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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第36話 ベリアル死す! サクラ、怒りの閃光魔術!!
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POWER RISE! 3

「うわあああああ!!!!」


 突如として地下空間に響き渡った叫び声に河童たちが後ろを振り返るとそこには喉が張り裂けるのではないかと思われるような絶叫を上げている咲良がいた。


 咲良は叫び右手に持った杖を地に突き、左手で頭を抑えながら叫びを上げ続ける。


「さ、咲良ちゃん?」

「サっちゃん!? どないしたんや!!」

「ちぃっ! あの馬鹿……!」


 シスター智子も河童も咲良が叫びを上げるような所を見るなど初めての事だった。あまりの様子につい大鬼の事も忘れて茫然と彼女の事を見つめてしまう。

 だがベリアルだけは咲良の身に何が起こったのかを理解していた。


「ベリアルはん!?」

「あのカードに封じられていた力の発動ができない状態で力を取り込んだせいで暴走しかかってるんだ。これだから考え無しのガキは始末が悪い!」

「ほなら、どないしたら……」

「決まってんだろ!!」


 ベリアルは全身の翼を大きく広げて大鬼へと突っ込んでいく。


「発動できないってんなら、発動できる状態を作るんだ! ハゲとガキもこのデカブツをとっとと転ばせろ!」

「分かった!」

「……!」


 ベリアルが鬼の真上から魔力による推力と重力落下の加速度を合わせた合成速力で斬りかかるが丸太のように太い鬼の腕に阻まれる。

 ベリアルのサーベルは鬼の腕の肉を深く切り裂いてはいたが、骨を断つどころか骨に届いてすらいなかったのだ。


 だがベリアルがわざわざ真正面から鬼の注意を引きつけていただけあって、座敷童と河童はそれぞれ鬼の左右の足に取りつく事ができていた。


 河童は鬼の右足首を掴んで怪力で持ち上げ、座敷童は左の足首へツチノコをフルスイング。さらにミートの瞬間にツチノコは大きく口を開けてナイフのような牙でアキレス腱を切り裂いた。


 鬼がゆっくりと前のめりに倒れていく。

 片足のアキレス腱を断たれ、さらに逆の足を取られては踏ん張る事もできなかったのだ。

 だが鬼の頑強な肉体は所々、尖っている岩の地面に叩きつけられても傷突く事はない。すぐさま膝を立てて周囲の状況を把握し、それ以上の攻勢を防ごうとする。


 それこそがベリアルが作ろうとしていた状態であるとは知らずに。


「く、クソがッ!」

「今だ! “神の御業”を見せてやれ!」

「……な!」

「ッシャアアアアア!!」


 鬼は視線を左右に巡らせて河童と座敷童が距離を取った所を確認したところでベリアルの声を聞き、慌てて視線を正面に戻した時、すでに鬼が立てた膝の上に少女が飛び乗って鬼の顎へと突き抜けるような膝蹴りを叩き込んでいたのだ。


 電光石火の一撃は鬼の下顎を数本の歯とともに完全に砕き、さらに頸椎にも損傷を与えていた。


(……な、何が……?)


 今まで戦いに参加していなかった少女が何をしたのか?

 それを理解する前に鬼の意識は遠く消え去っていた。




「まったく、無茶しやがって……」


 鬼の顎へ渾身の膝蹴りを叩き込んだ後、ついに力を使い果たした咲良は岩盤の地面へと頭から落ちていったが、途中でベリアルが抱きとめたためになんとか地面と熱い抱擁を交わす事は避けられていた。


「ベリアルさん。助かりました……」

「はいよ。お礼は期待しておくさ」


 だがベリアルの火炎やサーベルでも大した損傷を与えられる事もできなかった鬼の顎を一撃で破壊した代償はけして小さい物ではない。


「咲良ちゃん! 膝が……」

「ふぁっ!? エラい事になっとるやん!」

「え? う、嘘!?」


 鬼の顎と同様、咲良の右膝もまた完全に砕けていた。

 ポタポタと膝から出血しているという事は折れた骨が肉と皮膚を突き破った開放骨折を負っているという事だろう。


「何や! 自分で気付いとらんかったんか!」

「……痛い」

「当たり前や!」

「何か、怪我に気付いたら、どんどんと脳味噌が痛みの信号を出してきた気がします……」


 咲良の様子を見てベリアルが溜め息をつくと咲良が身悶える。

 いわゆるお姫様だっこの状態。ベリアルのちょっとした動きが即、咲良に激痛をもたらす事になっていた。


(やれやれ……、畳か屏風を使って担架でも作ったらいいのだろうけど、帰りも危険が無いわけじゃあないだろうし、河童とシスターで大丈夫かな? ん……?)


 そこでベリアルは気付いた。

 何の意味があるのか戦闘中も鳴り響いていた三味線の音が消えていた事に。


「……おい、まだ終わったわけじゃあないみたいだよ?」

「ベリアル様?」

「それは、どういう……」


 ドス、ドス……。ドス。


 黒い。

 黒い何か。

 鞭のような、棘のような黒い何かが幾本も倒れた鬼の巨体に突き刺さっていた。


 原始原生生物の鞭毛のような柔らかさとしなやかさを持った何かの出どころを目で追うとゆっくりと前に出てくる三味線の奏者が。


 奏者の腕から剛毛のように生え出た何かが槍のように鬼の体を刺し貫いていたのだ。


 そして、あの大鬼の巨体をいとも容易く持ち上げ、黒い“何か”は鬼の体を軽く放り投げる。

 咲良たちにではない。


「不味い!」

「エレベーターが……」

「……!」


 投げられた鬼の死体はエレベーターの鋼鉄のドアを段ボールにようにへし曲げ、1目でわかるほどにゴンドラを破壊する。


 それは黒い人影だった。

 黒い何かは鬼を投げ付けた後、何事も無かったかのように奏者の腕へと戻っていく。

 奏者が前に出てくるにつれ、松明の炎で照らさていくが全身は黒いまま。

 光の反射すら拒むその黒い人影の顔に起伏は見られず、まるで脳が理解を拒絶しているかのようであった。

 咲良やシスター智子のような人間だけではない。河童や座敷童のような妖怪も、ベリアルのような悪魔ですら黒い人影の姿を捉える事ができない。


「……おい! ハゲ、御主人様を背負って階段から逃げろ」

「ベリアルはん?」


 ベリアルは黒い人影を睨みつけたまま河童に咲良を背負わせる。

 シスターにツチノコを持たせて、座敷童にデモンライザーを預けたところでゆっくりとベリアルは黒い人影ににじり寄っていった。


「ベリアル様!?」

「ベリアルさん、何を!?」

「ベリアルはん! 皆で力を合わせれば!」

「黙れ!」


 ベリアルの額にはじっとりと汗がにじんでいた。

 あの悪魔ベリアルの顔から笑みが消え失せて苦い表情をしている。

 それだけで目の前の敵がどれほどの難敵か咲良にも想像が付く。


「早く行け!」

「そんな!」

「私には……、今の私たちにはこいつには勝てない! だから早く行け!」


“黒い人影”の正体とは?

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