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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第37話 獣が笑う街で僕は暮らす
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37-10

 河童の力を使う技がうまくいかなかった事で2人は白けてしまったのか、先ほどのスパーリングとは違いどこか弛緩した雰囲気の中で特訓を再開していた。


 僕と真愛さんも特にやる事がないので食堂のテーブルの上に教科書やらノートを広げてテスト勉強を始める。

 とりあえず僕が広げたのは明日の1限目の古文のノートだ。


「それにしてもアーシラトさんって意外とスパルタだねぇ」

「ああ、知らなきゃそう見えるわよね……」


 テスト勉強の集中力が出てくるまでと思って真愛さんに出窓の外の2人について話をふるけど、彼女の返答は意外なものだった。


「誠君にアーシラトさんの体の周囲を覆っている魔力は見える?」

「うん? ああ、なんかオーラみたいな」


 僕を含めてこの世界の大多数の人間は魔力を持たない。

 ゆえに魔力を知覚することもできないのだが、魔力を使う者が濃密でこの世界の摂理を超える魔力を発した場合に限り何らかの形で魔力を見る事ができる。


 そして真愛さんが言うとおりにアーシラトさんの体には靄のようなものが立ち込めては光を反射してキラキラと輝いていた。

 彼女のそのような姿を見るのは今日が初めてなので不思議には思っていたのだけれど、どうやらその光に何か秘密がありそうだ。


「あの光そのものが何ていうか『回復魔法』みたいなものなのよ」

「え、体力を無限回復しながらスパーリングって余計にスパルタじゃ?」

「逆よ、逆」

「え……?」


 真愛さんの言葉に僕は外の2人の様子を注意深く見てみると意外な事に気が付く。


 明らかに体格差ではアーシラトさんの方が上回っていて、しかも咲良ちゃんの方が瞬発力を活かしてアーシラトさんに何度も挑みかかるという形になっている。

 それなのに息が上がっているのはアーシラトさんの方。

 咲良ちゃんは獲物に襲い掛かる小型の猛禽のようにヒット&アウェイを繰り返しているのに呼吸が乱れた様子もない。


「アーシラトさんの体自体も半分は物理的な物ではないし、回復魔法で殴られても咲良ちゃん、健康になるだけじゃないかしら?」

「へぇ~! 見た目は過酷なのに随分と過保護だね~!」

「それだけアーシラトさんにとって咲良ちゃんは大事な存在って事じゃないかしら?」


 確かに僕は今までアーシラトさんが回復魔法を使えるだなんて知らなかったほどだ。

 ハドー総攻撃の時に傷付いたマックス君や山本さんに対しても彼女は治癒魔法を使わなかった。


 これには理由があって、そもそもアーシラトさんは治癒とか回復とかいった魔法が苦手で使うと体内を流れる魔力に変調をきたして体調が悪くなるそうなのだ。


「健康になるって凄いね!」

「魔法だからねぇ……」

「って、え? アレでも?」


 少し目を離した隙にアーシラトさんは咲良ちゃんを後ろから羽交い絞めにし、すかさずチョークスリーパーでその細い首を締め上げていた。


「平気でしょ? ここで楽な特訓しても敵は考慮なんかしてくれないわ」

「口から泡を吹いているのに?」

「ええ」

「白目剥いてるけど?」

「平気、平気! 魔法使い同士の戦い、死ななきゃ安いわ!」


 真愛さんはしたり顔で言うけれど果たしてそうだろうか?


 確かに僕には魔法というインチキ臭い世界の戦いは分からない。

 そういう意味でなら小学生ながらに「最強のヒーロー」の二つ名で呼ばれていた伝説の魔法少女である真愛さんの言う事が正しいのかもしれない。

 でも……。


「でもさ……」

「うん?」

「現役時代の真愛さんやヤクザガールズの子たちと違って咲良ちゃんはさ、あの杖で魔法を使うようだけど体は人間のままだよね?」

「……」


 僕がそう言うと真愛さんは「あ、ヤベ……」みたいな顔をして慌てて出窓の外へ駆け出していった。

 やっぱり駄目なんじゃないか……。




 真愛さんがアーシラトさんにストップをかけに行ったのとほぼ同時に園長さんと明智君が食堂兼リビングに入ってきた。


「あ、どうだった?」

「ああ、一応は災害対策室に連絡は入れて考慮はしてもらったんだがな……」


 昨日、咲良ちゃんたちの前に現れたナイアルラトホテプという邪神。

 奴に対してはアーシラトさんも僅かばかりの神格を取り戻したと言っても太刀打ちできないという。

 咲良ちゃんと子羊園の警護に知己であるアーシラトさんの力をおおいに頼りにしていた市の災害対策室の計画は大幅に崩れてしまっていた。


「やっぱり、急にはナイアルラトホテプに勝てるヒーローはオファーできない?」

「そんな奴なんてそもそもいるのか? まぁ、いるとしたら仁さんとかくらいじゃないのか」


 明知君にウチの兄ちゃんがそこまで評価されているとは素直に嬉しい。

 まぁ、何にしてももう兄ちゃんはいないのだけれど……。


「そういや、さっき寄付の話をした時に丁度いい話があるって言ってなかった?」

「ああ、そうだったな」


 それから明智君は僕の隣に座り、鞄からタブレットPCを取り出して暗号化されたファイルを復元。PDF形式の文書データを僕の前に差し出した。


「これは……?」

「こないだの宇宙テロリストに占拠された銀河帝国の宇宙巡洋艦撃沈の報奨金の支払いについてだ」

「ほうほう……」

「件の作戦が地球の危機という事で作戦プランは国連主導となったわけだが……」


 確かにあの時、明智君が提出した作戦プランを国連安保理が承認するという形式にはなっていたけれど、それを国連主導というのは少し違和感がある。


「なんだか釈然としないって顔だな?」

「だって国連主導っていわれてもねぇ。頑張ってたのは明智君たちじゃない?」

「別に気になんかしてないさ。貰うモンは貰うしな」

「ハハハ! ところでさ、この文書に記されてる金額の通貨ってジンバブエドル?」

「なんで国連がそんなインフレ臭い通貨で決済するんだ! ドルはドルでも米ドルだよ!」

「えっ……」


 ひい、ふう、みい、よ……。

 僕は恐る恐るゼロの数を数えてみる。

 そこに記されていたのは10,000,000,000$という数字。


「ひゃっ、ひゃくおくっ!?」


 え、100億ドルって1ドル110円で計算しても1兆1千憶円!?


「こ、これってウ〇イ棒何本分!?」

「さあな。ウ〇イ棒の工場にそんな生産能力があるかすら分からんわ」


 正直、男子高校生には想像する事も困難な金額だった。

 ただ、そんな美味い話ばかりが転がってくるわけはなく……。


「で、だ。政府がその金を寄付してくれないか? ってさ!」

「は? 政府って?」

「もちろん日本政府だ」

「えぇ……」


 国連から来た金をそのまま日本政府が寄付してくれって?


「もちろん、嫌なら嫌って言っていいんだぞ? むしろお前が『1兆、すぐに持ってこい』って言ったら、造幣局のお役人さんたちが残業して、明日にでもお前の部屋に1兆円、トラックに積んで持っていくさ」

「僕の部屋の床が抜けちゃうよ……」


 俗に百万円の札束で1cmの厚さだという。

 単純に1兆円を積み上げたら1万メートルの高さだ。

 どう考えても僕の1ルームマンションに入るわけがない。


「それにしても幾らなんでも図々しすぎない?」

「そら政治家なんて図々しい奴がなる職業だからな。が、代わりにしたたかだぞ?」

「というと?」

「百億ドル寄付してくれたら、お前が将来的にいきたい大学は顔パスで入れるぞ」

「……」


 それは逆に断ったら?

 いや、多分、断ったところで何か目に見えて不具合があるという事はないと思う。

 けど、なんだかなぁ。という気持ちにはなる。


「でも、随分と高い裏口入学だねぇ」

「おいおい人聞きの悪い事を言うなよ? これはあくまで一種の“一芸入試”ってやつらしい……」

「うわぁ……」


 つまりは百憶ドル相当の脅威を排除するだけの能力があります。と言って一芸入試を受けるというヤツか。


「まっ、そんくらいならいいか……。一芸入試なんて言い訳も考えてくれたみたいだし……。さすがにこれがいきなり大学の卒業証書が送りつけられてくるんだったらいくらなんでもおかしいって断るけど……」

「ハハっ! さすがに政府にポル=ポトはいなかったらしい」


 ポル=ポトと言えば「大人なんか信じられない!」とロクに教育を受けていない子供に医師をやらせたりしていた事で有名だ。


 ようするに明智君は「入学はできるけど、卒業できるかどうかは僕次第」と言いたいのだと思う。

 結局、それだと自分の身の丈に合った大学を選ばないと卒業できないのは普通に入るのと一緒だ。

 まぁ、寄付をする事で僕の世間体も保たれるし、政府も財政難を少しでも減らす事ができると誰も困る人がいるわけでもないし話を受ける事にした。

 国連の金を誰が出すかは置いておいて。




 それから明智君は寄付の件で政府の人に連絡を取るために席を外し、僕は1人になった。


 そこに今度は河童が1人の男の子を連れてやってくる。


「なぁなぁ! デっちゃん!」

「どうかしましたか?」

「いやな、太郎の奴が将来、ヒーローになりたいってな少し話を聞かせたってや!」


 なるほど。

 小学校低学年ほどの男の子は河童の後ろに隠れてはいるけれど、それは僕が見慣れた「恐れ」とか「脅え」とかそういうものではなく、照れ隠しのように思えた。


「え~と、太郎君?」

「は、はい!」

「君は大きくなったらヒーローになりたいって?」

「はい!」


 少年はキラキラとした瞳を僕にぶつけてくる。


 ただ個人的にはヒーローなんて憧れてなるようなものではないと思う。


 僕はなろうとしてなったわけではないし、魔法少女に憧れていたヤクザガールズの去年の3年生は1人残らず死んでしまっていた。


 戦いというのは憧れなんて感情を一瞬で乾かすほどにドライでシビアなものだ。

 そこに甘えなんてものはない。だからアーシラトさんも咲良ちゃんを徹底的に鍛え上げようとしているのだろう。


 でも咲良ちゃんには逃れられない宿命のようなものがあるのかもしれないが、太郎君は違う。


 でも、さて、どうやって太郎君を傷つけずに現実を教えられるだろう?

 あっ! 良い事を思いついた。


「えとさ。太郎君?」

「はい?」

「僕、ついさっき政府の手先に『1兆円よこせ』ってカツアゲされたばかりなんだけど。それでも君はヒーローになりたい?」

「い! いっっちょう!?」


 さすがに1兆円が右から左に消えていったばかりの僕の肩に哀愁が漂っていたのか、太郎君は僕の言う事をすんなりと信じてしまった。


「や、やっぱり少し考えてみます!」


 そう言うと少年はそそくさとその場を立ち去ってしまった。

 嗚呼、なんだか自分で言ってて凄い虚しいよ!

平成最後の夜はWoTBの個茶凸キッズを煽って終わりました。

令和はもう少し大人になりたいです。


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