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「先ほども申し上げましたけど、私、ヴァルキリーてすよ? あ! もしかして知らなかったり?」
「え? モーター・ヴァルキリーさんの仲間って事じゃないの?」
「違います!」
モーターヴァルキリーさんの連れの女性は三浦君が言う「人間じゃない」という言葉をキョトンとした顔で肯定し、さらに「ロキの関係者か?」という問いに対しても否定するわけではなかった。
僕もロキの名を聞いて女性と三浦君の間に入り、後ろ手で三浦君に下がるよう合図したものの、女性は僕の剣幕に慌てた様子で弁解を始める。でも何だか微妙に話が噛み合っていない気がしないでもない。
そこに後の事を警察に任せてきたモーター・ヴァルキリーさんが戻ってくる。
「おいおい、どうしたんだ? 大将もガイジンさんが相手なんだから少しは多めにみてやってくれよ」
「高田さん! 助けてください! 何か死神さんがご立腹です!」
あ、モーター・ヴァルキリーさん、本名は高田って言うんだ……。
それはともかく、女性の必死に取り成しを頼む様子に思わず手元に転送した洋鉈を降ろしてしまった。
「ん? 何だか良く分かんねぇけどよ、とりあえずサ店で何か飲みながら話そうぜ!」
首を傾げながらも高田さんは踵を返して商店街の方へ歩き出してしまった。
女性は慌てて高田さんの後を追い、後に残された僕たちも顔を見合わせて2人に付いていく事にする。
三浦浩二、皆からは三浦君、約1名からは「デブゴン」なんて呼ばれている彼だけれど、意外と男気がある以外に特に特殊能力を持つわけではない極々、普通の男子高校生だ。
そんな普通の男子である三浦君だけれども、この世界には珍しい魔力の素養を持ち異世界「魔法の国」から授けられた力を使う魔法少女「プリティ☆キュート」こと真愛さんの幼馴染であった事が災いして小学校くらいの時にはちょいちょい人質に取られたりしていたらしい。
そういや真愛さんの活躍をモチーフにした特撮ドラマ版「プリティ☆キュート」でも太っちょの友人キャラ「マンプク君」は四ツ目夫人とかによく人質にされていたなぁと僕も昔の記憶を辿っていた。
明智君をモデルにしたと思わしい「天才君」は知らない人に付いていくような子じゃなかったし、子供とは思えないような冷たい目付きと声で「は?」と言えば悪党たちも思わずひるんでいたっけ。
明智君、もしくは彼をモチーフとした天才君が取っつき辛い性格なために必然的に三浦君に被害担当の御鉢が回ってきたんだろうね。
三浦君が語るには真愛さんに力を発揮させないために人質にされたり、酷い時にはまだ悪さしてた頃のアーシラトさんに新年早々、誘拐されて彼女の御贔屓のファストファッションブランドの御1人様限定1個の福袋を買うために一緒に並ばされたりしていたそうな。
「まあ、そんなわけで拙者、人外にちょくちょく攫われている内に、いつの間にか“人間”と“人間じゃないモノ”の区別が付くようになったで御座るよ」
「はえ~! それでウチのネーチャンが人間じゃないって見破ったってわけだ!」
三浦君は「特に特殊能力を持つわけではない」と思っていたけれど、「“人間”と“人間じゃないモノ”の見分けがつく」って意外と凄くない?
「まぁ、石動氏のように元の姿を完全に再現されると流石に無理で御座るが……」
「それでも凄いよ!」
「いやいや! そもそも私は最初から『ヴァルキリーです』と申し上げていたじゃないですか!?」
お目当ての喫茶店で僕たちは見解の相違をすり合わせるために話をしていた。
店内は店の外観通りに昭和の雰囲気を残しながらもしっかりと清掃が行き届いた好感が持てるもので、邪魔にならない程度にジャズが流れている空間はあまり大きな声を出すのが憚られるようなものだった。
でも高田さんはそんな店の雰囲気など気にせずにナッツの小皿と三浦君の話を肴にビールを呷っている。
この店はあまり酒類を頼む人がいないのかビールサーバーはなく、ビールは瓶で提供されている。それを高田さんは手酌でグラスに注いで面白おかしそうに笑っていた。
僕たち8人が店内に入るとマスターらしきのお爺さんが4人掛けのテーブルを2つくっつけて、そこに僕たちを案内してくれたものの、大柄な、いや太ましい三浦君と高田さんが座ると凄く狭い。例によって今回も天童さんが「男子はそっち~! 女子はこっちね!」などと言いだしてくれたおかげで男子の反対側に座っている女子組は意外とゆったりと座れているようだ。
「え~と、そのヴァルキリーってのは、その北欧神話に伝わるヴァルキリー、『戦乙女』とか言われている存在って事ですか?」
「そうです、そうです! 来たるべき『神々の黄昏』に備えて勇敢なる者の魂を戦士の館へと導く乙女。それが私なのです! こんなヒゲ面のオッサンが名乗っていいものではないのです!」
彼女が言うには戦いの中で勇敢に戦って死んだ者の中でヴァルキリーに導かれた者はヴァルハラで昼は戦闘の訓練、夜は宴会を毎日のように繰り広げるらしい。
俗に寒い地方の天国は暖かく、逆に暑い地方の天国は涼しいと考えられていると言うけれど、戦いで死んだのに、死んでからも戦いのために訓練を続けるって、それ、どんな戦争狂の天国なんですかねぇ……。
自分と同じく「ヴァルキリー」を名乗る高田さんを非難するような目で見る女性に対し、高田さんも面倒臭そうに言葉を返した。
「前にも言ったろ? 俺が乗ってたバイクの名前が『ヴァルキリー』だったんだよ」
「乗って“た”!? 聞きました、皆さん! もう何年も前に乗り換えたんだから改名してもいいでしょう!?」
女性は高田さんが乗ってたという過去形に噛みついていく。
「えと、ヴァルキリーさんはモーター・ヴァルキリー……、いや高田さんとなんで一緒に? 去年、お会いした時はいませんでしたよね?」
「え、ええ。それはですねぇ……」
女性が語るには去年のいわゆる「埼玉ラグナロク」と呼ばれる戦いはその通称のせいで北欧の界隈でも話題になっていたそうな。
その埼玉での戦いにおいて「ヴァルキリー」の名を冠して戦う戦士がいると聞き、またその戦士が戦いで命を落としたと聞いてヴァルキリーがその戦士を迎えるべく派遣されてきたらしい。
だが地上に降り立ってビックリ!
なんとモーター・ヴァルキリーなる戦士はヒゲ面ででっぷりと太ったオッサンだったのだ。
「一体、“戦乙女”の名で呼ばれる戦士とはどのような女性なのか楽しみにしていたのですが……」
「悪かったな!!」
悪い事は続くもので、ヴァルキリーさんがモーター・ヴァルキリーさんの死体を前に茫然としていると、何と高田さんは仮死状態であったのか生き返ってしまったそうな。
そこで困ってしまったのがヴァルキリーさん。
戦死したモーター・ヴァルキリーさんの魂を連れてこいと言われたのに連れて行く事ができなくなってしまったのだ。
しかも高田さんは見てくれの通りに暴飲暴食を繰り返す生活をしており、次に戦死するよりも病死するんじゃないかと不安になったヴァルキリーさんが生活指導をして無事に戦死(←?)してもらえるように面倒を見ているそうな。
「へぇ~……。て、てか、高田さん。仮死にしろ、いつ死んだんですか?」
「おう、最終決戦のな、最後に邪神が出てきただろ? 俺は丁度、その足元にいてなぁ」
「ああ……」
「で、至近距離で邪神の瘴気を浴びてポックリよ! ガハハハッ!」
邪神ク・リトル・リトルの瘴気は凄まじく、瘴気を浴びただけで外傷も無いのに死亡してしまったり、発狂してしまった方が1万人以上はいたと記憶している。
邪神が顕現した時、僕と明智君はけっこう離れた所にいたのだけれど、それでも普段はけして弱音なんか吐かない明智君が絶望して失禁してしまった事も思い出した。
それなのに、自身も一時は“お迎えさん”が来るほどに死んでいたというのに高田さんは豪快に笑い飛ばしていた。
その脇で「死んでてくれたらよかったのに……」とヴァルキリーさんがボソッとこぼしたのが僕の耳に入ってきてギョッとさせられる。意外とこの人? 黒いな……。
「まあ、そういうわけで出自が同じところなんで、それで三浦さんは私をロキの関係者だと思ったんじゃないですか?」
「ああ、そういう事で御座ったか。これは失礼をしたで御座る」
三浦君は素直に自分の勘違いを認めてヴァルキリーさんに対して頭を下げた。
僕も鉈を向けた事を思い出して一緒に頭を下げる。
「いえいえ、分かってもらえればいいのです」
「どうもすいません。所で1つ聞いていいですか?」
「はい?」
「なんでロキの奴は北欧からこっちに来たんですかね?」
「暇だったんじゃないですかね?」
そんな身も蓋も無い!
でもヴァルキリーさんはライダースーツの内ポケットからスマホを取り出し、操作した後で画面を僕たちに見せてきた。
「あら、可愛い……」
彼女のスマホに映っていたのは1枚の画像で、北欧系の色白マッチョのイケメンが笑顔でニッコリ。その彼の右腕には真っ白くて小さな子犬がじゃれつくように噛みついていた。
「この写真の男性がテュール様、そして、その腕に噛みついているのがフェンリルです」
「え……」
テュールという名は知らないけれど、フェンリルの名前ならば僕も知っている。
ゲームかなんかだと中ボスクラスになれるようなビッグネームでそういう時は大概、大きな狼として表現されていると思う。
断じてスマホの中のクリクリと粒らな瞳で尻尾を振りながら甘噛みするような存在ではない。
「見てのとおりにフェンリルはまだ幼く、当分はラグナロクは起こりそうにないので、ロキも暇なんじゃないですか?」
ロキの野郎、そんな理由かよ!?
てかヴァルハラ神族の方々も普通にスマホとか使ってんのかよ!?
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