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都立H第2高校からほど近い市立大H川中学校。
特別教室や部室などで今も使われる木造建築の旧校舎の2階。
構造自体は昔のままの木造建築のままだが、耐震性を補強するため「X」型の鉄骨ブレースが取り付けられ、お世辞にも美しい外観とは言えない。
しかし、中に入ってしまえば校舎が刻んできた年月と、往時の生徒たちの生活を思わせる木材は見る者によってはノスタルジーを感じさせるだろう。
ある部屋の前に木製の看板が掛けられていた。学校内ではあまり見ないような大きな看板にはこう書かれていた。
「 さくらんぼ組 」
看板の趣と中学校という場所には似合わない。まるで幼稚園や保育園の組の名前であった。
もちろん、これはクラスの名前ではない。
では、なぜ「部」や「会」ではなく「組」なのか?
その理由は部屋を現在、使用している生徒たちにあった。
「山本さん……組を抜けさせてください!」
件の部屋の中で一人の女子生徒がソファーに腰掛ける女子に懇願する。腰が直角になるほど深く頭を下げる。
「頭を上げて、梓ちゃん。でも三役に勝手に辞められちゃ困るって分かるよね? それに……私の事は組長って呼んでっていつも言ってるよね?」
一見、微笑みながら優しく話しかける山本組長。しかし、有無を言わさぬ凄味があった。ツインテールの可憐な少女が、だ。
頭を下げている少女は栗田梓。ふんわりとしたシニヨンと黒縁メガネが特徴的で、同年代の子よりも背は高い方か? 彼女はさくらんぼ組の三役の一つである本部長であった。
そう、彼女たちは任侠系魔法少女団体「さくらんぼ組」、通称ヤクザガールズの構成員なのである。
「い、いえ山本さんは女の子じゃない? それをオヤジって言うのも逆に馬鹿にしてるような気がして……」
「え~!? だって梓ちゃんだって先代のことはオヤジって呼んでたじゃない?」
「それはほら、山本さんとは歳は違うけど、家も近いし昔から友達だと思ってたから……」
「……ソレ、私を舐めてるってこと?」
「ううん! そ、そんなことはないわよ!」
山本組長の顔から笑みが消え、冷めた表情の上目使いで立ったままの栗田を見る。三年の栗田を差し置いて二年の山本が組長に就任したのも頷かせる圧倒的な迫力であった。
「でもさあ……」
栗田と同じく三年の小沢が淹れたハニーコンレーチェを一気に飲み干し山本が続ける。
「私を安く見てるんじゃなかったら、どうして『辞めたい』とか言えるのかな?」
「それは…………、私、来年には受験もあるし、それに蒼龍館の推薦を狙ってる私にとっては、もう遅いくらいで……」
「そんなの言い訳になると思う? それで私に盃、返せると思う?」
山本組長の双眸がさらに鋭くなる。
組の人間に取って盃というのは一つの例外を除き、親分子分の疑似血縁関係を交わす盃式を指す。苦楽を共にするという意味で微糖の缶コーヒーが注がれた盃を、さくらんぼ組では「甘めの盃」と言い慣わしていた。
去年、山本が組長に就任した際にも、山本を親、栗田を子とする盃を交わしていた。その盃を1年も経たずに子の都合で返すなど、ヤクザガールの世界ではありえない事である。
そして、そのありえない事を栗田は口にしていた。
「梓が本当に言いたいことはそんなことじゃあないよ。組長さん!」
ソファーの前のテーブルに「BOM!」と音がして兎のぬいぐるみのような生き物が現れる。
先ほど説明した盃事の例外事、それがこの兎、ラビンである。
彼は魔法の国から来たマスコットであり、かつては独力で全てをこなす力を持つため一匹狼的な存在であった魔法少女とカテゴライズされるヒーローを組織化し、ヤクザガールズさくらんぼ組を作り上げた張本人である。組織化以降、魔法少女の損耗率は目に見えて下がった。そして、それは中学校という環境にあっては、先輩が後輩を呼ぶ人材の安定供給にも繋がっていた。
彼は代々の組長と親子盃ではなく兄弟盃を交わし、組の相談役のポストに納まっていた。
「あ! ラビン。言いたいことがあるなら、はっきり言いなさいよ!」
「なら、そうさせてもらうよ。梓は怒っているんだよ。組長さん。僕は相談役として言わせてもらうよ」
「え?」
「怒っている」? 一体、何のことだ? 栗田自身には思い浮かぶ事はない。
「組長さん、君、日曜に梓を鉄砲玉にしただろ?」
「え? そんなことで?」
山本組長の怒気が失せ、変わりに疑問の色が浮かぶ。頭の上にいくつも?マークを浮かべていそうな表情は年相応で本当に可愛らしいのだが……
(「そんなこと」ですって……!)
鉄砲玉にされた栗田からしてみれば至極、当然の感想であった。
日曜に宇宙人の小型艦載機を襲撃することを命じられ、栗田と小沢は箒の二人乗りでホバリング中の艦載機を銃撃してきたばかりだったのだ。
先ほどラビンに自分が「怒っている」と言われて、このことが思い浮かばなかったのは、彼女の心の中には「恐怖」しかなかったからだ。
それは今も変わらず。月曜の放課後になってから山本組長に辞意を伝えにきたのだ。むしろ怒りが湧いてきたのは「そんなこと」と言い捨てられた今である。
「なんで鉄砲玉なんかに梓を使ったんだい?」
「そ、それは箒で飛ぶのが梓ちゃんが一番、上手いから……」
「空中静止中のUFOの窓ガラス割るのに飛ぶ上手さが必要かい?」
「何かあったら困るじゃない?」
「何かあるかも分からない所に、本部長という役職持ちを送り込んだことを梓は怒っているんだよ!」
「え?」
「組長の采配は本部長を甘く見ているってハッキリ言ってるのと同じだよ! 安目見られて気に食わないのは自分だけだと思ったのかい?」
説教かましてるところ悪いけど、何か勘違いしてるわよ?
自分の話なのに蚊帳の外に置かれた栗田が憮然としていると、更に話は転がっていく。
「梓だってヤクザガールなんだ。若いモンの手前、カッコつけなきゃいけないんだよ! 例え、その結果、小指を失ったとしてもね!」
「そ、そんな!」
え! なんで、そうなるの? 確かに変身するための魔法の小指の指輪は引退する日まで外れないけど、え? 切り落とせって!?
栗田が気を失いかけた丁度、その時、入り口の引き戸がガララ! と大きな声を立てて開け放たれる。
「大変だァ、オヤジ! 生徒会のガサ入れだ!」
2年の井上だった。肩を大きく上下して息をしている。急いで走ってきたのだろう。
「あ、梓ちゃん! 話は後で! ヤバいモン隠して!! 小沢さんも! 急いで!!」
ビール瓶、テレビのリモコン、ゴルフクラブなど部屋の中には先代が愛用していた「かわいがり」用のアイテムがあった。そうヤクザガールのかわいがりは角界にも匹敵するのだ!
かわいがりグッズを屋根裏に隠しながら、栗田は考える。
(先代とは違って、山本さんはコレを使うこともなかったから、昔のままで優しい子だと思ったのにな……)
生徒会のガサ入れは長時間に及び、解放された頃にはすっかり夕方になっていた。栗田の脱会の話も有耶無耶になり、とぼとぼと下校していた。
塾へ向かうため学校近くのバス亭でバスを待つ。
私もテレビの中の魔法少女みたいになれるって先輩に誘われた時は嬉しかったな……
去年、山本さんが入ってきた時も嬉しかった……
先輩としてヤクザガールのいろはを山本さんに教えてた頃は「梓ちゃん!」って慕ってくれてたな……
山本さんがたった数ヵ月で組長になった時も自分のことのように嬉しかったな……
一緒に組を盛り上げていこうって、1本の微糖の缶コーヒーを二人で分けあったっけ……
♪~~♪~~~♪~♪~~♪~~~♪~~♪
どこからか鼻歌が聞こえる。随分とご機嫌なご様子だ。
そういえば、この曲、私、知ってる。
これは「魔法の天使プリティ☆キュート」の主題歌だ。
私も毎週、見てたな。地元が舞台で主人公の女の子が純真で優しくて強くて……
私、アレを見て魔法少女に憧れるようになったんだよね。
結局、プリティ☆キュートみたいにはなれなかったけど。
♪~~♪~~~♪~♪~~♪~~~♪~~♪
まだ歌ってる。ていうか、うろ覚えなのか同じ所を繰り返してるわね。
一体、誰かしら?
「え?」
「あれ、君は確か……」
「貴方は……石動誠さん?」




