デモンライザー サクラ対風魔忍者軍団 1
黒い人影と赤い人影が話をしている。
暗い部屋だった。
その部屋の壁や天井には窓などは見当たらず、照明は壁に掛けられている幾つかの松明ばかり。その震える炎ですら深い闇の前ではいかにも頼りない。
赤い人影は照らす炎よりも赤く、黒い人影は赤い炎に照らされてなお漆黒の闇に包まれていた。
「それでは、標的は例の少女に変更を?」
「うむ」
黒い人影に跪いてなお、赤い人影の発達した肉体は隠しきる事ができない。
頭部から足の指先まで鍛え上げられている筋肉の塊といった印象の大男だったが、中でも背中から盛り上がっているようにすら思える広背筋は目を見張るべきものがあった。
その広背筋を打撃用筋肉として見るならば、なるほど太い足の指すら地面とのグリップを得るためのアンカーなのだろうと納得できる。それほどに鍛え上げられた肉体だった。
筋肉の発達を見る事ができるように、赤い大男は腰に巻きつけた毛皮以外、衣服とおぼしき物を身に着けていない。
さらに大男の頭部からはいかなる幻のいたずらか、2本の角が生えているようだった。
「しかし、恐れながら例の少女、強力な悪魔を使役するとか……」
「殺せばよかろう? 我らが欲しいのは少女のみ」
その類稀なる筋肉の鎧を纏った赤い大男が黒い人影に怯えている。
黒い人影は男とも女とも取れぬ、いや人なのかも怪しい声であったが、ひどく冷たい調子の言葉を話していた。
「少女1人、手に入れられぬのか? なんなら廃業するか? 歴史ある『風魔』と言えど、無能がその名を騙ってはむしろ先達への冒涜であろう?」
黒い人影はけして声を荒げる事はなかったが、明らかに怒っていた。
すでに赤い大男の配下は1度「魔力を持つ人間」の拉致作戦を失敗していたのだ。
次は無い。
風魔軍団には「三度目の正直」などという甘い言葉は存在しないのだ。
月曜日、咲良は中学校から帰ると昨日と今日の分の新聞を漁っていた。
子羊園では毎日、全国紙と地方紙の2つの新聞をとっていたが中々にお目当ての記事は見当たらない。
ふと地方紙の1面、見出しの欄を見ていると目当ての物を見つけたのでそのページを探してみるがそこには切り抜かれた後が。小学生組の誰かが学校の課題で使ったのだろう。
新聞が駄目ならテレビのニュースならどうだろうとリビングスペースに行くと、そこには5歳児を膝の上に乗せてソファに腰掛けたベリアルがいた。
ベリアルと5歳の女児はテレビで特撮ドラマ版「魔法の天使 プリティ☆キュート」のDVDを見ていたのだ。
「ただいま帰りました」
「うん。おかえり、御主人様」
「あの~、テレビを使っている所、申し訳ないんですが2、3分だけニュース見させてもらえないでしょうか?」
「えぇ!? そりゃ、私は御主人様に使役されてる身だから何とも言えないけどさ! 御主人様はレイカが楽しんでプリティ☆キュートを見ている邪魔がしたいっていうのかい!?」
ベリアルは膝の上に乗せた女児の頭をポンポンと軽く撫で付けながらそう言った。
傍から見ていると5歳の女の子を大人が面倒を見ているように見えるだろう。だが実の所、特撮ドラマに首ったけなのはベリアルの方だった。
かつてベリアルと戦ったアスタロト。
アスタロトは人々の祈りにより僅かばかりの神格を取り戻して「アーシラト」の名を取り戻す。
そして「悪魔では神に勝てない」という単純至極な自然法則によりベリアルはアーシラトに敗れていたのだ。
さらに特撮ドラマ「魔法の天使 プリティ☆キュート」の中期シリーズに登場する悪役、四ツ目婦人はアスタロトをモデルとした人物で、四ツ目婦人の着せ替え人形がそのままアーシラトの偶像として機能するほどに両者は良く似ていた。
ようするにベリアルは宿敵であるアーシラトに勝ち目が絶対に無いために、彼女をモデルとした四ツ目婦人が毎回のようにブッ飛ばされる「プリティ☆キュート」を見て溜飲を下げていたのだ。
そのため「劇場版Ⅰ」を見た後は興奮冷めやらぬといった具合で満足気にゆっくりと溜め息をついていたし、「劇場版Ⅲ」のクライマックスでプリティ☆キュートと四ツ目婦人が共闘した時などはギリギリと歯ぎしりをさせながら悔し涙を流していた。
「まぁ、御主人様も少しは大人になって。後、10分もしないで終わるからさ」
「そういうことなら……」
女児向けの特撮ドラマに夢中になってる者に「少しは大人になれ」と言われ、釈然としない思いをしながらも咲良は待つ事にする。
待っている間、咲良がふと出窓の外を見ていると園長先生と河童、座敷童の姿が見えた。
園長先生は背を向けているために表情が見えなかったが、河童も座敷童もいつになく真剣な顔をしているように思える。
気になった咲良は外に出てみる事にした。
「園長先生、カッパさん、座敷童ちゃん、ただいま~」
「あら、咲良さん、丁度いい……」
「サっちゃん、ニュース見たか?」
「モーター・ヴァルキリーってヒーローの話ですか?」
「せや!」
それこそが咲良が新聞を漁ったり、ニュースを見ようとしていた理由だったのだ。
咲良が学校で級友から聞いた話によると、日曜の朝、H市某所にて「モーター・ヴァルキリー」なるヒーローの遺体が見つかったという。詳しい死因こそ分からなかったがどうやら殺されたらしい。
そして、そのモーター・ヴァルキリーが死ぬ直前まで追っていたのは「風魔軍団」という忍者組織らしい。
「昨日、魔法少女とドンパチやっとった忍者もその『風魔軍団』らしいんや!」
「やっぱり……」
「それで咲良さん、学校の帰り、シスター智子を見ませんでしたか?」
「いえ、どうかしたんですか?」
「そうですか……。いえね、昼過ぎにお使いを頼んでからまだ帰ってきてないのよ……」
すでに昨日の日曜、ヤクザガールズと忍者集団の戦闘に首を突っ込んだ事は園長先生に報告済みだった。
そして、ニュースで流れてきた「風魔軍団」を追っていたヒーローの死亡。
園長が不安になるのも分かる。
シスター智子は少なくとも咲良が子羊園に来た時にはすでにいたシスターで、朗らかな笑顔と献身的な態度で子供たちに慕われている人物だった。園長先生はたまにシスター智子を「もっと毅然とした態度を……」と叱っている事もあるが、それでも虐待を受けて子羊園に来た子供がまず最初に心を開くのはシスター智子というのは珍しい事ではない。
今日、園長先生が頼んだお使いというのも普段ならば1時間そこそこで帰ってくるような用事で、それが夕方近くになるまで連絡も無しで帰ってこないというのは考えにくい事だった。
「……! セイッ!」
園長と咲良がどうしたものかと俯いて考えていると、不意に座敷童が腕を風車のように回して咲良の真後ろに向けて手にした毬を投げる。
どこまでも飛んで行くかと思われた毬は咲良の真後ろで急に勢いを失って地面に落ちる。
だが、落ちた毬に何か細長い物が突き刺さっていた。
「……これは、矢文!?」
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