39-1
鉄子さんとD-バスターたちが慌ただしく帰った後、しばらくすると子供たちが集まってきてリビングスペースの大型テレビで「魔法の天使 プリティ☆キュート」のDVDを見始めた。
昨日もそうだったけれど、いつものお決まりのメンバーというのがあって、面子が揃うまで先に帰ってきていた者も待っていたようだ。
それにしてもテレビの報道番組は「UN-DEAD」の宣戦布告の話題でひっきりなしだというのに子供たちはノンキなものだと思う。
……まぁ、むしろそれが普通なのかもしれない。
自分に影響があるかも分からない侵略者にビクビクと怯えて生きるよりも関係無いものとして無視して元気にいつもの生活を送る。
日本でもっとも特怪事件が起こるH市の子供たちならなおさらそうであろうし、僕も実際に昔はそうだった。自分の身に魔の手が伸びてくるまでは。
そんな事を考えながら真愛さんと一緒にテスト勉強をしているとスマホに着信が入った。
画面を見ると「明智君」の文字が。なんだろ? まぁ、予想はつくけど……。
「もしもし?」
「ああ、誠、今いいか?」
「うん、平気」
「なら良かった。羽沢も一緒か?」
「うん。スピーカーフォンにしようか?」
「ああ、そうだな……」
テスト勉強をしている真愛さんの邪魔にならないように席を立とうとも思ったけど真愛さんにも関係がある話なのか、僕はスピーカーフォンモードにしたスマホをテーブルの上、僕と真愛さんの中間に置いた。
「あら? 明智君、どうしたの?」
「2人ともテレビは見てたか?」
「うん。アレでしょ? 『UN-DEAD』の件でしょ?」
「ああ、なら話が早い」
やっぱり僕の予想通りに「UN-DEAD」の件だった。
「で、どんな話? 僕にあのデカい戦車だか移動要塞だか潰してこいとか?」
「いや、引退したお前にそこまでは言わない。誠に頼りっきりじゃいざという時に何もできなくなっちまうだろ?」
「それもそうだね!」
確かに例えば、前回の宇宙巡洋艦撃沈のミッションとハドー総攻撃のような事件が一辺に起きたら僕はどちらかにしかいけないものね。
「ま、いざという時にお前がいると思っとくぐらいで丁度いいんじゃないか?」
「いやぁ、でも前回はそれで宇宙巡洋艦の話を当日に聞かされた身としては……」
「ハハハッ! あれは済まなかったな! だが、今回のアレは……」
「ああ『ホバー・ラーテ』だっけ?」
「うん? よく知ってたな?」
「持ち主が言ってたから……」
「は? どういう事だ?」
別に隠しておく事でもないので、つい先ほどまでナチスジャパンの代表とお茶をしてた事を言うと明智君は大げさに呆れたような声を出した。
「あのなぁ……。ナチと一緒にクッキー摘まんでコーヒー飲んでましたって、お前、怖い物無しか!?」
「ハハ……! アハハ……!」
むしろ向こうの方が怖がってましたってのは余計に呆れられるだけなので黙っておこう。
「ならアレについて詳しい話は?」
「いや、特に……」
そういやホバー・ラーテとやらの大きさにだけ度肝を抜かれてアレが実際にどんな物なのかは聞いていなかったっけ。
普通の組織ならあんな巨大兵器の情報なんて機密中の機密だろうし教えてなんかくれないだろうけど、「UN-DEAD」ならワンチャン教えてくれるような気がする。それもドヤ顔で……。
「あのなあ……。まあ、いい。アレはだな……」
明智君曰く、超々重戦車「P1000 ラーテ」は型番の1000という数字からも分かるとうりに重量1000トンを超える巨大な戦車で、第二次大戦中にドイツ第三帝国にて計画された兵器だそうな。
だが100トン級戦車の試作車ですらマトモに走行する事は不可能で、戦局の悪化に伴い計画は破棄されたらしい。
その巨体だけあって搭載している火砲も強力で、あの巨大な砲塔は戦艦の3連装砲塔から砲を2門に減じた物だという。
そして、その砲は54.5口径28cm砲と「戦艦」にしては小振りなものだけど「戦車」としては破格の物だ。
「……戦艦の主砲って、ヒトラーは何と戦うつもりだったんだい!?」
「さあな。駆逐艦の砲を搭載した自走砲なんてのは例があるが、戦艦の主砲を搭載した戦車なんてモンを作る戦略的な価値なんて俺には想像もできないね」
僕からすれば明智君が「想像もできない」なんていうのは「(そんな物に価値なんて)無い」というのと一緒な気がする。
「しかもアレでしょ? 履帯じゃなくてホバー推進って、どうせ異星人の技術とか使ってんでしょ?」
「だろうなぁ……」
無限軌道ではその重量ゆえに地面を耕すばかりで移動できないのならホバーにすればいいじゃないというノリ。誰だって想像が付く。あれは異星の技術とのハイブリッドだ。
ただ、恐ろしいのは異星の技術が使われているという事はそれがホバー推進装置だけとは限らないという事。
「あの主砲がレールガンだったり、車体にわんさと生えてる対空砲からレーザーやらビームが飛んできても俺は驚かないね」
「アハハ! あと、バリアーとか付いてたりね!」
「笑い事じゃあないんだよなぁ……」
異星においてはゼス先生が使っていたような個人用携帯力場防御装置なんてのが実用化されている。
ましてやホバー・ラーテのあの巨体に搭載しているバリアーの発生装置はどれほどの規模になるのだろうか?
鉄子さんトコの物の割には随分と厄介な物だと気づいて思わず僕の口からため息がこぼれる。
だが、ふとある事に気付いた。
「でもさ、そのラーテが向かっているとかいうサメウラダムっての、そんなに重要な戦略価値があるの?」
「いや、そりゃ地域の方々にとっては大事な水瓶だろうが戦略的な価値ってのは……」
「うん?」
「だが戦略的な価値がなくとも、とっとと脅威を排除しなくちゃ政府が潰れるぞ!」
「政府が? そこまで!?」
明智君が言うに早明浦ダムには僕が思っているような物は何も無いという。
ダムの地下に巨大ロボットが隠しているという事もなく、ダム湖の湖底に大怨霊を封じているという事もない。
早明浦ダムはただただ普通の重力式コンクリートダムであり、極々普通の治水、利水が目的のダムだという。
四国4県の中心部に近い高知県北部に建設された早明浦ダムは台風がよく来る吉野川の治水と地理的に渇水に悩まされてきた四国の利水のために建造されたダムだ。
ただ、今回のような脅威が迫った場合にはその事が問題なのだという。
「政府が事態の解決を速やかに行えなかった場合、香川と徳島の住民たちは自力で解決を図るだろう。その能力があるかはともかくな!」
「は?」
一瞬、僕には明智君が何を言っているか理解ができなかった。
「水は命の源だ」
「そ、それはそうだろうけど……」
「つまりは水が無ければうどんが茹でられないし、阿波踊りの祭りも開催できないって事だ!」
「うん?」
正直、明智君の気が狂ったのかと思ったほどだ。
それほどに彼が言っている事は突拍子もない事だった。
「もし、うどんが食べられなくなる、阿波踊りが開催できなくなるともなれば両県の住民たちは包丁でも金槌でもその辺にある物を手に敵に向かっていくだろう。断崖から飛び降りるレミングスのようにな。それが改造人間が相手だろうが異星人が相手だろうが関係無い。ナチスの秘密兵器だろうと臆するものか! 早明浦ダムを守るためなら我先にと突っ込んでいくだろうさ!」
明智君の語る言葉は真に迫っていて、とても冗談には聞こえない。
もちろん彼の言葉が本当だとして、包丁やトンカチで怪人に勝てるとは思えない。勝てたとしても後に残るのは夥しいほどの殉教者たちの遺体だろう。
「いやいや! 僕も去年、ヴィっさんと日本全国美味いものツアーしてた時に四国にも行ったけど、そんなクレイジーな人たちなんかいなかったよ!?」
「誠、お前、うどん食べるのを邪魔したか? 阿波踊りの練習の邪魔をしたか?」
「そんな事するわけないじゃん?」
「でも『UN-DEAD』の連中はそれをやろうとしている。そういう事だ」
荒野に積み上げられた死体、そしてそれに群がるカラスを夢想してしまって、何とか明智君の言葉を否定しようとするけれど、彼の自信は揺るがない。まるで決まりきった自然法則を語るかのようだった。
「香川、徳島両県の人々は温厚で宥和な人たちだ。だが香川の人にとっては『うどんを食する』というのは神聖にして犯しがたい、未来永劫不朽不変の守られるべき事なんだ。徳島の阿波踊りにしてもそう。彼らにとっては生活に密着している阿波踊りを邪魔されるというのは実際に我が身を切られるというのと大差無いのさ!」
「えぇ……」
「当然、怪人連中が守るラーテに両県民が突っ込んだらどれほどの犠牲者が出るか分からん。そんな犠牲を許せば……」
「政府が潰れるって?」
「ああ、そういう事だ」
確かに対応が後手に回って大勢の犠牲者を出してしまえば政権与党はまず間違いなく潰れる。それどころか野党にすらダメージは大きいだろう。
「羽沢?」
「なあに?」
「スマンが、お前のスマホで『庚午事変 阿波踊り』と『オーストラリア紛争 香川県民』の2つでアーカイブを検索して誠に見せてやってくれ」
「え、ええ……」
真愛さんがスマホを操作してから僕の前に差し出してくる。
僕は知らなかったが「庚午事変」とは明治3年に徳島藩で起きた事件で、藩内で起きた重大事件を鑑みて阿波踊りを中止したところ事件関係者が後に次々と殺害されてしまったのだという記録が残っている。
また「オーストラリア紛争」とは90年代後半に異星人勢力「フラッグス移民船団」が安住の地を求めてオーストラリア大陸へ侵攻を開始した事件の事をいう。
この時、「オーストラリアから小麦が入ってこなければうどんが作れないじゃないか!」と多数の香川県民が渡豪して異星人部隊へ攻撃を開始、実に2万もの犠牲者を出しながらも異星人をオーストラリアから追い出した記録が残されている。
現地で遺体の収集、環境の整備にあたったオーストラリア人、官民合わせて20万人がPTSDを患ったという事から香川県民の苛烈な戦いぶりが伺いしれる。
真愛さんのスマホに表示された2件の事件の記録は明智君の言に信憑性がある事を改めて僕に突き付けてきた。
「……こ、これは!」
「ただなぁ……」
「どしたの?」
「少し気になる事があるんだ」
声が調子が変わった明智君に僕は思わず顔も見えないというのにスマホを覗き込んだ。
※庚午事変で阿波踊りが中止された事を恨みに思った者が事件関係者を殺害していったというのは創作です。




