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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第37話 獣が笑う街で僕は暮らす
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37-9

「ヨゲン」という言葉には2種類の意味がある。


 1つは「予言」。

 未来の出来事を前もって言っておくという事。


 そして、もう1つが「預言」。

 特別な人間が神様から受け取った言葉という意味だ。


 そういう意味では僕の目の前で行われているのは“予言”だった。


「ッシャアアアアア! オラァアアア!!!」

「でゃあああああ!!」


 互いの言葉を交わす“神”と“巫女”。

 ただし用いられているのは“肉体言語”だ。

 人類が有史以来、綿々と紡いできた文化をかなぐり捨てて原始のままに互いの本能が交差する。


 子羊園の施設周辺を確認して食堂兼リビングに来た僕たちの目に飛び込んできたのは、出窓の外、裏庭でぶつかり合うアーシラトさんと咲良ちゃんだった。


 セーラー服から黒いジャージに着替えた咲良ちゃんは右手で黒と金の杖を振り回し、左腰にはカードホルダーをベルトで巻いている。


 アーシラトさんは先ほどまでと同じ気取った所のないファストファッションのパーカーのままだったけど、全身に魔力を持たない僕にも見えるほどに濃密なオーラを纏っていた。


「ハアアアッ!」


 咲良ちゃんが距離を詰めながら杖の石突を下から振り上げる。

 けど咲良ちゃんの小さな体格ではどう見ても届かない。

 間合いを読みそこなったか。4つの黒い瞳に側頭部の折れ曲がった角、そして蛇の下半身を持つアーシラトさんと対峙してその威圧感に気圧されたのだろうか?

 いや、違う、これは……。


「ふんッ!!」

「うおっ!」


 咲良ちゃんは次の跳躍で左手を獲物を狩る大鷲のように曲げて作った指剣でアーシラトさんの4つの目を狙って突く。


 これにはアーシラトさんも慌てて頭を振り下ろし、額で指剣を受ける。


「うわぁ……。突き指しそう……」

「アーシラトさんのヘッドバットは装甲車もヘコませるからねぇ」


 室内から窓ガラス越しに見ているこっちの方が痛くなるような鈍い音が響いてくる。

 真愛さんは僕の隣で解説を入れてきてくれるけど、そんな頭突きなんか食らったら咲良ちゃんの指、エラい事になるんじゃない?


「ま、まだまだぁ!」


 再び杖を振るって牽制しながらステップで距離を取った咲良ちゃんは左手を腰のカードホルダーに伸ばした。

 自動的に飛び出してきた1枚のカードを杖の上部のカードリーダーに読み込ませてから自身の胸の中に押し込む。


 《RISE 「アーシラト」!》

 《POWER RISE! 「地中海の至宝(アックスボンバー)」!》


 それはまるでカードが咲良ちゃんの胸の中に消えていったのと同じくらいに不思議な事だった。


 骨格、筋量ともに恵まれているとはお世辞にも言えない咲良ちゃんが重機のように力強い足取りで駆けだし、そして体を旋風のように回してアーシラトさんの首へ腕を振るう。

 咲良ちゃんの細い腕ながら断頭斧のような一撃必殺の迫力が漲っている。


「あの技は……!?」

「ええ、アーシラトさんと同じ!」


 異星人の傭兵だろうが異次元人の遺伝子改造人間だろうが一撃で屠ってきたアーシラトさんの必殺技。

 それを遥かに体格の劣る咲良ちゃんが全く同じ速度、精度、威力で繰り出してきたのだ。

 隣で僕と同じように驚いている真愛さんの様子を見るに、僕の見間違いというわけでもないと思う。なんなら真愛さんほどアーシラトさんのラリアットを間近で見てきた人はいないのだから。


「おうっと!」


 しかし、アーシラトさんは接地面積の大きい蛇の下半身を活かして人間の四肢では到底、不可能であろうようなタイミングの外し方で自身の必殺技を難なく避けて、逆に咲良ちゃんの首を掴み地面に押し倒す。


「うぅ……。あたた……」

「はは! さすがにそれは食らってやるわけにはいかないな!」


 アーシラトさんは地に伏した咲良ちゃんに手を差し伸べて立ち上がらせて体中に付いた土埃を払ってやっていた。


「ベリアルは教えてくれなかったのか? その悪魔の力を自分で使う技は危険だぞ」

「すいません……」

「昨日だってウリ公の技を使って膝がマジヤベー事になっただろ? アタイら悪魔や天使の技は人間には荷が重いっていうか、耐えられねぇんだ」

「そうなんですか?」

「こればっかりは鍛えてどうなるって話じゃねぇしな。だから、ま、『いざという時の奥の手』ってヤツだ。そうそう軽々しく使っていいモンじゃあない」

「はい」


 それからアーシラトさんは「最初はああだ、あの技はこうだ」と預言(スパーリング)について“神様の有難い御言葉”を述べていった。


「それにしても咲良、お前、“凶器”に“目潰し”とか中々にエゲツないな!」

「そうですか?」


 そら貴女の巫女なんだからそうなるでしょうよ。

 僕は込み上げてきたツッコミを喉から出さないでおく事に一苦労だ、


「ただなぁ、パワーライズを使うにしても、よりによってアタイに対してアタイの力をぶつけてくるのは頂けないわ……」

「え?」

「自分の技なんだから対処法くらい分かってるに決まってるだろ?」

「ああ、でも私のデッキに『力だけを封じたカード』がアーシラトさんとウリエルさんしかなくて……」

「ん?」

「ほら、アーシラトさん、膝が無いから『閃光魔術』が使えないじゃないですか」

「ああ……」


 どうやら咲良ちゃんはアーシラトさんの技の他にウリエルさんの技も使えるらしい。

 僕も去年、光と闇とに分離していた頃のウリエルさんの必殺技「ウリエル・ドライバー」を食らった事がある。

 その威力は絶大で僕の超合金ナンチャラ製の強化骨格(フレーム)も歪んでしまったほどだ。自己修復型ナノマシンをもってしてもその修復には某有名店のシュークリーム8個分のカロリーを要するほどで、2度とくらいたいとは思わない。


「ん? アタイとウリ公のしかないって、他にも妖怪の仲間がいるだろ?」

「あれ? 『存在そのものを封じているカード』もパワーライズに使えるんですか?」

「イケる、イケる。なんたって前の杖の持ち主は力だけのカードなんて持ってなかったからな」

「そうなんですか?」

「おう! ちょっと試してみろ!」

「いや、ついさっき『軽々しく使うモンじゃない』って……」

「え~! 固い事言うなよ! ほれ! 怪我しても今ならアタイが治してやっから!」


 どうせアレでしょ?

 アーシラトさん自身がどんな技なのか気になってしょうがないだけでしょ?


 しかし、子供をたぶらかす悪魔そのものといった風情のアーシラトさんの勢いに押されて咲良ちゃんはしぶしぶ新たに1枚のカードを取り出してカードリーダーに読み込ませる。


 《RISE! 「ザシキワラシ」!》

「それじゃ、いきますよ……」

 《POWER RISE! 「一球入魂(ライザーボール)」!》


 カードが先ほどと同じように咲良ちゃんの胸に吸い込まれていくと、ベリアルさんが付けた両の掌の傷跡が赤く光りを発し始めた。


「……こ、これは……!? うっ……」

「鼓動に、魂の鼓動に任せるんだ!」


 両手を胸の前で抱えるように苦しみだした咲良ちゃんにアーシラトさんの激が飛ぶ。

 もっと具体的なアドバイスを……、と思っていたのも束の間、さすがはアーシラトさんの巫女と言うべきか、咲良ちゃんは彼女が何を言わんとしているか理解したのか震える手で何かを抱えるような形を取った。


 両手の傷跡から溢れ出た光は渦を巻き、輝きを増して、やがて小さな太陽のような光球が生まれる。


「フンッ!!」


 そのまま咲良ちゃんは光球を掴んで全身を大きく捻りながら腕を風車のように回して天へと投球。

 対空砲火のように遥か上空へと飛んで行く光弾はあっという間に見えなくなってしまった。


「体の具合はどうだ?」

「い、意外と大丈夫です」

「ふむ。妖怪クラスの技なら少なくとも1発で体を壊すという事は無さそうだな」

「ですね。連続で使えば分からないですけど……」

「おし! 次だ、次!」


 アーシラトさんは咲良ちゃんの言う「連続で使えば分からない」という言葉の意味が分からなかったのかな?

 それでも咲良ちゃんは付き合いがいいのか、それともただ単に押しに弱いのか、さらに1枚のカードを取り出してカードリーダーに通して胸に押し込む。


 《RISE! 「カッパ」!》

 《POWER RISE! 「堕ちた水神(ウォータースピリット)」!》


 けど先ほどまでとは違い、咲良ちゃんの体にはまるで変化が起きた様子は見られない。


「あ、あれぇ?」

「うん、なんともないのか?」

「そう、みたいですねぇ……」

「おっかしぃなぁ……」


 咲良ちゃんとアーシラトさん。2人して首を傾げて悩んでいた所で不意に咲良ちゃんが顔を上げて声を出した。


「あっ!」

「お、どうした!」

「いや、なんか一雨きそうだから洗濯物を取り込まないとって気になってきました!」

「なんじゃそりゃ!」


 丁度その時、室内の僕たちの後ろを山盛りの洗濯カゴを持った河童が通り過ぎていった。


「あ~! 忙し、忙し! 子供たち、ようけおるさかい、1日に何回も洗濯せなアカンから忙しいわぁ~!」

Twitterやってます

雑種犬@tQ43wfVzebXAB1U

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