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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第35話 デモンライザー サクラ
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35-9

「待てや! オラアァァァ!!」


 走る座敷童を白イタチ怪人が追う。

 幼女の姿をした妖怪は降りしきる雨も濡れて足に纏わりつく着物も構わずに走り続けるが、追う獣人も小動物を狩るイタチのように執拗に追い続ける。


 座敷童は駆ける合間に履いている草履や手元に呼んだ毬を後ろの敵に目掛けて前を向いたまま勘で投げ付けるが、元より攻撃のためではない。少しでも追跡を遅らせるため、そして敵が自分の追跡を諦める事が無いようにおちょくっているのだ。

 その証拠に座敷童は笑っている。

 小銃弾から乗員を守る装甲車すら切り裂く爪を振り回し、巨象の頸椎すら断ち切る牙と顎から涎を滴らせながら迫ってくる獣人に追われながら座敷童は笑っていた。




「大丈夫ですかねぇ。座敷童ちゃん……」

「心配か?」

「ええ……」


 咲良が心配そうに呟く。


 座敷童と別行動をとっていた咲良たちであったが、作戦の立案者である咲良自身がもっとも不安そうにしている。


 根拠のある作戦ではなかった。

 河童は「少しでもイタチ怪人の素早さを落とせたら何とかなる」と言っていたが普段はのほほんと子供たちと遊びながら大ボラを吹かしたりしている彼の事であるし、ツチノコにいたってはそもそも何を考えているかすら分からない。


 そして座敷童だ。

 普段、子羊園で子供たちと野球モドキをして遊んでいる座敷童の足の速さを見込んで敵を引きつけてくる役を頼んだものの、ハドー怪人の追跡を振り切れるものだろうか?


「やっぱり敵を引きつけるのは自分がやれば良かったちゅう顔やな?」

「はい……」


 火災の炎や対空砲火の光の届かない暗闇の中、座敷童を待っている内に考えは悪い方、悪い方へと向かっていく。

 大きな爆発の音でもなければ音も届いてこないような場所だった。

 河童の言葉は咲良の図星を付いていてドキリとさせられる。


「信じて待つ。辛いかもしれんが、それも将たる者の務めや!」

「将って……」

「サっちゃんの立てた作戦に乗って、ワイらは命を賭ける事にした。ならサっちゃんはワイらの将や」

「……そう、ですね」


 河童の言葉を否定するのは今まさに命賭けで怪人を引き込んでくれている座敷童の思いを踏みにじる事と同じかもしれない。

 そう思って出かかった言葉を飲み込んで座敷童を待つ。


「ま! せやかて、心配っちゅ~んはしゃ~ないわな! ほな、昔話でもしよか!」

「昔話?」

「あれは昭和だったか平成やったか……」

「お、思ったより新しい話なんですね」


 河童が語る昔話というくらいだから江戸時代とか戦国時代とかの話かと思ったら、逆の意味で咲良は驚かされた。


「第1回日米対抗妖怪野球。その第5戦の話や」

「え? そもそも、その野球大会ってなんですか!?」

「サっちゃんは園長先生から人の話の腰を折るなって習わんかったか?」

「すいません」


 そもそもアメリカにも妖怪っているんだ? とかも聞いてはいけないのだろうか?


「まぁ、話を元に戻すけどな。その第5戦の日本のピッチャーがあの座敷童だったんや」

「え? ウチの?」

「せや、人間の野球やとウインドミルはボークにされるかもしれへんから使うモンはおらんがな、妖怪野球やと審判にサトリとかおるしな」

「へ、へぇ~……」


 そもそも野球に詳しくない咲良にとっては風車投法やらボークやらさっぱり意味の分からない話であるが、一応、審判に「心を読む」妖怪がいる事だけは分かった。


「そこで座敷童は全米代表を相手に26連続奪三振を取ったんや!」

「凄いじゃないですか! ……て、アレ? 野球って……」


 野球は3アウトで交代(チェンジ)、そして延長にならなければ9回まで。

 つまりゲームセットまでには27個のアウトを取らなければならないハズだ。

 そのくらいは咲良にも分かった。


「1個、足りない?」

「せや! 全米代表に「マッドガッサー」ちゅ~ケッタイな奴がおってな。0対0の状況、9回表にそいつの毒ガスを吸ってついに出塁を許してしまったんや!」

「毒ガスって……」

「妖怪野球やしな!」


 妖怪の世界にもジュネーヴ条約の導入が必要だなと咲良は呆れながら思う。


「で、座敷童のウインドミル投法は出塁した場合に弱いんや。それで1点、取られてしもてな。なんとか後続は凌いだものの9回裏の日本代表側の攻撃で点を取らんと負けっちゅう状態やったんや」

「まぁ、でも1人でそこまで投げれば凄いですよね?」

「ワイもそう思う。せやけど座敷童はそうは思わなかったんやろなぁ。そして2アウトの時に座敷童に打席が回ってきたんや!」

「え?」


 野球において投手の打撃力は貧弱。

 そのくらいの事は咲良でも知っている。人間のプロ野球においてもそうだ。

 そして座敷童の体は人間の5歳児くらいか? どう考えても得点に結び付く長打の期待できるような体格ではない。

 まぁ、とりあえず妖怪野球とやらには指名打者(DH)制が無い事だけは分かった。


「その打席で座敷童はフォアボールで1塁へ、まあ、これは体が小さい分、ストライクゾーンが狭くて投げ辛いからな」

「なるほど……」

「普通なら堅実に1番、2番の安打率が高い選手が繋いでいくのを期待するやろ? その時のベンチもそうやったんやと思う。でも座敷童は違ったんや! 監督の指示を無視してピッチャーが投球フォームに入るや否や走りはじめたんや!」


 チームスポーツにおいて監督の指示は絶対だ。

 それを無視してスタンドプレーに走るという事はチームプレーの否定に他ならない。ひいてはチームから干される事にも繋がりかねない。


「言いたい事は分かるで? せやけど座敷童は自身の失点は自分で取り返さにゃ気が済まんかったんやろなぁ……」

「そ、それでどうなったんです?」

「敵さんも膠着状態の後の値千金の先制点の後や、気が緩んでおったんやろな。ベンチからの堅実な策を無視した座敷童の選手生命を賭けた盗塁は投手の暴投を誘い、そのまま座敷童は2塁から3塁へ、3塁からホームへ一気に駆け抜けたんや!」


 呆気に取られていた咲良の顔を見て河童のクチバシがわずかに上がる。


「入ったのは1点や。せやけど試合の流れを決める1点やった。その後、全米代表のピッチャーは一気に崩れて逆転して日本代表は勝利したんや!」

「凄い……!」

「ベリアルはんが『悪意』の悪魔やというなら、座敷童の根性かて右に出るモンはそうおらんで? せやからサっちゃんは信じて待っとき? サッちゃんはワイらの監督やさかいな!」

「ハハ、それじゃカッパさんはウチのクローザーですね!」


 この作戦の肝は座敷童が怪人を河童のいる位置まで引きつけてこれるか、そして河童がハドー怪人に対して勝てるのかだ。

 河童の話で少しだけ気が楽になった咲良は感謝の意味を込めて軽く甲羅を叩いた。


「……ところでカッパさん?」

「なんや?」

「その試合の時、カッパさんはどこのポジションだったんですか?」

「ワイか? ワイはバックネット裏や」

「ん?」

「バックネット裏でキュウリ齧っとったわ」




 駆ける。

 転がる。

 走る。

 滑る。

 跳ぶ。


 すでに座敷童の着物は泥で真っ黒。

 数回のスライディングで裾は切れて、白い足には大きな擦り傷が出来ていて雨が染みる。


 座敷童は子供の妖怪である。

 成長する事がない幼児の姿のままで悠久の時を過ごしてきた。


 まだ幼い座敷童の体躯ではレスリングも相撲も空手も柔術も合気もありとあらゆる武芸は満足に使う事ができない。

 その座敷童がのめり込んだのが野球だった。


 無論、野球だって小さな体がハンディキャップになる事だってある。

 しかし体の小ささこそが利する事もあり、努力で埋められる事だってあるのだ。

 一度は選手生命を終え引退したものの彼女の闘魂は冷める事を知らずくすぶり続けていた。


 そんな最中、子供たちとの野球とも言えぬ児戯が主の目に留まり大役を任される事になったのだ。

 しかも相手は「超次元海賊ハドー」、相手にとって不足はない。ここで怯んでは日本妖怪の名折れだという強い気持ちがある。


 座敷童を追うイタチ怪人の爪は触れれば容易く小さな体を引き裂くだろう。

 だが、そもそも彼女は触れ(タッチ)られる事、すなわち“(アウト)”という世界にいたのだ。


 座敷童は小さな体は不釣り合いに大きな闘志を糧に腕を、足を動かし続ける。


「ええい! ちょこまかと!!」


 怒声とともに白イタチ怪人が突っ込んでくる。

 ここで決めるつもりか、着地後の次の1歩に続かない前のめりの一撃。

 だが、確実に座敷童に命中する軌道であった。

 座敷童はすでに全速力。さらに加速して逃れるという選択肢は無い。さらに右に逃げようと左に逃れようといずれも怪人の爪の軌道。


「……なっ!」


 座敷童は上に跳んでいた。

 白イタチ怪人は驚いたものの、すぐに気を取り直す。

 そう、上に跳んでも空を飛べるのでもなければ次がない。

 追い詰められたが故に子供らしい苦し紛れの一手。そうイタチ怪人は断じて落下を待ち構える。


 だが座敷童は跳んだ先のブロック塀の僅かな窪みにつま先を掛けて塀に飛び乗り、その上を駆け出していた。

 硬い土のグラウンドと柔らかい布製のベースも変わらずに駆け抜ける鍛え抜かれた足腰を持つ野球妖怪にとって細い塀の上とて立派なフィールドとなり得るのだ。


 そして幾つかの辻を越え、民家の庭先を越え、ついに座敷童に目的の場所が見えてくる。


 だが、まだだ。

 カッパたちが待ち構えているポイントまではもう少し。

 河川敷の傾斜をスライディングの要領で一気に滑り降り、イタチ怪人が追いかけてきている事を確認してから橋の下を目掛けて再び走りだす。


「待てや! ゴルゥアアア!!」


 イタチ怪人の怒声も昨晩からの雨で増水した川の轟音で聞こえにくい。

 座敷童は何度も振り返りながら敵を誘い出す。


(今です! ツチノコさん、カッパさん!)

(……!)

(おっしゃ! 任しとき!)


 大H川にかかる橋の下、周囲の明りの届かない暗闇にイタチ怪人が入った時、2体の妖怪が動いた。


 まずはツチノコがイタチ怪人の足元に飛び込んで躓かせ、間髪入れずに河童が怪人の足を取る。


「な、何だ!? お前ら!?」

「河童“と”川流れといこうや?」

「お、おい! 待て!?」


 河童は怪人の足を掴んだまま茶色く濁った川へと跳び込んだ。


「あばぁ! ぶぅあぁ!? お、おぼ……」


 半端な機関砲では毛ほどにも感じないというハドー怪人も水の中に引き摺りこまれては何もできないのか、それとも水の中というホームグラウンドに入った河童の強さか、イタチ怪人は何度か水の上に顔を出したものの暫くすると濁流から響いてくるのは水の音だけとなる。


 しばらくして咲良が大任を果たした座敷童を抱きしめて、目に涙を浮かばながら足の擦過傷をさすってやっていると、ペタペタと足音をさせながらイタチ怪人の溺死体を引き摺りながら河童が帰ってきた。


「お疲れ様です」

「お疲れ~! あんじょう上手くいったな! 2人もお疲れさん!」


 増水した夜明け前の川に飛び込んでいたというのに河童はいつもどおりの笑顔を仲間たちへ向けていた。

 座敷童が拳を河童に向けると、河童も握り拳を作って座敷童の拳と軽くぶつけ、さらにツチノコの頭の前に動かす。ツチノコも鼻先を河童の拳にぶつけて互いの健闘を称えたのだった。

座敷童に猛虎魂を感じる(確信)

V待ったなし!

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