35-5
「へぇ~! それで私をねぇ……」
児童養護施設「子羊園」の咲良の自室。
4月に中学校への進学を控えて、狭いながらも個室へと移った咲良の自室にてサクラは板張りのフローリングの上に正座していた。
隣には山で出会った河童が同じように正座している。
そして咲良と河童に向かい合うように勉強机の上に腰掛けて、2人を見下ろしながら足を組んで悪意たっぷりの笑みを浮かべている悪魔ベリアル。
河童から譲りうけた不思議な杖「デモンライザー」はカードに封じた霊的な存在を呼び起こして使役する物であるらしく、さらに付属しているカードホルダーにはすでに1枚のカードが入っていた。
だが、そのカードが問題だった。
カードを手にした瞬間に咲良の脳内に浮かんできた名は「ベリアル」。
かつて子羊園に配下の悪魔たちと現れ、そこにいた者たちを捕えて煮込んで食らおうとしていた悪魔の名だったのだ。
当時の事を思い出して言葉を失っていた咲良の様子に河童も気付き「この手のモンには使用者に逆らえないような制御装置がついとるハズやで?」と教えてくれ、さらに「なんなら捨ててまうか? そのカード」と言ってくれていたものの、あのベリアルが封じられたカードを捨てるだなんて爆弾や疫病のウイルス入りのカプセルを投げ捨てるのと同義だ。
結局、河童の「使用者には逆らう事ができない」という言葉を信じて咲良はベリアルを呼び起こしてみる事にした。
何故、ベリアルがカードに封じられているのか?
ベリアルをカードに封じた者は誰なのか?
それを確認するために。
そして人目の付かない自室でベリアルのカードを試してみるという咲良に対し、河童は「お嬢ちゃんが心配やから……」と付いてきてくれたのだ。。
河童が付いてくれると聞いて咲良はいくらか気が楽になるのを感じていた。
河童と出会ってから僅かな時間ではあるが彼が気のいいヤツだという事は十分に分かっていたし、向こうが海外の大悪魔ベリアルならばこちらも日本の大妖怪で勝負だと気が大きくなったのだ。
河童だって日本で1、2を争うような知名度を持つ大妖怪で、ベリアルが咲良たちを煮込んで食べようとしていた悪魔ならば、河童だって人を水の中に引き釣り込んで尻子玉を抜いて殺害し、それを食らうと伝えられている。
かくして咲良は子供らしい短絡さをもってベリアルのカードを呼び起こした。
そして結果がこれである。
カードから現れたベリアルの威圧感を前に咲良と河童は並んで床の上に並んで正座する羽目になっていた。
確かにカードに封じられた存在は杖の使用者に逆らう事はできないようだが、その本質自体を変える事はできないようでベリアルが放つ剣呑な威圧感は自然と咲良と河童を縮こまらせていたのだ。
「ふ~ん……。これがねぇ……」
机の上に座ったままベリアルがデモンライザーを持ち上げてしげしげと眺める。
その隙に咲良と河童は互いに耳打ちしあって状況を妥協しようとした。
(カッパさん、カッパさん! どうしましょ!?)
(ど……)
(はい?)
(どないひよ……?)
(ええ!? ノープランですか!?)
(ワイかて自分が渡した杖やさかい、もし制御が効いてないモンが出てきたら、ワイがなんとかお嬢ちゃんを逃がしたろ思うてたんや。せやのに、あのベッピンさん杖の制御は効いてるのに、まだ何もしてへんのに射竦められるとはの……)
こんな事だったらアーシラトさんに来てもらってから試すんだったと咲良は後悔した。
だが、河童は「杖の制御は効いている」とも言っていたのだ。その言葉に一縷の希望を託して咲良はベリアルへと話しかける。
「……あ、あの~」
「ん? 何だい? ご主人様?」
「ひぃ……」
「アハハ! そんなに怯えなくても良いじゃあない? 使い魔として傷付くなぁ」
ベリアルが向けてきた笑顔。
金色の瞳には炎が燃え盛っているような光が輝き、端麗な顔立ちで作る笑顔には同性ながらも思わず息を飲むような美しさだ。首を少し傾げて見つめてくる仕草など世の男性なら揃って恋に落ちるのではないかと思わせるほど。
だが恐ろしい。
その美しいがおぞましい悪意の籠った笑顔を見ただけで咲良は悲鳴が漏れたほどだ。
正直、「お前のような使い魔がいるか!!」と逆ギレできればどれほど楽だっただろう。
「ところでご主人様。となりのカッパハゲは何?」
「ハゲやないわ! 河童や!」
「ファッ!? カッパさん!?」
目の前の悪魔がちょっとの衝撃で爆発するニトロに等しい存在であろう事は分かっているであろうに河童は関西のノリでツッコミを入れる。
その様子に咲良は跳び上がるように河童の口元を押さえる。その様子をベリアルはサディスティックな笑みを浮かべたまま面白そうに見ていた。
「ああ、そのハゲも御主人様のお仲間?」
「え、ええ、まぁ……。仲良くしてもらえると助かるんですが……」
「りょ~かい、りょうかい!」
咲良の言葉にベリアルは机の上から飛び降り、河童を両手で持ち上げ、咲良の横のベッドに座って自分の膝の上に河童を乗せる。
「これでいいかい?」
「え、まあ……」
どうやら杖の効果で言う事を聞いてもらえるというのは本当らしいと咲良はホッと胸を撫でおろす。
ベリアルは膝の上の河童の頭部の右に自分の頭を動かし、河童の尖った耳へ息を吹きかけたりチロチロと舌先を這わせていた。その度に河童の口から「あふん」という吐息が零れる。
だが……。
「ねえ、ご主人様? 日本人はスッポンとか亀を食べるんだろ? コイツはさぞかし食いでがあるだろうなあ! ほら! この甲羅の中とか耳とか、きっとコラーゲンが一杯だよ!」
「ファッ!? お嬢ちゃん、アカン! この悪魔、ワイの事を食材として見とる!!」
「ハハ……。私はまだコラーゲンとか喜ぶ歳じゃないんで……」
咲良によってカードから呼び出されたベリアルであったが、実の所、何故、自分がカードに封じられているのか理解できていなかった。
目の前の少女の魂の波動には見覚えがある。
ベリアルが手下たちとともに押し入った孤児院にいたガキだ。
そのガキがまだ子供ながらもいくらか大きくなっている。
つまりはあれから数年の月日が流れたという事か。
だが、かつての少女はごく普通の子供で、魔力などは持ち合わせていたなかったハズだ。
それが今はその辺の小悪魔など比較にならないような魔力を湛えている。
恐らくはあのクリスマスの日にアスタロトを神の座へと戻した事で彼女と霊的な繋がりができたのだろう。
それにあの“杖”だ。
ベリアルはその杖の事を良く知っていたが、その時には変な機械のような物は付いていなかった。
何者かが何らかの意図をもって杖を改造したのだろう。
カードホルダーの方も見てみるが、そちらの方は以前のまま。
ベリアルは慣れた手付きでカードホルダーを展開し、扇状にカードを収められるようになっているホルダーの先頭に収められている自分の白く点滅する起動中カードを抜いて確かめるとホルダーの後半に入れ直す。
そして杖とカードホルダーを咲良と名乗った少女へと返すと、ベリアルがカードを適当な位置に入れたと思ったのかベリアルのカードを先頭に戻そうとする。
「ねぇ、ご主人様」
「ひゃい!」
「1つ、頼みがあるんだけど……」
「なんでしょう……」
「私のカードの定位置は『68番目』。そこが私の定位置だよ。覚えておいてくれるかな? なんなら後ろから5番目と言った方が覚えやすいかい?」
「はあ……」
少女は「んな細かい事を……」とでも言いたげな顔でベリアルを見てくるが、命令でもされない限りは理由を説明する必要もないだろう。
その他、少女はベリアルに対してこの杖について知っている事を教えてくれと言ってきたが「それは命令か?」と問うと「『命令』ではなく『お願い』です」と返してきたために拒否した。
杖を改造した者が何を企んでいるかは知らないし、何で杖がこの少女の手に渡ったのかも謎だ。
だが面白くなりそうだ。
もしかするとあのいけすかないアスタロトだかアーシラトにも一泡吹かせてやれるかもしれない。
カードに束縛された身では直接的に少女に反抗する事もできないが、なあにやり方はいくらでもある。舌先だけで人を破滅に追いやる事だって慣れたものだ。
ベリアルは目の前の少女が自身の悪意によって破滅へと進んでいく事を想起して高らかに笑った。
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