35-3
『ベェェェェェリィアァァァァァル!!!!』
『アスタロトオオオオオ!!!!』
少女の原風景はぶつかり合う「悪魔」と「悪魔」だった。
方や下半身が蛇の頭に角を生やした悪魔。方やこの世の悪意を集めたかのような悪魔。
少女は悪魔によって命の危険に晒され、悪魔によって守られていた。
やがて奔放な悪魔は人々の祈りにより神の片鱗を取り戻し邪悪な悪魔に打ち勝つ。
やがて少女は成長し、エクソシストを志すようになった。
打倒すべき邪悪を打ち払い、混沌であるが故に正しき道を知らない悪を導くがために。
かつて救われた悪魔と並び立つために長瀬咲良は戦いの道を選んでいた。
「なんや? サっちゃん、ボ~っとして」
「いや、特に……」
「おかしな子やな。忍者やら死神が怖くなったんか?」
「いえ、大丈夫です……」
咲良は思わず苦笑いを浮かべる。
「おかしな子」と言うが自分はこの集団の中で一番、普通の見た目のハズである。
座敷童は七五三の時にしか着ないような着物を着ているし、ツチノコは珍獣ハンターが来たら言い逃れのできないような外見をしている上に隠れるような事はせずにのんびりと日向ぼっこをしている。
そもそも自分を「おかしな子」呼ばわりしているのは河童だった。
伝承どおりに甲羅を背負ってヌメヌメとした緑色の肌を持ち、頭の上には白い皿。2つの目は皿のように丸く、肩幅と同じくらい大きな頭はどこかのマスコットキャラクーを思わせる。
そしてベリアル。
かつて配下の者どもと咲良たちを捕えて食らおうとしていたあの悪魔だ。
どう考えても「普通」なのは自分だけで揃いも揃っておかしな集団だろう。
4人? は河川敷の緩やかな坂に並んで腰かけてオヤツタイムを取っていた。
先ほど2人の魔法少女の窮地に出くわした咲良は我先考えずに飛び出して自身もピンチに陥ったものの、ベリアルをカードから起こして敵集団を撃破。
ただ1人残った忍者の男は逃げようと跳び、屋根から屋根へと駆けて行ったがそこで上空から舞い降りた「死神」に取り押さえられていた。
その後まもなく駆けつけた魔法少女の仲間たちにより無事に負傷していた2人も救助された。
その時のお礼のためにコンビニで買い込んだ軽食やお菓子を河川敷で食べていたのだ。
先の戦いでの事を思い出して咲良は左端のベリアルの横顔を見る。
男性用の物であるが明らかに仕立ての良い高級品の衣服をまとったベリアルは河川敷の草や土など気にせずに座ってバリバリとビスケット入りのチョコ菓子を貪ってボトル缶のブラックコーヒーを流し込む。
顔立ちこそ人形のように美しいし、スタイルもスラリとスレンダーながらも女性的なベリアルの体形はただ単に痩せ型の咲良からしてみれば羨ましい限りだった。
だが銀幕から飛び出してきたような美貌も欲望の赴くがままにチョコ菓子を貪る様で台無し。口元から垂れたコーヒーが白いシャツの襟元を汚すところなどもったいないと言うしかない。
さらにベリアルはとっとと自分の分を食べ終わると隣に座っていた座敷童の5個入りミニ餡パンに手を掛ける。
それに気付いた座敷童は抗議のために頬を膨らませるが、むしろその反応こそベリアルという悪魔にとって好ましいものなのだ。
河童の話では不思議な杖「デモンライザー」とそれに付属するカード「ライザーカード」に封じられた存在は杖の使用者に逆らう事はできないという話だったが、本質そのものを変える事はできないようだった。
「ベリアルはんも何も子供の食い物に手を出さんでも……、サっちゃんも言ったって~な!」
「いやあ……、あの人『子供の物を盗って食う』どころか、何年か前は『子供を捕まえて食う』ような人だし丸くなったな~って……」
「えぇ……」
河童にはそう返したもののさすがにそれでは座敷童が可哀そうだと咲良は自分の分を幼女の妖怪に分けてやる事にした。
「ワラシちゃん、おいで! 私の大福1個分けてあげる」
「……!」
先ほどまで大悪魔に向けて恨みがましい目をしていたというのに座敷童は立ち上がってピョンピョン飛び跳ねながら咲良の隣に来る。
咲良が2個入りのクリーム入り大福のトレーを差し出すと幼女は1個を取り、代わりにミニ餡パンを1個差し出してきた。
「私に? ありがと!」
「……」
咲良が礼を言うと座敷童は破顔して大福をパクつく。
味よりも先に良く伸びる餅を楽しんでいるのか必要以上に口元から大福を離している所を見ると咲良は微笑ましい気持ちになった。
だが、それも一瞬だけ。
すぐに咲良はベリアルの事で頭を悩ませる事になる。
今回のように身内の些細な物を奪ったりしている内はいい。咲良が宥めて代わりの物を出せばいいだけだからだ。
幸い河童も座敷童も恨みつらみをいつまでも引きづるような者ではない。ツチノコにいたっては咲良も河童も何を考えているのか分からない存在だった。
だが、それで収まる話を越えてしまったらどうだろう?
例えば咲良の知らない人の物を奪ったり、身内が相手でもゴメンでは済まないような事、例えば河童の頭の皿を割ったりとか。
かといってベリアルを普段はカードに封印しておいて、必要な時だけ呼び出して用が済んだらまたとっとと封印する。それもまた何か違うような気がしていた。
そんなのはベリアルとは別種の悪魔的な所業のように思えるのだ。
(前途多難だなぁ……)
エクソシストになって邪悪を打ち払い、悪を導く。
そういう者になりたいと咲良が願っていても現実は中々に難しいものだった。
何と言っても咲良はまだ中学校に上がったばかりなのだ。
ふと咲良は世話になっている児童養護施設「子羊園」の玄関に飾られている像を思い出していた。
筋肉ムキムキこれ見よがしの逆三角形のマッチョマンが十字架に磔にされている像である。
その男は自ら進んで磔にされたという。
確かにそんなマッチョマンを捕らえられるような者などいそうにないし、何よりその男は手の平に釘を打たれて磔にされていた。普通、手の平に釘を刺しても人間の体重に耐えられるわけもなく手の平の肉が裂けてしまうというのは常識だ。そのために古代では手の平ではなく、前腕部に釘を打って磔にしていたという。
つまり、その男は自らの筋力で手の平が裂けないように耐えているのだ。
そして神の子であるというその男が磔にされている理由は「人々の罪を背負うため」だという。
すべての人の罪を背負うために男の広背筋は肥大し、その重さに耐えるために太腿もふくらはぎも水風船のように膨れている。
さて神の子が全ての人の罪を背負うのと自分が1柱の悪魔の罪を背負うのとどちらが容易い道だろうと咲良は考える。
どちらが楽か分かったとしても全ての人の罪など背負うつもりもなかったし、ベリアルの事を見捨てるつもりもなかったのだが。
「ほれ! お嬢ちゃん! さっきのお詫びにコレを見せてやる!」
「……!?」
「ファッ!? ベリアルはん、止めて~な!?」
キラキラと陽光を反射する水面を眺めながら考え事をしていた咲良であったが、不意にベリアルと河童の声に我に戻らされる。
見るとベリアルはあの悪意の籠った笑顔で河童のスポーツ新聞を取り上げて女性の裸体が載っている紙面を広げて座敷童に見せつけていたのだ。
家庭用のスポーツ新聞とは違い、店売りの物にはエロ記事が載っている。
そんな事など咲良は河童に請われてスポーツ新聞を買うようになるまでは知らなかったが、河童も興味があるのはプロ野球や将来的にプロに加入するかもしれない選手が出ている高校野球や大学野球の紙面のみで、読み終わった新聞は子羊園に持ち帰らずにゴミ箱に捨ててから帰っている。
だがベリアルにかかればただのスポーツ新聞も悪意の発露の手段の1つとなりえるのだ。
早くも咲良は自分の決意を翻したくなっていた。
最近、誤字報告を何件も頂くのですが自分では確認しているつもりでも意外と誤字ってるものですね。
自分の手間をかけてでも本作を良くしようとしている方がいらっしゃる事に感謝感激です。




