とあるアンドロイドの一日 後編
突入から10分ほどが経過した。
風魔軍団のある小高い丘はいくらか情勢が安定したようで届いてくる爆発音や銃声も大分、少なくなってきているように思える。
そもそも忍者の集団である「風魔軍団」の直接的な戦闘能力は高くはない。
彼らは非合法の市場において利益を得るに活動する集団で、彼らの得意とする戦術は奇襲に陽動、足止めという程度のものだ。
多数のロボット兵器、彼らはカラクリメカという呼称に固執しているそのロボット群も自然法則を凌駕する魔法などという力を持つヤクザガールズと真正面から戦えるような物ではなく、ましてやあの大アルカナであるデスサイズに地球どころか銀河帝国すら脅かす「超次元海賊ハドー」の獣人においては鎧袖一触というところだろう。
D-バスターたちのトラックや天昇園の戦車隊の背後に位置する仮設指揮所も慌ただしいが、大量の捕虜の扱いについて指示を出しているようで戦況が危ういわけではない。
あのロシア民謡を聞いて震えていた車椅子の老人の他、2人の老人が戦況を記したホワイトボードと睨めっこしながら通信役の魔法少女に指示を出している。
風魔が通信を妨害するために発しているジャミング電波も魔法少女たちの通信魔法の前では形無しといったところだ。逆にヤクザガールズ2年の井上の特化能力である「爆発物生成」で上空から古神社を取り囲んでいる雑木林に対して徹底的な空爆と煙幕弾の散布が行われ風魔の忍者たちは連携を阻害されていた。
「あのお爺ちゃんも中々にやるみたいじゃん? なんで戦車に乗らないお爺ちゃんがいるのか不思議だったけど」
「ああ、島田君も中々に優秀な前線指揮官だからね」
手持無沙汰のD-バスター1号と泊満はのんびりとおしゃべりをして暇を潰していた。
D-バスターはまだ5月の冷たい農業用水路に飛び込まなくても良さそうだと胸を撫で下ろしていたし、泊満は泊満で島田の指揮官としての能力に一目を置いていたから口を挟むという事はない。何といっても彼は彼で50年代の北海道動乱にて米軍の乗り捨てた軽戦車でソ連軍のスターリン重戦車を撃破している猛者なのだ。
さらに言えば泊満が駆る六号戦車は旧日本軍において唯一の重戦車であった。
戦地においても六号と連携を取れる戦車など旧軍には存在せず、元々、軍人であったと言えども戦車の開発畑にいた泊満が実戦に参加するようになったのは大戦中期以降の話である。
その点において叩き上げの戦車長である島田の指揮能力を泊満は買っていた。直感に基づいて行動を起こす泊満は堅実な戦術理論が骨の髄まで染み込んでいる島田に対してコンプレックスを持っているといっていい。
いや島田に対してだけではない。
ドイツから六号戦車を日本へ持ち帰る途中に潜水艦の中で爆雷の恐怖を味わっていた時に目覚めた泊満の“直感力”はともすれば他人からは超常の力として恐れられ、長い間、彼を孤独にしていた。
しかし彼は人間を愛する事を止めなかった。
全体主義に共産主義、法を無視した資本主義、はたまた過激な新興宗教に破滅的な侵略者。激動の時代にはいくつもの大きな潮流があった。
その流れに乗ってしまえば泊満も楽であっただろう。彼の能力はいずれの勢力においても甘い汁を啜って栄華を極める事もできただろう。
だが彼は“甘い汁”とは力無き人々の生き血であると、乾く事の無い涙であると知っていた。
その“直感力”ではなく“魂”の底でだ。
彼と虎の咆哮は常に抗う力を持たぬ者を泣かせて笑う者に向けられきた。それは賊徒と化した友軍部隊に対しても同様。時には中国大陸において略奪者と化した旧日本軍部隊にも88ミリは火を吹いていた。
無論、だからといって人々が彼に対して優しくなるわけではない。むしろ集団の中に紛れ込んだ異物である彼が受け入れられる事は無かった。
それでも彼は棘だらけの薔薇の花を抱くように人を愛してきたのだ。
そして彼が長い人生の果てに辿りついたのが特別養護老人ホーム「天昇園」であった。
そこで彼はただの認知症の老人として他の者と変わらず扱われるようになる。彼の経歴を誰も気にする事は無く、やっとの事で辿り着いた安息の地と言えるだろう。
泊満が西住涼子に目をかけていたのも彼女に自分とは別種の、だが良く似た力を感じていたからである。
D-バスターが乗ってきた砲兵トラックに主砲を向けさせていたのもそれがつい先日、撃破していた日ソ赤軍の兵器だったからというだけではない。
彼女たちからかつて戦ってきた者たちの匂いを感じ取っていたからだった。
だが、こうして暇潰しに話をしてみると存外に気の良い子たちである。
彼女たちは自分たちが戦闘用アンドロイド、戦うために作られた存在であると言っていたものの、中々どうして話始めて数分で互いに気兼ねなく冗談を飛ばし合えるような心地よい間隔を作り上げる事ができていた。
泊満は少なくとも今日のような同じ目的のために戦列を並べている間だけは彼女たちを仲間として扱おうと思っていたのだ。
D-バスターたちの方も泊満に対して悪い感情など持ってはいなかった。
そもそも楽観的な彼女たちは戦車砲を向けられていた事などすでに忘れていたし、泊満という老人、歳の割にウィットに富んだジョークを飛ばして彼女たちを楽しませてくれていたのだった。
もっとも一式の方は笑顔を向けられると赤面してしまってそれから話は続かないのだが、そこは上手く1号の方が話を引き継いで繋いでくれていた。
また泊満は「仲間」として、D-バスターたちは「家族」として侵略者たちと接してきただけあって「あるあるネタ」で笑いあったり、そのネタの泊満の知らない内情をD-バスターが教えるとそれはそれで興味深そうな顔をしていた。
石動誠が「歩くセキュリティーホール」と評したD-バスターの事だ。
泊満がそうやって何度も頷きながら感慨深そうな顔をしているとつい余計な事も含めてポロポロと情報を垂れ流しにしていた。
「だからね、鉄子ちゃんのお爺ちゃんが党員にジャガイモばっかり食わせて離反されたから鉄子ちゃんのお父さんはソーセージも良く食べるようになったらしいんだけど」
「え? ちょっと待て、あのベトナム戦争辺りのナチ党員の大量離反ってそういう理由なのか!?」
「そうだよ?」
「てっきり西と東の冷戦構造で自分たちが時代遅れになったと自覚したものと思っていたが……」
「ハハ! そんなんでナチスの人たちの心が折れるわけないじゃん? ナチ党員の心を折るのはただ2つだけ、『虎の王』と『茹でただけのジャガイモの山』だよ!」
1号は目の前の人物こそがその「虎の王」と呼ばれる御仁であるとは露ほどにも思わずに笑い飛ばした。
「私も戦中にドイツに行った事があるが、別にドイツ人はジャガイモばっかり食ってるわけではないと思うが……」
「分かる! アッ君、あ、アッ君ってのはウチのルックズ星人の人なんだけどね。アッ君はネットで色々と調べて色々と作ってくれるよ。アイントプフとか」
「ああ、根菜やら豆やらたっぷりと入った日本で言うところの鍋物だな。アイスバインとか入れてくれると米が恋しくなってな……」
「良い出汁が出るよね~!」
一しきり話に華を咲かせていると、魔法少女の通信魔法から要救出対象の保護に成功したと連絡があったために泊満もD-バスターですら警戒のために気を引き締めてそこで話は途切れた。
「なあ、D子君?」
「……なあに?」
「君たちは私が恨めしくないかね?」
人質にされていたシスター智子と単身、風魔軍団のアジトに乗り込んでいった長瀬咲良が救急車で搬送されていった後、捕虜となった風魔の団員たちを警察へ引き渡すためにヤクザガールズたちと天昇園戦車隊はなおも現場に残って警戒に当たっていた。
D-バスターも用が済んだのでとっとと帰っても良かったが、テントやら機材の撤収とその後にトラックを天昇園に頼む都合、彼女たちも残って手伝いをしていたのだ。
投稿者たちはヤクザガールズのメンバーが魔法で出した鎖で繋がれて暴れる事もなく、後は警察の護送車両の到着を待つばかり。
そんな中、不意に泊満が口を開いた。
その声は先ほどの談笑していた時よりも幾分、沈み込んだもののように思える。
「私は先週、そのトラックを使っていた者たちを殺した。君たちは私を憎んでいないかね?」
「あ~……、いいよ、そういうの」
「いいって……」
「私らだって馬鹿じゃないんだから自分たちが悪い事してるってのは分かってるんだよ。それに日本どころか世界征服を目標としてる連中に過去の事なんか振り返っているような余裕なんかないよ」
「……」
それで納得していない事は泊満の思いつめたような表情から分かる。
あのベリアルという悪魔が消滅する所を目の当たりにして感傷的にでもなったのだろうか?
「私は正しい道を歩んできたハズなのだがね。それがどうだ。私の後ろには大勢の亡骸が積み重なっている。その中には君の仲間も、その家族も大勢いるハズだ」
「そうだよ。お爺ちゃんは間違っていない。ウチの連中は馬鹿じゃないけど大馬鹿だからさ、『仲間の仇』だとか『他の生き方ができない』だとか潰れた組織にしがみ付いて寄り集まって生きてる連中だからね。私はそういう必死に生きてる皆が愛おしい。だからと言って悪党を倒したお爺ちゃんを恨むのは筋違いじゃない?」
「あ、えと、こう言っちゃなんですけど貴方を恨むと言ったら、じゃあ私たちは何をしていたの? って話になりませんか? 私たちは彼らがどう考えても悪い事をしていると分かっていながらその手伝いをしています。日の当たる場所へ手を引く機会はいくらでもあるというのに彼らの熱意を応援してさえいます」
1号も一式も演算装置の限りを尽くして老人の問いに答えていた。
別に先ほどのように泊満の視線に射竦められているわけではない。むしろそこには疲れ果てた老人の姿があったようにすら思える。だからこそアンドロイドは真摯に言葉を選んでいた。
泊満の言葉で彼が日本ソヴィエト赤軍残党を殲滅した「虎の王」である事を察したD-バスターたちであったが、彼女たちには赤軍兵士たちが怨嗟の声を残して死んでいったとは思えなかった。
気が遠くなるほどに長い間、待ち望んでいた「虎の王」との決戦。結果、彼らは全滅する事となったが彼らは彼らで何らかの充足感を得ていたのではないだろうか? 思春期の少年少女が恋人を想うよりも熱く焦がれていた「虎の王」との再戦にか、それとも仲間たちの撤退を成功させるという「虎の王」からもぎとった“戦略上の”勝利ゆえかは分からない。
だが、いずれにしても目の前の老人を恨む気にはなれなかったのだ。
「……では、君たちは何とも思わないと?」
「ん~、強いて言えば『もったいない』かな」
「MOTTAINAI?」
「そうそう。お爺ちゃん、滅茶苦茶につおいんでしょ? だったら赤軍の連中を生け捕りにしとけば美味しいロシア料理が食べれたのに」
「あ~、それは確かに。ボルシチとかビーフストロガノフとか皆に大好評でしたからね」
「ぷっ……」
思いがけない言葉を聞いてつい泊満は噴き出してしまった。
それからは堰を切ったように腹の底から笑いがこみ上げてきて足を滑らせ砲塔内に落ちそうになったくらいだ。
「そうだな! 本当にそうだ! なんで私は、私たちは殺す事に慣れてしまったのだろうなぁ! 私だって昔は潜水艦の中で爆雷の炸裂音が響く度に震えていたというのに。私だけじゃない。『ヒーロー』だなんだ名前を付けて私たちは悪党を殺す事に慣れ過ぎてしまったのは何故だろうな!」
泊満の脳裏に浮かんでいたのは先ほどの長瀬咲良と悪魔ベリアルの最期の時だった。
彼女たちに比べれば自分が滑稽な道化のようにしか思えなかった。
「なあD子さんや、あの悪魔と長瀬咲良という少女は最初から仲が良かったわけではないというのは知っているかい?」
「うん。むしろつい最近まで咲良ちゃんはあの悪魔を恐れていたようだったけど……」
「でも最後はああやって手を握って涙を流して看取ってやってる。あの少女の慟哭はどんな僧侶の読経よりも価値があるものだろうよ。私もあの赤軍の爺さんとそんな関係が築けたかもしれなかったのかな?」
1号にも一式も夕日に向かって笑い声を上げる泊満に対して「気持ちは分かるけど、いくらなんでもそれは無理でしょ?」と言う度胸は無かった。
以上で第36話は終了となります。
次回から主人公(笑)さん主観のお話に戻ります。




