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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第35話 デモンライザー サクラ
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幕間 べりあるさん!

「ところでご主人様は使い魔に対して何をくれるのかな?」


 膝の上に乗せた河童を一通り弄んだベリアルは河童を解放してやると咲良に対して挑発的な目を向ける。


「え?」

「え? って御主人様、私はカードに封じられてる身だから貴女の命令には背けないけど、だからと言ってロハでこき使うのは違うんじゃあないかい?」


 対価の要求やその交渉が反抗に当らない事はベリアルの記憶のとおりだった。

 無論、咲良は対価を払わずにベリアルを使い続ける事ができる。本来ならば杖とカードを通して存在維持のために咲良から微量に供給され続ける魔力こそが対価と言える物だからだ。その事を教えるように命令されなければ言う必要もないというのもベリアルの記憶のとおり。


 ベリアルは咲良に対価を要求して彼女を困らせる事で楽しんでいたのだ。

 ベリアルという悪魔は咲良のような子供が怯える様を見るのと同じくらいに困っているのを見るのが好きなのだ。


 だが咲良は困った顔をしたものの、それはベリアルが予想していたようなものではなく「しょうがないなぁ……」とでも言いたげなものだった。


「じゃあ、1時間につき985円でどうですか?」

「お金か。まぁ無難なとこだけど、なんでそんな細かい数字なんだい?」

「東京都の最低賃金ですけど」

「最……低……賃金……」

「固定給無しで歩合のみで、でもベリアルさんが必要になる事態って滅多にないでしょうけどね」

「え? ちょっと待って! え、何? このベリアルを最低賃金で働かせようって?」

「ちな実働時間が1時間に満たない場合は15分単位の計算で、あと残業割り増しは無しで」


 憮然とした顔のベリアルを見ないフリして咲良は説明を続けていく。

 これにはたまらずベリアルの方が根を上げた。

 地獄(ゲヘナ)のサタンも涙を流すと言われる社畜天国日本の最低賃金で働かされてはたまらない。そんな事はなけなしの悪魔のプライドが許さなかったのだ。


「ご、御主人様! やっぱお金は無しで! 何かしらの物がいいな~!」

「はあ、宝石とかは無理ですよ?」


 咲良はそう言うが、元よりベリアルは宝石などには興味が無い。

 人間をたぶらかす時に便利だからと使った事があるくらいだ。

 それに咲良を困らせるのが目的で話をしているのに彼女のような孤児に宝石をねだってみてもはなから無理だと突っぱねられるだけだろう。

 何とかギリギリで咲良が調達できる物が好ましい。


「じゃあ、食べ物とかどうですか?」

「お! いいねぇ! 飽食の国、日本の御馳走! 私も興味あったんだ!」

「ベリアルさんは何が好きなんですか? とりあえず人肉は無しで……」

「そうだなぁ……」


 かつては咲良たち子羊園の面々を食らおうとしていたベリアルであったが、別に彼女は人肉を好んでいるというわけではない。

 それはただ単に人々を脅かすためだけが目的だった。


「トリュフ……。うん、トリュフがいいなぁ! アレが好きなんだ」

「はあ、トリュフですか……。いいですけど」

「え?」

「それじゃ、ちょっと買ってきますね。くれぐれも大人しくしててくださいね」


「やれやれ」といった表情でベリアルの要望を安請け合いした咲良はコートを羽織って部屋から出て行った。

 ベリアルは河童と2人、3畳半の部屋に取り残される。


 それにしても咲良のような孤児が簡単にトリュフを手にいれられるのだろうか?

 世界3大珍味の1つにも数えられるトリュフはその芳醇な香りとともに非常に高価な事でも知られている。

 一応、日本にも自生している事はベリアルも知っているが、それでも野生のトリュフを人間を見つける事は容易ではないだろう。


 ならば、どこかで購入してくるつもりだろうか?


 ベリアルが窓を見ると窓枠は黒く変色した年代物の木製の物で、さらに外へと目を向けると見覚えのある住宅地だった。

 場所はかつて手下たちと押し入ったあの孤児院で間違いはないだろう。

 果たして近隣にトリュフのような高級食材を取り扱う小売店なんてあっただろうか?

 ベリアルは首を傾げながら咲良の帰りを待つ。


「ただいま~!」

「サっちゃん、お帰り~!」

「おかえり、ご主人様」


 15分ほどして帰ってきた咲良が手にしていたのは小さなビニール袋だった。

 彼女は無造作に袋の中の小箱をベリアルへと差し出す。


「はい、どうぞ」

「え? これがトリュフ?」

「ええ、でも冬季限定発売の物みたいですから、その内に売り場から消えちゃうと思いますよ」


 咲良が差し出した小箱のパッケージには「冬のとろける生チョコトリュフ」と金文字で印字されていた。


「ええ……」

「あ、私も1個もらってもいいですか?」

「どうぞ……」

「ワイも、ワイも!」

「どうぞ……」

「ありがとナス!」


 ベリアルが箱を開けて個包装されたチョコ菓子を1個ずつ咲良と河童に渡すと2人は顔を綻ばせてチョコトリュフを頬張る。


「う~ん! 美味しい!」

「初めて食ったけど、メッチャ美味いやん! 冬限定とか言わずに年中、売ったらええのに!」

「ああ、でも気温が上がると溶けちゃうみたいですよ?」

「なるほどな~!」


 2人の表情はとても悪魔を謀った者には見えない。


(ああ、そうか。この咲良とかいう孤児、トリュフ(セイヨウショウロ)の事を知らないのか。セイヨウショウロの形に似ているチョコ菓子の事しかトリュフなんか知らないんだ)


 その事に気付いた時、自然とベリアルの口から笑みが零れていた。

 自分もチョコ菓子を1個、口の中へと放り込む。表面にまぶされたココアパウダーのほろ苦さが口の中を支配した後、噛んでチョコが熱で溶けてねっとりとした甘さを伝えてくる。


(まあ、いいさ! 孤児みたいなド底辺を破滅させても面白くない。咲良にはこのベリアルが付くに相応しい栄華を極めてもらおう。そして有頂天になった所を一気に地獄まで一直線さ。落差があった方が破滅の苦しみを楽しめるだろう。このチョコ菓子の苦いココアパウダーと甘い生チョコとは真逆にね……)


 一方、チョコレートを食べながら笑顔を作るベリアルを見て咲良と河童はホッと胸を撫で下ろしていた。


「ベリアルはん、エラいこのチョコレートが気にいったみたいやな!」

「意外と可愛いところがあるんですね」





 とある日。

 咲良は再びベリアルをカードから呼び起こしていた。


「こんにちは」

「ん? どうしたんだい?」


 ベリアルが辺りを見渡すとそこは咲良の自室。

 とてもベリアルの力が必要な状況とは思えなかった。


「えと、社会福祉士の先生が北海道旅行のお土産だってお菓子を持ってきてくれたのでベリアルさんにと思いまして……」

「へぇ、気が利くじゃない?」


 ベリアルも機嫌を伺われるのは嫌いではない。

 矮小な人間が強大な悪魔である自分に媚びへつらう様を見ると胸がすくような気持ちになるし、虫けらのように這いつくばってペコペコしているところなど存分に自尊心を満足させるものなのだ。


 だが、咲良から受け取った菓子の包装に書かれている文字を見てベリアルは石になったように固まってしまった。


「え……? これは……?」

「ベリアルさん、チョコレートもジンギスカンも好きですよね?」


 だからといって「ジンギスカン味チョコレート」など貰って喜ぶ者などいるのだろうか?

 これはかつての意趣返しか何かだろうかと訝しんでいると河童がやってきて咲良の袖を引いた。


「なあなあ! サっちゃん、ワイのは?」

「ゴメンなさい。1人1個の割り当てで私の分はベリアルさんに上げちゃったから、河童さんは普通のチョコレートで我慢してもらえませんか?」

「さよか! ベリアルはんは果報者やな!」

「ふ、ふふ! そりゃあカッパハゲみたいに水際でパチャパチャやってるの違って私は世界(ワールド)クラスだから……」


 ベリアルという悪魔は悪意の塊という存在であるがため「ジンギスカン味チョコレート」なる物に外法の魔術書のような危険性すら感じながらも食べずにはいられなかった。

 河童が羨望の眼差しを向けていたために、彼の前で1個だけの菓子を食べてやるという行動から逃れる事ができなかったのだ。


「……!? ~~ッ!?」

「そんなに美味いんか? 涙まで流して……」

「お菓子を食べてはしゃぐだなんて意外と可愛い所がありますね……」


 後にそのチョコレートがどんな味だったか聞かれた時、ベリアルは「Devil may cry」という言葉を残したが、それすらも咲良と河童には「泣くほど美味しかったのか」としか思われなかったのだった。

Twitterやってます。

雑種犬@tQ43wfVzebXAB1U

https://twitter.com/tQ43wfVzebXAB1U

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