31-3
真愛さんは店員さんに頭を下げて謝った後、騒ぐ天童さんとD-バスターに注意してから気を取り直したようにコテを使ってお好み焼きの焼き具合を確かめる。
鉄板の上には4枚のお好みが焼かれており、順々に下からコテを入れて持ち上げて焼け具合を確かめる。窓際の1枚は手が届かなかったので三浦君が代わって見た。
「真ん中の2枚はひっくり返して良さそうね……」
「こっちのはまだで御座るな」
「こっちの端のも、まだね」
僕は謎のアンドロイドが急に暴れだした時のためにスタンバってるし、明智君も彼女がどこの組織の手の者か探るべく一挙手一投足を注視している。
もっとも、明智君はD-バスターを作った組織にルックズ星人なる異星人が噛んでいる事を突き止めていたものの、僕の方は警戒なんかいらないんじゃないかという気持ちになっていた。
それほど天童さんと2人で騒ぐ彼女の表情は底無しに明るく、腹に一物、抱えているようには思えなかったんだ。
「それじゃひっくり返すね~!」
「おお~!」
真愛さんが2つのコテを使ってお好み焼きをゆっくりと持ち上げて、それから威勢よく一気にひっくり返すと形を崩す事なくひっくり返す事に成功。
その様子を見ていたD-バスターは自分もやってみたくなったようで、2枚目をやらせてくれるように頼んできた。
「ねえ、私もやらせてもらえないかな? こういうのやった事ないんだよね」
「ええ、じゃあお願いしようかしら」
真愛さんからコテを受け取ったD-バスターはそれまで人間と見分けがつかないような自然な動作をしていたにもかかわらず、小学校の社会科見学で行った自動車工場の工業用ロボットアームのような動作になり、ゆっくりとお好み焼きの下に2本のコテを入れていく。
そのままゆっくりと持ち上げていくが、そこで止まってしまい、時間をかけ過ぎてしまったのか片面しか焼けていないお好み焼きは崩壊しながらコテから崩れ落ちていった。
「あっ……」
「ああ、大丈夫、大丈夫! こうやって形を整えれば……」
「ご、ゴメン!」
「大丈夫! どの道、お好み焼きはしっかり火を通さなないといけないし」
「そうそう! ちょっとぐらい見た目があれでも愛嬌、愛嬌!」
「どの道、後からソースやら青海苔やらかければ分からなくなるで御座るよ?」
まるでこの世の終わりのような表情で謝るD-バスターに真愛さん、天童さん、三浦君がフォローを入れる。
さっきまで他のお客さんの迷惑も考えずに騒いでいた者と同じとは思えないような落ち込みようは雨に打たれた子犬のようで、とてもアンドロイドのプログラミングされた人工知能の反応には思えないほどだった。でも3人の慰めに上目使いの目を僕と明智君の方に向けてくる。
「うん? 僕も平気だと思うよ? 失敗とかあるから楽しいんだと思うし」
「ああ、俺もそう思う。失敗するかもしれないから楽しいんだろうな。そうでもなきゃ焼きそばみたいに厨房で作った物を持ってきてもらった方が早いだろ?」
「……そ、そうか!?」
「ああ、次はうまくやれるかもしれないしな」
「え? 次もやっていいの!?」
明智君の言葉にD-バスターは飛び上がるように立ち膝になって、一同の顔を何度も見渡した。
「あ、こっちのもそろそろよさそうよ?」
「う、うん……」
真愛がコテで鉄板の通路側の端の1枚を確認してからコテを渡す。
D-バスターも今度こそは失敗できないとばかりに両腕から甲高いモーター音を立てはじめ、うなじや肘の辺りから白いガスを放出しはじめた。
え?
何、やってんの?
僕のポンコツ電脳が極至近距離の脅威反応を検出してるだけど?
てか左右の真愛さんと天童さんは冷たかったりしないの?
僕のアイカメラの熱感知はガスが極低温である事を示しているのだけれど……。
僕の焦りもそよに2人は笑顔でアンドロイドを「頑張って!」と励ましていた。
真愛さんは亮太君という弟がいるからこういうのは慣れてるのかな?
そしてD-バスターは両手にコテを持ったままイメージトレーニングをしたのかしばらく固まったあと、一気に動作を開始して超高スピードでお好み焼きをひっくり返す。
その速度はお好み焼きの崩壊よりも早く、自由落下よりも早い。まさに紫電の一閃といったばかりで、僕とD-バスター以外の4人は目を丸くして唸るような歓声を上げる事しかできなかった。
「……す、凄ぇ! 動いたと思ったらひっくり返ってた。み、皆、見えたか?」
「天童氏に同じくで御座る……」
「わ、私も……」
「瞬きしてた瞬間に終わってたな。確かに対デビルクロー、デスサイズ用アンドロイドを名乗るだけはある」
先の失敗をすでに忘れたのかD-バスターが皆の称賛を受けて、ドヤ顔で僕に挑発的な視線を向けてくる。
「えと、ゴメン、僕には見えてたよ?」
「フッ、そのくらいはしてもらわないと……。まぁ、これでも私は本気じゃないからね!」
あっ! クソ、負け惜しみを!
「ほう、本気だともっと凄いのか?」
「そりゃ、モチのロンよ! でもねぇ……」
「?」
謎のアンドロイドの性能を見極めようと明智君が一歩、突っ込んだ質問をすると何故かそこでアンドロイドは言い淀んでしまった。
溜め息をするように鼻息を出してから残る1枚のお好み焼きを一瞬でひっくり返してから言葉を続ける。
「本気出しちゃうとっていうか、1回リミッターを解除して出力を全開にしちゃうと10分で壊れちゃうのよねぇ……」
彼女を囲む皆の顔が曇る。
彼女に対して一貫して射すくめるような眼光を投げかけていた明智君ですらだ。
「言ったでしょ? 私はエクスペンダブル、消耗品のアンドロイドなんだって……」
「こ、壊れたら直せばいいんじゃ……」
「無理、無理。天童ちゃんは割り箸とか爪楊枝を再利用する? ARCANA製の大アルカナと戦うために耐久性とか経済性とかそういうのは完全に無視して作られたのよ、私は……」
「酷い……」
「そうでもしなければ大アルカナに太刀打ちできなかったというのが実際の所じゃない? そのために私は作られたのだからそこは否定したくはないわ。だから私は壊れてしまう前に色々な事を経験してみたいの、お好み焼きをひっくり返すのもそう……」
今日、初めてあったばかりのアンドロイドの衝撃的な言葉に皆の言葉は無くなってしまった。
僕だって彼女に何と言えばいいのか分からない。
D-バスターは自分の事を割り箸や爪楊枝に例えたけれど、割り箸に知能は無い。でも彼女には非常に高度な人格と知能があるように思える。
一体、彼女を作った連中は何を考えて使い捨てのロボットにこんな高性能の人工知能を搭載したのだろう? その必要があったのだろうか?
ただ僕たちをお好み焼きが焼けていく音と店内のエアコンの音だけが包んでいた。
「ウマっ! さっきの焼きそばの美味かったけど、やっぱ焼きたては美味いな~! うわ! 海鮮ミックスの方も美味ッ!」
「…………」
「こっちのスジもトロトロ! いい具合に味が染みてますな~!」
「…………」
「こっちのって何だっけ?」
「……え? マヨコーンポテトだけど……」
「え!? ナニソレ! そっちも滅ッ茶、美味しそう!」
「ちょっと待って……」
「ん? 青海苔とかマヨとか取ってほしいの?」
「そうじゃないんだけど……」
「?」
「いや、『?』みたいな顔しないでよ。ていうか、切り替え早くない?」
「そりゃ早いよ? 生身の脳味噌に脳内物質が出してるワケじゃあないからね!」
あ、なんか凄い他人の事で落ち込んで損した気持ち。
僕は改造人間だけど、生身の脳味噌が残ってるから一度、落ち込んだ気持ちは中々、晴れないんだけど? 皆もそうでしょ? どうしてくれんだよ、この場の空気を!
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