サクラよ 亡き戦友のために哭け 2
地下3階は迷路のような構造になっていて、最下層とは違い天井も低い。
大きな部屋は見当たらず時折5、6畳程度の小部屋がある程度。その小部屋ですら物置に使われているのか木箱が積まれていて身を潜めて休む事すらできそうにない。
他は人がやっとすれ違える程度の通路の階層だ。
咲良は河童の甲羅の上に背負われながら進んでいる。
時折、何も無いように思えた通路の岩壁からハラリと布切れが落ちて歪な人型をした忍者が咲良たちに襲い掛かるが座敷童のライズボールによって機先を制され、シスター智子に抱かれたまま跳ねたツチノコに噛みつかれて倒れる。
だが、もはや人であるとすら言い難い複合改造強化の忍者ソルジャーたちの襲撃は絶え間なく続き、一行の逃走を阻んでいた。
こうなると来る時にエレベーターを使っていた事が裏目に出てくる。
地下4階にはあのベリアルが「逃げろ」と言い出すような敵がいるというのに、地下1階から地下3階がどのような構造になっているか想像も付かず、しかも風魔の忍者たちが手ぐすね引いて待ち構えているのだ。
しかし座敷童の幸運のなせる業か、ついに咲良たちは登りの階段のある大広間へと辿り着く。
「トモちゃん、先をまかせてええか?」
「はい! といってもツチノコちゃん頼みですけど……」
河童は咲良を背負っている以上、まともに戦う事ができない。そして膝に重傷を負った咲良を背にしている以上、座敷童には殿を務めてもらいたいという苦肉の策だった。
座敷童の毬であれば忍者の手裏剣の迎撃も容易い。だが敵を倒す威力は無いし、先を進む河童と智子の体が死角となって前から来る敵への対応はツチノコの牙が頼りとなってしまうのだ。
「……カッパさん、ちょっと待ってください!」
「待てって、こんなとこで……」
一行が大広間を進み、階段まで残り3分の1ほどとなった時、不意に咲良が立ち止まるように言い出した。
咲良も事態が予断を許さない事は重に承知していたが、それでも確かめずにはいられない嫌な胸騒ぎに襲われていたのだ。
河童が立ち止まって振動が収まった事で咲良は右腕だけで河童の首にしがみ付き、左手で腰のカードホルダーに手を伸ばした。
取り出したのは1枚のカード。
起動中を示す白い光に包まれ、その光の増減によって点滅しているように見えるカードだが、普段は一定の間隔で点滅するハズが今はその間隔も明るさも大きく乱れている。
「そのカードは?」
「……ベリアルさんのカードです」
誰も言葉にはしないものの、カードの点滅は心臓の鼓動のように、白い光そのものは命の輝きのように思われて不吉なものを感じさせる。
咲良も智子に河童も、あの闘争心に溢れた座敷童ですら迫る忍者軍団の事を忘れてベリアルのカードに見入っていた。
やがてベリアルのライザーカードは一際大きな光を放ったかと思うとそれきり光は消え失せてしまう。
ごくり……。
唾を飲みこんだ音が広間に響いたような気すらする。
そんな事を気にするのは目の前の出来事を理解したくないという現実逃避なのだろう。そう思いながらもやはり認めたくはなかった。
そしてライザーカードは風に吹かれた乾いた砂のように何かの粒子が零れて白紙カードへと変わる。
「…………ベリアル様……」
噛み締めるようにシスター智子が呟く。
ツチノコを抱いたままでは手を合わせる事すらできない。ただ目を閉じると1粒の涙が溢れ出ていた。
「……ワイがもっと強ければ一緒に戦わせてもらえてたんやろか?」
「“私たち”がです……」
「……せやな」
背負われている咲良には河童の表情は見えない。
ただ甲羅越しにでも彼が震えているのは分かった。
ベリアルという悪魔。
お世辞にも“良い”悪魔ではなかった。
それどころか出会いは最悪。
仲間となってからも腹に何か抱えたような目で咲良を見ていたような気がする。
だが彼女に窮地を助けられたのも確かであるし、彼女は彼女なりに半歩だけ歩みよってくれていると思った矢先の唐突すぎる別れであった。
だが風魔軍団は仲間との早すぎる別れを悼む暇をも与えてくれる気はないのか、大広間に続々と忍者ソルジャーたちが姿を現す。
レーザー忍者ブレードが赤く瞬き、高速回転する鎖鎌の分銅が高周波を発生させる。
両手に付けた爪付き手甲の爪をすり合わせて火花を生じさせている者もいれば、手裏剣ランチャーを肩に担いでいる者もいた。
どこにこれほどの人数がいたのかと驚嘆するほどの忍者ソルジャーたちは大広間を埋め尽くし、咲良たちは3方を囲まれた形となった。
残る1方、階段の登り口がある方だけは空いていたが、咲良たちが行動を起こせばすぐさま忍者たちも攻撃を開始するだろう。
こうも囲まれては座敷童の神速の牽制球でも制しきれない。
「せっかくベリアルさんが逃がしてくれたのにここまでですか……」
「諦めたらあかんよ。サっちゃんはワイの甲羅に隠れるようにできるだけ小さくなっとき」
「嫌です! こうなったら私も暴れてやります! 片足が使えないくらいなんだっていうんですか!?」
「ハハハ……。その意気や」
河童の声は優しいものだった。
だが、どこか空虚で言葉とは裏腹に河童自身がもう諦めてしまったかのように咲良は声を荒げた。
だが、その時、咲良たちの背後、地下2階へと続く階段からも雪崩を切ったかのように風魔のカラクリメカたちが溢れ出す。
「きゃっ!!」
「ファッ!?」
「ん? でも、これって……」
一瞬、退路をも塞がれたのかと思った一行であったが、良く見ると何かがおかしい。
階段から降りてきたというより落ちてきたカラクリたちは方々から煙を上げてすでに大破してガラクタとなっていたのだ。
そして……。
カチャ……。
カチャ……。
カチャ……。
軽い足音とともに現れたのは“死神”。
ズタボロのマントを纏って命を刈り取る大鎌を手にした“死神”。
最“凶”のヒーロー、デスサイズだった。
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