33-2
「ところでさ? パイセン、さっき私に腹パンってする必要あった?」
いくら超絶ファジー機能搭載で失敗作疑惑のあるD-バスターと言っても異星の技術を用いて作られた戦闘用アンドロイド。高度10,000メートル以上、摂氏マイナス55度近くの環境に早くも順応して軽口を叩いている。
未だ頭髪には白く霜が降りたままだけれど、ちょっと前までのように寒さでガタガタとわめいているという事はない。
逆に深層温度も50度ほどまで冷えて出力炉の反応速度も収まってきたようだった。
D-バスターの出力炉が出す熱と冷却器の排熱性能とが釣り合えば自壊の心配は無いハズだ。
高度10,000メートルの上空は風の音だが支配している空間だった。
風というのは少し感覚が違うかもしれない。
周囲をどこまでも続く空に埋め尽くされ、大地も海も遥か下でボンヤリと霞んでいる。雲すらもウン千メートルも下にいくつかの綿雲があるだけ。
そんな環境ではまるで自分が哀れな原生微生物の1つになったかのような錯覚を覚えるのだ。さしづめ大気は僕よりも遥かに大きなアメーバか何か。アメーバが自分よりも小さな微生物を覆い包んで捕食するように大気はねっとりと僕とD-バスターに纏わりついてくる。
纏わりついてきた大気が僕の機体の突起に切られて風切り音を上げているのだ。
当座の危機は凌いだ事で余裕が生まれたのか、僕には風切り音が物悲しい悲鳴のように聞こえていた。あるいは良い音響環境で聞くオペラの悲劇、クライマックスの女優のソロパートの胸が張り裂けるような悲しみのような。
そんな環境に何故か僕たち兄弟と戦うために作られたアンドロイドと2人きり。
腹パン云々は置いといて、抱きかかえたアンドロイドの深層温度が安定するまで少し話をしていようと思ったのは環境がもたらす人恋しさのせいだろうね。
「僕さ……」
「うん?」
「僕はさ、ド腐れ外道共たちに体をイジくりまわされるまでは殴り合いの喧嘩なんかした事はなかったんだ」
「男の子なのに?」
「さ、最近の子はそうなんじゃない?」
自分で言ってて自信は無いけれど。
でも、少なくとも明智君や三浦君なんかも殴り合いの喧嘩なんかした事なんて無い手合いじゃない? ま、これも僕のイメージだけどさ。
「やれやれ、若者の暴力離れか……」
「お前は一体、何者だよ……」
僕の腕の中でやれやれと首を振るD-バスター。
僕の方がやれやれと言ってやりたい気持ちではあるのだけれど、逆に話に付き合ってくれる彼女に何も無い空間の寂しさが薄れていくのも感じていた。
「で、喧嘩なんかした事が無い僕がなんで改造されて戦えてるかというと電脳から状況に最適な戦術が提示されているんだ」
「ほうほう」
「後、脳味噌もイジられて暴力に対する忌避感とかも無くなっているしね」
脳改造手術については程度の差こそあれど、どこの組織も人間を素体にした改造人間を作る際には行われているようなスタンダードな事だという。
そのために正義の心を取り戻した改造人間がヒーローに転向した場合でも、イジられた脳味噌が元に戻るわけもなく、「暴力、殺人への忌避」「自身の損害の軽視」などの傾向を残したままヒーローになるのだとか。
「ああ! だから私を止める時に迷い無く腹パン、ブッ込んできたの?」
「あ、話はそこに戻るのね……」
コイツ、意外と根に持つ方?
「まぁ、間違いではないけれどね。むしろ電脳が提示してきた『殴って動きを止めた後に大鎌で腹を裂いてビームマグナムの冷却器を直接ブっ込む』ってプランを採用しなかっただけありがたいと思ってよ」
「そ、そんなプランが!?」
「ARCANA式はそんなんだよ?」
実の所、電脳が提示してくる手段は「殺す事」に特化しているので、腹を裂くプランについては成功率はどうなんだろ? といったところだと思う。
もしD-バスターの腹部に冷却器のヒートパイプか何かがあればこうやって元に戻す事はできなくなるわけで、そうなった場合は速やかに出力炉を止める事で発熱を止める事しかできない。当然、それはD-バスターの破壊を意味する。
「でもパイセンの事を舐めてたわ。こう言っちゃなんだけど見た目でヌルい相手だとばかり……」
「僕の方は今でもお前の事を舐めてるけどね」
「ハハハ! 怒った?」
「いや、僕はそういう改造人間だからね」
僕たち兄弟がマジキチ集団に攫われて改造されたのは1つに兄ちゃんの格闘戦に理想的な肉体と格闘センスが目を付けられて。もう1つの理由が、これは誠に遺憾ではあるのだけれど、僕の姿を見ればどんな奴だって油断するかららしい。
僕だって普通に成長していれば数年で兄ちゃんみたいに背が伸びてムッキムキになっていたのかもしれないのに……。ARCANAの連中は万死をもって償っても……、あ! あいつらはすでに全滅させてた!
まぁ、それはともかく、僕たち兄弟への対抗手段として作られたハズのD-バスターがボケナス共の思惑通りに僕を見て油断してしまう。
これはもう「ARCANA」と「UN-DEAD」の格の上下が決まってしまったと見ていいのではないだろうか?
ホント、コイツは息をするように「UN-DEAD」の評価を下げていくなぁ。
「話は戻るけどさ、お前、さっき富士山を見て喜んでたじゃん? お前が戦うべき相手、僕はこんな感じで戦いになったら遠慮とかはしない方だからさ、『UN-DEAD』が本格的な活動を始める前にやりたい事はできるだけやっておきなよ」
「ナニソレ? 私に勝てるとでも?」
「まぁ、間違いなく勝てるよ……」
D-バスターは不服そうな顔をするけれど、人質でも取られない限りD-バスターに負ける事はありえないんじゃないかな?
不意を突く? コイツにそんな芸当ができるかな? ノリと勢いで真正面から「勝負だ!」とか言ってきそうだし……。
なら本当に人質を取ってきたら? 人質を取る事を是とするような精神性の持ち主なら、そもそも一緒にメシ食いに行ったり、こうやって助けようとは思わない。あ、でもコイツじゃなくて他の「UN-DEAD」メンバーが人質を取ってくる事はあるのか……
その辺は要検討だな。
新たな懸案事項を頭の中でシミュレーションしながら電脳内のウィンドウに表示されているD-バスターの体内温度を確認してみる。
「あれ? 変わってない?」
依然として深層温度は50度ほどで安定していた。
「ん? どしたの?」
「お前の内部温度、50度から下がんないんだけど?」
「内部ってどの辺?」
「えと、人間でいうと胃とかの辺り……」
「ああ、それならそれでいいんだけど?」
「は?」
D-バスターの言葉でよくよく考えてみると、なんで僕はアンドロイドを人間と同じように考えていたのだろうかという気がする。
その辺の家電量販店で売ってるパソコンのCPUですら100度くらいになるまで安全装置は働かないし、ボロの軽自動車のエンジンですらもっと高い温度で安全に走行している。
「いやあ、さっきからパイセン、なんで私の温度はとっくに下がってるのに降下しないのかな~って思ってたんだよね~!」
「そ、そうなんだ……」
「多分、パイセンが言ってるのは出力炉の事だと思うけど、50度を下回ると支障が出るから、今は逆に外の低温に耐えるために出力炉を温めてるわ!」
「へ、へぇ~……」
確かに自動車なんかでも暖気運転した方が寿命は延びるらしいしなぁ。
「パイセンは違うの?」
「ぼ、僕は怪人態の時はともかく、人間態の時はサーモグラフィーで正体がバレないように体温は人間と同じくらいだよ」
「へぇ! でも私って戦闘用アンドロイドだからさ!」
D-バスターは「へへん!」と自慢げに鼻を鳴らすけれど、その戦闘用アンドロイド様が先ほど純粋な戦闘用ではない改造人間のパンチを躱す事ができなかったのは忘れているのかな?
ともかく、無駄な時間を過ごした脱力感に苛まれながら僕は無言でゆっくりと下降していく。
真愛さんたち、待っててくれてるかな?
Twitterやってます
雑種犬@tQ43wfVzebXAB1U
https://twitter.com/tQ43wfVzebXAB1U




