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その後も子羊園には何事もなく時間は流れ、僕と真愛さんはテスト勉強を、咲良ちゃんはアーシラトさんから信託を受けていた。
時刻が夕方近くにもなると子供たちが続々と帰ってきてはオヤツを食べたり園庭で元気良く遊んでいたりするのをたまに勉強の手を休めて眺めていたり。
子羊園の食堂兼リビングには一般家庭よりもいくらか大きめのシステムキッチンが据え付けられた厨房スペースに長テーブルが並べられている食堂スペース、そして出窓の近くには大型の液晶テレビを囲むようにテーブルと2台の3人掛けソファーがあるコーナーがある。
子供たちの数が増えてくるにつれテレビの前にも人が集まってDVDを見始めていた。
子供たちが見ていたのは「魔法の天使プリティー☆キュート」の特撮ドラマ版。その第2シーズン。
『ファア~ッハッハ! 魔法で水道の蛇口からコーラが出てくるようにしてやったぜ!』
『消し飛べ! 四ツ目婦人! コーラを売って生活している人の事も考えなさい!』
テレビ画面の中ではプリティ☆キュートが太陽の輝きを放ってアーシラトさんがモデルである悪役を吹き飛ばしていた。
いやぁ、今、消し炭にされた悪役のモデルになった人が出窓のすぐ外にいるんだけど、ここの子供たちは神経が図太いな!
もしかしたらこれがここのいつもの光景なのかもしれないけど。
御多分に漏れずこの街の子供たちはヒーロー物の特撮が大好きだ。
そもそも子供というのは「正義と悪」「善と悪」という分かり易い構図が好きなのだろう。
もっと分かり易い言葉で言うのなら「お気に入りの登場人物がいけ好かない奴をコテンパンにする」展開。しかも耳障りのいい理由があればなお良い。
多分、体力、知力、経済力と何1つ大人に勝るものが無い子供が世間とは不条理なものであると少しずつでも理解してきた頃、彼らの抑圧された精神が分かり易いヒーローという物を求めているのだと思う。
大概の子供が年齢が上がるにつれてヒーロー物から離れていくのもヒーローはヒーローで中々に世知辛い存在であると知ってしまうからなのかもしれない。
僕の知り合いにも必殺技のミサイルが1発5百万円だとかで中々に使う事ができない方もいる。
ヒーローが初手から必殺技を使っていかないのもそのような理由があるのだ。
その点、プリティ☆キュートならその辺も問題はない。
成り立ちも「たまたま出会った異世界のウサギを助けたら見込まれて変身アイテムを渡された」というものであり、その力の根源も「子供のセンス・オブ・ワンダー」。
どこかの誰かみたいに誇大妄想狂に拉致されて人体改造の結果として力を得たわけでも、唯一残った肉親を殺すために与えられた力というわけでもない。
言うならば世間一般の親御さんが子供に手放しで与えていられる特撮ドラマ。それが「魔法の天使プリティ☆キュート」だ。
ただ、この街の子供たちがヒーロー物を好むのはそれだけではないのかもと思う。
H市は日本で1番の特怪事件多発都市。
そんな街で暮らしていくにはヒーローを身近に感じる事で精神の平穏を保つ必要があるのかもしれない。
現に子供たちはこれまでにも何度も見ていたであろうDVDを食い入るように見ていた。
「……あれ?」
「どうしたの?」
僕はテレビの前の子供たちについてある事を気付いた。
思わず声が漏れてしまったいたのか真愛さんが聞いてくる。
「いやぁ、ほれ、ソファの席が1人分、空いているのに何で誰も座らないのかなぁって……」
テレビの前の2台のソファー。
その内の1台、テレビの真ん前の1番、良い席にも関わらず3人掛けのソファーには2人しか座っていなかった。左右にはそれぞれ小学校低学年くらいと未就学児くらいの女の子が座っているのに、真ん中の席には誰も座っていないのだ。
テレビの前には未就学児から中学生くらいの子供たちが10人以上。ソファーに座らずに床に敷かれたカーペットの上に座り込んだり、あるいは食堂スペースの椅子に座って首を伸ばしてテレビを見ている子もいるのに誰も空いたソファーには座ろうとしない。
それが不思議だった。
「……もしかしたら」
「うん?」
「あそこがベリアルさんの定位置だったのかもしれないわね」
「……ああ」
本当の所はどうなのか分からない。
ただ真愛さんの言葉には妙な説得力があった。
あるいは事実を誰かに聞いて、それが本当だったらと思うと僕の豆腐のようなメンタルが無意識に確認する事を避けたのかもしれない。
子羊園は児童養護施設だ。
ここで暮らす子供たちにとって両親、あるいはそれに準ずる肉親と共に暮らせないのは様々な理由があるだろう。
その子供たちにとって、シスターや同じようにここで暮らす子供たちこそが家族なのだ。
咲良ちゃんの仲間の河童やベリアルさんみたいな妖怪や悪魔だって子供たちからすれば家族に違いない。
あのナイアルラトホテプはベリアルさんを殺す事によって、子供たちの家族を奪っていったのだ。
僕はぽっかりと開いたソファーの席を見ていると何だか、あの人間のような獣のような邪神の高笑いが妙に思い起こされるのだった。
以上で第37話は終了となります。
咲良ちゃんは邪神に一矢報いてやる事ができるでしょうか?
それではまた次回!




