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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第35話 デモンライザー サクラ
230/545

35-7

は~い!

ベリアルさん弱体化パッチ入りや~す!

はい! 喜んで~!

(居酒屋風)

 降りしきる雨の中でも燃え盛る炎は黒雲を赤く照らし出し、断続的に低く轟く爆発音と甲高く割れるガラスたちの音は何かの音楽のようでさえあった。


 その中で気が狂ったように笑う1柱の異形。

 その者の造形自体は人間と変わりがないというのに河童なんかよりも現実感が感じられない。

 少なくとも咲良にはそう感じていた。


「ア~ハッハハハッ!! 『火事と喧嘩は江戸の華』とは言うけれど、両方一緒に楽しめるだなんて『盆と正月が一緒に来た』ってかい!? いなせだね~!!」

「あの~……、ベリアルさん?」

「分かってる、分かってる!」


 高笑いを続けるベリアルが振り向いた時、カードから呼び起こした張本人である咲良ですら背筋が凍えるような笑みを浮かべていた。

 彼女の笑みに比べたら春のまだ夜が明けない時間に振る雨ですら暖かく感じられるだろう。


 そのまま悪魔は敵の方へ向き直る。

 先ほどの足を挫いた警官を仲間の警官に任せ、咲良はベリアルの背中から目を放せないでいた。


「君も早くにげるんだ! 車内の弾薬が誘爆するかもしれんぞッ!」

「さ、先に逃げてください!」


 自分はどんな顔をしていただろうと思う。

 警官は咲良の事を心配してくれたというのに随分とキツい顔を向けてしまったのではなかろうか?

 だが装甲車1台に収まっている砲弾など及びもしないほど危険なモノを自分は解き放ってしまったのだ。けして目を放すわけにはいかない。


(……ん? 何かしら……?)


 脳髄と胃をチリチリと焼く緊張の最中、咲良はベリアルの手から無数の赤い光点が飛んで行った事に気付いた。

 ベリアルと向かい合っているハドー怪人も戦闘ロボットも光点に気付いた様子は無い。


「……ベリアルはん、仕掛ける気やな」


 だが河童には見えていたようでそう言いながら咲良の前に出る。


 光点はゆっくりと怪人の後ろに控えている戦闘ロボット集団へと向かっていく。

 そしてベリアルは着弾に合わせるようにゆっくりと大仰な仕草で指を鳴らした。


「……!」

「な、なにが……!」


 その瞬間、戦闘ロボットたちは次々と爆発炎上していく。

 やはり怪人たちにはあの光点が見えていなかったように驚愕した表情を浮かべていた。


「カッパさん、今のは?」

「魔法や」

「魔法?」

「せや。隠蔽された爆裂魔法。魔力とか持たん(モン)には見えなかったハズやで?」


 河童は魔力を持たない者には見えないと言うが「それなら何で私には見えるんですか?」と咲良が聞く前にベリアルが動いた。

 まるでステップを踏むように2体の獣人との距離を詰めていく。


「貴様ァ! 何をした!?」

「アハハ! そんな怒るなよ。君たちはアレだろ? 自分よりも弱いヤツをいたぶるのが好きなんだろ? 私もそうなんだ! 気が合うだろ? 私たち」

「なっ……」

「それに私が見たいのはそんな怒った顔じゃない」


 2体の獣人の内、前にいたカエル怪人のすぐ横をベリアルは通り過ぎようとしていた。

 だが、カエル怪人の半歩斜め後ろでベリアルは豹変したように襲い掛かり、両腕を押さえ付けて頭部に噛みつく。


 ガリッ!!


 自動車がコンクリの縁石に乗り上げたような鈍い音が響いたかと思うとカエル獣人は大きく頭部を損壊して体液を撒き散らしながら倒れていく。

 咲良がベリアルの顔の正面にいたのなら彼女の口元が血液でも炎でもない別種のモノによって赤く光っていたのに気付いたであろう。それもまた「魔力」であった。


「貴様ァァァ!!」

「ま~だ違うなぁ……。私はねぇ! お前たちみたいな調子コいて下卑た笑顔を浮かべたヤツが一瞬で怯えた顔になるのを見るのが好きなんだ!!」


 巨大な口を大きく広げてワニ型獣人が飛び掛かってくるのを笑顔で迎えながらカエル怪人の肉を骨ごと咀嚼して喉を鳴らして飲み込む。


「そらッ!!」

「!?」


 重量級のワニ怪人をベリアルは一歩も動く事なくタイミングだけ合わせて受け止め、獣人の上顎に右手を下顎に左手を入れて無理矢理に開けさせる。

 そのまま全身の力を魔力によって増幅して姿勢を下げさせ、そこで一気に顎を引き裂いた。


「そう。その顔だ。私が見たかったのはその顔だよ! 嗚呼、良い……」


 うっとりとした顔をしたベリアルであったが、すぐに興味を無くしたのか、それとも新しい玩具を見つけたのか途端に冷めた顔になってワニ獣人を魔法で火柱へと変える。


「ねぇ、御主人様?」

「は、はい! お疲れ様です!!」


 現実逃避のつもりか河童の頭の上の皿に防災グッズのペットボトルの水を掛けていた咲良であったが、ベリアルから声を掛けられて現実に引き戻された。


「お疲れも何もまだパーティーはこれからでしょ?」

「……と言うと?」

「なんか空飛ぶ船がこっちに来るよ? わんさか爆弾撒き散らしながら。アレもこっちから手が出せないと思って余裕コいて笑ってやがんだろ~な~!」

「ど、どうしましょ?」


 先の集団は通信を行った様子はなかったが、咲良には分からない方法で連絡を取っていたのか、それとも発信機のような物が埋め込まれていて怪人の絶命を察知したのかハドー揚陸艇はまっすぐに咲良たちの元へと向かってくるという。


 だが咲良たちの背後の敵集団は今だ健在のようで、避難民たちの集団は咲良の15mほど後方で逃げる事もできずにただ茫然と立ち尽くしていた。

 ほどなくしてベリアルの言う「空飛ぶ船」が咲良の目にも見えてくる。

 確かに悪魔の言うとおり両舷のレールから樽状の爆弾を投下しながらこちらに向かって来ていた。

 このままでは咲良も避難民たちも揃って焼き殺されるよりない。


「何とかなりませんか、ベリアルさん?」

「いや、私もあんなに高くは飛べないよ」


 かつてベリアルがアスタロトだった頃のアーシラトと戦っていた時、彼女が地を這うように飛んでいた事を思いだした咲良は聞いてみる。しかしベリアルは放出した魔力と地表を反発させる事で飛ぶのだという。そのために地表から離れすぎると魔力のロスが多すぎて跳ぶ事ができないのだという。


「……そう……ですか……」


 だが、すっかりと気落ちした様子で項垂れる咲良を見てベリアルは腹を抱えて苦しそうに笑い出した。


「アハ! ハハ、アハハ! 御主人様はおぼこい顔して焦らし上手だなぁ! 『できない』と私が言うならご主人様が『飛べ』と命じればいいのさ!!」

「は?」

「何年か前に言ったろ? 『不可能』を『可能』にするのが魔法だって!」

「え? だからって言ったところで……」

「できるさ! 御主人様がその杖の所有者ならば!」


 まるで見たばかりの幻覚を語る狂人のようなギラついた目付きに思わず咲良は息を飲む。あるいは数日間の絶食中の肉食獣の目付きにも似ていたかもしれない。


「……じゃあ、飛べ?」

「……何で疑問形なのさ? もっと、こう、感情を込めて! 後、カッコいいポーズで!」

「ええ……」


 注文が多いなぁと思いながらも咲良は背から聞こえてくる人々の悲鳴に自分がなんとかしなければと心の底から目の前の悪魔に願った。

 前に年少組の子供たちが見ていたドキュメントビデオのパッケージにもなっていたデビルクローの変身ポーズを決めながら。


「飛んで! お願い!」

「おお!」


 咲良が声を発すると同時に魔杖デモンライザーの上部が虹色に輝き、そしてベリアルの背中からコウモリのような翼が生えてくる。

 ベリアル自身、信じられない物を見るような、それでいて懐かしそうな顔をして自身の背の1対の翼を見つめていた。


「それじゃあ、言ってくる」

「気を付けて。あ、あと、こんな所に船とか落とされてもなんなんで、無力化したらそのままどっか遠くで落としてください」

「御主人様も意外と言う事が厳しいね! でも、それでいい!」


 そのままベリアルは翼を広げて一気に飛び立つ。

 羽ばたきはしない。恐らくは翼が無い時と同様に魔力を放出して、その反発で宙を飛んでいるのだろう。翼という広い面積をもつ放出装置を得た事で高く飛べるようになったという事だろうか。


「……なあ、サっちゃん?」

「なんです?」


 地上に取り残された咲良に河童がそっと告げる。


「多分やけどな。アレ、ホントは『カッコいいポーズ』とか必要ないで?」

「えぇ……」


 悪意の悪魔ベリアル。

 カードの封印に縛られようと未だ健在であった。






 ハドー揚陸艇にすでに動くモノは1つだけ。


 すでに艇内は怪人とロボットの残骸で死屍累々の有様となっている。

 対地爆雷投下装置もすでに破壊されて炎に包まれていた。


 操作する者がいなくても自動操縦が効いているのか降下を始めるという事もない。

 このままいけば咲良の命令通りに暫くはこのまま進み、避難民たちに被害を及ぼす心配は無いだろう。


 ベリアルは命ある者のいなくなった甲板を鼻歌を歌いながらゆっくりと歩き舳先へと進む。

 眼下で燃え盛る炎を眺め、オーケストラの指揮者のように両手を広げて全能感を全身で味わう。

 地上の炎は急激な上昇気流を生んで服の裾やベリアルの髪を巻き上げるがそんな事など気にはならない。


「アハハハハハ! 燃えろ! 『王の後継者』のデビュー戦だ! 盛大に燃えてくれよ! 数多の詐欺(ペテン)師や厨二病患者(オカルトマニア)が名乗っていた僭称なんかじゃない。本物の『ソロモンの後継者』だ! 嗚呼、楽しみだ。御主人様の作る“デッキ”は一体、どんな顔触れになるんだろうなぁ!!」


 H市全域に広がる地獄を見下ろしながらベリアルは高らかに笑っていた。

 だが、しばし背をのけ反らせて笑っていた後、急に真顔になって言葉を失っていく。


「…………」


 よろよろとした足取りでベリアルは舳先から飛び降り、翼を広げてゆっくりと降下していく。

 降りていく先は現在の主である咲良の元。


「お! ベリアルはん、帰ってきはった!」

「ども、上手くいきました?」

「…………」

「ベリアルさん?」

「御主人様……。カードに戻してくれない?」

「え? ちょっ! まだ後ろで園長先生が戦っているんですけど? え? 怪我でもしました?」


 ベリアルの背から翼は霧が陽光を浴びたように消えていき、悪魔は腹部を両手で押さえたままうずくまってしまう。

 ただならぬ様子に河童はベリアルの背をさすり、咲良も肩を叩きながら意識レベルを確認していく。

 外傷があるようには見えないが、ベリアルの顔は苦痛に歪んで呼吸も大きく乱れている。


「どうしたんです!? 殴られたんですか? もしかして毒とかですか!?」

「……ポン……い」

「え?」

お腹(ポンポン)痛い……」


 最初、咲良はベリアルが冗談を言っているのかと思った。

 だが目の前の悪魔はアーシラトと戦っている時だってこんな表情はしなかったのだ。ベリアルは恐らく他人に自分が弱っている所を見せたがるような悪魔ではないだろう。


「ど、どうして……」

「た、多分。さっきのカエル食べた時の骨が刺さってるんだと思う……」

「ええ……。飲み込まないで吐き出したら良かったじゃないですか?」

「飲み込んだ方がインパクトあると思ったし、ワニが向かってきたからよく噛んでる暇も無くて……」

「嫌がらせに命でもかけてるんですか!?」

「う、うん……」


 膝を地に付いた状態でうずくまるベリアルの小ぶりの尻を座敷童が「使えね~な、オイ!」とばかりに2度、3度と蹴り上げるが彼女は何の反応も示さなかった。()()ベリアルがだ。


 咲良は小さく溜め息をつきカードホルダーから起動状態のベリアルのカードを取り出して彼女を封印する。

 ライザーカードは霊的存在の生命維持装置のような機能も持ち合わせているらしく、時間を置けば不調も回復できるそうだ。

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