿はクマの姿をしていながら命の尊厳を嘲笑うかのように冒涜的で、宇宙的な何かが操るマリオネットのようにすら見える。


「くぅ……セイッ!」


 ウェンディゴの巨体がぶつかる度にブナの木は弾けて周囲へと飛び散り、頭上からは幹を失った枝葉が落下してくる。

 座敷童は周囲の木々すら暴力的に支配して武器とする敵の攻撃を賢明に避けながら反撃のライズボールを投げつけていく。


 すでに座敷童の投球数は100球を超え、彼女の幼く細い骨格は悲鳴を上げつつあった。

 それでも抜群の制球能力(コントロール)を誇る座敷童の投球はもれなくウェンディゴの眼窩に突き立ったままのナガサの柄に命中していたのだが、10球ほど前からナガサはビクとも動かない。

 ナガサは押し込まれ続けてついに切っ先が後頭部の頭蓋骨にまで達していたのだろう。

 それでも倒せないとなると座敷童にはお手上げと言ってもいい。


 クライング・ドッグが倒れた地点からはすでに200メートルほど離れただろうか。

 不慣れな山の中ゆえに確かではないが運が良ければ彼は助かるだろう。

 すでに日は完全に上り、オメホ族の戦士たちも出発しているだろう。こちらも運が良ければウェンディゴが世界樹に到達する前に攻撃を仕掛ける事ができるだろう。


 いや、「運が良ければ」という話ではない。

 座敷童がこうしてウェンディゴと交戦し続けて時間を稼げればといった方が正確だろう。

 かといってウェンディゴが脳を破壊されても動き続ける秘密を暴かなければ座敷童には勝ち目などなかったし、オメホ族の戦士たちとて旧式の小銃や猟銃、弓矢に槍では座敷童たちの二の舞を演じるだけだろう。


「……ちぃッ!」


 爆ぜた木片が座敷童の目元をかすめて頬を深々と切り裂いていく。

 明らかに座敷童の運動能力が落ちている。

 酷使され続けた肉体が破綻をきたし始め、妖怪の力の源である妖力が枯渇しつつあるのだ。


 迫る決定的な破滅の時を前に座敷童の胸中に思い浮かぶのは長瀬咲良の事であった。

 あの魔杖デモンライザーを通じて送られてくる魔力によって行われる強化(エンハンス)を欲したというのもある。だが、それよりもあの気弱そうな、それでいて暖かな笑顔をもう一度だけ見たいと思ったのだ。


 しかし座敷童はかぶりを振って自身の思いを捨て去る。

 幼いころに両親を亡くし、そしてつい2日前に仲間であるベリアルを失ったばかりの咲良が自分の死を知れば彼女は泣くだろう。

 野球(ベースボール)妖怪(ファイター)は人に勇気と笑顔を与える存在だ。故郷のあの山のように。その自分が少女を泣かせるわけにはいかないのだ。


 軋む体に鞭を打って座敷童は白神山地を駆け続ける。


 だが、ついにその時が訪れた。


 これまでとは違う、明らかに座敷童へと破片を飛ばすようにブナの木を殴りつけたウェンディゴ。

 身を屈めて木片を回避しながら次の一歩を踏み出そうとした座敷童であったが、足場とした石がこれまでのウェンディゴの立てた地響きによって緩んでいたのかズルリと動いて座敷童は足を滑らせた。

 そして地に伏してしまった彼女の背中に幹を失ったブナの木の枝がゆっくりと落ちてくる。


(抜かった!?)


 周囲の木々へ引っ掛かりながらの落下であるために衝撃は大きなものではない。

 しかし、原始の森の巨大なブナの枝は大きく、そして座敷童の力ではビクともしないほどに重かった。


「てけり・り……」


 てっきり座敷童の血肉を貪りにくると思われたウェンディゴであったが、彼女には目もくれずに移動を始める。

 クライング・ドッグの元へと向かっているわけでもなさそうだ。

 ウェンディゴが向かっていった先にあるのはマタギ族が命をかけて守り続けてきたという世界樹。


(命拾いしたという事……?)


 地と大きな枝に挟まれながら座敷童には腑に落ちない事があった。


 幸いにして、と言うべきか。世界樹なる木はマタギ族が言うように世界の根源と繋がっている木だとは思えない。

 アレはただ単に山ほどに巨大なだけのブナの木だ。

 それはそれで異常な事だろうが妖力、あるいは妖力に類する魔力、霊力、いずれも感じる事はできない。


 だがウェンディゴは現にマタギの伝承通りに世界樹へと向かっていき、そして世界樹自身「大自然の神秘」なんて言葉では片付けられないほどに巨大なのだ。

 身動き取れなくなった座敷童の胸に焦燥感ばかりが募っていく。


(……まさか、そんな事……!?)


 やがて座敷童が思い至った1つの考えに彼女は戦慄した。


 自身が思いついた考え通りならば、世界樹がああも巨大化する理由も説明がつくし マタギ族の伝承「ウェンディゴが世界樹を取り込めば世界が滅びる」というのも納得がいく。正確には世界樹の地下にある世界樹を巨大化させた“もの”を取り込めばという事になるが。


「動け! 動きなさいよッ!!」


 賢明に残った妖力を振り絞って自身の自由を奪うブナの木をどかそうと、なんとか隙間を見つけて這い出ようとするものの上手くいかない。

 座敷童には「世界を守る」なんてつもりは無い。だがベリアルが守った咲良の暮らす場所は何としてでも守らなければならないのだ。


「笑ってんじゃないわよ!」


 何かの笑い声が聞こえた気がして叫ぶが反応はない。

 周囲を見渡しても人間はおろか小動物の姿すら見えなかった。

 しかし座敷童が感じる視線や話声はますます増えていってるようにすら感じられる。


「マニトゥか……」


 トラックの運転手が言っていた。

 秋田では姿形を持たないような小さな精霊の事を「マニトゥ」と呼ぶのだという。


 確かに原始の姿を保っている白神山地であれば他の地域よりも自然の生命に満ち溢れているために精霊を身近に感じる事もできるだろう。

 マタギ族も原始的な生活を守る事でマニトゥと近い環境を保っているのだ。


 座敷童は耳を澄ませた。

 伝承によればマタギ族はこれまで幾度もウェンディゴを討伐しているのだ。かつてクマのウェンディゴを倒したのはギチ・マニトゥなる精霊の助けあってこそらしいが、ギチ・マニトゥを待っている余裕なんてない。

 ならば姿すら見えないマニトゥたちが何を言っているのか神頼みにも等しい気持ちで耳を澄ませてみたのだ。


「これは、歌……?」


 あまりに小さいか細い声。

 その声は何かを喋っているわけではなかった。歌を歌っていたのだ。


 その歌は座敷童のよく知っている故郷の歌だった。

 その歌は座敷童が予想した世界樹の秘密が正しい事を示していて、そして彼女は全てを理解する。


「『守る』だなんて……、『守られていた』のは私の方だった……」


 ただのブナの木である世界樹がかくも天を衝くほどに巨大になったのは何故か?

 ウェンディゴが世界樹を目指しているのは何故か?

 ウェンディゴが世界樹を取り込めば世界が滅ぶと言われているのは何故か?

 そして、なぜ故郷から遠く離れた秋田の精霊たちが座敷童の故郷の歌を知っているのか?


 答えは「龍脈」である。


 大地の下、地下深くを流れる“気”の流れ、それが龍脈だ。


 その龍脈が地表近くにまで来ている箇所こそが世界樹が立っているポイントであり、龍脈を流れる気によって世界樹は巨大化し、その力を求めてウェンディゴは世界樹を目指す。

 そして大地を流れる龍脈は人体に走る血管のように世界中へと通じているために秋田のマニトゥたちは遠く離れた場所の歌を知っているのだ。


 精霊たちの歌に半ば敗北を認めかけていた座敷童の胸に炎が灯る。

 マニトゥたちも、姿すら持てない精霊たちですらウェンディゴに世界樹の地下の龍脈を奪われる事を良しとしていないのだ。

 そのために戦士を奮わせる歌を歌っていたのだ。

 理解されずとも、聞き取ってもらえないかもしれなくてもマニトゥたちは歌っていたのだ。


 その歌は戦士を讃え、奮わせ、そして熱く火照った魂を癒す、故郷の山から吹き下ろす風の歌だった。


 座敷童も歌う。


 大地に両の手を付けて龍脈で繋がっている故郷の山を求め、精霊たちの歌を伴奏に高らかに歌う。


「六甲(おろし)に颯爽と


 蒼天翔ける日輪の


 青春の覇気 (うるわ)しく


 輝く我が名ぞ──────── 」

「マ〇ロス」にしろ「け〇おん!」にしろ作中で女の子が歌う作品はあたるってハッキリわかんだね。


ちな、六甲おろしこと「阪神タイガースの歌」の歌詞は1992年に著作権の保護期間を満了してします。

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