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引退変身ヒーロー、学校へ行く!  作者: 雑種犬
第34話 「切り札」
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34-4

 翌日、日曜の早朝。

 明智元親はH市北部にある仏教寺院「念徳寺」を訪ねていた。


 昨晩の内に雨が降っていたのか境内の玉砂利は濡れて陽光を反射して輝き、閑静な敷地内には時おり小鳥の囀り声が響いていた。


 だが明智の心中には黒く淀んだ滓のようなものが重く圧し掛かっていた。

 寺院の清浄な空気も小鳥の囀りも明智の心を晴れさせることはなく、むしろ彼は小鳥が境内の立ち木に止まったような小さな物音にすら怯えているようでもあった。


 事実、明智は昨晩、一睡もする事ができていなかった。


 昨日、モーター・ヴァルキリーからも邪神を召喚しようとしている者がいるという話を聞いて以来、彼の脳内には幾度となく去年、埼玉で聞いたク・リトル・リトルの怒号とも呪詛とも判別がつかない冒涜的な咆哮が思い起こされていたのだ。


 戦う力を持たない明智が強大な邪神を目の当たりにして正気を保っていられた事自体が奇跡のようなものだった。

 何故だろう? と明智は考える。


(あの兄弟のせい、いや、おかげだろうな……)


 石動兄弟、兄の仁には「邪神だろうが旧支配者だろうが何とかしてくれる」という謎の安心感があったし、弟の誠には「狂ってとっとと休むだなんて許さない」という苛烈さがあった。

 あの2人のおかげで明智は失禁しながらも正気を保っていられる事ができたのだろう。


 だが、すでに仁は亡く、誠は完全に毒気が抜けていた。

 仁の事は惜しいと思うが、誠の事はむしろその方が望ましいと明智は思っている。

 しかし、それは邪神が再び人類の前に現れた時、前回と同じ手は取れないという事を意味していた。


 何か新たな対抗策を考えなければならない。

 邪神などという荒唐無稽な存在が相手では自衛隊や警察などは当てにならない。

 頼みの綱のヒーローたちも昨年の「埼玉ラグナロク」での損失が祟って未だに勢力を回復しきれてはいないのだ。

 だからといって明智には黙って邪神が復活するのを待っているつもりはなかった。モーター・ヴァルキリーが邪神の召喚を阻止するために動いているのと同様に、明智は邪神が召喚されてしまった場合の事を考えて念徳寺を訪れていたのだった。




 明智が住職に案内されて寺の裏手、本堂と墓地とに挟まれた裏庭に近づくにつれて何やら鈍い物音が断続的に響いてくる。

 何か重い物を土の上に叩きつける音。

 良く聞くと鈍い音と重なって乾いた音が重なっているのが分かる。


 やがて裏庭に出るとそこにいたのは3つの人影だった。

 元魔法少女と元敵性異星人に元天使。

 ジャージとTシャツ姿のZIZOUちゃんとクゥエル、ウリエルが受け身の練習をしていたのだ。


 受け身はキリスト教の基本とも言える地味ながら重要な動作で、聖人(レジェンド)級の達人ともなれば受け身を極める事で十字架に磔にされた状態で槍で突かれたとしても数日間、寝込むだけで平気だという。


「あら? 明智君?」


 ZIZOUちゃんも躊躇いもなく跳び上がって体をひねり、地面との衝突の瞬間に両腕を土に叩きつけて衝撃を分散させる。

 立ち上がって深呼吸をしたところで明智に気付いたのか声を掛けてきた。


「おはようございます。朝早くにすいません、ウリエルさんと話ができないかと思いまして……」

「ん? 私かね」

「それじゃ切りもいいし、今日はここまでにしましょうか。クゥエルちゃん、お客さんにお茶を出すのを手伝って」

『はい!』


 浮かない顔をした明智とは対称的に、3人は白いTシャツを真っ黒に湿った土で汚しながらも気持ちのいい汗と流した晴れやかな表情で本堂の方へ戻っていく。




「で、話というのは?」


 本堂の縁側、裏庭の良く手入れされた庭木を眺められる位置に腰掛けた明智とウリエルは前置きも挨拶もそこそこに本題に入る。

 ウリエルはまどろっこしい事は苦手が性質であったし、明智は平素ならばともかく今はそんな余裕も無かったのだ。


「では、メタトロン級巨大天使の製造は今でも可能ですか?」

「ほう……」


「メタトロン」の名を聞いてウリエルは目を細めてクゥエルが淹れてくれた煎茶を啜った。


「神頼み」がどうのこうの言ってた天童と変わらんな、と明智は自嘲気味に庭へ目をやる。

 次に現れるかもしれな邪神が埼玉に現れたク・リトル・リトル以上の代物であった事を仮定した場合、明智に思いつく対抗手段は「神話に語られる対邪神用天使の復活、もしくは再生産」というこれまた荒唐無稽なものしかなかったのだ。


「旧支配者でも出てくるのかね?」

「……かもしれません」

「そうか……」


 しばしの間、2人の間を静寂が支配する。

 明智は何故か庭の池の傍で咲き誇っていた白いツツジに目を奪われていた。


「君がなってみるか?」

「え?」

「いや、冗談だ。まぁ、結論から言うとだな、無理だし、無意味だ」


 ツツジに見とれていた明智はウリエルの問いを聞き逃していた。

 何と言ったのか聞き直そうかとも思ったが、バツの悪そうな顔をしているウリエルの顔を見るとそれも躊躇われるのだった。

 それよりも問題は後の言葉だ。

「無理」はともかく、「無意味」とはどういう事であろうか?


「『無意味』というのは戦っても勝てないという意味ですか?」


 メタトロンとサンダルフォンのタッグが無理で1体しか作れないというのなら、その1体の援護を人類がすればいいだけだ。

 人類の科学技術は神話の時代とは違う。

 ウリエルが勝てないと言っても、明智にはメタトロン級を戦力の柱にいくらでも戦術を組み立てる自身があった。

 しかしウリエルの言葉の意味は明智の予想外の所からだった。


「君はメタトロンが一部では『天使』ではなく『悪魔』として扱われているのを知っているか?」

「ええ」

「では、その理由は?」

「いえ……」


 ウリエル自身、過去には『堕天使』として扱われていた事があり、その理由とは当時、加熱気味であった天使信仰を抑えるためと言われている。メタトロンが悪魔と扱うのも同様の事だろうと思っていたが、どうもウリエルの様子からそんな事ではなさそうだと察っしたのだ。


「36対の翼を持ち、35万6000の目を光らせる炎の柱。その体は比喩ではなく天にまで届き……、ま、ここまででも十分だろう。そんなのが出てきたら邪神に勝とうが負けようが人類はどのみち滅びるぞ? 故に『無意味』と言ったのだ」

「なるほど……」


 去年、埼玉に現れたク・リトル・リトルが全長120メートルほど。

 そのク・リトル・リトルですら赤夢市は完全に崩壊したのだ。「天まで届く」メタトロンが持つ質量はとても想像できるような物ではない。メタトロンの意思に関わらず歩いただけで文明は崩壊してしまうだろう。


『お師匠様にやってもらったらいかがです?』

「え?」


 2人の元へ茶菓子を持ってきたクゥエルがテレパシーを送ってくる。

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