サクラよ 亡き戦友のために哭け 5
咲良が乗せられた担架がテントに運び込まれると、予め連絡を受けていたためか迅速に処置が行われていった。
長テーブルを横に2つ並べた仮設のベッドの上に担架は乗せられ、三角帽子の魔法少女たちの一団が咲良を取り囲む。
「膝が酷い事になってるわね……」
「宇垣さん、治せる?」
「ええ、無くなったわけではないので……、それよりも組長、やはり、この子です」
「やっぱり、話には聞いていたけどね」
なにやら意味深な話をしている魔法少女たちの事が気になり2人の顔を覗いてみると1人はとても戦いなど見合いそうにもないツインテールの小さな子、そしてもう1人は昨日、風魔の忍者と戦っていた内の1人だった。
「あなたは……」
「借りはお返しします。それより歯を噛み締めていてください」
「え?」
「砕けた骨が元に戻っていく時、周囲の神経に触れるかもしれません。一応は鎮痛の魔法も使いますが……」
魔法など詳しい事は分からないが話を聞いただけで痛そうだ。
咲良はまだ魔法がかけられていないというのに歯を食いしばって大きく頷いて見せた。
魔法少女もまた咲良に頷いて返し、それから咲良の膝に両手をかざす。すると彼女の胸元に取り付けられたサクランボを模した金色の代紋が輝きだし、咲良の膝から痛みがすぅっと失せていく。
注意されたような骨が神経に触れるような痛みも無い。ただ少し虫が這うようなこそばゆい感触だけがあるだけだった。
痛みが消えて一息ついたところで咲良は彼女たちに聞いてみる事にした。
古神社の地下アジトにはデスサイズやハドー獣人に魔法少女たち、そして古神社のすぐそばの農道には旧式ながらも3輌の戦車に大型トラック、そして警察のパトカーやH市のロゴが入ったミニバンなどがならんでいたのだ。
シスター智子が攫われた事が発覚してからあまりに短い時間であまりに物々しい集団が集まっているのが咲良には不思議でならなかった。
「……あの、皆さんはどうしてここに?」
「ええ。元々、昨日、私らがケンカを売られたので『御礼参り』に殴り込みをかける予定だったんです。それで石動のオジキを誘って……」
「オジキって言うのはデスサイズさんなんだけど会った?」
「え? ああ、ピンチの所を助けて頂きました」
治癒魔法を掛け続けているためか言葉少ない魔法少女に代わってツインテールの魔法少女が捕捉説明を入れてくれる。
それにしても先ほど、このツインテールの魔法少女は「組長」などと言われていたが、見た目では地下1階で会った魔法少女や治癒魔法を掛けてくれている魔法少女の方が随分と大人びて見えるのが不思議だ。
「で、オジキさんの友達に忍者の人がいて、その人から風魔軍団のアジトの情報を買って、いざ放課後に乗り込むぞ~! ってなった時に市の災害対策室から連絡を受けてね!」
「ああ、それで。どうもお世話になりました」
「いえいえ! 貴女がこんな目に遭ったのももしかしたら昨日、ウチの組員を助けてくれたせいで目を付けられたのかもしれないし、こっちが申し訳ないくらいだよ!」
咲良が体を起こして頭を下げるとツインテールの魔法少女が大げさにかぶりを振って見せる。その度にツインテールが左右に触れてまるで子供の玩具のようになって微笑ましい。
だが彼女たちが言っている内容については少しだけ違和感がある。
昨日の件で風魔軍団の目に留まったのは確かだろうが、アジトに突入する前、狐面の忍者は咲良に対して「我々としましては“お連れ様”を含めた長瀬様の実力を知りたいのです」と言っていた。それはつまり、今日の一件は報復のようなものではなく、別の目的があったように思われてならないのだ。
だが確証のある事ではない。
咲良が考えている事を言うか思案しているとテントの中に1人の魔法少女が駆け込んでくる。見ると昨日、風魔との戦いで窮地に陥っていたもう1人の魔法少女で、彼女は咲良の手を取って涙ながらに何度も昨日の礼と今日のような事になってしまった詫びを口にしていたので、咲良は風魔軍団の目的について頭の片隅に追いやってしまう。
それから5分ほど、例の魔法少女が額に汗をにじませながら治癒魔法を掛け続けてくれたお陰で咲良の膝はほとんど元通りになっていた。
咲良は「もう大丈夫です」と遠慮していたが、魔法少女たちも昨日の事もあってか万全の状態までしてくれると笑顔で咲良を担架の上に押し止めている。
だが、しばらくすると前線本部としても使われているテントの中がやおら騒がしくなった。
ツインテールの魔法少女がテント前の戦車の砲塔に立っていた仲間に問いかけると「オジキが帰還してくる」という返事が返ってくる。
「それでオジキさんなんですが、何やら女の人を連れているみたいなんですが……」
「女の人? あれ? 風魔のアジトにいるのって人質にされたシスターとその救出に行った長瀬さんだけじゃなかったの?」
「まさか……!」
咲良は魔法少女たちの制止を振り切り、テーブルの上の担架から飛び降りた。
直ったばかりの膝は弛緩した状態なのか足元はふらつき、思わず前のめりになって崩れ落ちるが咲良は膝を擦りむいているのにも構わずに立ち上がってテントの外へ。
そして古神社のある丘へ目をやると赤い夕陽の中を青白い光を発しながら飛んでくる死神が目に入った。
「ベリアルさん!」
マントをはためかせながら飛んでくる死神が腕に抱いているのはベリアル。
黒い靄が全身を覆い、力無く腕が垂れているものの見間違えるハズもない。咲良たちを逃がすために1人、あの“黒い人影”に戦いを挑んでいったあのベリアルだった。
「ベリアルさん! ベリアルさん!」
「…………」
デスサイズはテントの前に降り立ち、咲良の元へとやってきたものの、必死で呼びかける咲良の声にベリアルは答えなかった。
「なに、この傷口!? 治癒魔法が効かない!」
「皆、宇垣さんに魔力を注ぎ込んで!」
ベリアルを覆っているかのように見えた黒い靄の正体は不明。
だがベリアルの全身に数えきれないほどに刻み込まれた傷口から溢れては空気と混ざって消えていくのだ。
出血は無い。
悪魔と言えど受肉している以上は怪我を負えば肉が裂けて血が流れるハズなのにベリアルの傷口から流れるのは黒い靄だけだった。
「……山本さん、この人が咲良さんの所まで連れてってくれって……」
それは子供のような声なのに悲痛で低く沈み込んだ声だった。
デスサイズが発したその声でヤクザーガールズたちは一斉に道を開けて咲良へと続く道を作る。
「ベリ……アルさん……」
咲良にも死神の今にも泣きだしそうな声の意味が分かってしまっていた。
ベリアルはもう助からない。死神はそう言っているのだ。
呼吸をするのも忘れて震えながら死神が抱く仲間の元へと足を引き摺っていく。
「ベリアルさん、ゴメンなさい……」
返事は無い。
垂れた腕が痛々しくて咲良がベリアルの手を取るとされるがままに腕が持ち上がる。
だが僅かに、だが確かにベリアルは咲良の手を握り返してきた。
果たして震えているのはベリアルであったのか、それとも咲良自身であったのかは分からない。だが、咲良もベリアルに答えるように力一杯に彼女の手を握りしめる。
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