サクラよ 亡き戦友のために哭け 4
強固な岩盤をくりぬいて作られた地下施設が震える。
咲良も担架から投げ出されるのではないかと冷や冷やしていたが、意外にハドーのウサギ獣人と色白すぎる美人は揺れに良く耐えていた。
この揺れは地震ではない。
光の円環で作られたトンネルに飛び込んだ死神デスサイズが飛び蹴りの姿勢を作ったまま1つの砲弾と化し、敵集団へと跳び込んだ結果であった。
ハドー獣人たちに追い詰められた忍者ソルジャーたちが固まっていた場所には盛大に土埃が立ち、やがて煙幕のような土煙が晴れた時、そこに立っていたのはデスサイズだけだった。
「よし! クリアー! 行きますよ姫サマ!」
「うむ」
「おいっちに~! おいっちに~!」
敵の姿が消えた事でウサギ獣人と色白の美人は担架を持ち上げて咲良を後送しようとする。
ウサギ獣人の場違いに明るい掛け声が広間に響く。
だが、そこで待ったを掛けたのが河童だった。
「ちょっタンマ! お~す! デっちゃん、デっちゃん!」
「はい?」
河童はペタペタとデスサイズの元へと歩いていく。
たった今、数える事も難しいほどの殺戮を繰り広げた相手に対してそれはあまりにも物怖じしない様子で、むしろ担架の上の咲良の方が冷や冷やさせられる。
「デっちゃん。下の階にヤバいのがおるんや! ワイらの仲間が食い止めてくれてたんやけどもうアカン! 皆で逃げるで!!」
「は? 仲間がいるんでしょ? 僕は行くよ。西住さんは?」
「……ここを押えていようかと」
「なるほど……。それは確かに。それではお任せします!」
死神はポロシャツ姿の女性の言葉にしみじみと大きく頷くと、青白い光を発して地を這うように咲良たちが来た道を飛んで行ってしまった。
それにしてもあのポロシャツ姿の女性は何者だろうか?
どこかの制服なのか、ハドー獣人たちと揃いのポロシャツを着ている以外は極々普通の女性に見える。
担架の足側を持つ色白の女性などはまるで陶器のように白い肌のために地球人には見えない。それに比べてデスサイズに「西住さん」とさん付けで呼ばれる女性は10代後半か20代前半くらいの若さにも関わらず、風魔軍団のアジトという死地に寸鉄帯びずに乗り込んできてハドー獣人たちの戦いぶりを見極めるように目を細めていた。
今だって後送される咲良に付き添って後退するでもなく、先に進むデスサイズに付いていくでもなく、この場の抑えにまわると言う。
確かにこの迷路のような地下3階にはまだ敵がいるかもしれないという事を考えると、ここを押さえておかなければデスサイズも咲良たちも背後を突かれる危険がある。
だが、この薄暗く湿った地下空間に留まるという判断は中々にできないのではないだろうか?
心細い敵地の事だ。常人では行くにせよ引くにせよ普通は気が逸って動こうとするのではないか。
咲良は担架に寝たまま単身、敵のアジトに乗り込んできた自分の事を恥じていた。
「……アカン。行っても~たわ」
「カメ獣人さん、止める気ありました? 『強い敵がいる』なんて言ったら行っちゃうに決まってるじゃないですか~!」
「獣人ちゃうわ! ……まぁ、でもウサちゃんの言うとおり、噂通りの、いや噂以上の死神っぷりやなぁ!」
「ですよねぇ! それより早くこの子を救護所まで連れてきましょう!」
「お、そんなんあるんか?」
「凄いですよ~! 魔法で治してくれるらしいですよ!」
「ええやん! ほな、お願いしよか!」
「はい! カメ獣人さんも護衛お願いしますね!」
「任しとき!」
それからまたウサギ獣人は「おいっちに~! おいっちに~!」と気が抜けるような掛け声を上げながら担架は上階へと上がっていく。
地下2階はカラクリメカの残骸で埋め尽くされた広大なガレージのような階。
すでにデスサイズとハドー獣人たちによって全てのカラクリメカは破壊されていたのだ。
そして地下1階は地下3階と同じく複数の小部屋と狭い通路によって構成される階だったが、居住区画として使われている階のようで、地下3階のように迷路にはなっておらず、むしろ理路整然とした印象を受ける。
その地下1階を進む途中、鎖で縛られて1列になって進む忍者たちの集団と、彼ら前後で短銃を向けながら連行していく少女たちの集団と出くわした。
「あら、宇佐さん?」
「あ、ど~も~! 要救助者確保です! 1名負傷、命には別条無しです!」
「了解。救護所には先に連絡を入れておくわね」
「ありがとうございます!」
三角帽子に改造セーラー服のような色とりどりのコスチュームを着た一団の内、後列にいた1人が咲良たちに気付き、列を離れて三角帽子に触りながらどこかと交信を始める。
あの三角帽子には岩盤の中に作られた地下でも使用な無線機でも仕込まれているのだろうか?
彼女たちの着ているコスチュームにはサクラも見覚えがあった。
彼女たちこそ現代の魔法少女チーム。通称ヤクザガールズたちである。
昨日は不意を突かれたのか忍者に不覚をとっていた魔法少女たちであったが、彼女たちの本領は集団戦だ。そして、その結果は鎖で繋がれて1列になって進む忍者たちを見れば聞かなくても分かる。
通信をしていた水色のコスチュームの魔法少女は手短に交信を終わらせ、他の魔法少女たちに指示して咲良たちを先に行かせてくれる。
さらに深い紫の魔法少女を護衛に付けてくれさえした。
そして一行は地上へと戻ってくる。
開け放たれたままの古神社の扉から差し込んでくる夕日ですら今の咲良には眩しすぎた。
だが担架を持つウサギ獣人や色白の女性は眩しさを感じていないのか、そのまま境内へと出て行くと、そこには懐かしい声が。
「咲良!! 怪我してんのか!? 何だコレ! 畜生! 膝がグッチャグッチャじゃねぇか!! 誰がこんな事を! 許せねぇ!!」
「アーシラトさん……?」
心が安らぐような温かくなるような懐かしい声に咲良が眩しさを堪えて目を開けると予想通りに声の主はアーシラト。
だがアーシラトは狐面の忍者にアルゼンチンバックブリーカーを掛けたまま咲良の怪我を見てヒートアップしていた。
「チッキショー!! てめぇら、咲良を拷問に掛けやがったなッ」
「ギブブブブ……!!」
狐面の忍者の体が人間の物とは思えないほどに弓なりに曲がる。
咲良はなんだか「身長3メートルの鬼の顎に膝蹴りブチ込んだら砕けちまったよ! AHAHA!」とは言い出せない雰囲気だったので忍者にはそのまま耐えてもらう事にした。
咲良を乗せた担架は境内で魔法少女たちへと渡され、4人の魔法少女が箒で飛びながら救護所へと運ぶという。そこで咲良は河童と座敷童、ツチノコをカードへと戻す。
すぐに飛び上った箒に跨った魔法少女と担架は古神社のある小さな丘を越えて、農道脇に展開していた旧型の戦車やトラックの後ろに立てられたテントを目指してまっすぐに飛んで行った。
涼子ちゃんの建前「ここを押さえておきます」
涼子ちゃんの本音「いやいやいやいや! 下にヤバいのいるって嫌だよ!」




