34-1
都内H市某所。
「UN-DEAD」の地下アジトへD-バスター1号は帰還していた。
水曜に「虎の王」の奇襲を受けたアジトとは別の施設だ。
バブルの時代に観光ホテルとしてH市の北部郊外に建設された施設の廃墟。その地下空間をアジトとして利用しており、山中の施設のような堅牢さはないものの、施設の地上部分を警戒監視塔として用いる事によって高い防御力と隠密性を兼ね備えたアジトであるといえる。
時刻はすでに19時を回っていた。
だが地下1階の駐車場を拡張したガレージは煌々と明かりが灯って機材の整備が続けられている。
「虎の王」の奇襲により山間部のアジトを放棄せねばならなかったがために第2アジトへ移動してきた「UN-DEAD」であったが、予備施設であった第2アジトに保管していた機材は整備が行き届いているとはいえない状況だったのだ。
作業を続ける面々を尻目にD-バスターは呑気に鼻歌を歌いながら居住区画へ降りて行こうとする。
「コラ! どこをほっつき歩いていたの!?」
「おっ! 鉄ちゃん! 精が出ますな~!」
横から飛んできたスパナを余裕でキャッチしたD-バスターは咎められているとは思えないような笑みでスパナを投げ付けてきた人物に手を振る。
D-バスター1号の真横で整備作業を受けていた1輌のAFVの車体の上にその人物はいた。
「鉄ちゃん」と呼ばれるその女性。別に鉄道マニアで「鉄ちゃん」と呼ばれているわけではない。その女性はナチスジャパンの残党代表であり、「鉄十字の鉄子」ゆえに「鉄ちゃん」と呼ばれていた。
もっとも、そう呼ぶのはD-バスター1号だけであったのだが。
「丁度いい! お土産を貰ってきたから一緒に食べようよ!」
「はあ? お土産ってどうしたのよ?」
「今日さ~! モーター・ヴァルキリーって人を助けたら喫茶店でご馳走になっちゃってさ~!」
「も、モーター・ヴァルキリーってヒーローじゃないのよ!?」
D-バスターは鉄子が立っているヤークト・パンテル・Ⅱへ1跳びで飛び乗り、手にしていた紙箱を開けてガラスの容器に入ったカスタードプリンとプラスチックのスプーンを鉄子に向かって差し出す。
「そ、そ! そのヒーローのモーター・ヴァルキリーさん。なんか『風魔軍団』とかいうのと戦っててヤバそうだったからさ~!」
「あっ! ちょっと手を洗ってからにしなさい!」
自分も紙箱から取り出したプリンをパンテル駆逐戦車の上で食べようとしたD-バスターに慌てて徹子もツナギの作業服のポケットからウェットティッシュを取り出して渡す、自分もやれやれといった風情で手を拭いて車体に腰掛けてプリンに手を付けた。
「てか、アンタ、リミッターとか大丈夫だったの?」
「いや~、それがつい石動兄弟抹殺光線を使っちゃってさ……」
「は……?」
D-バスターの冷却器はサイズの制約のために出力炉に対して非力であり、1度、リミッターを切ってしまえば10分前後でD-バスターは自壊してしまうハズだった。
それが御機嫌でプリンを頬張って目を細めている。聞けば喫茶店にも行ってきたというし、リミッターを切ったのはつい数分前の事でもなさそうだ。
「あ、アンタ! それでどうしたのよ!?」
「デスサイズにアホほど高い所に連れてかれて無理矢理に冷やされてきたよ」
「デスサイズ……?」
「うん」
「……アンタ、自分の名前の意味って知ってる?」
「デビルクローとデスサイズを倒す者でしょ?」
「……なのに、そのデスサイズに助けられてどうすんのよ……」
「いや~、でも私が個人的にデスサイズに恨みがあるわけでもないし……。それにウチも直接的にデスサイズには手を出さない事にしたんでしょ?」
「まあ、そうなんだけれどね」
対大アルカナ用にD-バスターを作り上げた「UN-DEAD」であったが、すでにデスサイズ抹殺計画は
無期限に延期される事が決定していた。
これは完成したD-バスターの性能ではデスサイズを確実に抹殺できると断言する事で、仕損じた場合のデスサイズの報復を恐れての事である。
元々、デスサイズは純粋な戦闘用改造人間ではない。
暗殺用ベースの改造人間を元に対デビルクロー用の改造人間として作り上げられたのがデスサイズである。
だがデスサイズは並みの戦闘用改造人間を超える性能を持ち、それでいながら暗殺者としての素養も非常に高いレベルであったのだ。
もし、D-バスターがデスサイズの撃破に失敗した場合、「UN-DEAD」メンバーは2度と安心してベッドに入る事はできなかったであろう。
結局、「UN-DEAD」では足の付かないインターネットの闇サイトなどを用いて人を雇ってデスサイズの行動を監視したり、あるいはデスサイズが潰した組織の遺族を煽ってけしかけるくらいの事しかできなかったのだ。
それにしても敵であるはずのデスサイズに助けられるのはいくらなんでも無いだろうと鉄子は思った。
当のD-バスター本人は鉄子の気も知らずに駆逐戦車の上で足をぱたつかせながらプリンを楽しんでいる。
外見だけなら20代後半の鉄子よりも少し若く見える程度のD-バスターだったが、その言動と世の苦労をまるで知らない表情は彼女の容姿を設定よりも大分、幼く見せていた。
(ルックズ星人の子守り用ロボットの人工知能をベースにしたせいかしらね……?)
D-バスターの基礎設計を策定する時に戦闘用人工知能ではなく、子守り用の人口知能を使うように主張したのは誰だったか?
鉄子にはそれが誰だったかは思い出せなかったが、確か「戦闘用人口知能の考える事など大アルカナには推測され易いだろう」という論調だったハズだ。
確かに戦場では時に訓練された兵士よりも頭のテンパったド素人の方が思いがけない行動をして厄介な目に遭う事だってある。
だからといってこれはないだろう……。
「どったの? 鉄子ちゃん? プリンが進まないねぇ~。苦手だった? シュークリームにする?」
「い、いや、プリンは好物だ。少し考え事をね……」
まあD-バスターは戦闘用アンドロイドとしては出来損ないかもしれないが、友人としては良いヤツだろう。
鉄子は気を取り直してプリンを1口。
「うん。美味いな!」
「でしょ!? 雑誌にも取り上げられた事あるんだって!」
「そうか。でも味が濃いから喉が渇くな、お前もどうだ?」
鉄子は車体の上に乗せていた小型のクーラーボックスを開けて中からノンアルコールのビールを取り出して、D-バスターにもクーラーボックスを差し出す。
「おっ! ありがと!」
そう言ってD-バスターは甘い缶コーヒーを取り出した。
それからしばらく鉄子とD-バスターは休憩しながら話をしていた。
ルックズ星人の子守り用人工知能を搭載したD-バスターであったが、特に子守り用のスキルを持っているわけではない。
ただ傍にいて、話に付き合ってくれるだけだ。
だが、それこそ子供の情緒面での成長に欠かせないものだとルックズ星人は考えていたのだ。
だったらそんな大事な事を人工知能に任せるなよ、と鉄子は思っていたが、なるほど、大人の鉄子が話していても意外と落ち着くのだ。特に「UN-DEAD」参加メンバーの中には社会不適合者が多いせいもあるかもしれないが。
「そういや『風魔軍団』ってケミカル忍法とかマシン忍法とか使う連中だったよな? モーター・ヴァルキリーじゃ相手にならなかったんじゃないか?」
「いやいや、それがあのオッサンが意外と強くてね~! なんかゴツいバイクで歩道橋の階段をドバドバ駆け上って、一気にジャンプしてさ! ピョンピョン飛び回る風魔のカラクリに体当たりしたりさ~!」
「へ、へぇ~……」
「ま、でもバイクがパンクしてピンチになっちゃってさ~!」
「むしろ、なんでバイク1つで忍者に喧嘩売る気になれるのか不思議だわ……」
風魔軍団と言えば現代の最先端技術と忍者の技とを融合させたスタイルの組織だ。
主な事業内容は諸外国の組織との密貿易、およびその密貿易で売り払うための物品の盗難だと鉄子は記憶している。完全な営利事業者なのだが、それでも外国人には「ニンジャ」が奪ってきたというだけでそれなりの価値があるらしく、意外と儲かっているらしい。
実の所、知名度の割に実力は高くは無い。だが、けしてただの人間が挑めるような組織でもないハズだった。
「でもまた何で? 別に風魔軍団とモーター・ヴァルキリーには因縁なんて無かったでしょ?」
「なんか風魔というより、風魔が狙っている相手に用があるみたいよ?」
「ん?」
「なんか、どっかに邪神とか復活させようって連中がいるみたいで、その召喚の道具を風魔が狙ってるとか……」
「ブフゥっ!?」
D-バスターの口から思わぬ言葉が出てきて、思わず鉄子は口にしていたノンアルコールビールを噴き出してしまった。
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