37-5
火曜日。
中間テスト2日目となる今日は昨日とはうって変わって良くできていたと思う。
理由は数学や化学といった電脳の得意な処理である理数系の教科が多かったというのもあるかもしれないけれど、それよりも精神的な面が大きいのではないかな?
昨日のテストが上手くできなかったのも精神的なものなら、今日のテストが上手くできたのも精神的に落ち着いて取り組めたから。
我ながらメンタル弱くてどうかとも思うけれども、少なくとも今日のテストが上手くいった事は素直に喜んでもいいだろう。
すべてが上手くいっているわけじゃあない。
結局、ベリアルさんの命を救う事はできなかったし、あの“黒い何か”は取り逃がしてしまった。
それにモーター・ヴァルキリーこと高田さん殺害の犯人も未だに不明のまま。
しかも僕が怪しいと思っていた風魔軍団には高田さん殺害の痕跡がないという。
でも僕はこの2年近く、上手くいかないという事に慣れっこだった。
それよりも上手くいった事に目を向けて生きていきたいとも思う。
シスターさんも咲良ちゃんは助ける事ができたし、ベリアルさんと咲良ちゃんに最後のお別れをさせてあげる事もできた。
それに地球に取り残されたハドーの獣人たちがこっちに上手く馴染んでいるところも見る事ができたし、彼らと一緒に風魔軍団を壊滅させたのだ。
僕の脳味噌がいじくりまわされる前ならかつて殺したハドー怪人たちの事を思い出して「彼らとももしかしたら一緒に戦えていたのかも……」とナーバスになっていたのかもしれないけれど、不思議なくらいにそんな気持ちは湧いてこない。
ただ僕の胸の内にあるのは共に戦った彼らの人の好さそうな表情だった。
ウサギ獣人だけではなくトラ型やクマ型の獣人もなんだかその辺にいくらでもいるような面倒見のいいお兄さんという気がするし、事実、後から聞いた話によれば彼らは皆揃って例の老人ホームで働いているそうな。
だから、かつて殺し合った怪人たちと彼らが同種の存在だとは僕には思えないのだ。
「略奪する側」だったハドー獣人と「略奪される側」だった地球人が共に戦う。
それは何だか殺伐とした戦いの中にも明るい未来が垣間見えるような気にすらさせてくれる。
ただ、だからこそベリアルさんを助けられなかった事だけは心残りになっていた
あの咲良ちゃんとベリアルさんも元は「奪おうとする者」と「奪われる者」という関係だったようだ。
でも、昨日の2人の様子を見る限りでは彼女たちは互いに心を通わせていたように思える。
その彼女たちの共に歩いていく未来が閉ざされてしまった事がただただ残念でならないのだ。
放課後、僕と真愛さん、そして明智君は児童養護施設「子羊園」への道を歩いている。
風魔軍団の構成員を事情聴取した結果、ヤクザガールズの宇垣さんたち、そして咲良ちゃんが狙われた理由は「魔力を持つ人間」だからという事が明らかになった。
でも風魔軍団はあくまで利益を求めて暗躍する集団なわけで、つまりは風魔に「魔力を持つ人間を捕まえてきてくれたらお金をあげるよ!」とか言った奴がいるハズなのだけれど、それがさっぱり見当すらつかないらしい。
そんなわけで風魔軍団が壊滅したといっても黒幕が捕まるなり倒されなければまた「魔力を持つ人間」が襲われるかもしれない。
そんなわけで僕たちは咲良ちゃんの護衛に子羊園にむかっている。
ヤクザガールズの子たちも事態がハッキリするまでは学校の組事務所で合宿になるらしいし、真愛さんは学校は僕と同じクラスだし自宅も僕のアパートの隣だ。
咲良ちゃんにも市の災害対策室では護衛を用意しているらしいのだけれど何分、急な話だし、今、災害対策室や警察では「UN-DEAD」とかいうイカれた連中の対策で色々と立て込んでいるらしい。
そんなワケで僕の高校が丁度、テスト期間という事で午前で放課となるので14時から20時までは僕が子羊園に詰めておく事になったのだった。
真愛さんも一緒なのは護衛対象を一時的にでも一ヵ所にまとめる事で効率化を図るため。
明知君は向こうで話があるそうな。
3人で大H川中学校の近くの住宅街を歩いて子羊園を目指す。
平日の昼下がりの住宅街は車通りも少なくのどかで思わず欠伸が出る。
「あら? 誠君、寝不足?」
「うん、昨日、テスト勉強を頑張ってたから……」
半分は嘘だ。
テスト勉強を日付が変わるまで頑張っていたのは本当だけれども、改造人間はそんな事で体調の不調を起こすようなヤワな物じゃあない。
僕の電脳がこんなにのどかでポカポカの陽気の下では欠伸の1つくらいした方が自然だと判断して動作を促してきたのだ。
ただ、そんなヤボな事をわざわざ真愛さんに言う気にもならなかっただけだ。
彼女も僕の言った事を信じているのかどうなのかクスリと笑って僕の顔を覗き込んできた。
ただ、真愛さんの身長は僕よりも高いわけで。
そんな彼女が僕の顔を横から覗き込んでくるというのは彼女が腰を屈めて覗き込んでくるというわけで。
ちらりと一瞬だけセーラー服の胸元が見えてドキリとさせられてしまった。
バレてないよね?
「どうかしたの?」
「なんでもない、なんでもない!」
「そう?」
「お前ら、見えてきたぞ!」
明智君の声で我に帰った僕が前方を見るとそこには結構な築年数であろう2階建ての建物が建っていた。
板張りの外壁は真っ黒に変色して時代を感じさせるし、壁を伝う緑の蔦は妙に陰気な雰囲気を漂わせている。
さらに塀に沿ってしばらく歩くと門が見えてきて、門に掲げられた看板には「児童養護施設 子羊園」の文字が。
「ここかぁ……」
「とりあえず園長さんに挨拶しにいくか?」
「そうね!」
だが僕たちが門をくぐると行く手を3人の子供たちが遮る。
「ヒャッハー! 手前ェらナニモンだァァァァァ!」
「あぁん!? 高校生かぁ! 兄ちゃんたちはまだ帰ってきてねぇぜぇ! 残念だったなーーー!」
「それとも新入りとその付き添いとかかい!? ヒャッハハハ!」
oh……!
これまた中々にみない類のクソガキ様。
まぁ、見方を変えれば溢れんばかりの元気一杯の子供たちと言う事もできるかな?
半ズボンの背の小さな男の子を中心に右にはスカートをサスペンダーで吊るした女の子、左にはアンコ型の坊主頭の男の子が平日の昼間っから全力運転で大声を張り上げている。
「ヒャッハー! 新入りなら俺らがここの“ルール”ってのを教えてやるぜぇぇぇ!!」
「帰ってきたらまずは“うがい、手洗い”だァァァ!」
「するまでオヤツは貰えないぜぇ!?」
あれ?
クソガキかとも思ったけれど、意外と良い子?
それなら事情を話せば普通に案内してくれるかも……。
まぁ、近所に夜勤明けとかで寝てる人がいたらものすんごい迷惑だろうけど。
「あ、えっと、僕は石動誠といって園長さんに会いたいんだけど、あんな……」
「えっ!?」
「園長さんに会いたいから案内してもらいたいなぁって……」
「そうじゃなくてお前の名前なんだって……」
「ああ、石動誠です」
僕が名乗ると3人の子供たちは時計の針が止まったように固まってしまった。
「うん? 君たちは知らないのか? あの『デスサイズ』だよ。コイツが君たちを“護衛”しにきたんだよ」
「…………ひゃっはぁ……」
明智君がそう言うと同時に3人は揃って震えて盛大に失禁してオシッコを漏らしていた。
一体、この子たちには「護衛」という言葉がどういう意味に聞こえたというのだろう?
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