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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第35話 デモンライザー サクラ
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幕間 べりあるさん その3!

 暗い。

 深く、暗い場所だった。


 高い天井はかがり火の光を薄め、燃料として使われている獣脂の匂いがむせ返るほどに立ち込めているのに何故か炎の明りは暗闇に負けているような印象すら覚える。


 誰が作ったのかも知れぬ広大な石組みの堂内、それぞれの角に台座に据えられたかがり火が。そして調度品など何も無い堂内の中央には1人の女性がその時を待っていた。


 女性が纏っている衣服の素材を見れば彼女がやんごとなき身分である事は誰の目から見ても明らかだったが、それにしては衣服の作りは質素で装飾のような物は見られない。


 その女性は床の石畳の冷たさに耐えながらも入り口に背を向けて跪き、両手を胸の前で握り合わせて祈っていた。

 祈りの言葉は無い。

 ただただ一心不乱に恐怖を振り払おうとしているのか痛いほどに両手を握り込み、震えを抑えようと両の肘を胸に押し付けて耐える。


 それ自体が責め苦であるかのような長い時間、女性はそうやって祈っていた。

 やがてかがり火の燃料が残り少なくなったのか、いよいよ炎が小さくなっていった頃、女は乾いた空気に潮の匂いが混じった事を敏感に察知した。

 長い間、暗い空間にいた彼女の感覚器官は鋭敏になっていたのだが、かえってそれは彼女の恐怖を煽る事にしかならない。


 潮の匂いはすぐに強く濃厚になっていき、女が気付いた頃には石組みの壁面は瞬くように輝きを放っていた。

 石と石との隙間という隙間から水が染み出してきて、濡れた壁面がかがり火の明りを反射しているのだろう。

 潮の匂いから水は海水なのだろうという事は察しがついたが、この場所は砂漠のド真ん中。いかなる神秘の故かは女性には想像すらできない。


 だが“答え”の方から女性の前に姿を現す。


 海の向こうの都市国家(ポリス)の連中が食するような海の8本脚の軟体生物と人間の合いの子のような影が壁の至る所に現れたのだ。

 冒涜的に蠢く物陰に、狂ったように上下する太い触手。

 女性にとっては顎を固く閉じて歯がぶつかり合って鳴る音が響かないようにすることだけが最後のプライドを守る手段であった。


 やがて異形の集団から1体の化け物が女性の前に進んでくる。

 灰色のぬめった頭足類の肌におぞましいまだら模様が付いた異形。

 手足こそ人間と同じく2本ずつだが、老人の長い髭のように口の周りには太い触手が垂れ下がっていた。


 その異形は女の前で両手を広げて高く掲げ、それと呼応して口の周りの触手が持ち上がると、触手と同じように蛸のクチバシが現れる。

 そして横開きのクチバシが大きく開かれると耳をつんざく奇声を発した。


 それは祝詞だった。

 ただの叫声としか思えない物であったが確かに声には抑揚があり、周囲の異形たちも女の前の化け物と同様に両手を天に掲げている。

 異形の者の異形の神への祝詞。

 贄を捧げるために祝詞。


 そう、女性は化け物たちの生贄であった。

 女の彫りの深い顔は恐怖で青ざめ、目からは大きな1粒の涙が零れる。

 覚悟はしていたハズだった。

 だが、高貴な者ゆえの覚悟とは別に人間としての本能的な恐怖は振り払う事ができずに頬をぬらしていたのだ。


 やがて祝詞は終わったのか、異形は女にゆっくりと手を伸ばす。

 刃物も使わずに女を素手で引き千切ろうというのか異形の手には太く鋭い爪が生えていた。


 だが、突如として何者かが駆け込んできた足音がしたかと思うと女と異形との間に割り込み、薄汚れた白いマントの物は手にした杖で異形を打ち据える。


「……そなたは!」

「ちょっ! 何してんスか! シバさん!!」


 異形の反撃を避けた時にマントのフードは落ちて乱入者の顔が露わになった。

 人の良さを隠そうともしない顔立ちに意思の強そうな瞳をした青年。

 女性の良く知る青年がそこにいた。


 青年は手にした黒と金の杖で異形と戦いながら呆けたような顔をした女性に叫ぶ。


「シバさん! 貴女、夢があるって言ったじゃないっスか!? こんなバケモンのディナーになるのがその夢だとでも言うんスか!?」

「……んなワケがなかろう。だが……」

「何でそこで諦めちゃうんですか!?」


 青年はそれなりに戦闘訓練でも積んでいるのか手にした杖を使って異形と互角に戦っているが、異形も口の周りの触手を伸ばして鞭のように振るうと青年は回避のために石畳の上を転げ回ってマントを砂ぼこりと海水で黒く汚していた。

 青年の身分を考えれば有り得ないような泥臭い戦いだった。


「もう良い。妾が贄になれば済む話ではないか!」

「誰かが夢を諦めて犠牲にならなきゃいけないなんて間違ってる!! そうしなきゃいけないと言うのなら俺が変えてやる! たとえ“悪魔”の力を借りてでも!」

「……そう、か……」

「さあ! 教えてください! シバさんの夢ってなんなんですか!?」


 青年の声に、石の上を転げ回っては隙を見て異形に飛び掛かる青年の姿に女性は自らの胸の内に熱が戻ってくるのを感じていた。

 後は熱い魂のままに青年の問いに答えるだけだった。


「妾は……! 妾はロリショタ逆ハーレムを作りたい!! 可愛い子に囲まれて過ごしたい!!」

「…………」

「ど、どうした?」

「う~ん……。まぁ、いいか……」


 そういえば前にこの人、いきなり少年少女を6000人ほど送りつけてきた事があったなと青年は思っていた。アレも女性の中では好意的な贈り物だったという事か……。


 青年はマントの前をはだけ、腰にベルトで取り付けたカードホルダーから2枚のカードを取り出す。

 意識を集中して杖の上部に光り輝く魔法陣を出現させると手にしたカードを読み込せた。


「我が名において姿を現せ、以下略!」


 2枚のカードを読み込ませるとそれぞれ空中に放り投げた。

 白く光りを放つカードは霧散して変わりに新たに2体の異形が姿を現す。

 蛇の下半身に頭部には2本の角と4つの目を持つ異形と褐色の肌をした男装をした女性の異形。


「女1人をこんな人数で囲んで……、気に食わねぇな!」

「こいつら調子コいてるね! 私はこういう奴らの顔が一瞬で恐怖で歪むところが大好きなんだ!」

 ………………

 …………

 ……




「んん……。ああ、夢か……」


 ベリアルが目を覚ますと目の前に広がるのは青い空に白い雲、そして燦燦と輝く太陽だった。

 子羊園の園庭に設置された古いベンチに腰掛けたままベリアルは眠ってしまっていたようだ。


 古い夢を見たと思う。

 悪魔である彼女は人間のように加齢によって老け込んでいく事はない。

 だがベンチで足を組み、背もたれに両肘を乗せた状態で寝てしまったために全身が強張ってしまってまるで自分が老人になってしまったかのようだった。

 人間も老いた時にはろくに動けなくなった自分と夢の中の自分を照らし合わせて感傷的な気分になるのだろうか?


 もっとも彼女の現在の状況はあまり悪いものではない。

 現在の主、咲良という少女はこないだの「ハドー総攻撃」とやらでベリアルに少しは気を許したのか、「悪い事は絶対にするな」と厳命した上でこうやって自由を許すようになっていた。

 もっとも調子に乗り過ぎてカードに戻される事もしばしばだったのだが。

 それはともかく、今日もこうやって悪企みには絶好の晴天の下で考え事をしている内に眠ってしまっていたのだろう。「悪い事はするな」とは言われたが「考える事もするな」とは言われてはいなかった。


「ああ、ここにいたんですか?」

「ん~、どうしたのさ、御主人様?」


 ベリアルが強張った体を伸ばしたり曲げたりしていると咲良がやってきて声を掛けてくる。


「市の災害対策室の方が登録の件で来られてたんですが、お土産にドーナッツをどっさり頂いたのでベリアルさんもどうかと思いまして……」

「いいねぇ!」

「チョコレートのかかったヤツを寄せてますよ」

「ありがとさん!」

「その前に少しいいですか?」


 ベリアルの返事を待たずに咲良は隣に座っていた。


「なんだい?」

「少し、聞きたいんですけど……」

「うん。どうぞ?」

「ベリアルさんはまだ悪い事をしたいですか?」


 咲良の顔はベリアルの事を見ていない。

 園庭で遊ぶ年少組の子供たちを眺めていた。

 咲良は人と話をする時に相手の顔を見ないというのは失礼な事だと分かっていたが、それでもベリアルの返答が怖かったのだ、


「うん。御主人様は悪魔というモノについてあまり詳しくないようだから教えてあげるけど、『したい』とか『したくない』とかそういうんじゃないんだ。悪魔というのは」

「アーシラトさんはアスタロトだった頃でもたまに良い事をしていましたよ?」


 もっとも良い事以上に「悪い事」「迷惑な事」をやっていたのだが。


「ハハ! アイツの話は止めてくれよ。でも、ま、それはアイツが『自由に、自分の好き勝手に生きる』悪魔だったからさ。私は『悪意』の悪魔。前提条件が違うのさ!」

「そう……でしょうか……」

「おいおい! そんな顔をするなよ! 私の『悪意』をどこに向けるのかは御主人様次第なんだよ?」

「私ですか?」

「その点、こないだのハドー戦の時は良かった。私も伸び伸びと思う存分にやれたしね」


 思う存分にやり過ぎて腹を壊す事になっていたのだが、そんな事は必要経費のようなものだとベリアルは思っていた。


「責任重大ですね」

「そうか? どうせ私みたいな悪魔が相手なんだ。ある程度は諦めたら?」

「そうはいきませんよ」


 以前に聞いた話だと咲良はベリアルという悪魔に襲われ、アスタロトという悪魔に救われた事でエクソシストを志す事になったのだという。

 エクソシストとして悪魔との戦いの最前線に赴き、そこで救える者、導ける者がいるのならば力になってやりたいという。

 その道は困難でまともな魂ではベリアルが堕とす前に砕けてしまうだろう。


「悪魔なんて私を含めてロクな奴はいないよ」

「それでも、です」

「悪魔に手を貸したらあんたも悪魔として人間の敵になるよ?」

「あ、それは大丈夫です」


 ベリアルは敢えて突き放す言い方をするために「御主人様」ではなく「あんた」と咲良を呼んだ。

 人間は結局、自分の足で立ち上がるしかない。他人にはその手伝いまでしかできない。

 言外にそのような思いを込めて警告したつもりだったが、咲良はあっさりとした調子で返してきた。


「あそこで遊んでいる子たちの真ん中にいる大人の人、いるじゃないですか?」

「ん? そういや、あの人、たまに見かけるけどシスターじゃないよね?」


 咲良が指差した方にいたのはまだ幼い子供たちに群がられいるパーカー姿の女性。

 彼女が子羊園を運営する修道院から派遣されてきたシスターならば修道服を着ているハズである。


「ええ、あの人、ちょくちょく来ては子供たちと遊んでくれる人でシスターたちも助かってるそうなんですが……」

「ですが?」

「自分は『悪の組織の一員だ』なんて言ってる頭のおかしい……いえ、おツムの可哀そうな人なんですよ」

「は?」


 ベリアルは自分の耳がおかしくなったのかと思った。

 それほどにおかしな事を咲良は言っていたし、それをサラっと流そうとしているあたり聞き間違えを疑うのも無理はない。


「え? 何? どゆこと?」

「私はあまり話した事がないんで詳しくは知らないんですけど、子供たちからは『ディーコちゃん』とか『イチゴちゃん』とか呼ばれてる人なんですけど……」

「いやいや! 名前なんてどうでもいいだろ!? そんなおかしい奴、子供たちに近づけちゃ駄目だろ!?」

「でも、良い人ですよ?」

「おかしいって!!」


 今日び、小学生だってGPS機能付きのスマホを持ったり、通報機能付きの防犯ベルを持ったりする時代だ。

 とても狂人に子供を任せていいとは思われない。

 だが咲良は慌てるベリアルの顔を見て軽く笑顔を作った。


「大丈夫ですって。ベリアルさんはここ(子羊園)を『孤児院』なんて言いますけど、正しくは児童養護施設なんですよ」

「だから何だっていうんだよ!」

「私みたいに両親を失った子だけじゃなく、何らかの理由で親元で暮らせなくなった子とか、実の両親から虐待を受けた子だっているんですよ。そういう子って凄く怖がりで、悪意とか苛立ちとかに敏感なんですけど、ディーコさんのそばにいればどんな子だってすぐに笑顔になっちゃうんですよ」

「だからって……」

「良い人ならおかしい人でも許される。それがこの町なんですよ」


 それから咲良は改まったように体の向きをベリアルに対して向き直し、真剣な表情を作って言葉を続けた。


「この街は改造人間だろうが、異世界の魔王だろうが受け入れてくれます。ていうかヒーローには結構な割合で“転向組”っているんですよ? きっと悪魔だって受け入れてくれますよ。ベリアルさんが1歩でも歩みよってくれれば……」

「……役に立ってる内は、だろ?」


 そう返すのがやっとだった。

 これ以上、咲良とこの話をしていると自身の存在価値すらおぼつかなくなってしまう。そう思ったベリアルはベンチから立ち上がって退散する事にした。


「……ドーナッツ、食べてくる」


 咲良もベリアルの気持ちを察したのかどうか、追いかけてくる事が無かったのがベリアルには嬉しかった。

深き者ども(ディープ・ワンズ)「どうも、児童相談所から来ました」

シバの女王「ひょえ~~~!!」

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