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「おい石動ぃ! お前も仕掛けてみろ! 剛力も石動に甘えてんじゃねーぞぉ!」
「あ、すいません……」
「ウス!」
金曜の第2体育の時間。第2体育というのは、普通の陸上競技や球技などの第1体育とは別に男子は柔道、女子はダンスに分かれて行われる。男子と女子と別れて人数が少ない分、2クラス合同となる。僕達B組はA組との合同授業となる。
小体育館の半分ほどのスペースに畳がしかれ、僕達B組はA組と乱取り形式で練習をしていた。
何でも男子全員が中学校でも柔道の時間があったため、先週の金曜日と今週の火曜日の第2体育の時間に受け身や基礎的な技のおさらいをして、ある程度の技量があることを確認をした後、3回目の授業となる今日から乱取り形式の練習が取り入れられた。
僕が組んでいるのは柔道部の剛力君だ。こちらから仕掛けるつもりは無かったが柔道担当の佐藤先生に怒られてしまった。
佐藤先生が僕が改造人間であると知らない可能性を考えてみたが、それだと『剛力も石動に甘えてんじゃねーぞ』という言葉の意味が分からない。そもそも身長で152cmの僕と185cmの剛力君が組まされた時点で僕の事を理解しているということだろう。
今までは僕からは動かず、剛力君が仕掛けてくるのを防いでいただけだった。なるほど国体を目指しているという剛力君は大きな体の割に動きは洗練され、素早く、そして思い切りもいい。しかし、人間の枠に納まったものだった。僕の150kgを超える自重と姿勢制御に反応速度の前に、剛力君は攻めあぐねていた。僕のパワーアシストがecoモードにも関わらずにだ。
それでも剛力君は「いい練習になるよ」と言ってくれていたが、僕のせいで剛力君まで佐藤先生に怒られるのは心苦しい。
「先生もああいってるし、今度は石動がかけてこいよ」
「うん。でも何の技がいいかな?」
技が決まった後に、僕の体が剛力君の上に乗っちゃうようなのは止めたほうがいいかな?
「せっかくだし、何か大技で来いよ。俺も最近は本気の時に他人に投げられたことないしな」
なるほど、剛力君は柔道で強すぎるがゆえに練習相手に恵まれていないのか。なら、一つ……
「それじゃ、行くよ!」
「おう!」
仕切りなおすようにお互いが道着の乱れを直す。剛力君はもちろん黒帯、僕は白帯だ。それから互いにお互いの道着を掴む。この辺は担当の佐藤先生の方針だ。僕が行ってた中学の柔道の授業もそうだったな。たしか突き指の危険性がとか言ってったっけ。
僕から仕掛けると分かっているからか剛力君は緊張した面持ちだ。しかも自分から言い出したことで大技というのを警戒している。そういえば、柔道の大技って何だろ? 巴投げ? かけ方よくわかんないや! よし、ここは……
「…………!」
意を決した僕は、左腕を引きながら、右肘を剛力君の体に付けるくらいの勢いで懐を引き込む。両腕を引いて両ひざを曲げ、剛力君の体が僕側に動いたところで両手に彼の道着を巻き込む。そうやってガッチリと固めた状態で思い切りジャンプ! 空中で背筋を使って姿勢を上下180度入れ替える。そのまま剛力君は頭頂部から着地。
これが僕の一番の大技、機力飯綱落としだ!
「……おい、誠」
「うん? なあに?」
横から明智君が声を掛けてくる。見ると周りの人が皆、僕に注目していた。静まりかえる館内。
「お前な、せめて柔道から外れるにしても柔術くらいにしとけ。お前のそれは忍術だ。それも人力のみではできない部類のな!」
「あれ? そうなの?」
「……誠、その技を誰から習った?」
「ん?…………あ!…………」
「誰から習ったか言ってみろ」
ちょっと考えれば分かることだった。これは言い逃れしようがない。
「あ、機動装甲忍者さんです……」
に、忍者の必殺技をクラスメイトに掛けてしまった!
「お~、イテテ! 石動ィ!」
「あ、ご、剛力君、大丈夫!?」
「おう、ちょっと身動き取れなかったけど、もう大丈夫だ」
「ゴメンよ~! 取返しのつかないことをしてしまうところだったよ~!」
「お、おう。それにしても石動、スゲー技持ってんな!」
笑いながらその場に立ち上がる剛力君。
良かった! 無事だった。さすが未来の国体選手は一味違うな~。
「明智~! 今の技の返し技は!」
ダメージなどほとんどないのか剛力君が陽気な声で明智君に尋ねる。いや、いくら明智君の頭がいいからって、忍術の返し技なんて聞いたところで分かる訳が……
「今の技の返し技は2通り……」
分かるの!? 忍者、商売あがったりじゃん!?
「ただし、今みたいに誠がパワーをセーブした状態に限るがな」
「マジか!? 今ので本気じゃねーのかよ! 変身してねーのに!?」
確かにパワーアシストはecoモードのままだ。
「更に言うと、今の技を本家本元が使うとお前は今頃、大気圏突入してる頃だ」
「はあ? どういうこった?」
「ん~と、この技を僕に教えてくれた人だと脚の力でジャンプするんじゃなくて、ロケットで言葉通り飛んでっちゃうんだよね~。で、反転して大気圏突入の圧力の熱で焼き殺す技なんだ~」
「ゴクリっ! 忍者ってやっぱハンパねーなあ。ん、大気圏突入って『摩擦熱』じゃねーの? 『圧力』じゃなくて?」
「あれ? 僕も『摩擦熱』ってどこかで聞いたことが……」
「…………」
「…………」
「「明智(君)、教えて~」」
「いや、お前ら、柔道の授業中だから……」
「こらあ~!!、お前ら何、サボってんだ~!!」
怒り心頭の様子の佐藤先生がそこにはいた。
結局、僕と剛力君と明智君、ついでに明智君のペアだった山崎君と4人は怒られてしまった。
特に山崎君、ゴメン! 君、完全なとばっちりだよね!?
金曜も柔道の時間に怒られてしまったのを除けば無事に終わり、高校生活2週目も終わりをつげようとしていた。
放課後、僕の足は月曜日に栗田さんと出会ったバス停に伸びていた。
栗田さんは山本さんと仲直りできただろうか? 去年の二人の様子からは心配無いような気もするが、それでも会って顛末を聞き届けたい。そう思ったんだ。元々、地元の人間じゃない僕には栗田さんたちの学校が分からなかったこともあり、「いたらラッキー」くらいのつもりでバス停に来たんだ。会えないならバスにのってオネウチストアに買い出しに行こうかな~くらいの軽い気持ちだったんだ。
来なければ良かった……
結論から言うと、栗田さんはおろか、ヤクザガールズの知り合いの子には会えなかった。んで、予定通りバスに乗ろうとベンチでバスを待っていたんだ。
問題はベンチの隣に座った人(?)だった。視線だけ動かして見えるその人の両手は何というか。青灰色だった。明らかに人間ではない。おっかなくって顔を見てみる気もしない。普通にしてるのが逆に怖い。
どうしよう。バス停のベンチに座るってことはバスを待ってるんだよね? バスが来るまで10分くらいあるんだけど……電話が来たフリして席を離れちゃおうかな?




