34-2
「どしたの、鉄子ちゃん? いきなりむせたりして……」
「ちょ、ちょっとね……」
風魔軍団が狙っている邪神を復活させようとしているという組織。
それはどう考えても自分たち「UN-DEAD」の事だろう。
しかし、ナチスジャパンの代表として意思決定会議に参加している鉄子ですら邪神召喚計画の事はこないだの水曜までは知らなかったのだ。
一体、風魔軍団はどこからその情報を入手したというのだろう?
鉄子が真っ先に思い浮かんだのは計画を提案してきた「サクリファイスロッジ」の代表だ。
だが、邪神招来計画を彼ら自身が提案してきた以上、わざわざその情報を風魔軍団に流すというのも回りくどい気がする。
邪神の召喚に必要な機材を横流ししたいのなら、そのまま風魔に売り渡せばいいのだ。
「UN-DEAD」参加組織の各代表が集まる会議の場で邪神召喚の計画を発表して、注目を集めてから他所に機材を売り払うなど愚の骨頂だろう。
「UN-DEAD」に参加しているオカルティストがサクリファイスロッジだけである以上、「アレは使い物にならなかった」とでも言っておけば彼らの好きに処分できただろうからだ。
(……ならサクリファイスロッジの代表じゃなくて、メンバーの誰かかしらね?)
D-バスターの持ち込んだ話に胡散臭いものを感じた鉄子はヤークト・パンテルの整備を早々に切り上げて、彼らのまとめ役であるルックズ星人の元へ報告へ行こうとする。
「さってと、今日は後、エンジンオイルを入れて切り上げましょうかね」
「おっ! なら、手伝うよ!」
「じゃあ、お願いするわ」
D-バスターは車体の上から飛び降り、作業用具入れの上にプリンの入っていた紙箱を置いて、革手袋を取ってくる。
エンジンオイルの交換が終わるまで後30分ほど、エンジンが使えなければヤークト・パンテルは砲台代わりにもならないただの鉄の塊だ。油圧装置が使えなければ照準の微調整すらできないのだ。
鉄子は情報漏洩という重大事項の報告よりも、戦車兵の端くれとして戦闘不能状態の乗車の整備にメドを付けていく事を選んだ。
「あ、そこまで言ったらそっちのオイル缶ももってきてくれる?」
「おっけ~! そういやさあ、この子の『パンテル』ってどういう意味?」
「ああ、ドイツ語で『豹』って意味よ」
鉄子は車体の上でD-バスターが差し出したオイル缶を受け取りながら答える。
「へ~! じゃあ、この子、結構、早いんだ」
「いえ、別にそんなに早くは無いわよ?」
駆逐戦車ヤークト・パンテルⅡ。
同名の旧ナチスドイツで計画されていた車両とは異なり、ヤークト・パンテルの設計を戦後日本の技術でブラッシュアップさせたナチスジャパンの独自車両だ。
その本領は駆逐戦車の多分に漏れずに“待ち伏せ”に特化していると言っていい。
低い車高に長砲身の105ミリ砲を搭載したヤークト・パンテルⅡは通常の戦車のように旋回式砲塔を持たない。必然的に砲の自由度は小さくなり、砲の指向範囲の外に敵がいたならば車体自体を旋回させなければならないのだ。
日本ソビエト赤軍の老人は「虎の王」との戦闘において、その点を憂慮して山間部アジトのヤークト・パンテルⅡの履帯を破壊する事で鉄子が出撃する事を妨害していた。
結果的に鉄子はこうして生き延びて第2アジトへ離脱する事に成功し、そして老人を含めた赤軍メンバーは全滅していたのだ。
乾坤一擲の一大作戦を前に残されたミリタリー系組織として日ソ赤軍の分まで自分たちが最前線に立たなければならない。
車両を整備する鉄子他ナチスジャパンのメンバーの腕にも自然と力が入っていた。
「ええ~! 豹ってくらいなんだから素早いんじゃないの!?」
エンジンオイル投入口に漏斗をセットしてオイル缶から新しいエンジンオイルを流し込む。
エンジンが巨大なだけに時間のかかる作業だった。
その空いた時間を使って鉄子はD-バスターの不満気な声に答える。子守り用人工知能を使っているだけあって、暇つぶしにはもってこいの相手だ。
「この車両のベースになった車両がパンテル中戦車だったのよ」
「あっ! 素早いのはそっちか!」
「…………」
「鉄子ちゃん?」
「ティーゲル重戦車よりは! ティーゲルってのは『虎』って意味で、虎よりも小さいし素早いから豹! これでいいでしょ!?」
「へ~! なるほど~!」
一応、嘘は言っていないと鉄子は自分で自分自身を納得させていた。
確かに鉄子がD-バスターに言ったようにパンテル中戦車はティーゲル重戦車よりかは素早く小回りが利く。
だが、「中戦車」として見た場合、パンテルは大して素早い物ではなかったのだ。
旧大戦中、各国で主に用いられていた中戦車は20トンから30トンクラスの物がほとんどであった(大戦前に設計され、ろくな改修を受けずに戦い続けた某国の戦車は除く)。
対してパンテルの重量は45トン。
これは旧ソ連が大戦後期に使用していたスターリン重戦車とほぼ同等であり、大戦型の中戦車としては破格の重量であったのだ。
事実、戦後に復興したフランスでは植民地であったベトナムに中国からスターリン重戦車が供与されているのではないかと懸念して、ドイツから接収したパンテル中戦車を現地に送っている。
重戦車と同格の中戦車。
それがパンテル中戦車であり、当然ながらその重量は650~700馬力級エンジンをもってしても軽快に走行させる事はできなかったのだ。
(んなこといったって、それ言ったらウチの本国じゃ100トン超の超重戦車に“ネズミ”って名前を付けてたわよ……)
一方その頃、ガレージのある地下1階よりもさらに下層の司令部区画において「UN-DEAD」のリーダー格であるルックズ星人は「邪神招来計画」の協議のためにサクリファイスロッジ代表と会談していた。
中央指令室の真横に設けられたルックズ星人の私室は彼ら種族が好むような環境に調整され、青白い間接照明が室内を照らしているものの、地球人にとっては薄暗く手元の書類を見るのにも苦労するような照度だ。
「計画の肝となる“生贄”についてですが……」
サクリファイスロッジ代表が手にしたタブレットPCを操作しながら切り出す。
暗い室内も彼にとっては気にならない。彼自身、室内の照明を付けないままパソコンのモニターの明りだけを頼りに夜通し作業をすることなど日常茶飯事だったのだ。
「確か『魔力を持つ人間』でしたか?」
「ええ、そのために候補者の絞り込みが難航しておりまして……」
この世界の人間は基本的に魔力を持たない。
霊力や妖力など類似の力を持つ者はいるが、家電製品でも交流電源を使うよう設計されている物に直流電源を直接、使う事はできないように、霊力や妖力では駄目で魔力を持つ人間を使わなければならないのだ。
邪神招来のための術式を作り上げたのがサクリファイスロッジであったなら、魔法陣の書き換える事で対応できただろう。
だが、術式はすでに壊滅した「世界怪奇同盟日本支部」が作り上げたものだった。
これから術式を解析し、あらたなに同様の物を作り上げるのではどれほどの時間がかかるか分かったものではない。
そのために彼らはこの世界において魔力の素養を持つ類稀な人物を探していた。
「……まず、これが第1の候補者です」
「ほう……」
サクリファイスロッジ代表が差し出したタブレットPCに映しだされていたのは下校中と思わしき学生服姿の一団の写真であった。
中心に移されていたのは少しふっくらとした少女で背の低い少年と並んで歩いている。
「この娘は?」
「名前は羽沢真愛。元魔法少女プリティ☆キュートで、変身能力を失った後も異様な数値の魔力を有している人物です」
「素晴らしい! 魔力を持ちながら、すでに戦う力を失っているとは! まさに我々の計画にうってつけではないですか!」
ルックズ星人が安心したように大きく椅子の背もたれにもたれかかる。
のっぺらぼうのように目や鼻の無いルックズ星人であったが、長く共に暮らしていると「UN-DEAD」のメンバーには彼なりの表情というのが分かるようになっていた。
「難関だと思っていた生贄候補者がこうもあっさりと見つかるとは」
「ですが、1つだけ問題がありまして……」
「なんです? この際、ちょっとやそっとの問題ならば大事の前の小事……」
「この羽沢真愛の隣を歩いている男」
「ああ、この子が何か? 学生服を着ていなければ男性だと気付かないような子供ですが……」
「こいつ、石動誠です」
「は……?」
ルックズ星人の体がバネでも仕込まれていたように跳ねあがってサクリファイスロッジ代表の顔を覗き込んでくる。
それだけの衝撃的な人名が彼の口から飛び出してきていたのだ。
「石動誠です。知りませんか?」
「もちろん知ってますよ。なんで、その石動誠が羽沢真愛の隣にいるのですか!?」
「高校のクラスメイトで、羽沢真愛の隣のアパートに住んでいるようです。さらに休日には一緒に映画を観に行ったりしているとか」
「却下です」
「え?」
「羽沢真愛を生贄に使うのは却下です」
「えぇ……」
ルックズ星人は両の掌をサクリファイスロッジ代表に向けてきっぱりと拒絶の意思を示した。
「さっき、私は『大事の前の小事』なんて言いましたけどね。羽沢真愛を攫ってくるだけで『UN-DEAD』が半壊してしまいますよ!? それかアレですよ! 今日辺り貴方の枕元に死神が立っているかもしれませんよ!?」
「ちょッ!? 脅かさないでくださいよ!」
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