6-4
「あ、どうも。えっと……クリ……あ、栗田さん!」
「はい! 昨年の埼玉以来ですね」
彼は石動誠。デスサイズの変身者で改造人間だ。
さくらんぼ組では去年の埼玉ラグナロクの際に多数の人員を派遣し、そこで私と彼は出会っていた。
それにしても、以前とは印象がまるで異なる。去年の彼は深い闇が人の形をとったような剣呑な雰囲気を漂わせていた。ただ、無口でありながらも、よく気が利く優しい人だった。そのため、グングニール隊の人員や、同じ施設で働いていた自衛官の女性からは人気があった。「弟みたい」とか、「息子が生きていたら、このくらいかしら?」なんて言う人もいた。
ところが学校帰りのバス停で再び出会った彼は、女児向け特撮ドラマの主題歌を陽気に鼻歌で口ずさみ、大きなスーパーの袋と紙袋を持っていた。知り合いに会ったせいか満面の笑顔だ。
まるでイメージが違う。そういえば彼はすでに仇敵をきっちりカタにはめたのだったな。目的を達成するというのは、こうも人を変えてしまうのか。もはや殺害も辞さない恐ろしい死神はいないのか。
石動さんがベンチの私の隣に座る。
「鯛焼き食べる?」
「え? ああ、頂きます」
紙袋を開いて私に向けてくる。中の鯛焼きを一つ取って頬張る。
「あ、この鯛焼き、美味しい……」
「でしょ! ウチの学校近くの商店街の端の方にあるお店のヤツで、こないだアーシラトさんがおしえてくれたんだ!」
その鯛焼きの皮は香ばしく硬めに焼きあがった生地が蒸らされていてしっとりしている、中の餡もしっかり甘くて小豆のコクが強いのに、後味はあっさりしている。仮に緑茶と合わせたら、餡の後味をすっきり緑茶が口の中を洗い流してくれるだろう。そして鯛焼きの次の一口も美味しく頂けるだろう。くどい餡ではそうはならない。
「今度、私も行ってみますね! ところで……」
「うん?」
石動さんが首を傾げる
「石動さん、こちらに引っ越してらっしゃったんですか?」
答えは聞くまでもない。石動さんが着ているのは近くの公立高校の制服だ。極々、普通の。
「うん! つい最近ね。地元でやるべきことは残業も含めて終わったし、地元だと思い出すことも多いからね……それに米内さんも言ってたでしょ?」
「ああ、先代が! そういえば言ってましたね~!」
先代組長も埼玉で石動さんと会ってたな。確か……
『ガハハ! 誠の兄ぃに荒事は向いとらんわ! 外道共にブチ食らわしたら、H市に越してきぃ! なぁ~にH市にゃ、ようけヒーローおるけ。兄ぃが汚れ仕事する必要なんぞ無いわ! なんならワシが兄ぃの事、守ったろうかいの!』
とか言ってたっけ。石動さん、覚えてくれてたんだ。赤夢市で亡くなった先代の事を覚えてくれている人がいてくれて嬉しくなる。
先代は確かに口より手が早いところがあったけど、面倒見がいい人だったんだよな。
「ホント! 良い町だね~。越してきて良かったよ!」
「くす、随分とご機嫌なご様子でしたね。何かいいことでも?」
「うん! こないだね、その鯛焼きの商店街を襲った宇宙人をやっつけたら報奨金が出てさ。それが振り込まれてたから奮発して和牛を買っちゃったよ! 何せ、11体もやっつけたからね~」
笑顔でスーパーの袋を持って見せる石動さん。
「ああ、先週、騒ぎになってましたね。私たちも出入りの準備してたら、もう解決したって言われて……、アレ、石動さんだったんですか?」
「あと、アーシラトさんとクラスメイト二人とね! クラスメイトの二人は避難誘導とかで報奨金は出ないみたいだから、明日、学校にお菓子を持ってってあげるんだ~」
本当にイメージが狂う。こんなに陽気な人だったんだ……
「あ、そのクラスメイトの一人が明智君でさ。栗田さんも去年、埼玉で一緒だったでしょ?」
「明智って……明智元親さんですか?」
去年は明智さん、石動さんのことを恐れている様子だったけどな? クラスメイトって大丈夫なのかな?
「うん! その明智君。 いやあ~、最初は知らない町に引っ越すの不安だったけど、意外と知り合いとか、その家族の人とかと会えて嬉しいよ。今日も栗田さんに会えたしね!」
「ええ、これからよろしくお願いします」
「そういや知ってる? 2高の今の生徒会長、譲司さんの娘さんなんだよ!」
「ええ!? あのヤカラの!?」
「女子中学生にヤカラ呼ばわりされるなんて、あのオッサン、何やったの!?」
笑顔から急に驚愕の表情に変わる。面白い。
「いや、死んだ人の事を悪く言いたくないですけど……先代なんか『誠の兄ぃが傍におらんかったら、木刀しょわせちゃるとこじゃ!』って言ってましたよ?」
「よ、米内さんの木刀って斬れるよね?」
「ええ。先代の木刀より切れ味がいい刃物って、石動さんの時空断裂斬くらいなものじゃないでしょうか?」
「ええ…………」
「……」
「栗田さん。そ、その……もし、ウチの生徒会長に会うことがあっても、その話は内緒でお願いします!」
「クスっ、分かりました」
何だかんだ言って、石動さん、あのヤカラとよく一緒にいたっけ。話を変えてあげよう。
「それにしても宇宙人11体とは豪気ですね。報奨金も結構な額になったでしょう」
「うん! 33,000円でした」
「は……?」
「それにしてもH市って凄いよね~。先週の中頃の分がもう振り込まれてるって。手慣れているというか何というか」
「え? いえ。安すぎません?」
自分で言って、ある可能性に思い当たる。
「……もしかしてプライズム星人ですか?」
「うん、そうだよ?」
「あちゃ~、石動さん、プライズム星人ってのは過去に1000体ほど纏めて撃破されているんです。それもたった一人に。なので、予算の都合というか何というか……その、危険度の割に報奨金が安すぎるって評判なんですよ」
その1000の異星人を一瞬で撃破できるような魔法少女が恒常的に確保できないからこその魔法少女の組織化だった。
「そ、そうだったんだ。最初はなんか害獣駆除並みのお値段だなぁとは思ったんだけど、大量の和牛をカゴに入れたら、どうでも良くなっちゃってた……」
「あ、いえ。水を差すような事を言ってすいません。あ、彼らって傭兵じゃないですか? その雇い主の方は? 雇い主の方なら『傭兵を雇って侵略活動をする危険な敵性宇宙人』ってことで査定がプラスになりますけど……」
「親玉いなかった……」
さっきまでの陽気が一転、落ち込んでしまう。表情がころころ変わって本当に面白い人だ。
「ところでさ、今の組長ってもしかして、栗田さん? 凄い業界の事に詳しいよね」
「いえいえ、私じゃなくて山本さんですよ」
「あれ? 山本さんって栗田さんの後をいつもくっついてた子?」
「はい! まだ1年生だったのに大抜擢ですよ!」
去年の3年生は先代も含めて全員、戦死していた。皆、後輩や共に戦う仲間、あるいは見知らぬ人の盾となり死んでいった。ヤクザガールは皆、口下手なものだが彼女たちは自分の命で「魔法少女の任侠道」を指し示していった。
その後、生き残った10人弱の魔法少女たちの中から跡目を決めたのだが、それが現組長の山本さんだ。
石動さんに自分たちの組長を覚えてもらっていたことで少し鼻が高くなる。
「私は本部長をやらせてもらってます」
「じゃあ山本さんと栗田さんで組は安泰だね!」
「あ、いえ……」
放課後のやりとりを思い出してしまった。せっかく楽しく弾んだ気持ちが、急降下していくような感覚を味わう。
「ん? 何かあったの?」
「実は…………」
私は日曜から今日の放課後までのことを石動さんに打ち明けていた。
「……そっか」
何も言わずに最初から最後まで話を聞いてくれた石動さんは、私の話が終わると一言だけ呟いて考え込んでしまう。
「大変だったね……」
少しの時間を置いてから口から出た言葉は、私への労いの言葉だった。
「そりゃ怖いよねぇ~。宇宙人のUFOにピストル撃ってこいだなんてね~。その栗田さんの後ろに乗ってた小沢さんって『2丁拳銃のザワ』さん?」
「はい……」
「あ~、あの子も大人しそうな人なのになぁ。……覚えてる? 譲司さんが小沢さんにリボルバーのメリットについて長々と語ってたの。迷惑そうにしながら、結局、最後まで聞かされてたっけな~。ヤクザガールズはマカロン半自動拳銃しか使わないのに……」
「そういうこともありましたね……」
「……なんか、あのオッサン。とんでもないヤカラの気がしてきたんだけど。自分の娘よりも若い子捕まえて何をやってんだか……」
「クス! そうですね。」
「ゴメン! 僕もさ、君たちヤクザガールの面子とかよく分かんないんだけどさ。一度、一度だけ山本さんと話し合ってもらえないかな? それも誰の目も届かないような所で二人っきりでさ」
「え?」
「栗田さんの気持ちも分かるけど、山本さんが間違ってるとは思えないんだ」
「そんな……」
「栗田さんと小沢さんのやった事を『そんなこと』って言ったのは悪いと思うけど、『何かあったら困る』ってのは僕も間違いだとは思えないんだよね」
石動さんは眉間に皺を寄せて、考えているのか、言葉を選んでいるのか……
「山本さんもさ、去年の埼玉で可愛がってくれた三年生の先輩を全員、亡くしているわけじゃない。だからさ。仲間を失うかもしれないって事に凄く敏感になっちゃってるんじゃないかな? そういう山本さんが少数精鋭のメンバーを選ぶとしたらさ、やっぱり役職とか関係なく『流星のアズサ』と『2丁拳銃のザワ』なんじゃないかな?」
「『流星のアズサ』って……。やめてください。私なんか箒にのるのが少しだけ人より上手いだけです」
「先代も言ってたじゃん? 音の壁を武器にする史上二人目の魔法少女で、現役では栗田さんしかいないって」
「私なんか急降下時にだけ音速に達する程度です」
「ああ、それで『流星』?」
「そういうことです。それだって怖いのを山本さんの手前、無理して飛んでたんです」
「『若いモンの手前、かっこつけにゃあならん!』ってヤツ?」
ラビンと同じくことを石動さんは言うが、私の心境に近いのは石動さんの方だった。私がカッコつけたい「若いモン」は山本さん一人だった。
「はい……」
「それも含めてさ。二人きりで話し合ってほしいんだよ」
「そういうことですか……」
小腹が空いたのか紙袋から鯛焼きを一つ取り出して頬張る石動さん。次いで私にも紙袋を差し出す。「もう一つ」ということか。頂こう。本当に美味しい鯛焼きだった。それに何だか甘い物を食べたい気分だった。
2個目の鯛焼きは少し冷めていたが、ほんのり温かいのが嬉しい。
「だってさ~。去年の栗田さんと山本さんを見てたらさ~。山本さんがUFOの襲撃を『そんなこと』って言っちゃう気も分かる気がするんだよね!」
「そ、そうですか?」
「栗田さん。羽根付きの大軍が迫ってきた時だって、『纏めて殺るのに都合がいい』って言って急降下で突っ込んで蹴散らしてたじゃない? 小沢さんも両手のマカロンで四方八方から来る邪神の触手に魔法弾を撃ち込んでたじゃない?」
「それは!……」
「うん。本当は怖かったんだよね。きっと小沢さんも。だったら伝えないと!」
「はあ……」
「僕さ、兄ちゃんが死んだと思ってた頃、丁度、栗田さんたちと出会った頃はさあ。何ていうか……自分で言うのも恥ずかしいんだけど、自分の殻に閉じこもってた感じでさ。ヒーローのいろはを教えてくれた殺人鬼の人にも、技を教えてくれた譲司さんにもお礼を言えてないんだよね……」
ん? さつじんき? 何のことだ? 殺人鬼!? まさかね! 聞き間違いか何かの隠語だろう。そしてそれは話の本筋からすれば些細なことだろう。スルーしよう。
「僕はそれを凄く後悔してる。二人共もう死んじゃっちゃったからね。お礼を聞いてもらうこともできないんだ」
「もう一人の方は分かりませんけど、譲司さんなら大丈夫じゃないですか? 譲司さんは石動さんと一緒に面白おかしく生きて、それで満足だったと思いますよ。何も言わなくても大丈夫ですよ!」
「そうかな?」
「はい!」
「ありがと! でも、栗田さんと山本さんはそうじゃないみたいだね」
「そうですね……」
よし! 決めた!
私は鯛焼きの尻尾を口に放り込むと、立ち上がって石動さんに宣言する。
「私、決めました。山本さんとしっかり話してきます!」
「え? あ、そう! 決断が早いね」
「山本さんだって組長になって先代から預かった組の存続を考えなきゃいけないのに、昔からの友達の私が『辞めたい』なんて言ったら、裏切られたように感じたのかもしれません! 私も山本さんにカッコつけたくて、ずっと無理してたって打ち明けてみます!」
「そ、そう。頑張ってね!」
「ありがとうございます! 石動さんに話を聞いてもらえて、何だか少し楽になりました!」
一礼をして、その場を立ち去る。善は急げだ。この時間なら学校よりも山本さんの家に直接、行った方がいいだろう。
「く、栗田さ~ん。塾は~?」
可笑しなことを言う人だ。
「塾なんて真面目に行くヤクザガールがいると思いますか?」
6話は終了です。
なお本作の世界では普通のヤクザは絶滅してます。
という設定です。
本作を創作して思ったことですが、
書いてて「あ、このキャラ動かしやすそうだな……」と思ったキャラほど、すでに死んでいるという不具合。
マーダーヴィジランテ、譲司、先代組長なんかがあたります。
共に行動原理が(作者の中で)ハッキリしているキャラ、
何やらかしても許されそうなキャラでしょうか?
では、また7話で




