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「それじゃあさ、そのナイアルラトホテプと敵対してるとかいう旧支配者? その方を呼んだら?」
「おいおい、『敵の敵は味方』ってだけで何もそいつは人類の味方というわけじゃあないんだぞ。ナイアルラトホテプついでにH市全域、灰にされても俺は驚かないね」
「それはヤヴァい……」
明知君の話じゃ旧支配者とかカテゴライズされる連中には地球人の感覚は通用しないみたいだし、彼の言う事も有り得ない話ではないのかもしれない。
「でも、そう言えばさ。高田さんは土曜日、風魔軍団の事を『邪神を復活させるために使う道具を盗んで』結果的に『邪神の召喚を邪魔』するつもりだって言っていたよね?」
「ああ」
「え? それっておかしくないですか? あの“黒い人影”が邪神ナイアルラトホテプだとしたら、アレは風魔の鬼と一緒にいましたよ?」
咲良ちゃんの言う「風魔の鬼」とやらの死体はアジトの最深部で市に回収されていた。
さらに言うと風魔が狙っていた邪神を復活させようとしている組織、またその儀式で用いられるという道具とは何であるかも依然として不明のままだった。
「ようはどこぞの誰かが復活させようとしている邪神とナイアルラトホテプはまた別の存在だって事なんだろうな……」
唸るように明智君は天井を仰ぎながら呟いた。
そう。
結局は僕たちは敵について何も分かってはいないのだ。
そのために風魔が壊滅したというのに咲良ちゃんは真愛さんに護衛を付けなければならない。
「1つ、いいかい?」
これまで話を聞くだけで発言はしてこなかったアーシラトさんが口を開く。
その声は何だか自嘲気味で僕は彼女のそんな声を聞くのは初めてだったので少し違和感を抱いた。
「奴が……、ナイアルラトホテプが出てくるというのならアタイは役に立たないかもしれない。もちろん、咲良の事は命に代えても守るつもりだけどよ」
「やめてください!」
アーシラトさんの言葉を聞いて咲良ちゃんが飛び跳ねるように立ち上がって叫ぶ。
常にどこか控えめな彼女がそうやって声を荒げるのは意外で面食らうけど、頬を赤くしてそのくせ、今にも倒れてしまいそうなアンバランスな表情をした咲良ちゃんに掛ける言葉は見つからない。
「アーシラトさんも、ベリアルさんだってそうです! 軽々しく命を掛けて、皆で戦えばいいじゃないですか!? 私はもう誰かに守られて、そして守ってくれた人が傷付くだなんて嫌です!」
ベリアルさんは咲良ちゃんを逃がすために1人でナイアルラトホテプに戦いを挑んで、そして死んでしまった。
きっとアーシラトさんもベリアルさんと同じように咲良ちゃんを守ろうとするだろう。
彼女にはそれが耐えられないのだ。
児童養護施設で暮らす子供には様々な理由があるのだろうけれど、こうも身近な人の死に取り乱すのはもしかしたら咲良ちゃんは両親と死別しているのかもしれない。
なんとなくだけど僕はそう思った。
「皆で戦うか……。なら咲良、お前はもっと強くならなきゃな」
「はい! 私は強くなります。もっと、もっと強く、守られるだけじゃなく、私が皆を守れるくらいに」
慈愛に満ちたアーシラトさんの笑みに咲良ちゃんも力強く頷いてみせる。
普段の様子からは想像もできないのだけれど、こうしてみると確かにこの2人は「神様」と「巫女」という関係にも見えなくもない。
「でも、前は72対1で負けたからな~。咲良には頑張ってもらわないとな!」
「え? ……な、ななじゅう?」
アーシラトさんの口ぶりだと以前にもナイアルラトホテプと戦った事があるような?
てか、72対1って、それで負けるって逆に凄いな!
咲良ちゃんも「72対1」という数字の意味合いに面食らっているようだ。
まぁ、無理もない。彼女はたった今、彼女の神に「強くなる」と誓ったばかり。誓った後に乗り越えなければならない壁がどれほどに高いか思い知らされては詐欺臭いというものだろう。
「うん? だから72対1で負けたんだよ。アタイとベリアルとか、後は日本人でも知ってる名前と言えば『アスモデウス』とか『バルバトス』とか71柱の悪魔でな。今風にいえばSLM72みたいな?」
「……なんでアイドルユニットみたいに!?」
アーシラトさんの言う「アスモデウス」という名の悪魔は僕でもゲームなどで知っているし、「バルバトス」という悪魔は某有名ロボットアニメシリーズの主人公機にその名が使われるほどだ。
それほどの有名処がわんさと集まって勝てなかったって改めて旧支配者とやらのヤバさを思い知らされる。
「あれ? 71柱の悪魔って、72には1つ足りなくないですか?」
「ああ……」
アーシラトさんは僕の疑問に対して咲良ちゃんが持っていた黒い杖を指差した。
「その杖の前の持ち主の人間。そいつを合わせて『72』だ。その時、バアルの奴はすでに消滅していたから欠番ってヤツだな」
「へぇ……」
「よし! そんな事より『善は急げ』だ! 咲良! 特訓行くぞッ!」
「ふぁっ!?」
「気合だッ! 気合だッ! 気合だ~ッ!!」
比喩表現ではなく闘志で瞳に炎を宿したアーシラトさんは咲良ちゃんの手を引いて事務室から出て行ってしまった。
口は災いの元。だなんて言うけれど手を引かれながら咲良ちゃんがこちらを向き助け船を求めて雨に打たれた子犬のような目をこちらを見てくるが見なかった事にする。
咲良ちゃんにはSLM72とかいうアイドルユニットみたいな名前のハードコア系プロレス団体を超える力を目指してもらおう。
「ん? 明智君、まだ何か考え事?」
咲良ちゃんの視線から目を逸らした先には明智君が顎に手を当てて天井を眺めている所だった。
「ん~? 俺らにはあまり関係のある事じゃあないんだがな……」
「うん?」
「アーシラトさんの悪魔だった時の名はアスタロト、そしてベリアル、アスモデウス、バルバトスなど71柱の悪魔に欠番が1つで72柱。もしかして、あの杖の前の持ち主ってソロモン王か、と思ってな」
まぁ、確かに2000年前だか3000年前の人物がどうとかは僕たちには関係ないか。
そんな大昔の話でもナイアルラトホテプに勝ったというなら見習うべきところもあるのだろうけど、負けたんじゃあねぇ……。
けど明智君は僕が考えている事などお見通しだとばかりに呆れたような顔をして溜め息を1つつく。
「どしたのさ?」
「いや、お前はよくあのソロモン王が負けたとかいう相手と戦って無事でいられたよな」
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